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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十一章 幻の記憶 <前編>虫食いの中
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幻の記憶 #1


「えっとー、頭の中こんがらがってきたから、ちょっと一回整理させてー……ティオの目標はー……一番目が、ティオと『不思議な壁』を別の『存在』にする事ー。」

「そうだ。俺と『これ』の『存在』を切り離す『完全分離』だな。……でも、まあ、『世界の理』に反する行為だから、実現する可能性は限りなく低いな。」

「それで、二番目の方法だよね。うんとー……『不思議な壁』を完璧に抑え込んで、動かさないようにする。」

「そう。『これ』の『完全封印』だな。……具体的には、俺が『これ』を100%制御出来るようになりさえすれば、俺が自分の意思で『これ』をいつも停止させとけばいいって話だ。」


「問題は、どうやって100%の制御を可能にするかって事だな。言うはやすし、行うはかたし。」


「まあ、現状俺は、この二番目の案で動いてる。他に今出来るこれ以上効果的な方法がないからな。つまり、四六時中ここに意識を残して『宝石の鎖』で『これ』を抑えてる。」


「とは言え、一年かけてこれだけ『宝石の鎖』を増やしても、未だ俺が『これ』をコントロール出来てるのは、5%にも満たないだろうな。……正直、『宝石を集めて鎖を作る』ってやり方は、頭打ちになるのが見えてる状況なんだよ。世界中の宝石を集めて『宝石の鎖』を作ったとしても、『これ』を完全に抑えきれる気がしない。それ以前に、さすがに『鉱石と親和性が高い』っていう俺の異能力でも、そんな大量の宝石を同時に扱えないと思うんだよな。」


「うーん。だから、現状維持の方向で『宝石の鎖』をコツコツ強化しつつ、別の方法も模索していく必要がある訳だ。何かのきっかけで、一番目の案の、俺と『これ』の『存在』そのものを分離する方法が見つかればいいんだが、そんな奇跡みたいな事は、まず起こらないだろうからなぁ。……フウ。まあ、これからも、本を読んだり遺跡を探索したりして、ヒントを探すさ。」


 サラは、ティオが『不思議な壁』の制御のためにこれからも宝石を集めて『宝石の鎖』を強化していくつもりだと話すのを聞いて……

(……それってやっぱり、まだまだ宝石を盗みまくるって事だよねぇ?……)

 と、ムムッと眉間にシワを寄せたが、とりあえず今は、一旦その事は横に置いて考えない事にした。


「えーと……要するに、一番いい案は出来そうもないから、二番目にいい案でいくって事だよねー。それが、『不思議な壁』を100%制御するってヤツでー。……うーん、ティオの話を聞いてると、これはこれで難しそうに思えるんだけどなぁー。」


「ねえ、それって、100%じゃないとダメなのー? 80%とか60%とかでも、大体抑え込めててー、周りに悪い影響がなくってー、ティオとしても普段の生活が出来るんだったらー、それで良くないー?」

「ダメだ。俺が目指しているのは、100%の制御からの『完全封印』だ。」


「一度『これ』を停止させたら二度と動かないようにしたい。俺自身が動かそうとしても、未来永劫決して動かないようにな。そこまでやって、はじめて『完全封印』したと言える。」


「そうしておかないと、もし俺に何かあった時……例えば、二年前のように、俺が死にかけて意識が混濁したら、また『これ』が勝手に暴走しないとも限らないからな。」


 サラは、「もう二度と動かないように封印する」という方針に、『不思議な壁』に対するティオの中の強い否定的な気持ちを感じながら、尋ねた。


「一度完全に封印したら、ティオでも絶対動かせないって……本当に、ティオはそれでいいの? この『不思議な壁』の力で、やれる事もあるんでしょー?……えっと、前にどこかの組織に捕まりそうになってた男の子を、この自分の精神領域に呼んでなんか処置したって、さっき言ってたよねー。」

「まあ、確かに、そういう事は出来なくなるな。でも、本来なら、出来ないのが普通だ。あれは、『これ』の制御の仕方を探してる時にたまたま俺が作ったとある方法を使えたからなんとかなったってだけで、そんなラッキーが重ならなかったら、どうしようもなかった。……でも、そんなどうしようもない事なんて、いくらでもこの世界にはあるだろう? 例えば、ある希少な薬があれば病が治る人間が居たとして、その薬が手に入って病気が治る恵まれた環境にある人間も居れば、そうでない人間も居る。裕福な人間も居る一方で、飢えに苦しむ人間も多く居る。一生戦争を知らずに平和に過ごす人間も居れば、戦争に巻き込まれて亡くなる人も居る。要するに、元々この世界の人間、全ては助けられない。」


「俺が『これ』の力で助けられる人は、確かに幾らかは居るだろう。でも、『これ』の影響のせいで危険が及ぶ人の方が、遥かに多い。そんなプラスマイナスを総合的に考えて、俺は『これ』はマイナスの要素の方が大きいと判断している。」


「それに、これは俺の個人的な意見だが……『これ』は人間がどうこうしていい力ではないと思ってるんだ。『これ』は人間が扱うには手に余る。俺自身を含めて、誰も『これ』を使用出来ないように、『これ』には触れられないように、『完全封印』してしまう方がいい、というのが俺の考えだ。人間にとって、社会にとって、『これ』はない方がいい。こんなものに頼らない方が健全だ。最初っから『これ』はないものとして生活していけばいいだけの話なんだよ。それが本来当たり前なんだからな。」


 人間が扱うには大き過ぎる力……それは、時に奇跡のような効能をもたらす事もあるが、多くの場面において害になる。

 ならば、はじめから無いものとして完全に封印し、自分を含め誰も触れられない状態にしておいた方がいい。

 ……と言うのが、ティオの考えであった。

 サラは、これはとても難しい問題で、自分のあまり賢くなく知識も少ない頭では簡単に判断出来ないと感じ、しばらくうーんと考え込んでいたが、結局答えは出なかった。


(……まあ、『存在の完全分離』より、『完全封印』の方がまだ可能性があるって言っても、当分はそんな事出来そうにないんだから、ゆっくり考えていけばいい事だよねー。ティオの中では、もう決心はついてるみたいだけどー。……)


 サラは、念のため、ティオに最後に問うた。


「ティオは、いいの? もし、本当にこの『不思議な壁』を完全に封印出来る条件が整ったとして、本当に封印しちゃっても、いいの? ティオ自身も、二度と『不思議な壁』の力を使えなくなるんでしょー? それでいいのー?」

「俺は別に。元々二年前まで『これ』が自分の精神領域にあるなんて何も知らずに生きてたからな。それでも、特に困った事はなかった。『これ』を完全に封印しても、元の生活に戻るだけだろ。」


 ティオは、なんの未練もなさそうに、至極あっさりとそう答えた。

 そして、ふうっとため息をつき、遠くを見つめながら独り言のようにつぶやいていた。


「……ああ、早く『これ』の問題やらなんやら全部片づいて、平和で穏やかな生活を送りたいよなぁ。また森の中で木こりとかしたいよ。ハァ。……」



(……ティオは、『不思議な壁』にゼンッゼン執着なさそうだなぁ。別にこんなものなくてもいいと思ってるっぽいよねー。……)


 ティオの反応は、サラの予想していた通りだった。

 なんの迷いもなく、すぐに「要らない」と答えてきたティオの様子を見て、ホッとするような納得するような気持ちだった。


(……まあ、ティオにとったら、この『不思議な壁』があるせいで、いろいろ大変な思いをしてきたし、今も『不思議な壁』の見張りで毎日神経をすり減らしてるんだもんねー。そりゃあ、なくても構わないって言うか、ない方がいいよねー。……)


 サラは、自分をこの『不思議な壁』の「番人」と称したティオの言葉を思い出して、薄く眉間にシワを寄せていた。


(……でも……でもさぁ、この『不思議な壁』って……本気で使おうと思ったら、かなり凄いものなんじゃないのかなぁ? かなりヤバイもの、とも言えるけどー。……)


(……ティオじゃなくって、誰か他の悪い人が、この『不思議な壁』を持ってたら、ティオのように『世のため人のためにも、使わない方がいいから、封印しよう』とか絶対思わないヤツだよねー。『なんとかこれを自分の思い通りに動かせないいかな? そして、ガンガン利用してやるぜ!』ってなるよね、普通ー。……)


(……いろいろ悩んだり苦しんだりしてるティオには悪いけどー、本当に、『不思議な壁』と同一の存在がティオで良かったよー。ティオが、今まで『不思議な壁』を悪用しようとしないで、人知れず一生懸命抑えてくれていたから、平和が保たれてたんだろうなぁ。……もし、欲深くて、我儘で、思いやりの欠けらもない人が『不思議な壁』を操れる人間だったら、凄く大変な事になっていたかもしれない。……)


 サラは、誰かが『不思議な壁』の力を自分の欲望のままに解放したらと考え、そこに流れるだろう多くの人々の血を想像して、ゾワッと背筋が寒くなる思いだった。

 あくまでサラの勘でしかなかったが、『不思議な壁』の力を悪用すれば、このナザール王国のような小さな国は、あっという間に恐怖と暴力で蹂躙し支配する事が出来る気がした。


『大きな力を持つ者は、周りに大きな影響を与える。だから、その力の使い方を良く良く考えなきゃいけない。そして、必要がない時は、しっかりと力を抑えておけるようにならなきゃいけない。それが、大きな力を持った者の義務だと、俺は思っている。』


 そんな言葉でティオに諭されたのを、サラは思い出していた。

 そんなティオの言葉に感銘を受け、サラは自分の『身体強化』の異能力に対し、もっと理解を深めようと意識し、平時はきちんと制御出来るよう心がけるようになったのだったが……

 今思うと、あの言葉は、ティオが自分自身に自戒の気持ちを持って言い聞かせたものであり、まさに、『不思議な壁』を人知れず自身の精神領域内で抑え続けているティオの生き方そのものだった。


(……『不思議な壁』を完全に封印して、二度とその力が使えないようにするのが、本当にいい事なのかどうか、私には分からない。……)


(……でも、『不思議な壁』と同じ存在のティオが、そうしたいと思うなら、私は、そんなティオの目的を果たすために、出来るだけ力になりたい。ティオがそう決めてるって事は、きっとそれが一番いい事なんだと思う。誰がなんと言おうと、私はティオに賛成だし、ティオの味方だし、ティオに力を貸すよ。……)


(……ティオが願っている通りの「穏やかで平和な生活」が、いつか送れるようになるといいな。……)


 サラは、口には出さなかったが、この先何があっても、自分はきっとティオの力になろうと心の中で静かに誓った。



「……うん、良し。どこにも問題はない。サラの精神体は完全に修復したな。サラ、もう動……」

「うっわーい! やったー! やっほぅー!」

「言う前から、動くなよ!……まあ、いいか。」


 ティオが最後に宝石の鎖でサラの全身をくまなくチェックした後、保護のために巻いていた鎖を解いたのを合図に、サラはダーッと元気に駆け出していき、ティオは呆れつつもホッとした様子で息を吐いていた。


「こんな短時間で回復するなんて、やっぱりサラの精神の強靱さは尋常じゃないな。」

「うん! でも、ティオが、精神体が回復するまでこの『精神世界』に意識を集中させておいた方がいいってアドバイスしてくれたのも良かったと思うよー。放っといてもだんだん治ったと思うけどー、やっぱりこっちに意識がある方がどんどん治ってく気がしたー。」

「そうか。」


 サラは、虚空を表す真っ白な光が満ちるティオの精神領域で、しばらく辺りをバタバタ走り回ったり、ピョンピョン跳ねたり、でんぐり返しをしたりして思う存分体を動かしていたが……

 やがて、タタタッと走り寄ってきて、ポンと再び先程掛けていた長椅子に腰を下ろした。


「じゃあ、サラ、そろそろ眠っていいぞ。」

「後は、グッスリ眠って、朝起きればいいんだよね?」

「ああ。サラの場合は、この『精神世界』で眠ると、『物質世界』に意識が移る。そうなると、今の精神体は形を保てなくなり霧状になってサラ自身の精神領域に戻ると思うが、それは自然な事だから問題ない。……うん、お疲れさん。ゆっくり休めよ、サラ。」


 ティオは、サラが座っている長椅子の前方1m程の所に立った状態で、宝石の鎖を操り、長椅子に座っているサラの肩に、サラがクシャクシャにして長椅子の下に落っことしていたひざ掛けを綺麗に直して、そっと掛けてきた。

 サラは、ティオに掛けられたエルファナ大陸独特の模様が織り込まれたひざ掛けを胸の前で搔き合せながら、ティオを見つめた。


「なんか、精神体が治ったら、眠くなくなっちゃった。」

「バ、バカ言ってないで、早く寝ろって! あれだけ精神体が損傷したんだし、それを急速に回復させたんだから、実際はかなり精神に疲労が蓄積してる筈だぞ!」

「ティオ、あのさ、さっきの勝負の事だけどー……」

「ああ、覚えてるから安心しろ。……サラが勝ったら、サラの言う通りにする、だろ? そして、サラは勝負に勝った。だから、俺は大人しく従うよ。……ええと、俺は、傭兵団が続く限り、サラの部屋で寝起きすればいいんだよな? その状態でサラが眠ると、自動的に俺のこの精神領域に来る訳だが、それも認めるよ。こうやって今まで通り椅子もひざ掛けも出すし、しばらく話でもして、眠くなったら眠ればいい。俺は、サラがここでなるべく快適に過ごせるように融通する。……それでいいんだよな?」

 

「ただし、『これ』には近づくなよ。もう散々説明したから分かってると思うけど、『これ』は、触れると精神が崩壊しかねないとても危険なものだ。俺の精神領域にやって来て、ちょっと世間話でもして眠る分には構わないが、『これ』にだけは、もう二度、と絶対に、近づいたり触ったりするなよ。」


 ティオは、自分の背後にある、『不思議な壁』をチラと視線で示してサラに釘を刺した。

 サラの目には、今も、ティオの後ろには、果ての見えない巨大な壁に似た奇妙な構造物が、すぐそこにあるかのような、遥か地平の先にあるかのような、不思議な距離感でそびえ立っていた。


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