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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <中編>壁の呪縛
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夢中の決闘 #12


「……」


「……『これ』が、俺と同じ『存在』だって?……」


 ティオは、しばらくグッと黙り込んだ後、慎重に言葉を選びながら答えてきた。

 ティオの表情には、驚きと呆れと動揺が入り混じって浮かんでいた。


 そんなティオを見て……

(……やっぱり、決着をつける場所を『精神世界』に選んで正解だったなぁ。……)

 と、サラは思っていた。


 こんな場面でさえ、『物質世界』で同じ状況に相対せば、ティオはほぼ動揺を見せないだろう。

 「嘘をつけない」という『精神世界』の特性上、ティオの巧みな話術で真実を隠されるのを潰せたのは大きかった。

 加えて、感情が表情に出やすい上、『精神世界』では喜怒哀楽の振れ幅が大きくなるので、普段は上手く隠しているティオの本心を暴きやすくなっていた。


 その代わり、『物質世界』特有の肉体に依存した「身体強化」のサラの異能力も、完全に封じられていたが。

 今は、普段のように「腕力」でティオを押さえつける事が出来ないのは、サラにとって大きな痛手だ。

 それでも、自分の異能力を手放してでも、今のこの状況を得られたのは良かったとサラは思っていた。

 肉を切らせて骨を断つ、と言うが、サラはティオに勝つために、迷いなく大きな代償を支払った。

 逆を言えば、サラには、異能力の発揮出来ないこの状況でも、ティオに勝つ自信がとうにあった。


「ずいぶん突飛な想像をするんだな、サラは。」


 そう返答したティオの表情は、皮肉な笑みで引きつっていた。

 サラが発した「ティオと『不思議な壁』は同一の存在」という内容に対して、否定とも肯定ともとれる絶妙な対応だった。

 嘘のつけない『精神世界』においてさえ、どちらにも解釈出来る自分の本心を敢えて見せる事でサラを惑わせようとしたのだろう。


「想像じゃないよ。」


「『当たり』でしょ? 私、間違ってないと思うけど?」


 しかし、サラは、どこにも力みのない自然体で真っ直ぐにティオの目を見つめたまま返した。

 そんなサラの、いつものように一点の曇りもなく澄み切った水色のつぶらな瞳を見て……

 ティオはうつむき「ハァー」と一際大きなため息をついては、肩を落としていた。

 次の瞬間、顔を上げたティオの目が、ギラッと鋭利な刃物のようにサラを睨み据えてきた。


「どうして分かった?」



 ……ティオと『それ』が同一の存在である……


 という、あまりに大胆な仮説だが、ティオの言動を思い返してみると、そのヒントはあちこちに散りばめられていた。



 まず、サラが指摘したように、ティオは自分の体に触られるのを嫌がる傾向があった。

 確かにティオの言う通り、他人に体を触られるのを嫌う人間は居る。

 しかし、一見おおらかで気さくな雰囲気のティオが、神経質な程人との接触を避けているのは違和感があった。


 更に、「他人と距離を置いて生活する」というのは、ティオの場合、肉体的な要素にとどまらず、心理的な面でも感じられた。

 ティオの心には、大通りに並んだ露店のように、開け広げに持ち物を並べて見知らぬ通行人にも気軽に見せている部分と……

 固く扉を閉ざし、その扉にも頑丈な鍵を掛けて、厳重に隠している部分とがあるようにサラには思えた。

 まあ、ティオの場合、扉の奥に隠している部分があまりに大き過ぎるのだが。

 これも、「誰でも人に知られたくない秘密の一つや二つはある」という一般的な傾向で片づけるには、ティオのそれはどう考えても過剰だった。


 それでも、ティオにはまだ言い訳となる理論があった。

 それは……

「『物質世界』と『精神世界』は表裏一体のものだから、『精神世界』の自分の精神領域に『これ』がある以上、その影響を他人に及ぼさないよう、自分は、物質的にも、心理的にも、他人とは距離を取るべきだ」

 というものだった。

 この主張には、論理的な破綻はない。

 と言うよりも、嘘のつけない『精神世界』でティオ本人が堂々とこの意見を口にしているという事は、これは単なる言い訳ではなく、事実なのだろう。

 ただし……

 「事実の全て」とは限らない。

 ティオが、事実の中から自分に都合の良い、サラに打ち明けても問題のない部分だけを抽出して語り、サラの印象を操作しようとする事は可能だった。

 そのため、ティオの喋る事については、疑いなく丸ごと信じてしまうのではなく、吟味する必要がった。



 そして、サラが、はじめからもっと強い違和感を感じていたのは、ティオの『宝石の鎖』の扱い方だった。



 ティオが『宝石の鎖』を造りだした経緯は、彼が語った通りだろう。

 つまり……

 生まれつき「鉱石と親和性が高い」という異能力を持っていたティオは、『精神世界』を知覚するようになってから、『物質世界』で手に入れた宝石の精神体を自分の精神領域に容易に引き入れられる事を知った。

 これはティオの異能力あっての事で、おそらく他の人間には出来ないのだろう。


 ティオは、宝石の精神体を自分の精神領域に引き入れる際「その宝石に許可を取っている」と言っていたが、これもティオ独自の感覚なので、サラには理解する事は難しかった。

 ただ、「一番好きなものは宝石!」と迷いなく口にするだけあって、ティオは、『物質世界』において、宝石をとても丁寧に扱っていた。

 高価な装飾品にあしらわれる事の多い宝石だが、装飾品自体は、どんな見事な細工が施されていようとお構いなしに宝石だけくり抜いて、後は十把一絡げに使用されている金属の目方で売り飛ばすという雑な扱い方をするのとは対照的に……

 取り出した宝石の方は、傷がつかないように個別に柔らかな布に包んで大事に保管していた。

 そんな宝石への態度を見るに、鉱石との親和性が高く息を吸うように辺りの石に残った記憶を読み取りながら生活しているティオが、もし本当に、彼の言う通り宝石に「意思」というものがあるのだとしたら、その「意思」を尊重しようとするのは自然な流れのように思える。

 まあ、ティオが、『物質世界』においても『精神世界』においても、宝石を大切に扱っているのは間違いないようだった。


 そうして、ティオは世界を旅しながら各地で集めた宝石を次々と自分の精神領域に取り込んでいき、その大量の宝石を使って鎖を編んでいった。

 『宝石の鎖』の「鎖」という属性からサラが感じとったのは、「縛るもの」「拘束するもの」という性質だった。

 要するに、ティオは、自分の思った事が実行される精神領域に取り入れた宝石を「鎖」に編みあげる事で、例の『不思議な壁』を制御する道具を得たのだ。


 もちろん、ティオの事なので、『宝石の鎖』以外の方法も考えうるものは全て試し、少しでも効果があれば同時進行でいくつも使用している可能性があった。

 実際、ティオ自身、「ありとあらゆる事を試したし、今も貪欲に模索している」といった内容を口にしていた。

 そんな無数に試行錯誤した対抗策の中で、現在最も効果的なのが『宝石の鎖』なのだろう。

 それでも『不思議な壁』を完全に封じていると言える状態には、まだまだ遠く及ばないようだったが。


(……うーん……ティオみたいな異能力のない私には分かんないけどー、たぶん、宝石には「そういう力」があるんだろうなぁ。……)


(……『不思議な壁』を「縛る力」と言うかー……もっと広く、そう、宝石は「ティオに力を貸している」……そんな感じがする。「ティオが望んでいる事を手助けする力」と言えるのかも知れないなぁ。……宝石には、何か、そういう私の知らない「力」があって、ティオは自分の異能力で「その力を引き出す事が出来る」んだと思う。……)


(……たぶん、「宝石の力」を借りても、あの『不思議な壁』を抑える事は到底出来ないんだろうなぁ。でも、コツコツ宝石を集めて、次々と鎖を編んでいく事で、ちょっとずつちょっとずつ、抑える力は大きくなっていってたっぽい。一つ一つの宝石が持つ力は、あの『不思議な壁』に比べてとても小さなものだけど、その力を集めて組み合わせる事で、ティオは『不思議な壁』を抑える力を徐々に強くしていった。……)


(……ティオが「今はだいぶ安定した」って言ってたから、必死に宝石を掻き集めて『宝石の鎖』を増やしていったおかげで、なんとか少し落ち着いた状態になったんだと思う。……ティオの事だから、他の方法も何かいろいろ使っているかもしれないけど、たぶん、今のメインは『宝石の鎖』じゃないかな。……)


(……でも、ティオは「まだまだ全然宝石が足りない」とも言ってたなぁ。……えー? なんとなくだけど、あの『不思議な壁』を完全に抑えるなんて、無理なんじゃないのー? なんだか、あれ、『無限』とか『限りがない』とか、そういう性質を持っているような気配がするんだよねぇ。……完全ではないにしても、ティオが納得するぐらい制御するには、一体どれだけ大量の宝石が必要になるのよー。いくらティオが、「宝石の力」を引き出せるって言っても、そんな事しようとしたら、世界中の宝石がなくなっちゃうよー! それは、ダメー!……いや、今でも、既にかなりたくさんの宝石を貯め込んでるよねぇ。本当はダメなんだけどー。どうせ、そんなたくさんの宝石、まともな方法で手に入れたものじゃないだろうしー。……)


 ティオが宝石を、飢えた獣が血肉を貪るごとく片っ端から盗み回っていた理由が、必要に迫られたものであった事を知って、サラは複雑な気持ちになっていた。

 まあ、ティオ曰く「趣味と実益を兼ねている」との事なので、半分は「なんとしてでも『不思議な壁』を抑えたい!」という悲壮かつ必死な思いで、もう半分は「大好きな宝石をとにかくいっぱい集めたい!」という子供のような無邪気で楽しい気持ちだったのだろう。

 半分だけでも、ティオが楽しい気持ちを持って、終わりの見えないその作業をコツコツ続けていた事を幸いだったと思うべきか、盗みはダメだからもっと罪悪感を持って欲しいと責めるべきか、サラでさえも悩む所だった。


 ともかくも、ティオは『宝石の鎖』を作り出す事によって、『不思議な壁』を抑えるすべを得たのだ。


 と、ここまでは、とりあえずいいとして……

 様々な問題はあるものの、一旦それらは脇に置いておくとして……

 サラが違和感を覚えたのは、ティオが……


 ……その『不思議な壁』を制御するために作り出した筈の『宝石の鎖』を、自分自身を拘束するかのように身体中に巻きつけている……


 という状況だった。



(……そう言えば、最初にここに来た時は、ビックリしたなぁ。……)


 サラは、初めてこのティオの精神領域にたどり着いた時の事を思い返していた。

 ここに「誰か」が居る事に気づいたが、その誰かは、宝石で出来た無数の鎖の一点に集まる所、まさに中央に、身体中を鎖に縛られ、両腕を宙に吊るされる状態で死んでいるかのように沈黙していた。

 サラはそれを見て、誰かに捕まって磔にされているのだと思い、とっさに助けようとして……

 その、鎖に全身を縛られている本人であるところのティオに「やめろ!」と制止されたのだった。

 その後、その人物がティオだと知り、鎖に縛られて宙吊りになっていたのも「自分でやった」と聞いたので、酷く拍子抜けしたサラだった。

 ティオは、サラの前で、確かに、なんの助けも得ず自分で鎖からスルリと抜け出してきて、彼を縛っていた鎖もそれと同時に見えなくなった。

 そのため、サラはいつしかすっかり安心していたのだったが。


(……全身を『宝石の鎖』でがんじがらめに縛られて、磔になっている……あれが、今ティオが置かれている本当の状況だったんだよね。なんだかんだティオに上手く誤魔化されて、ずっと気づけなかったけど。……)


 その後、サラは「白い光に満たされた虚空以外何もない」ティオの精神領域で、彼といろんな話をした。

 次第にティオの態度は軟化してゆき、サラのために長椅子やひざ掛けを出してくれたり、サラがこの場所で眠りにつくまで手を握っていてくれるまでになっていた。

 しかし、二人の精神的な距離が近づいたせいで、サラは、ティオが上手く隠してサラに見せずにおいた筈の『宝石の鎖』が再び見えるようになってしまった。

 そして、『宝石の鎖』は消滅した訳ではなく、サラにとっては見えない状態になっていただけで、初めからずっとそこにあった事を知った。

 簡単に鎖から抜け出し、その後自由に過ごしているように見えていたティオは、実際は、サラが来てからも、サラが来る以前からも、四六時中『宝石の鎖』で自分の体を縛りつけている状態でこの場所に居た。

 ウトウトとする程度まで意識の活動を落とす事はあっても、サラのように完全に眠りについて精神体を霧散させる事はなく、ずっとこの『精神世界』の自分の精神領域を感じ取りながら、『物質世界』でも普通の人間のように生活を営んでいた。


 その理由を、ティオは……


『……俺は番人みたいなものだからな……いつもここに居ないといけない……』


 そう語っていた。

 つまり、ティオの精神体がこの精神領域で霧散するような事があれば……

 いや、そこまでではないにしても、意識を『物質世界』に傾け過ぎて、『精神世界』を知覚する事をおろそかにすると……

 あの『不思議な壁』の制御が途切れてしまうという状況なのだろう。

 ティオが常時ここに居て『不思議な壁』を見張っている事で、到底完全とは言えないまでも、他人への影響は極力抑えられた状態に保たれているのだと思われる。


 そういった状況からも、サラは、ティオと『不思議な壁』の繋がりの強さを感じずにはいられなかった。

 それは、「『不思議な壁』がティオの精神領域内にある」のだから、当然の事のようにも一見思えたが。


(……でも、「繋がりが強い」だけじゃあ、ティオが『不思議な壁』を抑えるために作り出した『宝石の鎖』で、自分自身をグルグル巻きにしている理由の説明には、ならない、よね。……)


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