夢中の決闘 #13
ティオの精神領域の中で再び『宝石の鎖』が見えるようになったサラは……
……ティオが、なぜ自分自分を『宝石の鎖』で縛りつけているのか?……
という疑問を抱くようになった。
そして、それを探るため、自分の持っている赤い石に力を借りて、『宝石の鎖』をもっと詳しく観察していった。
そして、ティオの体から伸びる『宝石の鎖』の先に、「何かが存在している」のを見つけた。
それが、問題の『それ』であり、『それ』はティオの精神領域に、上下左右どこまでも延々と続く巨大な壁のようにサラには見えた。
とりあえず、サラは『それ』を『不思議な壁』と呼ぶ事にしたのだったが、それの本質が「壁」ではない事は、「壁、壁、壁」と考えるたびに、頭の中に「間違っている」「違う」「不正解」といったイメージが浮かぶので、なんとなく察していた。
ティオがうっかり発した「サラには『これ』が壁に見えるんだな」という言葉からも、『それ』が「壁」ではない事は裏づけが取れた。
しかし、ティオが『それ』が何かをかたくなに隠しているので、正体が分かるまでは便宜上このまま『不思議な壁』と呼んでおく事にしたサラだった。
『不思議な壁』には、サラがそれを認識出来る範囲での話だが、ティオの体と同様に『宝石の鎖』が巻きついていた。
『不思議な壁』の全体をくまなく覆っている、とはとても言いがたい状態ではあったが、「鎖」の「縛る」「拘束する」という性質を持って、『不思議な壁』の表面に貼りついている。
ティオの体に巻きついている鎖は、空中で四方八方に無秩序に伸びていっているように見えるが……
実際は、おそらく全てあの『不思議な壁』に繋がっており、そこで壁にも巻きついているのだろうと、サラは感じていた。
そして、ここに、大き矛盾が生じてくる。
ティオは『不思議な壁』を制御するために、多大な労力を払って、『宝石の鎖』を作り出した。
その『宝石の鎖』が『不思議な壁』に貼りついているのは、『不思議な壁』を抑えるためだというのは話の筋が通る。
『宝石の鎖』が全てティオの体から伸びている、というのも、ティオが『宝石の鎖』を操っているのだから、何もおかしくはない。
ただ、問題は……その『宝石の鎖』が、ティオの体にまで巻きついて、彼を拘束している、という事だった。
この、現在サラの眼に映る状況は、ティオと『不思議な壁』の結びつきの強さ、存在の近さを感じさせるものだった。
いや、本当は……
……ティオと『不思議な壁』は同一の存在である……
というのが、正解であり、真実だと、サラは確信を持って感じていた。
□
「どうして分かった?」
と、ティオに問われて、サラはしばしキョトンとした顔をした。
どうやらティオは、サラが確信を持ってその事実を知ってしまった事を察し、誤魔化すためのムダな小細工を一切やめたようだった。
冴え冴えとした白銀の月の光の下で冷ややかに輝く、研ぎ澄まされた刀剣の刃のごときティオの眼差しが、サラのあどけなさの残るつぶらな水色の瞳を射抜く。
ティオが、こちらの心理を探っている事を感じつつも、サラは一切隠す事なく、むしろ自分の全てをさらけ出すような気持ちで、澄み切った目でティオを真っ直ぐに見返していた。
「なんとなく。」
サラは、至極あっさりと答えた、身構えていたティオが少し拍子抜けする程に。
「はあ? なんとなく? なんの根拠も証拠もないのかよ?」
「えー、まあ、いろいろあるようなないよなー。……でも、私、そういうの、ティオみたいに上手く説明出来ないんだよねー。……それに、私は自分の『勘』を信じてるから。『勘』って言うか、『感覚』かな?」
「……ああ、サラは確かに、そう言うタイプだったよな。それで? サラの『勘』が、俺が『これ』と同じものだって、そう言ってるのか?」
「そうだよ。」
サラは、コクリとうなづくと、目の前に伸びていた『宝石の鎖』の一本を、チョンチョンと、指先でつつきながら言った。
「ティオの精神領域で、ティオが消せないものは、三つ。」
「まず、自分。まあ、自分は消せないよね。……それから、『宝石の鎖』でしょ。そして、あの『不思議な壁』だよね。『宝石の鎖』と『不思議な壁』のどっちも、本当に『存在』しているものだから、消せない。……えっと、世界の理? では、『存在』を消す事は出来ない、だっけ?」
「そうだ。まあ、『物質世界』だけを知覚して生きている新世界の現代人は、死んで肉体がなくなったら自分の『存在』も消滅すると考えている者が大多数だけどな。実際は、『存在』自体は消える事はなく、別の小世界、『魂源世界』に近しい性質に変化するので、『物質世界』に偏った性質を持つ現代人には、死んでしまった人間を知覚出来なくなるだけなんだ。」
「ふうん、そっかー。世界の法則って面白いねー。……でも、今は、とりあえずそれは置いておいてー……」
「このティオの精神領域にある三つの『存在』……ティオ、『宝石の鎖』、『不思議な壁』……これを比べるとねー、違いを感じるんだよねー。」
「違い?」
「うん。」
サラは両手をヒラヒラさせて魚の動きを模したり、腕をパタパタ動かして鳥の羽を真似したりして一生懸命語った。
「ティオと『宝石の鎖』って言うか『宝石』は、あれみたいな感じ。ほら、川の中で小さな魚が群れになって泳いでるでしょうー? それから、鳥も、良く群れになって空を飛んでるよねー。あれって、魚は一匹一匹別の魚だし、鳥も一羽一羽別の鳥なんだけどー、みんなで一緒になって、同じ動きをして、同じ考え方をしてるって感じー。みんなそれそれ別々の生き物なのに、まるで一つの大きな生き物みたいだよねー。……あれってー、ボスみたいなものは居るのかな? 居たり居なかったりかな?……ティオは、そういう群れのボスみたいな感じがするんだよねー。宝石の群れのボス。ティオの周りのたくさんの宝石はみんな、ティオの動きや考えに従って、大きな一つの生き物みたいになってる、そんな感じがするよー。」
「でも、本当は一つ一つ別の『存在』だから、ティオとの繋がりが切れたら、元のように一つ一つバラバラな動きに戻る気がするー。ティオがそばに居て、宝石達に影響を与えてる状態だと、自然と宝石達が集まってきて、ティオを中心に一つの大きな群れを作って動くようになる、そんな風に見えるよー。」
「ティオと宝石達は、凄く仲のいい関係で、パッと見同じ『存在』に見えたりする事もあるんだけどー……でも、このたくさんの宝石一つ一つは、それぞれちゃんと別々の『存在』に感じるんだー。」
「そういう宝石達とは、『不思議な壁』は、なんか雰囲気が違うんだよねー。」
「うーんと、そうだなぁ。……そうそう、どっかの村でねー、家の裏の林の中に、切った木の幹が並べられてたんだよねー。そこにね、なんと、美味しそうなキノコがいっぱい生えてたの! 凄いよね、キノコのなる木! でね、どうしてこの木にはこんなにキノコがいっぱい生えてるのかって、そこの家の人に聞いたの。そしたら、なんかね、木の幹の中に、キノコの元? みたいなものがいっぱい詰まってて、それは見えないんだけど、そのいっぱい詰まったキノコの元が、木の養分を吸って成長すると、ニュッとキノコが生えてくるんだってー!」
「それからそれから、前に食堂で一緒になったおじさんに話を聞いた事があるんだー。私はまだ行った事も見た事もないんだけどー、『海』ってあるんだよねー。なんか、しょっぱい水が凄ーくたくさんあるんだってねー。大きな湖よりも、もっともっと大きくって、ずーっと向こうの方まで水が溜まってるんだってねー。そこにねー、ヘンテコな魚が居てー、なんと、頭に棒が生えてるんだよー! その棒の先にフサフサな飾りがついててねー、それが暗い海の中で光るんだってー! でねでね、その光に寄ってきた他の魚や生き物を、パクッと食べるんだってー! おじさんが絵を描いてくれてねー、それがとっても上手でー、今でも良く覚えてるよー。」
「ティオ、その魚知ってるー?」
「チョウチンアンコウだろう? 普段は海の深い場所に住んでいるから、なかなか人目に触れる事がない珍しい魚だな。俺も何度かしか見た事がない。」
「あ、じゃあ、キノコの話は知ってたー? キノコって、ニュッて伸びてて食べられる部分だけがキノコじゃなくってー、木の中に詰まったキノコの元も全部キノコなんだよー。」
「ああ、知ってる。俺が昔住んでた村でも食用にキノコを育ててたからな。切り倒しした木が朽ちていく過程で、そこに着いたキノコの菌が木の中に増えて、そして、表皮の外にキノコとしての形を作るって生態だろう? 後は、キノコの傘から胞子を撒いたり、そのまま菌の侵食が進んだりして、増えていく。」
「さすがにティオは物知りだねー。いろんな事いっぱい知ってるんだねー。私はそういうとこ、ティオには敵いそうにないやー。」
サラは腕組みをしてウンウンと感心したようにうなずいていたが……
ティオは、話の流れから嫌な予感を覚えたらしく、唇の端を引きつらせて聞いてきた。
「……お、おい、サラ、まさか……」
「ティオと『不思議な壁』の関係は、キノコとかチョウチンなんとかみたいな感じがするんだよねー。えっと、つまり、木の幹から出てきてキノコがティオでー、木の幹の中に広がってるキノコの元が『不思議な壁』ー。ヘンテコな魚のピカピカしてるとこがティオでー、その他の魚の本体が『不思議な壁』ー。パッと見、全然違うものに見えるけどー、本当は同じものって事ー。」
「ひ、人を、ホダ木で栽培してるキノコとか、チョウチンアンコウの提灯みたいに言うなよ!」
「あ、じゃあ、タケノコは?……タケノコって美味しいよねぇ。どっかの村に行った時、竹の林を持ってる人が居てタケノコを食べさせてくれたんだけどー、その時教えてもらったんだー。タケノコって、名前の通り竹の子供なんだってー。でね、凄いのが、そのタケノコが生えてる竹の林は、実は全部根っこで繋がってるんだってー。一本一本別のものに見えるけど、本当は大きな一つの塊みたいな感じでー、だから、ある時突然林がまるまる枯れちゃったりする事もあるらしいよー。……ティオ、知ってたー?」
「ああ、まあ、竹の生態についても知ってはいるけど……」
「ティオは、そのタケノコって感じー。」
「タケノコに例えられるのも、全然嬉しくない!」
ティオは苦虫を噛み潰したような顔でガシガシとボサボサの頭を掻いていたが、無事サラの言いたい事は伝わったようだった。
「つまり、サラには、俺が、『これ』のごく一部分が、人間の姿と意思を持って生きているように見えるって事だな?」
「うん、まあ、そんなとこかなー。一見全然違うものに見えるけどー、実は繋がってて、本当は同じ『存在』って感じがするんだよねー。」
「……そうか。」
「うーん、でも、今は『同じ存在』だけどー、元々そうだったのかは良く分かんないなー。だって、ティオと『不思議な壁』って、あまりに違い過ぎるもん。でも、ティオと『不思議な壁』からは、『同じ存在』って雰囲気が間違いなくするんだよねー。元は違うものだったけどー、何かあってくっついて、一つの『存在』になっちゃったとかー?」
「元々別の『存在』だったものが融合して一つの『存在』になるって話は、俺も聞いた事がないな。そもそも世界の理において、それぞれの『存在』は箇々別々のものだから、近づく事はあっても、そんな簡単に一つになったり二つに分かれたりするなんて事は起こらない筈なんだが。」
「まあ、俺にも、自分がなんでこんな事になってるのか、未だにさっぱり分かってないんだけどな。」
「二年前に、初めてこの『精神世界』の自分の精神領域にやって来た時には、もう『これ』はここに『存在』していて、そして……」
「俺は、『これ』が自分と同じ『存在』である事に気づいた。」
「見た目とか、性質とか、そういうのは全然違うんだけどな。でも、同じ『存在』である事に間違いない。サラが言うようにな。……サラは、本当に勘がいいな。」
ティオは、諦めの果てにあるような皮肉な笑みを浮かべてそう言った。




