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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <中編>壁の呪縛
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夢中の決闘 #16


(……それにしても、ティオの異能力って、凄かったんだなぁ!……)


(……『物質世界』だと、その辺の石に触って、石の中に残ってる記憶を読み取ってるとこぐらいしか見た事ないしー、他に使い道が全然ない地味ーな能力だと思ってたけどー。……あ! ティオ自身が物凄い宝石好きなのは置いといてー。……)


(……ここ『精神世界』のティオの『精神領域』だと、あんなにたくさんの宝石を自分の思うように動かせるのかぁ。……なんか、古代人が使ってたって言う『魔法』みたい。……)


(……まあ、『魔法』って実際見た事ないから、どんなものか知らないんだけどねー。……)


 サラは、ティオが高密度で張り巡らせた『宝石の鎖』の障害物を、手で引き千切り、足で踏み潰して、がむしゃらに突き進みながら、内心感心していた。


 サラの、生成りのシャツにキュロットスカートという質素な身なりの胸元に、革紐に下げたペンダントが揺れる。


 気づくと、いつも身につけている赤いリボンがついたオレンジ色のコートと革のブーツがどこかに消えていたが、サラは全く気にしていなかった。

 たぶん、こちらの方が動きやすいと自分が思ったせいで消えたのだろうとチラと思っただけだった。

 実は、体を絞めつけるのが嫌いなサラは、ティオの精神領域に来る時いつも素足だったのだが、その事にサラ本人は気づいていなかった。

 サラは、コートとブーツを捨て去り、どこまでも身軽になって、裸足で力強く地を蹴っては、真っ直ぐに進み続けた。


 サラのペンダントの赤い石が、『物質世界』ではくすんだ赤色の古ぼけたガラスにしか見えないそれが、今はまるで生き物のように活き活きと美しく輝き、サラの鼓動に合わせるかのごとくに瞬いていた。


(……この赤い石のせいかな? なんだか、触った『宝石の鎖』から、宝石達の「気持ち」みたいなものが、私の意識の中に流れ込んでくる。……)


(……そっか、ティオの異能力の本質って……)


 サラはそれまで、ティオから彼の異能力について何度か説明を受けていたが、今一つピンとこない感じがしていた。

 ティオからはじめに聞いたのは、「鉱石には、周囲の状況を記憶する性質があって、俺はそんな鉱石の中に残った記憶を読む事が出来る」というものだった。

 「要するに、石の記憶が読めるって事だよね」とサラは捉えていたのだが、どうやらティオの異能力の幅はもっと広いようだった。

 「鉱石にも意思はある。鉱石は人間から遠く離れた存在だから、普通は鉱石の意思を感じ取る事は難しいけれど」とも、ティオは言っていた。

 つまり、ティオ自身は、「石にも意思があると感じていて、石と意思疎通をはかる事が出来る」という事らしい。

 それをティオは「俺は鉱石との親和性が高いんだよ」と表現していた。

 「えー? 石と喋れるって事ー? 親和性が高いー? 何それー?……まあ、でも、やっぱり、あんまり役に立つとは思えないなぁ」と言うのが、それを聞いたサラの感想だった。


 しかし、今、サラは、『精神世界』にあるティオの精神領域で、そこにティオによって集められた膨大な数の宝石の精神体と相対して、やっとティオの異能力の正体を実感していた。


(……ティオは……「宝石に好かれる体質」なんだ!……)


 サラは、旅の途中で犬や羊や牛といった動物になぜかやたらと好かれる人間に何人か会った事を思い出していた。

 サラも動物は好きだったが、動物達は野生の本能でサラの持つ身体能力の異常さや怪力が分かるのか、まるで身の危険を感じるかのように怯えて逃げるものが多く、サラはそのたびガックリと肩を落としたものだ。

 そんな、「何かに好かれる」体質の中でも、ティオはかなり稀有な存在だと思われる。

 何しろ、ティオが意思疎通をし好かれているのは、一般的には無機質で感情などないと思われているところの鉱石なのだから。


(……ティオも、異常な程の宝石好きだけどー……まさか、ティオ自身が宝石にこんなに好かれてるなんて、思ってもみなかったよー。……)


 ティオは先程、「宝石の精神体を自分の精神領域に引き込む時は、それぞれ宝石自身に許可を取っている」とか「『俺の所に来るか?』と聞いて『行く』と答えたものだけを持ってきている」などと語っていた。

 そして、ティオに「一緒に来るか?」と問われた宝石は、ほぼもれなく「行く!」と答えるとの事だった。


(……そりゃそうだよ! こんなに宝石に好かれてるんだもん! ティオに誘われたら、喜んでついていっちゃうよね!……)


 サラは、『宝石の鎖』に触れた事で、更には、ティオがサラの進路を妨害するために敷いたこの『宝石の鎖』の包囲網の中に居る事で、期せずして、宝石の熱気に当てられていた。

 宝石達は、皆ティオを慕い、ティオに注目し、ティオに惚れ込み、それはもはや熱狂的な勢いだった。

 幸か不幸か、ティオ本人は、生まれた時からこの性質を持って生きてきているために、宝石達の異常な熱狂ぶりを実感しているのかどうかは不明だったが。


 サラの脳裏に、「とっても素敵だわ!」「凄くカッコいい!」と見目の良い男性を取り巻いてキャッキャッと黄色い声を上げて騒いでいる乙女達の姿が思い出されていた。

 そんな現場に居合わせたサラは、彼女達が騒いでいる若い男を特にカッコいいとも素敵だとも思わず(私の方がずっと強いもん!)と妙な方向に対抗意識を燃やしただけだった。

 サラは、ティオについても、特に見た目も性格も女の子に好かれる人間ではないし、実際好かれていない、と思っていた。

 実は、ティオの容姿が良い事は、ボロツやチェレンチーが何度か口にしており、また、チェレンチーに関しては、ティオの桁外れの才気と共に、彼の周囲の空間に重みや引力を感じる程の強いカリスマ性を実感していたのだが……

 一番近くに居た毎日同じ部屋で寝起きしている筈のサラは、未だ全く気づいていなかったのだった。

 ただ、宝石達から感じる異常な熱気によって、どうやら宝石から見たティオは、あのキャーキャー騒がれていたキザな男の何十倍も何百倍も魅力的な存在である、という事だけは理解出来た。


 サラは、しばらくこのティオの精神領域で過ごす内、ティオの体に『宝石の鎖』が巻きついているのが再び見え始めたのだが……

 その時から、ティオが無理やり宝石達を従わせて操っているのではない事は感じていた。

 ティオを中心の核のようにして、無数の宝石達が集い、規則的でありながら、自発的かつ有機的に動いている、そんな印象だった。


 その時の感触は間違っておらず、ティオが宝石達を自在に動かしている原動力は、「宝石に好かれる」という彼の性質にあるものだと気づいたサラだった。


 そして、今、サラは、ティオの操る『宝石の鎖』に周囲を囲まれて、そんな宝石達の声なき声を浴びるように受け取っていた。



「うわっ!」


 『宝石の鎖』が集中して藪のように前を塞いでいる中をがむしゃらに突き進んでいたサラだったが、うっかり鎖の一本に足を引っ掛けてドッと転んでしまった。


「痛っ!……うわぁ、ここでも痛みとかあるんだぁ。……」


 サラは、地面とおぼしき場所にぶつけた自分の体の痛みに顔をしかめながらも、すぐにムクッと起き上がった。


 実際は、ティオの精神領域には、上下も左右もなく、ただただ白い光が虚空に満ちているだけの空間なのだが、それでは不安定なためか、サラの精神体は架空の地面や空を無意識に仮定して動いていた。

 上下があり地面があると、普段の『物質世界』での感覚に近くなるので、体は格段に動かしやすくなる。

 しかし、その代わり、転んだ時に、その本来なら何もない筈の地面に体が叩きつけられて痛みを感じるという弊害も生まれるようだった。

 もっとも、サラは、そんな事まるでお構いなしに、グッと歯を食いしばって痛みをこらえ、夢中で走り続けていたが。


「精神体でも、傷つけば痛みは感じる。損傷が酷ければ、体が欠けたり、千切れたりもする。もちろん、それには激しい痛みを伴う。」


「『物質世界』との違いは、人間の肉体は複雑に出来ているために、損傷が激しい場合元のように復元する事はないが、ここ『精神世界』にある精神体は、時間が経てば概ね元に戻るという事だな。」


「それでも、ケガを負った時の痛みは感じるし、精神体が傷つけば精神そのものにも影響が出る。あまり重度の傷を負えば、精神のダメージが癒えずに、精神体も損傷したままという事もありうる。」


「だから、あまり無茶をするな、サラ。無駄に頑張って、危険を冒す意味はないだろう? 俺を捕まえるなんて事は、とっとと諦めろ。」


 感情を押し殺したようなティオの声が、『宝石の鎖』の群れの向こうから淡々と聞こえてくる。

 しかし、サラは、完全に無視して前進を続け、やがて「ぷはっ!」と、ようやく『宝石の鎖』が高密度で集中している地点を抜けた。


「よし!」


 途端に視界が開ける。

 ティオまでは、目測で約10m弱、サラなら一息で駆け抜けられる距離だった。

 しかも、先程抜けた部分に『宝石の鎖』を集中させ過ぎたせいか、その先はずいぶんまばらになっていた。


「クソッ! この頑固者が!」

「それは、ティオでしょう!」


 ティオは慌てて手をかざし、『宝石の鎖』の配置を組み替え直すも、サラの方が速かった。

 サラの進路を塞ぐために『宝石の鎖』を密集させたティオだったが、その作戦のために、『宝石の鎖』の弱点がサラに知られる羽目になっていた。



 『宝石の鎖』は、大量の宝石で編まれており、その数は数え切れない程だが……決して「無限」ではない。

 なぜなら、鎖となっている宝石一つ一つが実際に存在しているものであり、ティオがこの一年間世界各地を旅しながら集めてきたものだからだ。

 量こそ凄まじいものの、実在のものを使用しているために、その数にはやはり限りがあった。

 サラの侵攻方向を遮ろうと多量の『宝石の鎖』を移動させた事で、相対的に、その他の空間に張り巡らす鎖の数が減ってしまっていたのだった。


 そして、もう一つ。

 ティオは自分の異能力により無数の宝石で編まれた『宝石の鎖』を自由自在に操っているように見えるが……

 あくまで宝石達は、ティオとは「別の存在」である。

 どれ程身近に接していようとも、宝石を操るのには、自分の体を動かすのとは違って、ほんのわずかなタイムラグがあった。

 つまり、一度配置した『宝石の鎖』の布陣を解き、新たな場所に張り巡らせるのには、いかなティオと言え多少の時間が必要だった。

 一方で、自分の精神体一つで駆け抜けていくサラには、全く時間のロスがない。


 サラは、これらの『宝石の鎖』の弱点を、あれこれ観察して頭で論理的に弾き出した訳ではなかった。

 ただ『宝石の鎖』の群れを掻き分けて進む内に、「なんとなく」感じとっていたのだった。



 サラは、密集した『宝石の鎖』の群れを抜け、明らかに鎖のまばらになったティオまでの空間を、全速力で疾走した。

 ティオが新たに展開した『宝石の鎖』が、四方八方から、シュルルル、シュルルルル、と伸びてくるも、サラの移動速度に追いつかず、進路を遮られる前にサラの体は軽やかに走り抜けていった。


 ティオは、『宝石の鎖』を自分の前に張って防御しつつ後退するが、あまりスピードが出ていなかった。

 サラは見ていた。

 サラが先程『宝石の鎖』につまづいて転んだ瞬間、ティオの顔にはっきりと動揺の表情が浮かんだのを。

 すぐに何事もなかったように、「精神世界でも痛みを感じるし、精神体がケガをすれば精神にも影響が出る」とサラに、無茶をする危険を淡々と諭して、諦めようとさせてきたティオではあったが……

 サラが転んだ姿を見た事による精神的な動揺の影響が、ティオの動きには如実に現れていた。


 そんな、動きの鈍ったティオとは対照的に、ますますスピードを上げて駆けてゆくサラはみるみる距離を詰め……

 もう、すぐ目の前にティオの姿を捉えていた。

 サラは、ググッと、自分の体までも伸びろとばかりに思い切り目の前のティオに腕を伸ばす。


「ティオー!!」

「……クッ!……」


 空中に浮いたまま音もなく後ろに退がってゆくティオの、色あせたマントのボロボロにほつれた裾が宙に舞っている所に、必死に伸ばしたサラの華奢な白い指先が触れた。


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