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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <後編>覚悟と決着
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夢中の決闘 #21


(……えーっと、動かせるのは……やっぱり、首から上だけ、かぁ。……)


 サラは何度か体のあちこちに力を込めてみたが、見事に頭部以外の全身を『宝石の鎖』で拘束されていた。

 それは、手首や足首などの要所を縛る、といった生やさしいものではなかった。

 サラの身体能力と常識が通用しない獣のような戦い方を考慮して、手や足の指一本もピクリとも動かせないよう束縛されていた。


(……でも、『頭』って言うか『顔』を縛ろうとしないのが、ティオの甘い所だよねー。まあ、私のこの超可愛い美少女振りを見たら、ちょっとでも『顔』を傷つけたくないっていう気持ちは分からないでもないかなー。……)


(……だ、け、ど!『頭』だけ動かせれば、充分! ティオって、ホント、私の事、甘く見過ぎ!……)


(……それに、体の方も、たぶんなんとかなる!「動かせない」って言うのは、「常識の範囲内では」て事で、要するに常識の枠を壊せば……普段絶対しないような事をすれば、いいんだもんねー!……)


 この状況下でもサラには策があり、「私は絶対ティオに勝てる!」という自信もあったが……

 これからの行動によって自分の身に降りかかるであろう事態を想像すると、さすがのサラもわずかに恐怖を感じて、ブルッと体を震わせた。


(……ダ、ダメダメ! 弱気はダメ! ここ『精神世界』では、ちょっとでもひるんだら負ける! 臆病になったら終わりだ! 絶対に、ゼーッタイに、迷うな、私! 迷うな! 退がるな! 怖がるな!……私なら、やれる! 絶対に勝てる! 勝つ!……)


(……さあ、ティオ、今度こそ、逃げられないようにガッチリ捕まえてあげるからねー! 覚悟しなさいよー!……)


(……よーし、いっくぞー!……えいっ!!……)


 サラは、首の可動範囲ギリギリまで頭を伸ばし、右腕を縛っている『宝石の鎖』に向かって、あーっと大きく口を開くと、ガチッ! と思い切り噛みついた。



「……?……」


 ティオは、ピクリと動きを止め、自分の記憶を元に模造した本のページから顔を上げて10m程先に倒れているサラの方を見遣った。

 サラを捕らえている『宝石の鎖』はティオが操っているものであり、自分の体の延長のような感覚を持っているため、異変があればすぐに気づく事が出来る。

 見ると、ティオがサラを気づかって唯一拘束しなかった頭を動かし、肩のそばにあった『宝石の鎖』に噛みついていた。


「嘘だろ!? どんだけ野生児なんだよ!」


 ティオは呆れて一瞬呆然となったものの、『宝石の鎖』はサラの力では切れない最強硬度に設定してあったため、危機感は覚えなかった。

 まあ、悪あがきをして鎖に噛みついてみたものの、どうにもならずにその内諦めるだろうとタカをくくっていた。


 が、しばらくして、様子がおかしい事に気づいた。

 『宝石の鎖』から、触れているサラの体の状況が、ティオの意識に手に取るように伝わってくる。


 ……ガリッ……ゴリゴリ、バキッ……ブチブチブチッ……


 サラは『宝石の鎖』を噛み千切ろうと全力で歯を食いしばっているが、最強硬度の鎖はビクともせず……

 逆に、サラの歯が欠け、ひび割れ、砕けだしていた。

 サラは、それでも全く鎖を噛むのをやめようとせず……

 引っ張られた唇の端が切れ、鎖が肉にめり込み、サラの顔を引き裂き始めていた。


「……なっ!……や、やめ……サラ!……」


 ティオは全く想像していなかった状況に驚愕すると共に、酷く恐怖し、真っ青な顔になっていた。

 ポロッとティオの手から読みさして開いたままだった古文書が落ち、フッと空中で搔き消える。

 ティオは、宙に浮いたままではあったが、本を読むために腰を下ろしていた状態から、思わず立ち上がっていた。


(……と、とにかく、早くサラを止めないと!……い、いや、でも、どうやって止めればいい?……)


(……新しい『宝石の鎖』で頭を拘束するか? で、でも、そんな事をしたら、サラ顔の傷がますます酷くなって……じゃ、じゃあ、拘束を少し緩めて……ダ、ダメだ! むしろ、サラは、ここぞとばかりに大暴れするだろうから、怪我が広がる!……お、俺が行って、まず怪我の手当てをして、そ、それから……)


 普段は冷静沈着で頭の回転も早いティオではあるが、あまりに自分の予想を外れた事態を前に一瞬混乱に陥っていた。

 また、サラに触れている『宝石の鎖』から伝わってくる、サラの歯が砕ける感覚と、皮膚や肉が裂け血が滴る様子が、更にティオを動揺させていた。

 それでも、まだ、ティオは、その場に踏みとどまり、必死に自制心を保っていた。


 サラの安全のために、自分からサラを遠ざけていたいという思いと……

 目の前で傷ついていくサラの精神体に今すぐ駆け寄って、自傷のごとき行動をやめさせ、ケガを癒したという感情が、ティオの中でせめぎ合っていた。


 一方で、サラは揺るがなかった。

 自分の歯がみるみるボロボロになろうとも、唇の端が裂け、肉がえぐれて血が滴ろうとも……

 その激しい痛みに、あどけなさの残る顔を歪めながらも、決して力を緩めず、噛みついた『宝石の鎖』を思い切り引っ張り続けた。


 ティオの冷静に踏みとどまろうとする意思と、サラのひたむきに前進し続けようとする意思が、拮抗し……

 そして、ついに、その均衡がわずかに崩れた。


 サラは、右頬の肉を『宝石の鎖』に削られながらも、ビィッ! と鎖を引きちぎる事に成功していた。

 ティオの動揺により『宝石の鎖』の強度が微量ながら下がったのもあったが、サラの決して引かない強い意思が鎖を侵食し、また、その意思こそが、サラの力を『宝石の鎖』を切る程に高めていたのだった。


(……やった!……ちょっとだけだけど、腕が動く!……)


 サラが歯を砕き、肉を削いでまでようやく切ったのは、ティオがサラの右腕を固定してた『宝石の鎖』の内のたったの一本だったが、そのおかげで、ほんの少しだけ拘束が甘くなり、右腕がわずかに動くようになっていた。

 当然、ティオが急速に『宝石の鎖』を修復し、先程よりももっと緩む余地のない捕縛を展開させてくる気配を感じた。

 しかし、サラの行動の方が、一瞬早かった。


「えぇいっ!!」


 サラは、少しだけ振れるようになった右腕に全力を込め……

 肘をねじり込むようにして、自分の横っ腹の上部をグググッと締めつけた。


 サラの『物質世界』における怪力の記憶が、精神体に乗って異常な力を発揮させる。

 一方で、『物質世界』のサラの肉体も、常に「身体強化」の異能力が乗っているために、見た目によらずおそろしく頑強であり、それが精神体にも反映されていた。

 「最強の矛を持って、最強の盾を突いたならどうなるのか?」という『物質世界』ではあり得ない状況が、今まさに起こっていた。

 サラの怪力が突いた場所が、サラの体の中でも防御に向いていない場所だったのもあったが……

 結果は、矛が盾を突き破るものとなった。


 ……ギリギリギリ……ボキッ!……バキバキ!……


 サラの肋骨は、横から強く押してくる腕の力に音を立てて軋んだかと思うと……

 真っ二つに折れていた。

 サラは、激痛にも構わず、そのまま腕に力を込め、更に何本かの肋骨を折り砕く。


 サラの胴体を楕円状に膨らませていた骨が何本も折れた事で、その分体が細くなり、『宝石の鎖』に余裕が生まれていた。


「ようし!……ケハッ!」


 サラは、ここぞとばかりに腕と共に体を『宝石の鎖』の拘束から引き抜こうとするも、折れた肋骨が肺に刺さっていて、口から血を吹いてむせた。


「……サ、ラ……や、やめ……」


 想像だにしていなかった惨状を目の当たりにした衝撃で、ティオの思考は一時的に停止していた。

 目の前の状況を受け止めきれず、呆然とするばかりで、体も頭も動かない。

 とは言え、それはほんのわずかな間であり、ティオはすぐに事態解決のために行動していた。

 問題は、そんなティオの行動より、サラの方が早かった事だった。

 それは、頭を経由せず、思った事をそのまま即座に体が実践、体現するかのようだった。


(……やった! 肩が出た!……)


(……んんー……でも、指が引っかかちゃって、腕が抜けないー!……)


 歯と唇と頰を犠牲にして鎖を一本噛みちぎり、更に肋を折った事で出来た隙間から、グイッと右肩を出したサラだったが……

 ティオの『宝石の鎖』による拘束は、指にまで及んでいて、なかなか腕が抜けなかった。

 サラは、迷わず、そのまま腕を力一杯引っ張った。


(……いいや! ティオを捕まえるためなら、指の一本や二本、あげるよ!……)


 ……ブチッ……ブチブチッ……


 鎖に引っかかったままの小指が根元から千切れ、薬指も途中から切れた。

 新たな痛みに思わず呻くも、ググッと唇を痣になる勢いで噛み締めてこらえ、そのまま右腕を鎖の拘束から思いきり抜き払う。

 一部指を失って血の溢れる手で、お構いなく、即座に左腕を拘束している『宝石の鎖』を毟りにかかった。

 肋骨が折れて体の間に隙間が出来ている事と、動作しにくい歯ではなく手で掴んだ事で、鎖が手の平に食い込み肉をえぐりつつも、ブチブチッと何本か引きちぎる事に成功した。

 と、同時に、左腕でもググッと内側から鎖を押し広げ、ズルズルッと胴体を『宝石の鎖』の拘束から這い出させる。


(……ん、もう、足! 足首んとこ引っかかってる!……いいや、足も要らない!……)


 右足は、縛られて動かない指を、手と同様に何本か千切り捨ててその場に置き去りにしつつなんとか抜けたが、左足が抜けなかったため、足首から下をあっさりと諦めた。

 自由になった両腕に思い切り力を込めて、左足首を引き千切りつつ、一気に胴体を『宝石の鎖』の拘束から解き放った。

 ブチブチ、ゴリッ、という嫌な音が響き、激痛と共に大量の血が溢れる感覚があったが、それでもサラは、ティオを追う事しか考えていなかった。


(……ティ、オ……ティオ、どこ?……)


 体の部位をあちこち失い、外も内もボロボロに傷ついた状態で、真っ赤な血を滴らせながら……

 サラは、肘をついた状態でなんとか起き上がっていた。

 その揺るぎない水色の瞳が追うのは、ティオただ一人。

 これでなんとか『宝石の鎖』の拘束から逃げだせたから、またティオを追いかけられる……

 もうすぐ、ティオを捕まえられる……

 そんな予感に嬉しくなるサラの視界が、瞬間、グラリと揺れた……


(……やっ、何?……良く、見えない……目が霞んで……)


 ザアッと全身の血の気が引いていき、ゾワゾワと氷のような冷たさが足元から駆け上がってきては、サラの心臓を押しつぶすごとく鷲掴んできた。

 それは、『物質世界』で言うなら、体が激しく損壊した事と、それによる激しい痛み、そして、大量出血によるショック状態であった。

 ここは『精神世界』で、今のサラは精神体であったが……

 やはり、サラの意識が形となった精神体の損傷が激しかった事で、さすがに、サラの強固な意思も朦朧としてしまっていた。

 精神体のダメージが、『物質世界』よりも、精神と意識に直接的に大きく響いてくる。


(……あ、あれ?……私、何してたんだっけ?……)


(……痛っ!……痛たたっ! な、なんで、こんな、身体中が痛いの?……痛い! 痛いよぅ! 痛いー!……)


(……はあ、はあ、……はあ、はあ、はあ、……)


(……)


(……ティ、オ……)


 その時、サラの目に、ぼんやりとティオの姿が見えた気がした。

 サラは、迷わず走り出して、必死にそのティオの姿に向かって手を伸ばしていた。

 が、様々なケガと、左足首がなくなっている事で、バランスを崩し、ガクッと倒れそうになる。

 そんなサラの体を、誰かが支えた。

 自分の体を捉えた腕の頼もしさと温かさが伝わってきて、サラは、視界の縁が黒く霞んでいこうとしている目を一生懸命見開いた。


(……ティオ……)


 サラは、朦朧とした意識の中で、一瞬ティオの顔を間近で見た。

 無数の傷がついて白く曇っている分厚い眼鏡のレンズの奥で、その優しい緑色の瞳は、苦しげに細められていた。

 サラは、反射的に、見慣れた彼の色あせた紺色のマントを、掻き寄せるように掴んでいた。


(……ティ、オ……ティオ、居た……)


(……捕まえ、た……)


(……ね、ねぇ、ティオ……わ、たし、ティオの事、捕まえた、よ……)


 口の端が裂け頰の肉がえぐれた状態で、サラは必死に喋ろうとしたが、ヒューヒューと喉で呼吸が弱々しい風の音を立てるばかりで言葉にならなかった。

 代わりに、サラは、最後の力を振り絞って、思い切りティオの体にしがみついていた。

 もう二度と、彼を放さぬように。


(……ティ、オ……ティオ、どうしたの?……なんで、そんなに悲しそうな顔、してるの?……)


(……大丈、夫……も、もう、大丈夫、だよ……だって、私が、ティオのそばに居る、から……)


(……ずっと、そばに居る、から……ティオ、を、一人には……させない、か、ら……)


(……ティオ……)


 血まみれの体を引きずって、ブルブル震える細い腕で必死にしがみついてくるサラを、ティオはしっかりと抱きとめて、うつむいた。


「……サラ……」


 辺りに張り巡らせれていた『宝石の鎖』が、綺羅星のごとく色とりどりに輝きながら、パアッと一斉に四方に散り……

 すぐに、スウッと吸いつくように寄り集まって、サラを抱きとめるティオの体ごと、包み込むように巻き取っていった。


「……俺の、負けだ、サラ。……」


 まるで、繭のような『宝石の鎖』の群れの光の中で、ティオの声を聞いた気がして……

 サラは、ニッコリと嬉しそうに微笑んだ後、フッと瞼を閉じた。


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