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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <後編>覚悟と決着
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夢中の決闘 #25


「ティオは、その魔獣に一撃でやられたりしなかったんだね。他の人達は、出会い頭に袈裟懸けに切り裂かれて亡くなってたって話だったけど。」

「ああ、俺は村の奥にたどり着くまでに同じような殺され方をした遺体をいくつも見てたからな。ある程度相手の攻撃を予想してたってのもある。だから、初撃はなんとかかわせた。」


「でも、結局倒された。両手両足の骨を折られて、身動き出来ない状態で転がされた。……そうだな、俺を一息に切り裂いて殺さなかったのは、ただのヤツの気まぐれだろう。」


 ティオ自身、二年前の事とは言え、未だ鮮明に脳裏に焼きついているらしく、終始辛そうに語っていたが、聞いているサラも、思わず口に手を当て顔を歪めた。


「……で、でも、こうしてティオは今ここに居るんだから、助かったんだよね? その魔獣は、結局どうなったの?」

「消滅した。」

「しょ、消滅?」

「ああ。」


「俺が、アイツを、欠けらも残らないように、徹底的に焼き尽くした。」


「……」

 サラは思わず言葉を失って、しばらく呆然と固まっていた。


 虫も殺せない程に優しいティオが、完全に慈悲を捨てた排斥行動に出るというのは、余程激しい嫌悪と怒りに駆られていたという事なのだろうか?

 けれど、ティオの心を探ろうとジッと彼の目を見つめたサラが見たのは、むしろ空虚で悲しげな表情だった。

 詳しくは語られなかったが、ティオはなんとか村を襲った魔獣らしきものを倒したと思われる。

 しかし、それによってティオの心が晴れる事はなく、かと言って逆に憎しみの炎を激しく燃やすような事もなく……

 ただそこには、村人達を助けられなかった事に対する自責の念や、埋めようのない喪失感……

 そして、どんなに悔いても過ぎ去った過去は決して変える事が出来ないという、深く沈んだ諦めの気持ちが漂っていた。


 ある意味、ティオらしい感情だともサラは思ったが、ティオは妙に自己評価が低く自分の無力さを責めがちな傾向があるので心配になった。

 一方で、自分以外の村人があっという間に無残に殺されていった悲惨な体験を通して、ティオの優し過ぎる心が内向的になり自責へと向かった事に納得がいってしまう所もあった。


 ティオは、顔を歪めて苦笑し、自嘲気味に言及した。


「まあ、あの村に住んでいた人間は、もう俺以外全員殺された後だったからな。アイツを消すために村を焼いても村人への被害はなかった、とも言えるんだが……村ごと焼いたおかげで、遺体も全部燃えちまったんだよなぁ。それどころか、村の周囲数キロメートルの森も焼失して、一時は大規模な山火事になりかけた。……ちゃんと弔えなかったのは、悪かったと思ってる。住んでいた村も、綺麗だった森も、跡形もなく灰にしてしまって、申し訳なかった。」

「ティ、ティオは悪くないよ! そ、そうしなきゃ、魔獣を倒せなかったんでしょ? ティオだって、殺されちゃってたかも知れないんでしょ?」

「まあな。……でも、俺が、あの村を、亡くなった人達を、森を、アイツもろとも焼いたのは事実だ。」

「……」


 サラはまた、言葉を失ってしばし黙り込んだ。

 以前ティオから、「前に住んでいた村は自分が焼いたから、今は何も残っていない」と聞いてはいたが、その時ティオは冗談めかして言っていたので、まさかこんな真相だとサラは思ってもみなかった。

 魔獣に襲われて、両手両足の骨を折られ、身動きの取れない状態で転がっていたティオが、どうやって村を中心に数キロメートルもの範囲の森を焼き尽くしたのかは気になったが……

 この状況で、ティオが自分から語ろうとしない事については、とても聞く気にならなかった。


 サラが沈んだ表情をしているのに気づいたらしいティオが、まだ顔を歪めながらも笑ってみせた。


「実を言うと、その時の事は、俺も良く覚えてないんだよな。俺が村を焼いたってのも、俺を助けてくれた人間から後から聞いて知ったんだ。まあ、でも、焼いたのが俺だってのは間違いない。俺自身、後で確認したからな。」


「だけど、当時の記憶は、俺の中でまだ曖昧なままなんだ。あの時の俺は重傷を負って激痛で意識が朦朧としてたってのもある。でも、どうやら、記憶喪失って訳じゃないが、精神的に辛過ぎて、記憶がぼやけてるっぽいんだよな。心が壊れないように、無意識の内に自己防衛本能が働いてるって感じか。」


「その時の事をハッキリと思い出せないのは、いい事なのか、悪い事なのか、俺にも未だに良く分からない。」


「ま、これが、俺が極度の刃物恐怖症になった理由だよ。」



「……そ、そっかぁ。それでティオは、刃物がダメになっちゃったんだね。」

「ああ。」

「治るの?」

「うーん、医者には、俺の刃物恐怖症は精神的なものだから、あの村での惨劇が俺の中で過去の出来事として完全に整理されれば治るだろとは言われたな。でも、あれからまだ二年しか経ってないしな。正直、俺自身全く整理出来てる感じがしない。思い出すと、正直辛いな。この辛さが、もっと他人事のように穏やかなものになったなら、刃物恐怖症も治るって事なのかも知れないが……それはそれで納得いかないという気持ちが、俺の中にはある。」


「俺だけが一人生き残っただけじゃなく、あの出来事さえも忘れ去ってしまう事に、罪悪感を覚えるんだよ。」


「罪を犯した人間が、完全に罪を許されたとして、それで、罪を犯した重責から解放され楽しく浮かれられるかというと、難しい問題だろう? まあ、中には自由を謳歌する者も居るだろうけれど。でも、人によっては、罪を許される事でかえって苦しくなる者も居る。一度犯した罪は消えない。たとえ、社会的な規範、法律にのっとって罪を償い正当な許しを得たとしても、周囲の人間が皆事件を忘れてしまったとしても、罪を犯した本人が、自分自身を心の中でいつまでも責め続けている場合もある。そういう人間は、無罪放免となって何事もなかったように扱われると、かえって戸惑い混乱する。むしろ、『重罪人め!』と他人から罵られ、罰を与えられて苦しみ続けている方が気が楽だ、という気持ちにさえなる。過去を忘れて楽しく幸せに過ごす事に、何より罪悪感を覚えるんだよ。他人から優しくされたり思いやりの言葉をかけられると、『自分はそんな扱いを受ける価値のある人間じゃない』と感じてしまって、素直に受け入れられず、逆に苦しむ事になる。」

「……で、でも、ティオは、別に何も悪い事してないじゃない! 村の人達を助けられなかったのは、ティオが悪かった訳じゃないでしょう? 私がティオの立場でも助けられなかったかもしれないし、誰だってそうだよ! 村を焼いて、亡くなった人達を弔えなかったのも、どうしようもない事でしょ?」


「そう! そうだよ! どうしようもない事、どうにも出来なかった事にいつまでも囚われて、自分を責めるのは間違ってるって私は思うよ!」

「……」


「サラの言う事は、その通りだと俺も思ってるよ。理性ではな。どうにもならない過去をいつまでも引きずって生きていくのは、人間の生き方として、後ろ向きで不毛な事だと思うよ。とても褒められたものじゃない。」


「でも、そういう問題じゃないだ。論理的に正しいとか、常識的に考えて間違えてるとか、そういう事じゃなくて……ただ、俺の心が、受け入れられないんだよ。」


「あの出来事から、俺一人だけが生き残って、今もこうして、何事もなかったように何不自由なく生きてるって事をさ。」


「まあ、これが、医者の言う所の『過去の出来事としての整理がついてない』って状況なんだろうな。」

「し、死んじゃった人の気持ちは私には分からないけど……でも! わ、私が、その村の人だったら、ティオがいつまでも自分達の事で苦しんでるのは嫌だって思うよ! せっかく生き残ったのに、ずっとその時の事を忘れないで辛い気持ちでい続けるなんて、そんなの全然嬉しくない! わ、私だったら、『自分の分も、楽しく生きてね!』って思うよ!」

「……そっか。」


「ありがとうな、サラ。」


 ティオは、胸の前で両手の拳をギュッと握りしめて一生懸命語るサラに、悲しげな笑みを浮かべて礼を言うと共に、サラを困らせてしまった事を詫びた。


「ごめん。楽しいどころか、嫌な話だったな。俺の昔話に付き合わせて悪かったよ。サラには、やっぱり言わない方が良かったな。」

「そ、そんな事、全然ない!」


「わ、私は、ティオの事、もっといっぱい、ちゃんと知りたかったもん! どんなに辛い話でも、嫌な思い出でも、聞かなくて良かったなんて、知りたくなかったなんて、ちっても思わないよ!」


「き、きっとね! 私、思うんだけど、この世界で生きていて、知らなくて良かった事なんて、一つもないんだよ! みっともない事も、悲しい事も、酷い事も、私が知る事が出来る事全部、みんな、ちゃんと知った方がいい事だよ!」


「知って、それで、辛くなっちゃって、ちょっとは『知らなきゃ良かったな』なんて、思う事もあるかもだけど……でも! 私は、いつかは必ず、自分が知った事全部、ちゃんと受け止めるし、受け入れるから!……私は、大丈夫! ゼンッゼン平気!」


「かえってね、なんにも知らないで、そのおかげで楽しくニコニコ笑えてたって、全然嬉しくない! だからね、ティオが私に気を使って黙ってたら、そっちの方が嫌だよ!……あ! えっと、無理に全部話してほしいって訳じゃないよ! ティオが、話せる事だけでいいよ! 私に話してもいいなって思える事だけでもいいから、話してほしいって、そういう意味だからね!」


 サラは、申し訳なさそうな表情を浮かべているティオを前に、長椅子に腰掛けたまま腕をパタパタと振ったり、タンタンと足を踏み鳴らしたりと、身振り手振りをまじえ必死で伝えた。

 そんな、まだ子供のようなあどけなさを残すサラの純粋で一生懸命な気持ちは、ティオにも伝わったらしく……

 ティオは、未だ悲しげな気配を微かに漂わせながらも、いつしか柔らかな表情に変わっていた。


 サラは、澄んだ水色のつぶらな瞳でジッと真っ直ぐにティオを見つめて、言った。

「あ、あの! ティオ、あのね!」


「私に、話してくれて、ありがとう! 過去の事、いろいろ思い出して辛かったかもだけど、それでも、ちゃんと話してくれて、私、凄く嬉しかった! ありがとうね、ティオ!」

「……ハハ、こんな事で、まさかサラに礼を言われるとは思わなかったな。」


 ティオは、少し茶化すように、けれど、サラの一点の曇りもない明るく素直な心に引っ張られるように、思わず笑っていた。


(……ティオの、辛い事、悲しい事、私がちょっとでも受け取れたらいいのになぁ。私が受け取って、そして、その分、ティオの気持ちが軽くなったらいいのになぁ。……)


(……もし、そんな事が出来るなら、ちょっとだけじゃなくって、半分だって、全部だって、私が受け取るよ。……)


 『不思議な壁』の制御のために縛られ続ける日々……

 消える事のない過去の惨劇の記憶による苦しみと後悔……

 そんな、ティオの背負っているものを一つ、また一つと知っていく内に、サラは自分の事のように悲しくなり、思わず涙が零れそうになった。

 けれど……


(……ダメ! 私が泣いたら、ティオが心配する! ティオに心配かけちゃダメ!……)


 目の前で静かに微笑んでいるティオを見て、ハッとなり、ググッと歯を食いしばって、パンパン! と自分で自分の頰を叩いた。

 ティオが、サラの突然の行動に驚いたように目を見張ったので、すぐにニカッと笑ってみせる。


(……私、強くなりたい!……)


(……もっともっと、強くなりたい! 強くならなきゃ! 体だけじゃなくって、心も強くならなくっちゃ!……)


(……もっと強くなって、ティオがどんなに大変なものを抱え込んでても、私がそれを受け止めてあげられるように。……ティオの背負ってる荷物を、半分、私が持ってあげられるように。……)


(……どんなに辛い出来事からも、どんなに悲しい気持ちからも、ティオを守ってあげられるように。ティオがいつも、笑っていられるように。……私は……)


(……強くなりたい。……)


 サラは、そう、心の中で強く決意し、自分の目の前で質素な木の椅子に腰掛けこちらを見つめているティオを、真っ直ぐに見つめ返した。


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