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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <後編>覚悟と決着
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夢中の決闘 #19


「えぇいっ!」


 サラは速度を上げて一気に距離を詰め、ジャンプした勢いのままティオに向かって右足をグイと伸ばした。

 サラの足指の先を、ティオの色あせた紺色のマントがかすめる。

 サラは、伸ばした足の指をギュッと握り込んでそのマントを掴もうとしたが、寸前の所でかわされてしまった。


「あー! 惜しいっ!」

「あ、足の指で掴もうとするなよ! どんだけ野生児なんだ! 淑女としての礼儀作法はどこいった?」

「私はどんな事してても可愛いからいいのー!……よーし、次こそはー!」


 猛牛のように突っ込んできたサラを間一髪かわしたティオは、空中に浮いたまま、グルンと後方に宙返りをして距離を取り、またスーッと後退し始める。


「せいっ!」


「とおぉー!」


「やあぁー!」


 サラは、何度ティオにかわされてもまるで諦める事なく、ひたすらティオを追い続けた。

 休みなく走りながらジワジワと距離を詰めてゆき、最後はここぞとばかりに一気に近づいては、ティオを捕まえようと腕や足を繰り出す。

 精神世界での行動のせいか、ここまで軽く三十分以上動きづめだったが、サラはまるで疲れを感じていなかった。

 むしろ、いつもより体が軽く感じる。

 頭の先から足の先まで、たっぷりと力が満ちている感覚の中でティオを追いかけ続けている内に、なんだか楽しくなってきて、遊んでいるような気持ちで辺りを縦横無尽に走り回った。


「……クッ!……」


 一方でティオは、ひらりひらりと右に左にと逃げ回りつつも、飛びついてくるたびに際どくなっていくサラのタイミングに、思わず眉間にシワを寄せていた。

 また、時間が経ってもまるで動きが鈍らないどころか、ますますニコニコ笑って楽しそうに追いかけてくるサラとは対照的に、わずかずつだが、ティオの移動スピードは落ちていっていた。

 近づいてきたサラが伸ばしてくる手や足が、徐々にティオに肉薄してゆく。

 このままでは、後いくらもしない内に、サラに服か腕か、どこかを掴まれてしまいそうな流れに傾いていた。


「よいっしょ!」


 と、真っ直ぐに走ってきたサラは、助走をつけて大きく飛び跳ね、自分の前方上方に張られていた『宝石の鎖』に飛びつく。

 先程上方に逃げるティオを追って延々と『宝石の鎖』をよじ登っていた事を、もうしっかりと応用していた。

 両手で鎖をガッチリと握り、体の屈伸で反動をつけ、振り子のように揺れたかと思うと、そこから更にグルグルグルッと回転を始める。

 そして、速さが最高潮に達した所で、パッと手を離した。


「今度こそ、捕まえるぅー!」


 空中から落下する勢いも乗せ、ティオめがけて、自分の体を投げつけぶつけるつもりで、思い切り飛んだ。


「ティオー!!」

「う、うわぁっ!」


 ティオは慌てて身をひるがえすも、まさに力一杯投げた石のように捨て身で飛んできたサラの体がその背中に激突し、二人は、ドッともつれるように倒れ込んでいた。


「いったたたたぁ! 頭ぶつけたぁ!」

「チッ! なんてメチャクチャな事しやがるんだよ!」

「でも、これで、ようやくティオを捕まえ……」


 二人ともすぐにババッと体を起こすが、サラの方が一瞬早かった。

 倒れているティオの体に馬乗りになって、ティオの肩をしっかりと地面に押さえつけ、彼の動きを拘束しようとするが……


「させるか!」


 シュルルルル!

 そのほんのわずかに前に、目にも止まらぬ速さででサラの死角から『宝石の鎖』が伸びてきたかと思うと、ジャララララッと、サラの腕に巻きついていた。


「あぁっ!」


 『宝石の鎖』に腕を捉えられグイッと引っ張られて、倒れていたティオの肩を地面に押さえていたサラの力が弱まった隙に、ティオは素早くサラの元から逃げ出していた。

 サラは、慌てて駆け出し、遠ざかろうとするティオを追いかけるも……

 腕に加えて、今度は両足に『宝石の鎖』が巻きつき、いくらも進まない内に、ズダン! と再び倒れ込んでいた。


 思い切り顔面を地面に叩きつけてしまって「痛ったぁ!」と声を上げるサラを、ティオはもう5m近く距離を開けながらも……

 まるで自分がぶつかったかのように、辛そうに目をしかめて見つめていた。



「……本当はこんな事、したくなかったんだけどな。」


 ティオは宙に浮いたまま、ススーッと、地面に倒れて転がっているサラの前に回り込んで、険しい表情で見下ろしてきた。


「ちょ、ちょっとー! ズルイよ、ティオー! これ、解いてよー!」

「ズルくないし、解かない。」


「ここは俺の精神領域だぞ。ここでは俺が『宝石の鎖』を自由に操れる事をサラは知ってた筈だ。その上で、俺に勝負を挑んできたんだろう?『サラが次に目を覚ますまでに俺を捕まえられれば、サラの勝ち。サラが目を覚ますまで、俺が捕まらずに逃げ続けたのなら、俺の勝ち。』そう言う条件だったよな? 要するに、俺はサラに捕まらなければいい訳だ。たとえどんな手段を使ったとしてもな。」


「最初はただ逃げ回っていればいいと思ってたが、想像よりサラの動きが良かったからな。上空に逃げてもみたが、それでも追ってきたし、だんだん俺に近づいてきて、このままだとうっかり捕まる事もあるかもしれないと危機感を覚えた。だから、少し本気を出させてもらった。」


「サラ、お前は良くやったよ。素直に感心してる。……だが、遊びはここまでだ。俺も、本当にお前に捕まる訳にはいかないからな。手荒くして悪いが、このまま朝が来るまでそこで大人しく転がっててもらうぞ、サラ。」

「こ、こんな事までして……そんなに、私に捕まるのが嫌なの? そんなに、私にこの精神領域に来てほしくないの?」


 サラは、腕と足に『宝石の鎖』が巻きついて、立ち上がる事の出来ない状態で尚も、ググッと肘に力を入れて、匍匐前進するようにジリジリとティオに近づきながら、叫んだ。


「私は、ティオのそばに居ちゃいけないの?」

「ああ。」

「……うぐぅ!……」


 必死に顔を上げて叫び、未だにわずかずつでも近づいてこようとするサラの心と体に追い打ちをかけるように……

 シュルルル、ビシィ! シュルルルル、ビシィ! と、更に何本もの『宝石の鎖』が伸びてきて、腕や足だけでなく首から上を残して全身に巻きつき、しっかりと拘束してきた。

 さすがのサラも、後ろ手に両手を含めて両腕をガッチリと固定され、両足もピタリと合わせて縛られてしまっては、どんなにジタバタ暴れてみても、地面の上で若干体が曲がったり伸びたりするだけだった。

 それでもサラは、文字通り手も足も出ない状態で芋虫のように横たわりながらも、懸命に体を動かし続けていた。


「大人しくしてろ、サラ。抵抗してムダに動いても疲れるだけだぞ。諦めて朝までそこで静かに寝てろ。まあ、『降参』するなら、すぐに『宝石の鎖』の拘束は解いてやるけどな。」

「ヤダ! 絶対『降参』なんかしない!」

「……ったく、ホントに強情なヤツだな。」


 ティオは、鎖でグルグル巻きにされて芋虫のようになってもまだサラがモゾモゾ動くので、更にシュルルル、シュルルルル、と『宝石の鎖』を操り、地面に縫いつけるように動きを止めた。

 これでもう、サラは完全に首から上以外は全く動かせなくなってしまっていた。

 ティオが、サラの頭部を固定しようとしなかったのは、女の子であるサラの顔や髪を傷つける可能性がある事は避けたためと思われる。


「バーカバーカ! ティオのバーカ! 意地悪! 石頭! アンポンタンー!」

「……」


 サラは、思いつく限りの悪口を並べ立ててみたが、ティオは馬耳東風といった様子で涼しい顔で黙ったままだった。

 元々、サラの脳みそでは語彙力が足りず、大した悪口が言えなかったのだが。


 ティオは、相変わらずサラから10m程離れた場所で待機していた。

 サラの抗議は無視するつもりらしいが、サラから完全に目を放す事はなく、しっかりとこちらの様子を観察している気配が漂っていた。

 もっとも、ジイッとサラを見ているのも退屈らしく、宙に浮いたまま長い足を組んで何もない空中に腰掛け、スッと手元に以前読んでいたものと思われる古文書を再現した。

 そして、ペラリ、ペラリと淡々とページを繰っては、静かに本を読み始めた。

 それは、サラがこのティオの精神領域を訪れたばかりの頃に良く見かけたティオの姿だった。



(……うわぁ。ホントに指一本動かせないやー。……ティオのヤツー!……)


 サラはしばらく手や腕、足など、体のあちこちに力を込めて少しでも体を動かそうと試したが、ティオの拘束は完璧で微動だにしなかった。

 せいぜい自由に動く顔を使って、ティオを睨んでみたり叫んだりするのが関の山で、そんな事をしても、ティオには効果はなかった。

 「絶対『降参』しない!」と言ったものの、今のサラにはまるで打つ手がなかった。

 それでもサラは、未だ全く心が折れておらず、10m程先の空中でゆったりと本を読んでいるティオを睨み据えて歯ぎしりしながら、なんとか今の状況を打破する方法を夢中で考え続けていた。


(……さっきティオが、「こんな事はしたくなかったけど、思ってたよりお前がしつこいから、少し本気を出させてもらった」とか言ったけどー……まあ、あれって本心だよねー。ここ『精神世界』では嘘がつけないから当然なんだけどさー。……)


 サラは最初から気づいていた。

 元々この勝負、ティオが本気を出しさえすれば、一瞬で決着がつき、論理的には、サラに全く勝ち目がない事を。


 そもそもここはティオの精神領域だ。

 今も宙に浮かんでいたり、何もない場所に腰掛けてどこからか取り出した本を読んでいたりと、ティオが思った事は大体実現する場所だった。


 加えて、ティオには強力な武器が二つもあった。

 一つは『宝石の鎖』で、もう一つは『不思議な壁』である。


 この内、『不思議な壁』は使ってこないだろうとサラは踏んでいた。

 ティオは『不思議な壁』をごく一部ではあるが、自分の意思で使えるらしい事は、過去に少年と組織の男二人がこの精神領域にやって来た時の話でも語られていた。

 しかし、ティオは『不思議な壁』を完全には制御出来ておらず、この二年間ずっと苦心してきたものの未だ解決を見ないで酷く悩んでいる状況だった。

 そんなティオが『不思議な壁』の使用を考えるのは、余程の事態に限られると思われ、『宝石の鎖』だけでサラを拘束出来ている現状、敢えて危険な賭けに出る必要はないと思われた。

 正直、ティオに『不思議な壁』を使われたら、サラは完全にお手上げだったので、ティオが最終手段を講じてこないのは、サラにとって好都合だった。



 となると、サラが攻略しなければならないのは、もう一つのティオの武器であるところの『宝石の鎖』である。


 実は、この『宝石の鎖』に関しても、ティオが今まで本気を出していなかった事に、サラはとうに気づいていた。

 そう、ティオはやろうと思えば、先程、ティオをうつ伏せに押さえ込もうとしていたサラの腕を縛り上げた時のように、素早く且つ振り解けない程の強度を持って『宝石の鎖』を展開させる事が可能だったのだ。


 そもそも、『宝石の鎖』の展開される速度や鎖の強度は一定ではなかった。


 例えば、サラがこの勝負を開始する前に掴んで引っ張った『宝石の鎖』は、割とあっけなく引きちぎる事が出来た。

 サラは『物質世界』において怪力の持ち主であるため、鎖の強度がどの程度かを例えるのはなかなか難しい。

 片手で鋼の鎖を引きちぎり、同じく片手で握りしめた石を粉になるまで潰せるサラである。

 しかし、精神世界ではサラの持つ「身体強化」の異能力は完全に封じられていて、『宝石の鎖』を断ち切った時自分の力がどれぐらいのものだったのか客観的に判断する事はますます困難なものになっていた。

 そこで、サラはザックリと、「簡単に切れた」と捉える事にした。


 次に、勝負が始まってしばらくした所で、ティオが、真っ直ぐに突っ込んでくるサラの進路を塞ぐように『宝石の鎖』の密度を上げて張り巡らせた事があった。

 この時、サラは迂回したり後退したりする事なく、そのまま『宝石の鎖』に飛び込む勢いで走り込み、手当たり次第に鎖を掴んでは千切り、足元のものは踏み潰して強引に進んでいった。

 この時も、『宝石の鎖』はサラの感覚では「簡単に切れた」のだった。

 茂みのように視界を塞ぐ程密集した鎖を掻き分けて突っ切るのはやや手間ではあったが、張り巡らされた鎖を手や足で破壊する行為自体は、サラの精神体になんら負担を掛けなかった。


 ところが、このままでは追いつかれると踏んだティオが上空に逃げた時は、それまでとは鎖の強度が大きく異なっていた。


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