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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <後編>覚悟と決着
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夢中の決闘 #24


「最後の尾根を越えて木の間から遠くに小さく村が見え始めた辺りから、俺は何か嫌な予感がしてた。」


「そろそろ夕方になる時刻だった。村は山間にあったから、太陽が遮られて朝は陽が差すのが遅いし、夕方は平地より早く日が沈むんだ。でも、その季節は、ちょうど山と山の間に太陽が沈む位置に来ていたから、尾根を越えると、赤くなった夕日が村を照らしているのが見えた。みんな、村が見えはじめると、村で待っている家族の事を思って、一刻も早く帰ろうと疲れた足を夢中で動かした。日が沈むまでになんとか村にたどり着こうと自然と歩みが速まった。遠目に見た村は、いつものようにカマドや煙突から煙が上がっていて、一見、夕食の支度をしているのどかな光景に見えた。」


「……でも、俺は、ゾクゾクと背筋に悪寒が走って、嫌な予感が止まらなかった。そして、その嫌な予感は、村に近づくにつれて強くなっていった。冷や汗が全身から吹き出して、心臓が破裂しそうな勢いで鳴っていた。」


 ティオは一旦顔を上げ、長椅子にちょこんと座っているサラに視線を合わせると、フッと皮肉めいた笑みを浮かべた。


「俺の予感は昔から良く当たるんだよ。特に悪い方は、百発百中ってぐらい、マジで良く当たる。」


「とにかく、俺も、一緒に町に買い出しに行っていた男達と村へ向かって急いだ。そして、村が見えだしてから二十分程で、俺達は村にたどり着いた。」

 そう言って、ティオは話を続けた。



 村に帰り着いたティオ達一行が見たものは、この世のものとは思えない凄惨な光景だった。

 村の住人達が、一人残らず血を流して倒れていた。

 辺りには血の臭いが充満し、内臓が出ている遺体を見て思わずうずくまり吐く者も居た。

 皆とっさに持っていた荷物を放り出し、自分の家族の無事を確かめるべく各々の家へと散っていった。

 村の入り口近くに家があり、既に変わり果てた家族の姿を見つけていた者は、泣き崩れていた。


「俺も村の奥に向かって走った。俺の家は、村の入り口から一番遠い村外れにあったからな。それに、他の男達は気づかなかったが、見慣れない足跡が一つ、村の奥に向かって続いていたんだ。」


「足跡を辿って走りながら、その途中で、何軒かの家の様子が目の入った。でも、生きている人間は一人も居なかった。」


「とても足を止めて一人一人確認している余裕がなかったが、ザッと見た所、殺されていた村人は全員、何かの剣のような、大きくて鋭利な刃物らしきものでバッサリ斬られていた。一刀のもとに袈裟懸けに斬られた様子で、斜めに体が真っ二つになっていて、異常な切れ味の凶器と尋常じゃない強い力で斬り捨てられたのが想像出来た。」


「ほとんどの人間が一撃で体を叩き斬られて死んでいたが、たまに遺体の損傷が激しい被害者があった。それは、もれなく、その村には珍しい若い娘や子供達だった。彼らは一撃では殺されず、腹を破られ内臓を引きずり出されていた。そして、その内臓が、小さな欠けらを残して、ほとんどなくなっていた。……まるで、はらわたを狙って食べ尽くされたかのようだった。」


「村が襲われてからそれ程時間が経っていない事は、すぐに分かった。殺された人達の体は、みんなまだ温かかった。地面に溢れる血から温度を感じた。ついさっきまで、いつもと同じく夕食の支度をしていたかのように、鍋や釜がカマドに掛かっていて、火が燃えていた。……おそらく、最後の尾根を越えて俺が村を見た時に、村は襲われている真っ最中だったんだろう。」


「そんな、ほんのわずかな間に、村に残っていた三十人余の人間が殺されたんだ。死んだ人達の様子を見ても、ほとんど逃げる余裕もないままに、気がついた瞬間にその場で斬り殺されたような感じだった。」


「そんな事が出来るって事は、とてもまともなヤツじゃない。人間をまるで枯れ木か何かのように躊躇なくバッサリ斬り捨て、あるいははらわたを引きずり出し、あっという間に村に居た人間を次々と殺していった。」


「ヤバイ相手だっていうのは、村の入り口で最初の遺体を見た時から分かってた。でも、追わずにはいられなかった。足跡があったってだけじゃなく……まだ、ヤツが村のどこかに、いや、村の奥に、俺の家の方角に居るのを、俺はビリビリと痛い程感じとっていた。……そして……」


「……そして……」


「……俺もソイツに襲われて、無様に倒れた。……」


「……」


 そこでティオは、ゆっくりと息を吐き出すと、片手で半顔を覆ってうつむき、唇を閉ざした。

 しばらく、沈黙が流れる。

 サラがティオに話の先をせかさなかったのは、彼の表情があまりに苦渋に満ちていたためだった。


 日頃の生活で、まずティオは自分の感情を表に出す事がない。

 それがマイナス要素のあるものなら尚更だった。

 いつも、能天気に見える程緊張感のないヘラヘラした笑みを浮かべ、飄々とした態度で周りを煙に巻くのがティオという男だ。

 正義感が人一倍強く竹を割ったような性格のサラは、ティオに出会った当初、そんな不誠実で不真面目そうな彼の雰囲気を嫌っていたのだったが。

 実際は、ティオが本質的にとても優しい人間だという事を、今のサラは良く知っている。

 その優しさは、小さな虫の一匹も殺せない程のものであり、海千山千、魑魅魍魎というべき醜悪な人間達が跋扈する世間の荒波を掻き分け生き抜いていくために、彼の心には相当な負荷が掛かっていただろう事が想像出来た。

 まして、今語っているような悲惨な過去の体験により、心に大きな傷を負っているとなれば尚更、ティオの能天気な笑顔には違和感があった。


(……ああ、そうか。……)

 と、サラは、気づいた。


(……ティオがいつも本心を見せようとしないでヘラヘラしてるのって、周りの人間をおちょくってるみたいで、私はついムカついちゃってたけど……)


(……ティオが、本当に笑って誤魔化したかったのは……自分自身だったのかもしれない。……)


 心の傷から目を背け、今もなお延々と続く痛みに蓋をするために、ティオは自分の心に、本心に、嘘をつき続けてきたのだという事実に気づき、サラは胸が塞がる思いだった。


 もちろん、ペラペラ口先三寸で他人を丸め込んだり、腹芸で出し抜いたりといった食えない所がティオの一面であるのは間違いないだろう。

 しかし、嘘がつけず自分の心を偽る事も出来ない精神世界で顔を合わせたティオは、いつもの癖のように、能天気な笑みを浮かべ飄々とした掴み所のない様子を見せる一方で……

 非常に思慮深く、慎重で、警戒心の強い気配が漂っていた。

 また、ティオのそばに居ると、ふわりと温かな光に包まれているように感じるのは、彼が持つ生来の優しさに由来するものだとサラは気づいていた。


 ティオは決して精神的に弱い人間ではない。

 むしろ精神は強靭な部類で、かつ卓越した頭脳と、その頭脳を最大限に利用して、乾いた砂がどこまでも水を吸い込むかのごとく、今までの経験で習得してきた膨大な知識と技能を持っていた。

 それによってティオは、現実の社会でヒラリヒラリと身軽に気ままに生きていく事が可能だった。

 だが、何度もこの世の修羅場をくぐり抜けた事で鍛え上げられたそんな処世術を持ってしてもなお……

 ティオの優し過ぎる心を守る事は完全には出来ておらず、ティオの心の半分は、今も深い悲しみに囚われている。

 ふとしたきっかけで精神的にわずかに弱った時に、『不思議な壁』の制御の糸口の見えない状況への絶望感も相まって、ポロリと、「自分は死んだ方がいいのかもしれない」という、うっすらとした自殺願望のようなものを口にする程に。


「……俺が気づいた時には、俺と一緒に村に帰ってきた男達は、みんなヤツに殺された後だった。」


 ティオは、ようやく顔を上げると、惨劇の顛末をサラに短く語った。


「その村に住んでいた人間は、男も女も老人も子供も、全員亡くなった。俺を除いて。」


「俺だけが生き残った。……そう、俺は、あの村のたった一人の生き残りだ。」


「そして、その後もかろうじて生き続けて、今こうしてここに居る。」



 サラは、ティオが村を襲った何者かについての言及を意図的に避けているのに気づいていた。

 村での暮らしぶりや、春祭りの前に村の男達と町に買い出しに行った事、帰ってきた時山道から見た村の遠景、そういったものの描写に比べると……

 あまりにも、事件の元凶である村を襲った何者かに対する説明が少な過ぎた。

 村に到着した時の凄惨な光景、襲われて殺された人々の様子も、辛そうに顔を歪めながらもある程度語っていたのだが……

 襲った何者かに焦点が当たる筈の場面になると、途端にティオの口数が減っていた。


(……うーん……)


(……言いたくないのかな?……まだ、思い出したくないって感じかなぁ。喋ると、どうしても思い出しちゃうもんね。……)


 サラは、しばらく考えたのち、詳細については、強引に踏み込まないようにとしようと決めた。

 直感的に、この部分はティオにとって非常に危うい箇所だという気がしたのだった。

 サラの頭の奥で、キンキンとした耳障りな警戒音が鳴っているかのようだった。

 この話題を無遠慮に無神経に扱って、ティオの優しい心を苦しめたくないというのもあったが、下手をすれば、警戒心の強いティオの、ようやく再び少し開きかけていた心が、また頑強な扉に閉ざされてしまう予感がしていた。


(……ティオが、村を襲った何者かを見てない筈がないんだよねー。だって、ティオ自身襲われて倒されてる訳だしー。……でも、全然その時の事を話そうとしない。……)


(……フウ。……ティオってホント、どうでもいい事はペラペラペラペラ喋るくせに、大事な事は教えてくれないんだからー。こっちは、「そこ」が知りたいのになぁ。……)


(……まあ、ゆっくりやるしかないかぁー。……)

 と、サラは、問題がすぐ目の前にあるのに直接触れる事の出来ないもどかしさを感じながらも、やや回り道をした質問を投げかけた。


「ティオ、そのティオが昔住んでた村を襲ったのって……魔獣?」

「……」


 サラ自身はティオに気を使って遠回しな質問をしたつもりだったが……

 実際はかなりの豪速球を投げつけていた。

 ティオの表情がピリリとこわばる。

 が、次の瞬間には、つらそうな様子ながらも苦笑に変わっていた。


「……なぜ、そう思ったんだ?」

「えー、だってー、人間の犯罪って感じがしないんだもーん。」


「なんて言うかねー、世の中にはたまーにすっごく悪い人って居るけどー、人間って、信じられないぐらい悪い事をする時でも、もっと頭を使うんだよねー。一見全部おかしいように見えて、時々、『あっ!』って思い出したみたいに、冷静に考えたりするんだよー。だから、人間の犯した犯罪は、どこか『ちゃんとした』部分があるんだー。……うーん、例えば、考えなしに泥棒に入ったように見えて、盗み終わったら、きちんと家に鍵を掛けて帰ったり、とかねー。」


「でも、ティオの話した村の様子は、全然そんな感じがしなかった。」


「最初から最後まで、物凄く狂ってて、凶暴で、残忍で……」


「そういうのって、私、魔獣の被害でしか見た事ないよ。」


 サラの話す感想に、ティオは、腕組みをしてアゴに手を当て、興味深そうに聞き入っていた。


「なるほど。人間のやる事は、どんなに酷い凶行でも、どこか秩序だった印象がある、と言う事か。全てが狂気によって後先考えずに行われている訳ではなく、時折妙に冷静だったり、思慮深く考えているような部分が見受けられる、か。……確かに、そうかもしれないな。」

「でしょでしょ!」

「サラは、今まで何匹も魔獣を倒してきたんだろう? それだけじゃなく、泥棒をはじめとした犯罪者も捕まえてる。そういう経験があったから、俺の話を聞いてピンときたんだな。」


 サラは自慢そうだったが、凄惨な殺され方をした遺体の状況から、「これは人間の犯行ではない」と考えるのが普通だろう。

 ティオから「住んでいた村がある日突然滅んだ」と聞かされたチェレンチーも、戦争に巻き込まれた可能性と共に魔獣の被害を疑っていた。

 しかし、サラの予想には、今まで一人で旅をしてきた中で人間、魔獣両方の様々な事件に関わってきた故の実感が伴っていた。


「ねえ、それで、一体どんな魔獣だったの? 私も、魔獣は何匹か倒してきたけど、あっという間に村人全員を殺しちゃうなんて、そんな凶暴なの会った事ないよ。よっぽどおっかないヤツだったんだね。」

「……魔獣……魔獣、か。……」


「……まあ、そんなところだな。……」


 しかし、ティオは、分厚い眼鏡のレンズの奥で緑色の目を細めただけで、やはり多くを語ろうとはしなかった。

 サラも、ティオの口の重さから、彼の心情をおもんばかって、それ以上は追求しなかった。


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