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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <後編>覚悟と決着
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夢中の決闘 #28


「いやぁー、まあ、『これ』の事があるから、ルンルン旅行気分って訳じゃなかったけどさー、一人旅はやっぱりいいよなぁ。とりあえず、アイツらの束縛から解放されたって事が何より良かったよ! それから、宝石な! 世界各地に散らばったまだ見ぬ宝石達との出会いは、俺の心をワクワクさせてくれたよ! まあ、俺が集めたのは、そんなに警備の厳しくない小国の地方の街にあったものがほとんどでさー、大国の王宮とかは、さすがにまだ行けてないんだよねー。例えば、アベラルド皇国とかー。この大陸一の強国の宝物庫には、どんなすっごい宝石が眠ってるんだろうなぁー。一度行ってみたいけどー、あそこは軍隊も大陸一なんだよなー。経済的にも軍事的にも、文句なしの大国なんだよー。あ! 後、あっちこっちで古文書を見つけられるのも、旅を始めて良かった点だったなー。いい宝石は、大体金持ちの屋敷にあるんだけどー、古文書に関しては、町外れの怪しい骨董品屋の片隅で埃を被ってたりするから、手間さえ惜しまなきゃ結構手に入れやすいんだよー。それからそれから、世界各地にある古代文明の遺跡を、実際にこの目で見て手で触れて観察出来るってのも、いい経験だったぜぇ。いろいろな発見があって、それまでの学術的な認識が根底からひっくり返ったりしてさ、実に興味深かったよー。本で読むだけじゃなくって、本物に触れるってのは大事だよなぁ。まさに『百聞は一見にしかず』ってヤツだな。いやぁ、そうは言っても、やっぱり一番の収穫は、新しい宝石達と出会えた事なんだけどさー。ああ、また旅に出たいなぁ! 俺、この内戦が終わったら、絶対旅に出るんだぁ。世界中の宝石達が、俺を待ってるぜぇ!」


 ティオは、呆れ顔で言葉を失っているサラにお構いなしに、しばらくペラペラ一人で喋っていた。

 重度の宝石オタクであり、古文書オタクと古代文明の遺跡オタクも兼ねているティオは、それら自分の興味のある話題になると、早口でベラベラまくしたてる癖があり、サラはいつも辟易していた。

 一年程前に一人旅を始めた経緯をサラに話す内に、どうやらティオの中のオタク熱が高まってしまったらしかった。


 このままだといつまでも喋り続けそうなティオを止めたい気持ちもあり、サラは、大きく一つ「ふわぁ」とあくびをした後、改めてティオに聞いてみた。


「うん、まあ、大体ティオの旅の目的は分かったよー。『不思議な壁』を制御する『宝石の鎖』を増やすために新しい宝石が欲しいってのとー、もっと他にいい方法がないか、本を読んだり、遺跡を調べたりして、探すって事ねー。」

「ああ、そんなとこだな。まあ、宝石に関しては、特に必要がなくてもいくらでも欲しいけどな。あ、後、本も。」

「で、ティオが目標にしてる『不思議な壁』の制御って、どの程度なのー? 今でも、生活するのに困らないぐらいには制御出来ている感じがするけどもー。」


「ティオにとっては、今の状態でも、実は結構大変って事だよねー。『精神世界』のこの自分の精神領域で、精神体のままで居続けられるようにって、一日中ずっと意識を保ってなきゃいけない訳だしー。……つまりー、もっと楽に生活出来るようになりたいって事ー?……それとも、もっと自分の思い通りに『不思議な壁』を扱えるようになりたいのー? 今でも、ちょっとはティオの意思で『それ』を動かせるんでしょー?」

「フム。……サラは、普段何にも考えてないようで、たまに凄くいい事を言うよな。」

「わ、私だって、いろいろ考えてるってばー!」

「サラの頭には脳みその代わりに筋肉が入ってるか、あるいは空洞か、逆にゼリーかなんかがミッチミッチに詰まってるのかも? とか思ったりもしてたが、時々他の人間が気づかないような鋭い指摘をしてくるから驚くよな。凄いな、サラは。」

「ねえ、それ、全然褒めてないよねぇー? ほとんどバカにしてるよねー?」


「俺の最終目標か。そうだな……」

 そう言って、ティオは、軽くアゴに手を当て目を伏せたが……

 すぐに、再びサラに向かって真っ直ぐに視線を向けた。


「俺と『これ』の完全分離、かな。」


「サラはもう知ってる事だが、俺は『これ』と同じ存在だ。もっと厳密に言うなら、『同じ存在としてこの世界に定義されている』って感じか。俺は俺で、『これ』は『これ』なんだが、『同一存在』であるために、俺は『これ』と切っても切り離せない関係にある。俺の行動や感情は『これ』に影響を与えるし、『これ』に何かあれば、俺にも影響が出ちまう訳だ。俺としては、そんな今の状況をなくしたい。」


「俺と『これ』が影響し合う関係を断つ。……その目的を達成するための最も確実な方法は、俺と『これ』の『存在』を切り離す事。完全に分離して、別々の『存在』になれば、もう俺と『これ』が影響し合う事はなくなる筈だ。俺の立場から言うと、『これ』に振り回される事がなくなって、この『精神世界』を知覚する前のような状態で毎日を過ごす事が可能になると推察される。……と言う訳で、一番望ましいのは、この『完全分離』案だな。」

「え? でもー……出来るの? なんか、今日ティオの話を聞いてて、『存在』ってそんな簡単に変えられるものじゃないって感じがしてるんだけどー。」

「そう。『存在』そのものに手を入れたり変化を加えるのは、この世界の理として最大の禁忌と言ってもいい。」


「例えば……誰かが、『自分は臆病な人間だけど、もっと強くなりたい。勇気を持ちたい。』そう強く思って、いろいろ努力する。まあ、人間の生まれついての性質、性格、資質なんかは、そう簡単に変えられるものじゃないが、それでも、本気で変えたいと思って努力すれば、ほんの少しずつだが変わっていく。そういう『変化』はこの世界では認められている。自分の意思や行動の結果による変化だな。……しかし、そうじゃない変化。もっと簡単に、もっと短期間に性質を変えようと、自分や他者の『存在』そのものに手を加える。それは許されない。……この世界では、『存在』によって、そのものがどんな性質を持っているか、つまり『個性』が定義されている。だから、大元の『存在』に手を加えて、『存在』の形や有り様を変えると、そのものの性質、『個性』も自ずと変わってくる訳だ。……しかし、この『存在』を変化させる事で、そのものの性質や『個性』を強制的に変える事は、この世界の理に反する行為だ。」


「この世界の理では『存在』そのものを消滅させる事は出来ないって話はしたよな。……人間に限らず、どんな生き物も無機物も、『物質世界』において永遠はない。形あるものは、皆いつかその形が壊れてなくなる。人は死に、草木は枯れ、岩も砕けて塵となって四散する。しかし、それはあくまで『物質世界』での肉体や姿が失われただけで、『存在』そのものは消失していない。『物質世界』における姿を失ったという状態であり、その『存在』は『魂源世界』に引き寄せられ、また新たな肉体や姿を『物質世界』に得るまで『魂源世界』のみを知覚しながら過ごす事になる。」


「もし、そんな『存在』を、世界の理に反したなんらかの力で強引に消滅させようとすると……おそらく、世界の理を守り、この世界をこの世界たらしめている、この世界そのものの力により、それこそ自分の『存在』が消滅させられかねない。……うーん、そうだな。俺達の肉体は、ケガをすると、自然に治って元の状態に戻るよな。『世界の理』って言うのは、それと同じだ。この世界そのものの自然な流れ、自浄作用、一定不変の法則だと考えていいだろう。俺達の肉体が健康な状態を保とうとするように、この世界も、この世界であり続けるための力が常に働いていて、ケガや汚れのような、世界の維持に悪影響を及ぼすものは、治癒されたり排除されたりする訳だ。……その『この世界が望まない』つまり『世界の理に反した』行動の最たるものが、『存在』を消滅させる事なんだよ。」


「『存在』というのは、この世界において、それだけ不可侵な領域なんだ。そんな『存在』を『消滅』させるのは、さっきも言ったように、最大の禁忌だ。そして、『存在』に手を加える事も、その禁忌に近しい行為とみなされるだろう。」


「そして、俺が望んでいるのは、俺と『これ』の『存在』を完全に分離する事だ。つまり、この『世界の理』の禁忌に引っかかる可能性が非常に高い。まあ、普通にやろうとしたら、たとえ成功しても、俺と『これ』の『存在』は、少なくとも俺の『存在』は、世界の自浄作用により消滅すると俺は予想してる。」

「ダ、ダメじゃーん!! せっかく別々の『存在』になっても、ティオが消えたら意味ないじゃーん!!」


 サラが真っ赤な顔で力一杯叫ぶのを見て、ティオは苦笑いした。


「ハハ、だよな。だから、俺も困ってる。……なんとか『世界の理』を誤魔化してすり抜ける裏技みたいなものがあればいいんだけどなぁ。まあ、そんなズルが簡単に出来るような相手じゃないから困ってるんだよな。何しろ、俺達の『存在』はこの世界の中にあって、『世界の理』に沿って生きている訳だからな。」


「そこで、第二案だ。」


 ティオは、ピッと人差し指と中指を立てて言った。


「俺が、次善の策として考えているのは……『これ』の完全封印だ。」


「今現在『これ』は、俺の意思と、試行錯誤による様々な方法、主に『宝石の鎖』の効果によって、ある程度制御されている。と言っても、ちょっとでも俺の気が緩むと、制御が甘くなってすぐ暴走するというまだまだ不安定な状態にある。俺が目指す『完全封印』と言うのは、俺が『これ』を100%に限りなく近い状態で制御出来るようになる事だ、とも言い換えられる。俺が『これ』を完璧に制御出来さえすれば、俺は『これ』を静止させた状態で放置しておけばいい訳だからな。……さて、この案の問題は、俺が死んだ後どうなるかって事だが……俺の死によって、俺が制御していたものが解放されてしまう可能性は確かにある。でも、まあ、俺と『これ』は同一存在だから、俺が死ぬと『これ』も『魂源世界』でのみその『存在』を感知出来る状態になると推察される。つまり、『物質世界』と『精神世界』で、他者に影響を与える事はなくなる訳だ。そうすれば、今現在のように、『これ』のせいで誰かが酷い目に遭う事態はなくなるだろう。」

「えっとー……要するに、ティオが、生きている間ずっとこの『不思議な壁』の動きを完全に抑え込めたら、それで大丈夫って事ー?」

「そういう事になるな。」

「一生『不思議な壁』をここで抑え続けるの? 一人で?」

「それしか方法がないなら、そうするしかないだろう? 今もまあ、俺の毎日はそんな感じだしな。まだまだ全然抑え込めてないけどな。完全制御、完全封印には程遠いな。」

「……」

「……ん?」

「……」

「なんだよ、サラ? 難しい顔して。」


 サラは、美少女が台無しになる程、ギュギュッと眉間にシワを寄せて目をしかめ、叱るように尋ねた。


「……ティオ、アンタ、まさか、『自分が死んだら、周りの人間が被害に遭う事はなくなるから、どうしようもなくなったら死のうかな』とか、考えてないよね?」

「うえっ?」


 ティオは、しゃっくりのような声を上げると、タハハと困り果てたような苦笑を浮かべた。


「ダ、ダメだからね! そういうのは、絶対ダメー! 私が許さないからー!」

「ハハ、ほんとサラには敵わないな。」


「……まあ、正直、最悪そうしようかなと思った事はある。」

「ほらー!! やっぱり、そいういう事考えてたぁー! ダメだって言ってるじゃーん!……そういうのは、ホントのホントに絶対ダメなのー!」


 バツが悪いといった顔で視線を逸らしてポリポリと頰を掻いているティオを前に、サラは本気で腹を立て、辺りに伸びていた『宝石の鎖』を鷲掴んでグイグイ引っ張った。

 それに合わせて、『宝石の鎖』の伸びている元であるティオの体も、ガックンガックン揺すぶられる事となった。


「あー、分かった分かった! しない、しない!」

「ほ、本当ぅ?」

「ああ。昔、まだかなり凹んでた時に、チラッとそんな事を考えた事もあったなぁってだけの話だよ。今はもう考えてねぇよ。」


「俺は、二年前のあの事件で、たった一人生き残った。無残に殺された人達に対して、俺だけがこうして今も生きている事に罪悪感を覚えていた時期もあった。何も出来なかった事で自分を責めたりもした。あの事件以降『これ』の制御に悩まされている状況もあって、俺もあの時死ねば良かったんじゃないか、とか思ったりもした。」


「でも、今はそんな事は考えてないから、大丈夫だ。サラには余計な心配をかけて悪かったよ。」


「俺は、あの時死に損なったんじゃなくって、助けられ生かされたんだって、今は思ってる。そう、だからこそ、この命は大事にしないとな。死んでいった人達の分も、俺がしっかり生きなきゃな。うん、もう、大丈夫だ。」

「……」


 サラは、ティオのやや苦しげに歪んだ笑顔を見ていると、内心複雑な気持ちになった。

 ティオが生きようと強く思っているのは嘘ではなく、それは良い事だとは思う。

 けれど、それはあくまで「亡くなった人達がたくさん居た中でたった一人生き残った自分は、その人達の分も歯を食いしばってでも生きなければいけない」という義務感からであり、自身の人生の楽しみや幸福を追求する気持ちは全く感じられなかった。

 加えて、ティオは、『不思議な壁』の制御について「『俺が死ぬ』という方法で解決しようとは思わない」とも言っていたが……

 ティオの性格からして、「本当にどうにもならない」状況が訪れた時、「自分を犠牲にする」という選択をしてしまいそうな気がして、サラは心配だった。


「前にも言ったけど、ティオはねぇ、自分を大事にしなさ過ぎだよ!」


 サラは、聞き分けのない幼い子供を叱るような気持ちで、ビシッとティオの鼻先を指差して厳しい口調で諭した。

 これが、まだ本当に子供相手ならいいのだが、ティオはサラより遥かに知能が高く、様々な経験をしている人間なので、厄介だった。

 それでもサラは、自分の心を真っ直ぐにティオに向けて伝えようと、真剣に語った。


「ティオはさ、周りの人達に迷惑をかけたくないとか、みんなが困らないようにとか、そうやって、人の幸せの事ばっかり考えてるけどさ……その『みんな』の中には、ティオだって入ってるんだよ? それなのに、ティオが真っ先に幸せになろうとしないで、どうするの? そんなのいくら頑張ったって、絶対『みんな』は幸せになれないよ! 自分自身が幸せになろうとしてない人間が、周りを幸せに出来る訳ないでしょ!」


「幸せなんて、人からもらうものじゃないよ。自分でなるものだよ。だから、人を幸せにしようとせっせと頑張ったって、ムダなの! そんな事より、自分自身が一生懸命幸せになろうって、頑張らなきゃダメなの! それでもし、本当に、自分が充分幸せになったのなら、周りの人達にちょっと幸せを『おすそ分け』すればいいんだよ。そういう風にしか、他の人を幸せになんか出来ないの!」


「……」

 ティオは、サラの言葉を、深い森を思わせるその独特な緑色の瞳を少し見開いて聞いていたが……

 やがて、フッと、呆れたように感心したように笑った。


「正義の味方を自称するサラとは思えない言葉だな。サラは『自己犠牲精神』を肯定してるのかと思ってたけど。」

「そんな訳ないでしょ! 前も言ったけどー……私は、私が人助けがしたいから、人を助けてるの! 私が人のために何かしたいって思ってるから、人のために頑張ってるの! それは全部、私が心から望んでる事だからなの!……要するに、私は、私自身のために、人助けをしてるし、人のために頑張ってるの!……私は、自分の欲求に正直に生きてるだけなんだよ! 私は、自分が幸せになる事をいつも考えてて、それで、私が幸せだなって思えるのは、人助けをしてる時だったの! ただ、それだけの事なんだってば!……だから、私は、誰かのために、自分の人生や命を犠牲にしたいとか捨てたいなんて、一度も思った事ないんだからね! そこんとこ、ちゃんと覚えといてよね!」


「私は、一番に、私のために生きてるんだよ! だって、私の人生だもん!『私が』『私のために』『私らしく』生きるのは、当たり前の事でしょう!」


 そんな、一片の迷いもない鮮烈な光のごときサラの言葉に、ティオは少し眩しそうに目を細めた。

 そして、肩をすくめ、おどけたように笑った。


「正論だな、まさに。」

「そうだよ!……だから、ティオも、もうちょっと自分を大事にしなきゃダメだよ! せっかく頭が良くっていろんな事知ってるのに、そこの一番大事な所を忘れてたら、意味ないんだからね!」


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