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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <後編>覚悟と決着
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夢中の決闘 #27


「ね、ティオ。その時ティオを助けてくれた人って、どんな人だったの?」


 サラが千切って投げつけた『宝石の鎖』をせっせと鎖状に構成し直しているティオに、サラは、『記憶喪失』についての情報以外でもう一つ気になっていた事を尋ねた。

 と、ティオの顔の筋肉が、一瞬ピクッと引きつった。

 眉間にシワを寄せてあからさまに嫌そうな表情でこちらを見てくるティオに、サラは(あっれー?)と思いながら、更に聞いていった。


「……なんでそんな事聞くんだよ?」

「だってー、気になるじゃん。……ティオが住んでた所って、森の中だったんでしょ? 近くの町まで何日もかかるようなー。んで、ティオは、魔獣にやられて倒れてた。手足の骨を折られてほとんど動けなかったんだよね? それから、ティオが村ごと魔獣を焼いて倒した時、村の人はもうみんな亡くなってた。……ティオは、その後一人で遠くまで行けたとは思えないしー、村の中にも村の近くにも、誰も居なかったんだよねー? 一体誰が助けてくれたのー?」

「それは……ほら、俺が村を焼いた火を見て、遠くから駆けつけてきたんだよ。もう夜も終わって朝になる頃だったみたいだけどな。俺は気絶してたから、助けられた時の事は後から聞いただけだ。村を焼く少し前辺りから、俺の記憶は曖昧になってるって言ったろ? 村を焼いてアイツを消滅させた直後ぐらいに気を失って、それからずっと倒れてたんだよ。……次に目が覚めたのは、二週間後だった。」

「に、二週間後?」

「ああ。生き残ったって言っても、俺も手足の骨を折られて重体だったからな。二週間生死の境をさまよったんだよ。そして、なんとか生還出来たって訳だ。」

「ティオを助けてくれた人が看病してくれたの? 今は、もう、その時のケガは平気なの?」

「一年ぐらいかけてほぼ元通りになったかな。まあ、二、三ヶ月で大体良くなってたよ。それもあって、一人で旅に出る事が出来たんだ。」


 サラは、両手両足の骨が折れて動けない状態だったと聞いて、今もまだどこかにその影響が残っているのでは? と心配したが……

 記憶の中にあるティオの動きは、初めて会った時から体のどこにも違和感を感じなかった。

 ティオの言う通り、今はもう完治しているようだった。

 相当重症だったと思われるのに、そんなに綺麗に治るものなのかという疑問は少しあったが、ティオが何事もなかったように元気にしているのは嬉しい事だったので、サラはそれ以上深く考えなかった。


「へー! 良かったねぇ、酷いケガだったのに、すっかり良くなってー! そんなに一生懸命看病してくれるなんて、いい人に助けられたんだねー!」

「……」

「あれ?」


 ティオの表情が、また、ピキッという音でもするように引きつって固まったので、サラはカクッと小首をかしげた。

 ティオは、その後、いかにも渋々といった感じで、感謝の気持ちを口にした。

 まあ、精神世界において嘘はつけない筈なので、感謝している事は間違いないようだったが。


「……あー、うん、そうだな。アイツらには助けられたよ。おかげで、九死に一生を得た。感謝してる。」

「えー? ティオ、本当に感謝してるー?」

「し、してるよ! 一応! 俺が今ここにこうして居られるのは、アイツらのおかげだよ! ムカつくけどな!」

「ちょ、ちょっとー! さっきからなんかおかしいと思ってたけどー……ティオ、アンタってば、そんなわざわざ遠くから駆けつけてくれて、ケガも治療してくれた人に対して、態度悪くないー? そういうの、命の恩人って言うんだよねー? なんでそんなに失礼な態度……ん? アイツら?『ら』? 一人じゃないの?」

「確かに! 俺はアイツらに命を助けられたし、ケガの治療も最高のものを受けさせてもらったよ! だから、普通なら後遺症が残って、手が麻痺したり足を引きずったりする所を何もなかったように動けるようにまでなった! それは、俺も良く分かってるし、感謝もしてるっての!……でもな!……」


「嫌いなものは嫌いなんだよ! 俺は、アイツらが大っ嫌いだ! もう二度とアイツらには関わりたくない! だから、一年前に一人で旅に出たんだよ!」

「ティ、ティオー! なんて恩知らずなのー! ダメじゃーん!」

「お、恩は返したよ、ちゃんと! 旅に出る前にな!」


「アイツらに言われるまま、軍隊にだって入ったし、事務処理仕事も散々やった! 全然やりたくなかったけどな! 他にも、古文書だっていくつも解読して全文翻訳した書面を渡したし、壊れてた古代文明の装置も出来る限り補修した!……ま、まあ、学校を爆破したり、実験室に大穴を開けたり、国宝をいくつも破壊したり……した事もあったけども、そ、そんなの、俺がアイツらにもたらした利益に比べれば微々たるものだっての!」

「ちょ、ホ、ホントに一体何やってるのよ、ティオー! アンタ、いろいろと壊し過ぎー!」

「と、とにかく! 俺は、アイツらに恩義は感じてるが、旅に出る前にキッチリ借りは返したから、後ろ暗い所は何もない! そして、俺は、アイツらの事が大っ嫌いで、もう絶対会いたくないんだよ!」


 ティオはダダダダダッと早口でまくしたてると、腕組みをしてプイッとそっぽを向いてしまった。


「……サラ、お前、そろそろ眠った方がいいんじゃないのか? もう精神体の修復は終わってるだろう?」

「あ! 話逸らそうとしてるでしょ? もうー!」


 以前住んでいた森の中の村が崩壊してから、何者かに助けられたティオが、その後約一年程どこで何をしていたのかは……

 その期間の話になるとティオが途端にムスッとして口をつぐむので、さすがのサラもそれ以上は聞き出す事が出来なかったのだった。



(……えっとー、一回整理しとこう。……)


(……ティオは、十五歳の時に盗賊団を抜けて、森の奥の小さな村で半年ぐらい木こりとして生活してた。んで、十六歳になったかならないかぐらいの頃、春になる少し前に、住んでいた村が魔獣に襲われて滅んだ。村人は、ティオを残して全員魔獣に殺されたけど、ティオは村ごと魔獣を焼き払う事でなんとか魔獣を倒して、ギリギリ生き残った。……)


(……ティオは重体だったから、その後気絶して二週間目を覚まさなかった。そんなティオを助けてくれたのは、ティオが村一帯を燃やしたのに気づいて駆けつけてきてくれた人? 人達? で、意識のないティオを保護して看病してくれた。……)


(……ティオは、ケガが完全に良くなるまでその人達の所で、いろいろやってたっぽい。でも、理由は良く分からないけど、ティオはその人達の事が嫌いで、一年前に一人で旅に出た。……えっと、旅に出たのが大体一年前って話だからー……ティオは今、十八歳で、一年前は十七歳かぁ。……)


(……ん?……村が襲われて滅んだ時、ティオは十六歳で、今から二年前の事だよね?……二年前? 二年前ってー……)


 サラは、いつしかすっかり元通りに治っていた指を、一つ二つと折って数えながら、真剣な顔で考えていたが……

 ふと、気づいて顔を上げた。


「ティオ。ティオが、初めてこの『精神世界』にある自分の精神領域に来たのって、確か二年前って言ってたよねー? それってー……」

「ああ、村が突然の襲撃を受けて壊滅して、俺自身も酷いケガを負って死にかけた。そのショックと言うか、その時精神的に大きな衝撃を受けたのが、この『精神世界』を感知するきっかけになったんだよ。」


 椅子に座ったティオは、膝の上で、節のしっかりした長い指を組み合わせたが、どこか落ち着かなげに時折組み替えながら、語った。


「俺は、あの事件の後、二週間眠ったまま目を覚まさなかったが、実は、その間物凄く忙しかった。いや、俺の肉体は、ベッドでずっと寝てたけどな。」


「そう、気がついたら、俺は、ここ『精神世界』の自分の精神領域に意識があって、精神体も自然と構成してた。この感覚に慣れるのにスゲー苦労したんだよ。」


「何しろ、今まで『物質世界』がこの世界の全てだと思ってたからな。それがいきなり、もう一つ『精神世界』ってのがあって、その二つが重なり合っていたって事を実感した。……まあ、本当は『魂源世界』もあるんだが、そっちは肉体を持って生きている間は感知出来ないから、今は考えなくて大丈夫だ。……いや、『物質世界』と『精神世界』の二つだけでも、同時に感知して生きていくってのは、充分頭が混乱するけどな。」

「ティオは、私と違って、起きてる時もずっと『精神世界』の事を感じ取ってるんだもんねー。私は、起きてる時は『物質世界』の事だけで、眠ったら『精神世界』に意識が移ってるから、眠って夢を見てるのとあんまり変わらないんだけどねー。やっぱり、同時に二つの世界をずっと感じているのは大変なんだねー。」

「まあな。でも、それが出来ない事には……つまり、普段『物質世界』中心で生活している時も、この『精神世界』の自分の精神領域で、精神体を保つぐらいの意識は残しておかないと、『コイツ』の制御が出来なくなるんだよ。」

「……『不思議な壁』……」


 サラは、今もティオの背後にそびえる『それ』をチラと見た。

 サラが『不思議な壁』と呼ぶそれは、やはり、ティオの背のすぐ後ろにあるかのような、遥か地平の彼方にあるかのような掴み所のない距離感で、しかし確かに、巨大な姿でそこに存在し、ティオの精神領域を大きく覆っていた。


「ねえ、『あれ』とか『それ』とか面倒臭いから、ティオも『不思議な壁』って呼んだらー?」

「ダメだ。その呼び方は『これ』の本質を捉えてない。『これ』を制御する必要がある俺が、『これ』を間違った呼び名で呼ぶと、制御が定まらなくなる。逆に言えば、『本当の名前』を呼べば、制御しやすくなるが、それはサラの前では出来ない。お前に『これ』の事を、これ以上知られたくないからな。」

「ふーん。あっそ。」


 サラは、長椅子の上であぐらをかき、腕組みをして、少し不満そうにぷうっと頰を膨らませたものの、それ以上はティオの方針に素人である自分が口を挟むべきではないと思って黙った。


「『物質世界』で意識を失って眠り続けてた二週間が、最初の関門だったな。『物質世界』に意識を傾ける必要がなかった、ってか、意識が戻らないぐらい肉体の方がボロボロだったせいで、『精神世界』に意識を集中する事が出来た。不幸中の幸いって言っていいか分からないけどな。まあ、最初は、『これ』に慣れるまで本当に大変だった。俺の精神領域の中にこんなものがあると思ってなかったからなぁ。まず『これ』について、ある程度理解しなきゃいけないと思ったんだが、サラも知っての通り、『これ』に触れると、脈絡なく膨大な情報が自分の意識の中に流し込まれるんだよ。俺と『これ』は同じ存在の筈なのに、なんでなんだろうなぁ、まったく。そんなこんなで、『これ』の扱いに慣れるまで、何度この自分の精神領域でぶっ倒れたか分かんねぇ。」


「二週間後に目が覚めてからが、またしんどかったなぁ。ようやく自分の精神領域での生活に慣れてきた所に、今度は『物質世界』での情報まで処理しなきゃならなくなったからな。『物質世界』と『精神世界』っていう二つの世界にどう意識を傾けるのがいいか、その塩梅や比重の切り替え方が分からなくって、必死に試行錯誤した。まだ不安定な『精神世界』での生活の方に、出来れば意識の大半を傾けていたかったんだが、どうしても、『物質世界』で意識を集中する必要のある場面も出てきてさ。そんな時、綱渡りの細い綱の上に立ってるみたいな状態でフラフラしてたバランスが一気に崩れて、『物質世界』でまた気を失ったり、『精神世界』で『コイツ』が暴走したり、もう、あの頃はホント散々だったな。ケガが治ってなくて肉体が不安定だったのもあるけど、『物質世界』『精神世界』共に、何度意識が飛びそうになったり、実際飛んだりしたか分からない。毎日の大半を、激痛でのたうちまわってたような気がする。」


「でも、ケガの治療が進んで肉体が回復するにつれて、少しずつそんな生活にも慣れていった。まあ、習うより慣れろって言うか、慣れって怖いな、ハハ。……少しまともに動けるようになった俺は、解決策を探りたくて、書物を読みあさった。幸い、俺を捕まえて連れていった……保護してくれたヤツらの居住地には、いろんな本が大量にあったからな。俺はそれを、片っ端から読んでいった。『これ』を制御するヒントが少しでも得られるならって、普通の学術書だけじゃなく、料理本や園芸書、動物の飼育法まで、そこにあった本はマジでなんでもこだわりなく全部読んだよ。でも、俺と同じようなケース、つまり『精神世界』を感知した人間が少な過ぎて、ほとんど役に立たなかったな。加えて『これ』に関する記述は皆無だったしな。まあ、おかげで、雑学的な知識はムダに増えたよなぁ。」


「結局俺は、手探り状態で実験を繰り返す他なかった。失敗するたび、全身苦痛にさいなまれて転げまわり、酷い時には何日か寝込んだけど、俺がこの先平穏に生きていくには、『これ』を制御する以外の選択肢はなかった。前例がないとか、方法が分からないとか、愚痴ってる余裕もなく、ただただやるしかなかった。時々気を抜いて意識が飛んだり、実験に失敗してぶっ倒れたりを繰り返しながら、がむしゃらに本を読んで、可能な限り技術を身につけて、『物質世界』と『精神世界』の二重生活と『コイツ』の制御に徐々に慣れていった。まあ、やり方がメチャクチャでも、人間必死になればなんとかなるもんだな、ハハハ。」


「そして、あの事件から一年が過ぎようとしていた頃、俺はようやく自分の体質、『鉱石と親和性が高い』という異能力を使って、『宝石の鎖』を作り出し、『これ』を制御する事を思いついた。そして、それは一定の成果を収めた。今まで試した方法の中で一番効果的だった。そこで俺は、継続的に他の方法を模索しつつも、とりあえず、『宝石の鎖』の強化と精度向上に重点を置いて活動する方向に狙いを定めた。」


「そこで問題になってくるのが、『宝石の鎖』の元となる宝石の確保だ。サラが気づいた通り、『宝石の鎖』を作っている宝石は、全て俺が『物質世界』で実際に集めたものだ。しかも、宝石ならなんでもいいって訳じゃない。『これ』の制御には、出来るだけ質のいい宝石がまだまだ山のように必要だった。だから俺は、アイツらの居住地にあった宝石の中で上質なものをあらかた搔き集めると、あの土地を出る事を決めた。……ちょうどケガの方も完治した所だったしな。それにあそこにある本も読みきって、身につけられる技術も身につけ終わってた。そう、あそこに居ても、もう俺が吸収出来るものはなかったんだよ。これ以上長居しても、状況の改善は見込めないと判断した。」


「だから、外に出て、世界を旅して回ろうと思ったんだ。世界中のまだ見ぬ新しい宝石を集めて、未解読の古文書を探して読んで、古代文明の遺跡を巡ってヒントを得て、そうやって生活した方が得るものが大きいと考えたんだよ。……そして、一人で旅を始めて約一年程経った頃に、このナザール王国の王都でサラに出会ったって訳だ。」


 話を聞くに、ティオは、彼を助けた者達の住んでいた場所にあった宝石を、旅に出る前にゴッソリ持ち出したらしかった。

 まあ、なんとなく予想はしていたが、ため息が止まらないサラだった。

 ともかくも、ティオが喋りたがらない部分は曖昧なままだったが、一応これで、ティオの過去から現在までの経緯が概ね繋がったのだった。


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