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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <後編>覚悟と決着
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夢中の決闘 #22


「……悪かった。ショックで固まってて、『宝石の鎖』を解くのが遅れた。もっと早く、サラを縛っていた鎖を解いていれば……」


 ティオの辛そうに歪んだ表情を見て、サラはブンブンと首を振り「ティオは悪くないよ!」と言おうとしたが……


「……んご……うぅ……」

「喋るな! 動くな!」

「……」


 ティオに、ビシャッと即座に止められて、シュンとしょげた顔になった。

 実際、口の端が切れたり歯が何本も割れていたりと、喋ろうとしても上手く喋れなかったのだが。


 サラは、長椅子の上に寝かされていた。

 サラがティオの精神領域に来た時いつも使っていた、ティオが過去に自分の記憶から形成した木製の長椅子だった。

 もちろん、クッションやひざ掛けもあるが、それ以前に全身を宝石の鎖でグルグル巻きにされていた。

 と言っても、先程のようなガッチリと固い拘束ではなく、包帯のようにサラのところどころ破損した体を適度に圧迫して包むためのものだった。

 ティオは、そんなサラの目の前1m程の所に立ってこちらを見守っていた。


 サラが引きちぎった指や足は、ティオが拾って元のサラの体の部位に繋げ『宝石の鎖』で固定してあった。

 さすがに飛び散った血まではどうにもならないようだったが、かなり細かい肉の破片まで拾い集めてきちんと元の位置に戻していた。

 それをティオは、自分の手を使う事なく、全て『宝石の鎖』を複数同時に操作する事で行なっていた。

 もうサラに『宝石の鎖』の事が知られているため、隠す気はないようだった。


 改めて間近で、ティオが同時に何本もの『宝石の鎖』を動かす様子を見て、サラはいたく感心していた。

 思ったよりも『宝石の鎖』達は細やかな動きも可能で、サラから飛び散った小さな肉片を綺麗に集めて持ってくる様は、まるで何かの生き物のようだった。

 そして、サラの体を補修するように欠けた部位を繋げ、そのまま押さえる状態でそれぞれピタリと静止する。

 また、サラの体をそっと持ち上げて、長椅子の上に寝そべらせたのも『宝石の鎖』達だった。

 クッションの位置の調節や、ひざ掛けを体の上に掛けるのも、何本かの鎖が伸びてきてしてくれた。

 その間ティオは、指一本動かす事なく、サラのそばで立ち尽くして様子を見守っているだけだった。

 こうなると、ティオに、と言うよりは、『宝石の鎖』達に至れり尽くせりで看護されている気分になるサラだった。


 損傷が複雑で部位や肉片が拾い集められなかった箇所には、『宝石の鎖』達が、何か軟膏のようなものを念入りに塗っていた。

 その後、またぞろ『宝石の鎖』によって、清潔な布のようなものを貼られたのち適度に圧迫される事となった。

 ティオの話では……

「以前俺が負傷した時に、苦し紛れにこの精神領域内で作ったものだから、効くかどうか分からないが、気休めに塗っておくよ。」

 との事だったが、薬を塗布されるとすぐに、ほうっと体が熱くなり傷がみるみる治っていくように感じられたので、実はしっかり効果があるらしかった。

 当てがわれた布は、ティオが自分の記憶から生成したもののようだったが、軟膏の方は、その効き目から言って、何か『宝石の鎖』のように、『物質世界』に実体のあるものから作られているのかもしれなかった。

 しかし今のサラには、その辺のこまごまとした情報まで聞いている余裕がなかった。

「まさか、俺の精神領域の中で大ケガする人間が居るとは思わなかったよ。この薬の出番がまたあるなんてな。」

 と、ティオは独りごちていた。


「……本当に悪かったな、サラ。酷い目に遭わせちまって。」

「……」

「なんか言いたそうだな? でも、まだ喋るなよ。せっかく閉じた傷が開く。」


「そうだ。俺に何か言いたい事があったら、心の中で強く念じればいい。そうすれば、今サラは『宝石の鎖』に触れている状態だから、それで俺に伝わる。」


「まあ、正確には、ここは『精神世界』だから、こうして喋る必要も本当はないんだけどな。喋られなくても伝えたい事は念じるだけで伝えられるんだが、サラは肉体が主軸の『物質世界』での行動が染みついてるだろう? だから、こうやって喋って言葉を発する方が意思伝達はしやすいと思ってさ。」


「じゃあ、ちょっと試しにやってみるか。俺に伝えたい事を、水を流し込むようなイメージで『宝石の鎖』に流してみてくれ。……慣れてくれば『宝石の鎖』がなくても伝わるようになると思うけど、今は『宝石の鎖』を補助に使うといいだろう。」


 サラはティオにそう言われて、うなずく事も出来ないので、「分かった」と言う意味を込めて、パチリと一回両目を閉じてみせた。

 そして、ティオに言われたように、今触れている『宝石の鎖』に自分の中の気持ちを思いっきり流し込む感じで語りかけてみた。


(……ティオのバーカ!!……)

「おい!」


 どうやら無事伝わったようで、ティオが即座にツッコミを入れてくる。

 サラは安心して、ティオに訴えたい事を続けて念じていった。


(……だってー、「ゴメン」とか言ってるくせにー、ほっぺた叩くんだもんー。……)

「痛くはないだろう? 加減してるつもりだけど。」

(……痛くはないけどー、眠れないようー。なんか今、ものすごーく眠いのにー。……)

「いや、だから、眠るな! サラが眠りそうだったから叩いてるんだよ。」


 そう、サラは今もまさに、負傷していない左頬を『宝石の鎖』でペチペチと叩かれ続けていた。

 おかげで、ウトウトとと瞼が閉じそうになると、ハッと我に返る状態を繰り返す事になった。


「精神体がそれだけ酷く損傷した状態で、『精神世界』で眠りに落ちて精神体が霧散すると、ケガの治りが遅くなる。つまり、精神的なダメージの回復に時間がかかるって事だ。まあ、このままでも日常生活には支障はないだろうけどな。サラは、今傭兵をしていて、しかも傭兵団の団長だろう? 昼間上手く意識を集中出来なくなって、訓練に身が入らなくなると思うけど、それでもいいのか?」

(……えー! それは嫌だぁー!……)

「じゃあ、もう少しの間我慢して大人しくしてろ。」

(……うー……眠いよう。……)

「その眠気は、精神体が損傷して、精神が疲労してるからだろう。『物質世界』でも肉体に疲労が蓄積すると睡眠をとって回復するだろう? あれと同じようなもんだな。」

(……えー、じゃあ、なおさら寝かせてよー。……ぐぅ……)

「寝るな!」

(……痛っ!……また、ほっぺ叩いたぁ! 絶世の美少女のほっぺを何度もパシパシ叩くなんて、ティオはこの世界の大切な宝をなんだと思ってるのー?……)

「もう片方の頰を自分でボロボロにしといて良く言うなぁ、まったく。」


「いいか、サラ、確かに疲労は、体の活動レベルを落とす事によって回復する。まあ、活発に活動してても回復はしてるんだが、活動する方にエネルギーを使うからな。疲労しているって言うのは、簡単に言うと、エネルギーが残り少なくなってグッタリしている状態だ。再びエネルギーを貯めるには、出来るだけ活動レベルを落とす、つまり眠っている方が効率がいい。」


「だが、ケガを治すには、体の活動レベルが活発な方がいいんだよ。……そうだな、『物質世界』でも、子供は新陳代謝が活発だから、ケガをしてもすぐに治るが、老人になると、ちょっとしたケガでも治るのに時間がかかるだろう? あれと同じような感じだ。体が活性化している時の方が、せっせと自動修復機能が働く。体が不活性の時は、修復もゆっくりになる。その辺は、『物質世界』も『精神世界』も基本は同じだな。……まあ、回復活動にはかなりのエネルギーを消費するから、疲労が蓄積してきたらゆっくり休んで、疲労が解消された所でまた体を覚醒させてケガの回復に努める、ってのが理想的だが、それにはバランスが大事だな。要するに、やり過ぎや無理はいけないって事だ。」


「で、今、サラは、疲労もあるが、ケガを早く治す方が優先されるべき状態だ。だらか、ケガが概ね治るまでは、頑張って起きていた方がいい。……分かったか?」


 サラは、相変わらずティオの丁寧な説明をほとんど理解出来なかったが、ともかくティオが「今は起きていろ」と言うので、それに従う事にした。

 とは言え、不満がない訳ではなく、『宝石の鎖』に言葉にはならないもののモヤモヤした感情をぶつけていると、ティオが「ハァ」と大きなため息をついた。


「しょうがないなぁ。じゃあ、これでも食べとけ。まあ、これは、俺が自分の記憶から生成したもので、夢の中で見る幻みたいなもんだから、栄養とかは何もないぞ。それでも、気休めぐらいにはなるだろ。」

(……なぁに? これ?……)

「ファッジだよ。」

(……ふぁ……え?……)

「簡単に言うと、砂糖と牛乳とバターを煮詰めて作った甘い菓子だな。まあ、いいから食べてみろ。」


 ティオがそう言うと、『宝石の鎖』がサラの唇を開かせて、ティオが手の平の上に生成した小石程大きさのの薄茶色の固形物を口の中に入れてきた。


(……んんんっ!!……)


 瞬間、パアッとサラの顔が輝く。


(……何これー!? すっごい美味しいー! 甘ーい! 何これ、何これ、ティオー!……)

「いや、だから、『ファッジ』って呼ばれるお菓子だよ。」

(……これ! これメチャクチャ美味しいねー! ねえ、ティオ、これね、傭兵団のご飯のメニューに入れるべきだよー! 一日三回ご飯の時に食べたいー!……)

「む、無理に決まってるだろ! 砂糖がどんだけ高いと思ってんだよ! 牛乳やバターだって、決して安くない。……これは、まあ、王族や貴族、お金持ちなんかの一握りの人間が食べる超高級品なんだよ。」

(……へー、いいなぁー。偉い人とかお金持ちの人はこんな美味しいものを毎日食べてるんだー。……)

「毎日ではないと思うけどな。特に、質のいい砂糖は手に入りにくいからな。この菓子に使われている砂糖は、もっと南のサトウキビを栽培している土地で作られている。現地でも高価だが、産地から離れれば離れる程輸送のために代金がかかって高騰していく。ここナザール王国は、幸い中央大陸南東部にあるから輸送費はそれ程だが、経済的にはあまり豊かとは言えない小国だ。だから、砂糖は、金持ちでもなかなか手が出ない超高級品って訳だ。料理の甘味をつけるには、この辺りでは蜂蜜を使う事が多いが、蜂蜜だって貴重で値が張る事はサラも知ってるだろう? そう言った訳だから、いくら王族だって、砂糖菓子を食べられるのはたまにだろう。」

(……ふーん。……でも、こうやって作り出せるって事は、この凄く高価なお菓子をティオは食べた事あるんだよねー?……)

「まあな。俺は特に甘いものが好きって訳じゃないが、興味があって口にしてみた事がある。」

(……えー! いいな、いいなー! 私も食べたーい!……んー? あれー?……)

「どうした? サラ?」

(……うーん……なんかねー、このお菓子、凄く美味しいんだけどー……凄く? 美味しい? 美味し……あれれ? うーん?……)


 サラは、口の中でホロホロッと溶けていく甘い塊を味わいながら、何か違和感を覚えて、ムムッと眉間にシワを寄せた。

 最初口の中に入れられた時は「美味しい!」と感動していたサラだったが、いや、今でも確かに美味しいのだが……

 何か、その味や食感にどうも実感がないのだ。

 まるで、そこにあるような無いような、食べたそばからその感触が消え去っていくような、奇妙な空虚感を覚えていた。

 その事を、上手く言葉に出来ないので、『宝石の鎖』を介して、もやもやとした違和感としてティオに伝えてみると……


「なるほど。サラは『物質世界』ではファッジを食べた事がないから、そんな感覚になるんだな。いくら俺が忠実に再現した所で、限界があるって訳だ。」

(……ええー!?……)


 どうやら、『物質世界』と『精神世界』は切っても切れない表裏一体の関係である事から、『精神世界』の中だけの体験では、菓子の味わいを半分しか把握する事が出来ないらしかった。


「まあ、元々『味覚』『触覚』なんかは肉体由来で、『物質世界』の方が強く反応するものだからな。俺もこの自分の精神領域には丸二年以上居るけれど、食べ物は、そりゃあ『物質世界』の方が美味いに決まってる。味わう感覚の鮮明さが違うんだよな。」

(……そ、そんなぁ!……それじゃあ、どんなに食べても私はこのお菓子の半分の美味しさしか味わえないって事ー? えー、ヤダァー!……)

「その内『物質世界』でも食べる機会があればいいな。」

(……えー、でも、これって凄く貴重で高いお菓子なんでしょー? そんな簡単に食べられないんだよねー?……)

「まあ、そうだな。それに、ファッジの製法は、この辺には伝わってないんじゃなかったかな? 俺が食べたのは、かのアベラルド皇国の皇室御用達の高級菓子店のものだったから、同じ重さの銀と同価値ぐらいで取引されてたと思うぜ。」

(……なっ!……なんで、ティオばっかりそんな高いお菓子食べてるのよぅー! ずるいずるい、ずるいぃー!……)

「そんな事言われてもなぁ。……コラ、動くなって!……半分の味わいで良ければいくらでも食べさせてやるから。ほら。ほらほらほら。」

(……むうぅー!……)


 サラは思い切り不満そうな表情を浮かべつつも、ティオが『宝石の鎖』を使って差し出してくる砂糖菓子を、次々口に含んでいった。


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