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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <後編>覚悟と決着
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夢中の決闘 #23


「うん。……想定していたより回復が早いな。」


「サラの意思の強さのおかげか。サラには、確固たる『自分』というものがあるからだろうな。だから、一時的に少し『自分』が散っても、またすぐに元に戻る。」


「特に顔の回復が早いのが興味深い点だな。顔というのは、自分自身を認識する上で、つまり自己認識において重要な部分を占めてるんだろうな。……ああ、分かりやすくいうと、街にいろいろな店の看板が掛かってるだろう? 看板を見ると、そこがなんの店か分かるようになっている。靴屋、金物屋、食堂、宿屋、みたいにな。人間の顔ってのは、社会的な集団の中で、そういう看板みたいな役目を果たしてるんだなって、しみじみ思ったんだよ。」


(……もう喋ってもいい?……)

 と、サラが尋ねると、ティオは腕組みをしてジッと目を凝らし、『宝石の鎖』でサラの右頬をツイツイとつついて確認したのち、コクリとうなずいた。


「ん。まあ、大丈夫だろう。ただし、いきなり大きく動かすなよ。様子をうかがいながら少しずつな。」

「うわーい、やったー! やっぱりねぇ、普通に喋った方がしっくりくるんだよねー! ワーイワーイワーイ!」

「だーっ! いきなり喋るなって言ってるそばから、コラァー!」


 サラは、ティオに呆れられるのも構わず、パクパク大きく口を動かして確かめると、ついでに、ムクッと、長椅子の上に横たえていた上半身を起こした。

 サラの体の補修が進行するまであちこちをそっと圧迫していた『宝石の鎖』達は、自由奔放なサラの行動についていけず、迷っているかのごとく宙でウネウネする羽目になった。

 ティオは「サラ、お前なぁ……」と呆れて顔半分を手で覆い大きなため息をついていたものの、予想以上に元気なサラの姿にホッとした様子だった。


 サラは、ティオが『宝石の鎖』を引き上げていったので、自分の手を目の前に持ってきてマジマジと見つめた。


「凄ーい! 本当に指がくっついてるー! ケガの跡ももうほとんどないよー!」

「見た目的にはかなり治ってるが、中はまだ不安定な状態だ。くれぐれも無理はするなよ。」


「まあ、『精神世界』の精神体は『物質世界』の肉体とは違って、回復が早いんだよ。元々、本人が『精神世界』を感じ取れない状態だと、目に見えない霧のような状態になって自分の精神領域に浮かんでいるような性質のものだしな。その人間の意思が明確な塊になって形状をなしたものが精神体な訳だからな。それこそ、菌糸が集まってキノコになるみたいなもんだ。」


「って言うか、サラはそれを知ってたから、自分の体がボロボロになるような無茶をしたんだろうが。」

「ティオが『回復する』って言ってたしねー。後は、まあ、なんか、『大丈夫そう!』っていう勘ー?」


「でも、ティオを捕まえるためなら、指の一本や二本、なくなってもいいって思ったのは、本当だよ。ここは『精神世界』だから、自分が『そうしたい!』と思わない事は出来ない、でしょ? 私は、あの時本気でそう思ったから、『宝石の鎖』を噛みちぎって抜け出せたんだよ。」

「……」


 ケロリと、当たり前の事を言うようにそう言うサラを、ティオは眼鏡の奥の目をしかめて複雑そうな表情で黙って見つめていたが……

 冷静な態度に戻ると、腕組みをしてサラに釘を刺した。


「でも、精神体は肉体とは回復の仕方が違うって言ってもな、その名の通り、精神や心に直結してるから、あんまり酷いケガをすると、精神的なダメージがなかなか抜けないぞ。場合によっては、一生心の傷として残る事もあるかもしれない。だから、無茶は禁物だ。『物質世界』で肉体を大事にするのと同じように、『精神世界』の精神体も大事にしろよ、サラ。」

「うん、分かったー。……あ、そう言えば、さっき倒れかけてティオが助けてくれた時ねー、頭がボーッとして、自分が誰で今何をしてたんだか分からなくなりそうになってたなぁ。」

「うわあぁ! だから、大事にしろって言ってんだよ! もう二度とすんなよ、こんな事!」

「うん。ゴメンね、ティオ、心配かけて。……あ! 指取れちゃった!」

「あああぁぁっ!」


 珍しくシュンとしょげてうつむき、繋がった小指をツンツンつついていたサラだったが……

 力が入り過ぎたのか、まだ完全に治癒していなかった小指がポロッと落ちかけ、ブラブラと皮一枚でかろうじて繋がっているのを見て、ティオが真っ青になっていた。

 慌てて、再び『宝石の鎖』の極小サイズをグルグルとサラの指と手に巻きつける。


「二度とすんなって言ってんだろうが! 本当に反省してんのか、サラ、お前はぁ!」

「ゴ、ゴメンってばー、ティオー。」


 その後、サラは、再びティオに全身をくまなく『宝石の鎖』で検査され、まだ不安定な部分を念入りに鎖で固定される事となった。


「体は起こしててもいいけどな、後三十分は動くな! 絶対安静にしてろ!」

「うん。ホントゴメンね、ティオー。」


 さすがのサラも、肩を落としてコクリとうなずいていた。



「ねえ、ティオ、落ち着かないから座ったらー?」

「え?……あ、そ、そうか。分かった。」


 ティオはサラが完全に回復するまで、サラの座っている長椅子の前で立ち尽くして、またサラが余計な事をしないか監視している様子だったが……

 サラに注意されると、スッと何もない空間に椅子を出して腰を下ろした。

 それは現在サラが使っている傭兵団の私室の窓際に置かれている質素な木製の机と椅子の、椅子の方だった。

 ティオは、今晩サラが自分の精神世界にやって来てから、勝負中も一貫して、ずっと宙に浮いたまま移動していたが、『物質世界』での生活に慣れたサラが違和感を感じているのを知ると……

 仮想の地面に降りてきて、いつも『物質世界』でしてるような行動に切り替え、椅子にも足を組んで座った。


「サラ、横にならないのか?」

「だって、横になってると眠くなっちゃうしー。体がちゃんと治るまでは起きてた方がいいんでしょー?」

「ああ、そうだな。」

「もうティオの言う通り大人しくしてるけどー、でも、暇だよぅ。ティオ、なんか面白い話してー。」

「お、面白い話って……無茶振りが酷いな。」


 ティオは腕組みをし、アゴに手を当てて「うーん」としばらく考えたのち、サラに視線を戻した。

 まだ体のあちこちを宝石の鎖に巻かれた状態で、ちょこんと木製の長椅子に座っているサラの姿を、確かめるようにしばらくジッと見つめていた。


「面白い話じゃないが、サラには話しておいた方がいいか。チェレンチーさんに昨日話した、俺の過去の話。」

「え? チャッピーに話したのー? 昼間チャッピーと話したけど、そんな事言ってなかったよー。」

「チェレンチーさんは口が固い、と言うか、他人のプライベートをペラペラ喋るような人じゃないんだよ。ボロツ副団長や傭兵団の団員達とは違って、デリカシーや良識ってものをきちんと持ってる人だからな。……それに、俺の過去の話なんて、面白くもなんともないぞ。それでも、わざわざ聞きたいか?」

「えー、聞きたい聞きたいー!」


 サラが目をキラキラ輝かせて食いついてきたので、ティオはそこで、サラが回復するまでの時間潰しも兼ねて、昨晩繁華街の酒場でチェレンチーに語ったのとほぼ同じ内容の話をした。


 五歳の時に、生まれ育った村が戦乱に巻き込まれて滅び、身寄りのない戦災孤児になった……という所までは、既にサラには話してあった。

 そこから先……

 あてもなくあちこちの村をさまよいながら、農作業の手伝いをしたお礼に食べ物を貰ったり、親切な人にしばらく家に泊めてもらったりして過ごしていたが、九歳の時、当時身を寄せていた村が飢饉にあって貧窮し人買いに売られた所から話し始めた。

 二束三文に人買いに売られたティオは、やがて船の荷下ろしを生業としている大人達に買い取られ、そこで、同じ境遇の子供達と共に、非人道的な扱いのもと重労働を課せられる事となった。

 しかし、そのままでは劣悪な環境で生き延びられず、こっそり夜ごと居留地を抜け出して町に行き、食べ物を盗むようになった。

 やがてその行動がその町を縄張りにしていた盗賊団に目をつけられる事となり、仲間に誘われたのを契機に、荷下ろしの仕事をしていた少年二人と共に脱走し、盗賊団に入った。

 ティオのような身寄りのない子供を集めたその盗賊団において、ティオは、リーダーである元騎士に剣術をはじめとした戦闘技術を徹底的に叩き込まれながら、大きな家族のごとき仲間達と共に日々を過ごしていたが、十五歳の時思い立って、盗賊団を抜ける事を決意する。

 脱退に際して、リーダーや仲間達と揉めたものの、なんとか足を洗い、その後森の奥の小さな村で暮らし始めた。


「えー、ティオが木こりー? なんか似合わなーい!」

「そうかあ? 俺は結構しょうに合ってると思ったけどなぁ。って言うか、今サラが座っている長椅子は、村の人に教わって俺が作ったんだぞ。」

「え? これ、ティオが作ったものだったんだー!」

「仕事の合間に、余った木材を加工して、少しずつ自分の家の家具を作って増やしていったんだよ。貧しかったけど、人間らしい生活が出来るようになった実感が湧いて、充実した気持ちになったな。」

「あ、じゃあ、このクッションとかひざ掛けもティオが作ったのー? 可愛くって気に入ってるんだけどー。」

「いや、それは違う。俺はそういう織物とか縫い物とか、美的感覚を必要とする作業は苦手なんだよ。」

「あー、分かるー。ティオってホント、そういうセンスないよねー。」

「セ、センスがなくて悪かったな!」


 サラは、ティオが過ごしてきた過酷な境遇の半生を聞いて、ティオがしたたかで世渡り上手になった理由を知った。

 ティオの、一見冷淡に思える程冷めてスレた態度は、そうでなければ今までの人生を生き抜けなかったのだろうと思った。

 そして、そんな境遇においても、ティオが本質的にとても優しい人間である事は全く変わらなかったのを感じ、内心ホッと安堵してもいた。


「そんな、盗賊団を抜けてから住んでいた森の奥の小さな村が襲われたのは、俺がそろそろ十六歳になろうという頃の事だった。」

「村が襲われた? 襲われたって、何に?」

「……」


 ティオは、思わず目を伏せ眉をしかめた。


「……その辺の事は、あんまり詳しく語りたくないんだ。悪い。」

「ま、まあ、ティオが話したくないならいいよ。」


 いつもはしつこく「なんで?」「どうして?」と質問責めにしがちなサラも、明らかにティオの沈んだ様子に、追及の手を止めていた。

 ティオは、一つ深呼吸すると、膝の上に指を組んだ手を置いて、サラの方に視線を向け直し、再び話し始めた。


「その時俺が住んでいた村は、とにかく森の奥にあってさ、人口は四十人にも満たなかった。若者は村での生活を嫌って町に出ていってしまう者が多かったから、村人達はよそ者の俺でも歓迎してくれたんだ。……村に居る働ける男達は、大体俺と同じ木こりで、朝になるとみんなで森に出かけていって、協力して木を切る。切った木は枝を落としたり、何等分かに更に切り分けたりと処理を施して、日当たりの良い場所に積み重ねる。そうやって乾燥させ、何年も寝かせた木は強度が増すんだよ。そうして、数年をかけて建築用の木材になった木々を、川を使って下流の土地の開けた場所まで運ぶんだ。そういう作業は一人じゃ出来ないからな、村の男達の共同作業になるんだよ。……他には、木を焼いて作った炭も大事な収入源だった。炭作りはなかなか奥の深い作業でさ、炭焼き一筋何十年っていう村の老人が指揮して作業をするんだ。良い炭はそれだけ高く売れるから、皆真剣なんだよ。炭焼きは、準備も含めて十日以上かかる作業で、炭焼き窯に火が入っている時は目を離せない期間もあるから、男達は交代交代で見張りにつく。場合によっては、何日も森の奥で過ごして家に帰れないなんてのもザラだ。そういう時間に、蔦でカゴを編んだり、木材の余りで小さな置物や箱なんかを作る事もある。……森閑とした森の奥で、深夜、炭が焼ける音やフクロウの声を聞きながら木の間の星を見て過ごす時間は、それまでの俺の殺伐とした暮らしとは全然違っていて、凄く静かで穏やかで、とてもいいものだったな。」


 村での生活を思い出しながら懐かしそうな口調で語るティオの様子を見て、サラは、彼が本当にその村での貧しくも平和な暮らしを好んでいた事を感じた。


「村では、一ヶ月半から二ヶ月に一度ぐらいの間隔で、町に行く事があった。村の生活だけでは、どうしても生活用品や食材といった物資が足りないからな。木材や炭を問屋に収めた金で、主に穀物や塩、糸や布なんかを買うんだよ。他には、斧やナイフ、鍋なんかの金物を買ったり修理したりもする。それから、町に行くついでに、切り落とした下枝をまとめて薪として売ったり、作業の合間に作った籠や小物なんかも売るんだ。女性達が織ったり編んだりして作った服や敷物を持っていく事もあったな。何しろ、村を出て一番近くの町に行くだけで、片道二日はかかるからな、険しい山道を大荷物を持って歩いていく訳だから、町に行くのは男達の仕事だった。……そうして、春祭りの時季が近づいた頃、祭りの準備の買い物も兼ねて、村の男達何人かと一緒に、俺も近くの町に行ったんだ。」


「町での売り上げは上々で、塩や食料、衣料品などの必需品も買い揃えられた。祭りのために、少し贅沢な塩漬けの肉や魚も買った。男達の中には、村で待っている妻や恋人のために、綺麗な布や装飾品を買って帰る者も居たな。そして、帰路に着いた。またみんなで荷物を背負って細い山道を歩いて、結局、町に滞在した数日を含めて、村を出てから約一週間後に、俺を含めた村の男達は森の中の村に辿り着いた。」


「でも……」


 と、ティオの表情は、そこで途端に曇った。


「村に帰り着いた俺達が見たのは、想像もしていなかった悲惨な光景だった。」


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