夢中の決闘 #11
「な、なんでだよ!? 俺がどう生きようと、サラには関係ないだろう?」
「俺の人生だ! どう生きるかは、俺が決める! 他人に口出しされる言われはない!」
思わず声を荒げて拒絶の姿勢をあらわにするティオとは対照的に、サラは終始落ち着いた様子で腕組みをして仁王立ちしていた。
「そうだね。確かに、ティオの人生だもんね。ティオが決めるのが当たり前だし、ティオの好きに生きるべきだと私も思うよ。」
「だったら、これ以上余計な干渉は……」
「でも……嫌なものは嫌!」
「私が嫌なの。ティオが一人で居るのは。……だから……」
「全力で邪魔するから!」
「えっとー……ティオが自分の人生を自由に決める権利があるように、私にだって、自分の人生を好きに生きる権利がある筈だよねー?……だったら、私は『ティオを絶対一人にさせない』って生き方をするよ。私がそうしたいんだから、別にいいでしょう? 誰にも文句は言わせないよ。もちろん、ティオにもね。」
「これが私だもん。私は私らしく生きるだけ。」
なんの迷いもブレも揺れもないサラの真っ直ぐな瞳に射抜かれ、ティオは、どこか眩しそうに目をしかめつつも、ギリッと奥歯を噛み締めていた。
「……俺だって、何度も何度も考えて、これが一番いいと思って決めたんだよ! 散々説明しただろ?『これ』は危険なものだから、俺は他の人間とは距離を置いて生活する必要があるって事を!」
「だーかーらー、私は『それ』に近づいたって大丈夫だってばー。ティオだって言ってたじゃない、私は『それ』の影響を受けにくいみたいだーって。以前『それ』に触った男の人達は、なかなか回復しなかったんでしょー? 私はすぐに治ったもんねー。」
「『これ』が、サラ、お前に害を及ぼしたのは事実だろう! その被害の大きい小さいは、俺にとって些細な問題なんだよ! 誰かに被害を及ぼす事自体をなくしたいって、俺は言ってるんだ!」
「でもー……『これ』って、ティオでも触ったら酷い目に遭うんでしょー? そんな危険なものがある自分の精神領域にずーっと一人っきりで居て、ティオは平気なのー?」
「確か、ティオって、二年前にこの精神世界を初めて感じ取ってから、一度もここから消えた事ないんだよねー?……私は、ここに来ても、ここで眠っちゃうと、この姿が保てなくなって霧みたいになっちゃうんだよねー? えっと、『精神世界を認識出来なくなると、精神体を保てなくなる』だっけー?……でも、ティオは、『物質世界』で忙しい時も、ほとんど眠ったような状態まで活動を落としてジッとしてるだけで、精神体のままでここに居るんだよねー? 一度も消えた事がないんだよねー?」
「……」
ティオは、しばし唇を閉ざし、固い表情で黙り込んだ後、思い詰めたように口を開いた。
「……俺は、番人みたいなものだからな。……」
「……いつもここに居ないといけない。……」
サラも、そんなティオに合わせて少し声のトーンを落とし、真剣に尋ねたが……
答えは返ってこなかった。
「それって、やっぱり『それ』のせい?『それ』を、ずっと見張ってるって事?」
「……」
ティオは、少し落ち着きを取り戻した様子で、サラを説得しようと、今度は静かな口調で話しかけてきた。
「サラが俺の事を心配してくれてるのは、嬉しいと思ってるよ。」
「でも、これまで俺は、ずっと一人でやってきたし、これからも一人でやっていける。……たった二年とも言えるが、もう二年とも言える。いろいろ試行錯誤して、ここでこうして一人で対処する事にも大分慣れた。正直、誰かにいろいろと干渉されて今の状態を乱される方が、俺としては困るんだよ。だから、このままそっとしておいてほしいんだ。……サラとは、その赤い石がサラをここに連れてきたせいで、しばらくここで一緒に過ごしたけれど、やっぱり、サラは俺から離れて、ここ、俺の精神領域にもう来ない方がいい。『物質世界』においても、『精神世界』においても、これからはサラと距離を置きたいんだ。そう、これは忠告じゃなく、俺からの切実な頼みだ。」
「もう、邪魔しないでくれ。俺を一人にしておいてくれ。頼む、サラ。」
「それに、俺だって、ずっとこのままでいいと思ってる訳じゃない。一年前に一人で各地を旅し始めた時から、いや、違う、初めてここに来た二年前から、この状況をなんとかしたいと俺は思ってたよ。」
「そんな俺が、この二年間、何もしないでただぼんやりとここに居た訳ないだろう? 俺はずっと、今のこの状況を改善する方法を探してた。試せるものはなんでも試したし、手に取れる本は全て読んだ、学べる事は片っ端から学んで身につけた。それで多少はマシになったけどな、まだとても、『これ』を俺の意思で完全に制御出来るとは言えない状態だったから、旅に出る事を決めたんだ。世界各地を回って、まだ発見されずに埋もれている古代文明の知識や遺物を探し続けた。」
「そう、俺だって、自分なりにこまで出来る限りの努力はしてきたつもりだ。それでも、未だにどうにもならない事だらけなんだよ。だから、サラには、もうここに近づかないようにしてほしいって頼んでるんだよ。」
サラは、ジッと真剣にティオの言葉に耳を傾けていたが……
ハッと気づいて、サッと手を挙げ質問した。
傭兵団の会議では、発言する際、まず手を挙げ、それを議事進行しているティオが指名してはじめて喋る許可が出る決まりであり、そんな習慣がサラもすっかり身についていた。
「ねえ、ひょっとして、ティオが、この私の持ってる赤い石を欲しがってるのって、『それ』のせい? この石が、『それ』を抑える効果があるとか?」
「あ、いや、それは違う。」
「違うの!?……えー、じゃあ、一体どんな理由で欲しがってるのよー?」
「それは内緒だ。」
「……むうぅ!……あ、じゃあ、ティオが前言ってた、今反乱軍が立てこもってる古代文明の遺跡にあるっていうお宝には、『それ』を抑える力があるのー? ティオはそのお宝を、わざわざこの傭兵団の作戦参謀になって戦争を終わらせようとしてまで、欲しがってるんだよねー?」
「いや、あのお宝にも、そういった効果は特にないな。」
「ええー? なら、なんでそんなもの欲しがるのよぅー!」
「なんでって……そりゃ、欲しいから。後は、まあ、内緒だ。」
「もー! ティオってば、あれも内緒、これも内緒! 全然教えてくれないんだからー!」
初めて『精神世界』を知覚し、自分の精神領域にやって来て、ここに『それ』が存在する事を知ったティオは、『それ』を自分の制御下に置けるようにと、この二年間必死に暗中模索の状態で試行錯誤を繰り返していたのは間違いない様子だった。
しかし、サラの持っていたペンダントの、『物質世界』ではただの古びた赤いガラスに見える赤い石を欲しがっている事も、月見の塔にあるというお宝も、『それ』とは全く関係がないらしく、サラはガクッと思い切り拍子抜けしていた。
やはり、ティオの考えている事は、彼の事をずいぶん分かったつもりでも、まだまだ理解出来ない部分が多かった。
それでも、サラは気を取り直して、ビッと、目の前に伸びている『宝石の鎖』を指差した。
「でも! これはそうでしょ? この『宝石の鎖』は、『それ』を抑えるために作り出したんじゃないのー?」
「当たりだ。サラは勘がいいな。」
「ほら、俺は『鉱石と親和性が高い』っていう異能力を持ってるだろ? それを上手く利用出来ないかと思って、精神世界における宝石で鎖を作ってみたんだよ。そうだな、本格的にこの鎖を作り始めたのは、旅に出てからだから、約一年前からか。」
「え? たった一年でこれだけの量の宝石を集めたのー?……た、確か、この鎖になってる宝石って、全部『物質世界』に実際にあるものなんだよねー?」
「ああ。俺の異能力でも、さすがに見た事も触れた事もない宝石は自分の精神領域に引き込めないからな。『物質世界』で手に入れて、しっかり『縁』を作ってから、この『精神世界』で自分の精神領域に呼んで鎖に編み上げたんだ。」
「って、アンタ、どんだけ宝石集めまくったのよー!?『宝石怪盗ジェム』とかふざけた名前で評判になってたけどー、これだけ盗んだら、そりゃあ噂になるわよー!」
「ああ、その辺は大丈夫だってー。手に入れた宝石は、一つづつちゃんと話をして、つまり、意思疎通をして、『俺の精神領域に来る?』って聞いてるからさー。そんで『行く!』って答えた宝石だけをここに呼んでるだよー。まあ、ほぼほぼ全部の宝石が『いいよ!』って言ってくれたけどなー。」
「宝石と話をしたとか、宝石の許可はとってるとか、そういう問題じゃないんだよねー! 宝石の持ち主には無断で盗んできたものだらけじゃないのよー!」
「……まあ、でも、そ、そう。ティオがやたらめったら宝石を欲しがるのにも、理由があったって訳ね。」
「うん、そうそう。でも、単純に宝石が大好きで欲しかったってのもあるなぁ。言ったろ? 俺の宝石集めは『趣味と実益を兼ねてる』ってさー。」
「……そ、それで、効果はあるんだよね? この『宝石の鎖』って。」
「もちろん!……あー、でも、完全に押さえ込むには、まだまだ量が足りないんだよなぁ。この一年、コツコツ宝石を集めて鎖の数を増やしてきたおかげで大分安定したんだが、完璧な封印にはゼンッゼン程遠いんだよー。」
「って訳で、これからもジャンジャン宝石を集めていいー?」
「ダ、ダメー! それとこれとは話は別ー! 犯罪はダメ、絶対ダメー!『それ』をどうにかするにしても、なんか他の方法を考えてよぅー!」
「チエー。」
ティオが『宝石怪盗ジェム』として、世界各地を旅しながらげんなりする程大量の宝石を盗み回っていた実態と理由を知ったサラだった。
まあ、半分は「宝石が大好きだから!」という、本当にどうしようもない理由だったが。
(……いや、これ、全部実在するとしたら、ホントに凄い量だよねー。……えー、ティオが、王宮の宝物庫から盗み出してきた宝石は、その時元々持っていた分と合わせて全部返させたけどー……そんなんじゃ全然量が合わないよー!……)
(……ティオのヤツー! 絶対どっかに隠れ家とかいくつもあって、そこに宝石を溜め込んで隠してるなー!…… )
サラは、ティオが「秘密」と言い張って打ち明けていない部分に、知りたくもないようなやましい事実がまだまだ山のようにありそうな嫌な予感がヒシヒシとしていたが……
とりあえず、今は、その問題に触れると大きく脱線しそうなので、後回しにし、黙って流しておく事にしたのだった。
□
「うーんと……その『宝石の鎖』を作ってる宝石って、『物質世界』にもあって、ここにあるのは、『精神世界』におけるその精神体、みたいなもの、だよね? だから、ティオは、『宝石の鎖』を『完全に消す』事が出来なくて、透明にして私から隠してたんだよね?」
「じゃあ、『それ』は? その『不思議な壁』も、『物質世界』のどこかにあるの?」
「……」
サラの問いに、ティオは、アゴに軽く手を当てて目を伏せ、しばらく黙り込んでいた。
おそらく、サラに教えていいものかどうか考えていたのだろう。
が、ある程度までなら情報を出しても問題ないと判断した様子で、ゆっくりと語り出した。
「いや、ない。『これ』は『精神世界』に特化した存在だから、『物質世界』には存在していない。でも、『存在』を持っているものを『消す』事は俺には出来ないからな。『これ』は、『精神世界』にしか存在していないとは言え『存在』している事に変わりはない。だから、俺には消せない。」
「俺がこの自分の精神領域で、自分の過去の記憶を頼りにものを出したり消したり自由に出来るのはサラも知ってると思うが、あれと、『宝石の鎖』や『これ』は、根本的に成り立ちが違う。俺が自由に出したり消したりしているものは、そうだな……『物質世界』で言うところの『想像の産物』って感じか。例えば、お腹が空いた時、『美味しいパンが食べたい』と思いながら『パン』の姿を思い浮かべるだろう? でも、想像したパンは実際には『存在していない』から、パンが手に入る事はない。そんな感じだ。……だが、『宝石の鎖』と『これ』は実際に『存在している』訳だ。だから、消す事は出来ない。」
「『存在』しているものをこの世界から完全に消滅させる、つまりその『存在』を消す事は、この世界の理に反する事だ。故に、俺だけじゃなく、この世界の内に存在する何ものにも不可能なんだ。」
「確かに、サラがここにやって来た当初、俺は、なるべく『これ』の存在を隠した状態にしておいた。いくら俺が意思の力で自由に出来る自分の精神領域とは言え、さっき言ったように、存在しているものを消滅させる事は出来ないからな。隠すのが、精一杯の対処だったんだ。……まあ、それでも最初は上手くいってたよな。サラは、そもそも『これ』の存在を知らなかったしな。視界に入っているものが全て目に映る『物質世界』とは違って、この『精神世界』においては、『存在』を知らないものを見る事は出来ない。その者にとっては、『存在していない』のと同じ状態に感じられる訳だ。しかし、『存在』を感じ取る事が出来ないだけで、『これ』はずっとここに存在していた。……まさか、そんな状態から、サラが自力で『これ』の存在に気づいて接触してくるとは、さすがの俺も思ってもみなかったよ。まあ、俺の考えが甘かったって事だ。その点に関しては反省してるよ。」
「とにかく、『これ』は『物質世界』に実体があるものじゃない。だから、『物質世界』でいきなりかち合うなんていう心配は要らない。俺に近づかなければ、大丈夫だ。これは、『物質世界』に『無い』とは言え、俺の精神領域には『ある』ものだからな。そして、『物質世界』と『精神世界』は……」
「『物質世界と精神世界は、表と裏のように、切っても切れない関係にある』でしょ? だから、『それ』に影響されて酷い目に遭わないように、ティオの精神領域には来ないようにする。それから、『物質世界』でも、ティオとはちゃんと距離を取って、気持ちの上でも馴れ馴れしくしないようにする。……って事を、ティオは言いたいんだよね? もう、いいかげん耳にタコだよー。」
「ああ、俺の話は、理解してくれてたんだな、サラ。安心したよ。」
ティオは、ふうっと軽く息を吐いて、肩にこもっていた力を抜くと、ふと振り返るように辺りを見回しながら、少し悲しげに目を細めて語った。
「まあ、でも、サラには『これ』に近づいてほしくないから、『危ないもの』だと言ってたが……本当は、『これ』は元々危険なものではないんだ。……いや、だからって、もう二度と『これ』には近づくなよ? 触るなよ? 絶対だぞ!」
「『これ』の本質は『人間を害する』というものじゃない。ただ、人間が『これ』に触れると大量の情報が意識の中に際限なく流し込まれて精神がもたないってだけで、『これ』自身に人間を攻撃しようという意図はないんだよ。」
「例えば、『火』だってそうだろう? 時に大規模な火災となって、町や建物、野山、人や動植物をも焼き尽くすが、『火』そのものは悪じゃない。『火』はただ、そういう性質を持った『存在』だってだけの事だ。それを、火によって様々な恵みを享受している者は、神のように捉えて敬い讃えるし、逆に火によって災害をもたらされた者は、悪魔のように捉えて忌み嫌う。『水』だってそうだ。空か降り注いで作物を育て、人々の喉を潤すのも水ならば、時に川を氾濫させて、作物を腐らせ、人を溺れさせるのも、また水だ。火も水み、その性質のままに、ありのままに、そこ『存在』しているだけなんだ。……この世界に善も悪もない。前にも俺はそうサラに言ったと思うが、善とか悪とか言うのは、その性質、その有り様、その存在を、人間がどう捉えるかによって変わる。つまり、人間の価値観で世界を測った定義でしかないんだ。この世界には善も悪もなく、世界の中に『存在』する全てのものが、その『存在』のままに、ありのままに、あるというだけなんだ。」
「だから、『これ』も、悪ではないし、『これ』が『存在』している事自体が悪い訳じゃない。」
「無理に『これ』に接触しようとしたり、近づくような事をしなければ、特に『これ』に害はないんだ。」
「実際、俺は『これ』に随分助けられてる所もあるしな。まあ、俺の場合、無理に近づいてえらい目に遭った事も数え切れないけどな。」
「助けられてるって言うのは……さっきの話の、『それ』を使って何かの処置をして、男の子をどこかの組織に捕まらないようにしたり、とか、そういうの?」
「いや、あれは例外中の例外だな。確かに『これ』を使う事にはなったけどな。……まあ、『これ』自体は、敵でも味方でもないって事さ。『俺』が、どこまでいっても『俺』であるように、『サラ』が『サラ』であるように……『これ』も、また、何があっても変わらず『これ』という『存在』だって事だ。」
「それにしても……」
と、ティオは無数に張り巡らされた宝石の鎖の向こうから、サラを不思議そうな目で見つめて言った。
「サラは、『これ』の事を、特に怖がってないんだな。あんな目に遭ったってのに。以前『これ』に触った男達は、しばらく『これ』自体を酷く怖がってたぜ。」
「別に、怖くないよ。」
サラは、金色の三つ編みを揺らして首を傾げ、肩をすくめてみせた。
「だって、『それ』って、ティオじゃん。」
「『それ』は、ティオと同じ『存在』でしょ?」
「だから、怖くないよ。」




