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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <中編>壁の呪縛
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夢中の決闘 #10


「つい長々と話しちまったが、俺の言いたい事はもう分かっただろう、サラ? 要するに、俺の精神領域にある『これ』はメチャクチャ危ないものだから、二度と近づくなってこった。と言うか、俺の精神領域に入ってくる事自体、これを最後にやめてほしい、と……」


「……サラ?……おい、サラ、お前、俺の話ちゃんと聞いてんのか?」


 ティオの当惑した声が、無数に張られた『宝石の鎖』の向こうから聞こえてきて……

 黙々と膝の屈伸運動にいそしんでいたサラは、ようやく顔を上げたが、続けて、腕を広げて上体をひねる運動を始めていた。


「ちゃんと聞いてるよー。大体分かったー。」

「ホ、ホントか? ホントに分かったのか?……って言うか、サラ、お前、さっきから何してんだ?」

「えー? 準備運動ー。」

「準備運動?『精神世界』では肉体を鍛えるのは不可能だぞ? お前の異能力も、『肉体強化』だから意味をなさないって前も言ったよな?」

「『精神世界』は精神や意思の世界、でしょ? 知ってる知ってるー。でもー、こうやって準備運動してると、気分が乗ってくるからさー。よーし、頑張るぞー!」

「い、いやいや、待て待て待て! 何を頑張るんだよ? 準備運動って、まさか、これからここで何か本格的に運動する気じゃないよな?」

「エヘヘヘヘー! 私はねー、これから……」


「ティオを捕まえるんだよー!」


 ズバッと真っ直ぐにティオを指差して宣言するサラに、ティオは「は?」と理解が追いつかない様子で固まったが、すぐに、ススッと宙に浮いたまま後退した。


「……サラ、お前……本気じゃないよな?……」

「私は本気の事しか言わないよー。ティオみたいに冗談とか得意じゃないしー。そもそも、ここ、嘘のつけない『精神世界』でしょー?」

「……ハ、ハハ、マジかよ。……つーか、俺を捕まえられると思ってんのか? ここは、お前の異能力の効果が全く及ばない『精神世界』で、おまけに俺の精神領域だぞ。つまりこの『精神世界』の中で、俺が最も好き勝手に出来る場所って事だ。俺がここで、自分の記憶を頼りに、自由に物を出したり消したりしてるのを見てただろう?……それでも、この俺を捕まえるって?」

「捕まえるよ。だって、私は、ティオを捕まえられるもんねー。……って言うかー、やってみたらすぐ分かると思うけどー……」


「ティオは、私に勝てないよ。絶対に。」


 「はあ?」と、サラの自信満々の返答を全く予想していなかったらしいティオが、鳩が豆鉄砲を食らったようなほうけた顔をしている一方で……

 サラは、むんずと、目の前に伸びていた、『宝石の鎖』の一本を掴んだ。

 そして、思い切り力を入れ、引っ張る。

 「お、おい!」と慌てたティオの声が響く中……

 サラが強く引っ張った『宝石の鎖』が、パアン! と音を立てて砕け散っていた。

 鎖の形状を壊された色とりどりの宝石が、煌めきながら空中に四散してゆく。

 『物質世界』と違って地面が無いせいか、鎖を形作っていた宝石は下に落ちていく事はなく、鎖が破壊された衝撃のままに四方に飛んでいっていたが……

 スッとティオが黙って手をかざすと、再び集まってスルスルと編まれてゆき、程なく元のような鎖の形状に戻っていた。

 「無駄だ」とティオは言ったが、サラは、そんな『宝石の鎖』をジッと見つめながら、小さくつぶやいていた。


「……ほうら、やっぱりね。……だから、言ったんだよ、ティオは私に勝てないって。……」


 サラは、トットッと軽くジャンプしていつでも走り出せる態勢を整えながら……

 張り巡らされた無数の『宝石の鎖』の向こうで少し引きつった顔をしているティオを、その両の瞳に真っ直ぐに捉えて、もう一度宣言した。


「じゃあ、今から捕まえるから、覚悟しなさいよね、ティオ!」



「い、いやいやいや! だ、だから、ちょっと待てって、サラ!」


 本気で自分を捕まえるつもりらしいサラの気迫を感じ取ったティオは、また、スススーッと宙に浮いたまま後退した。

 そして、その分距離があいたサラとの間の空間には、ジャジャッと新たな『宝石の鎖』が四方八方から張り巡らされていく。

 ティオが後ろに下がって距離を置くのも、二人の間に『宝石の鎖』を張るのも、ティオが自分を拒否している事の現れである事を、サラは知っていた。


「お前、やっぱり俺の話全然聞いてなかっただろう?『これ』に触ると、さっき話した男達みたいに精神が侵されて自我が崩壊しかねないって言ってるんだよ! マジで危険なんだっての!」

「私が捕まえようとしてるのは、その『不思議な壁』じゃなくって、ティオだよ? だから、平気でしょ。ここの世界で、ティオの体……じゃなくって、『精神体』だっけ? には、もう何度も触ってるしー。なんでそんなに嫌がるのよー?」

「な、なんでって……と、とにかく、ダメなもんはダメだ!」


 ティオの背後にそそり立ち、上下左右どこまでも果てしなく続いているように見える巨大な壁のごとき『それ』が、また、ゴゴゴ、ゴゴ……と、地鳴りのような低い音を立てて動いたように感じられた。

 しかし、相変わらず、どこがどう動いているのかまるで見当がつかないどころか、「ティオの後ろにある」という以外、距離感が全く掴めなかった。

 ティオの背に接する程近くにあるようにも、地平の果て程離れているようも見えていた。


「……」

 サラは、ふうっとため息のような呼吸を一つ吐くと、いつでも走り出せるようにトットッと軽くジャンプしていたのをやめ、仁王立ちして両手を腰に当てた。


「で、結局、その『不思議な壁』って、なんなの?」

「だ、か、ら! それをサラに教える訳にはいかないんだよ! その代わりに、以前『これ』に触った人間がどんな酷い目に遭ったかって話を延々としたじゃないかよ! とにかく危険なものだから、近づくなって言ってるんだよ、俺は! 俺の精神領域に『これ』が存在している以上、ここに入ってくる事自体危ないから、それももうやめろって話をずっとしてるんだけどなぁ!」

「ああ、それだけどー……」


「私、たぶん大丈夫だと思うよ。」


「私なら、その『不思議な壁』に触っても平気だから、心配要らないよ。」


 なんの根拠もないのに確信に満ちたサラの言葉と態度に、ティオはまたしばらく言葉を失って固まっていたが、慌てて反論してきた。


「バ、バカな事言うなよ! サラ、お前も、この前触った時、ゲーゲー吐いて、ワンワン泣いてたじゃねぇかよ!」

「あー、あれはねぇー……エヘヘ、恥ずかしなぁ、もう忘れてよー。乙女の恥ずかしい姿なんて、見ても見ない振りするのがマナーでしょー?」

「い、いや、忘れられるか! 調子に乗ってまた『これ』に触ったら、おんなじ目に遭うだけだぞ!」

「だからー、あの時は『それ』がなんだか分からなかったからー、余計な事しちゃっただけなんだってばー。でも! 今は大体分かったから、もう大丈夫!」

「は、はあ? 一体何が分かったんだよ? 俺だって『これ』については、ろくすっぽ分かってないんだぞ?」

「あー、やっぱりティオでもほとんど分かってないんだー。」

「当然だろう!『これ』に触ると、頭の中に無作為に大量の情報が流れ込んでくるんだぞ! 俺は異能力のおかげで、普段から、鉱石に残ってる混沌とした記憶を当たり前のように読んでるから、そういうのには多少慣れてるが、『これ』が送り込んでくる情報の量は、それとは桁違いなんだよ! 人間の精神や意識でとても捌き切れるものじゃない! 俺だって、『これ』に触って、何度もえらい目に遭ったって言ってるだろ?」


「それに、俺が『精神世界』を認識したのは、ほんの二年前だ。二年前のとある事件の後、気がついたら『精神世界』のこの自分の精神領域にやって来てて、精神体になってたんだよ。その時に、初めてここにある『これ』の存在に気づいた。……だから、俺だって、『これ』については知らない事の方が多いんだよ! ってか、ほとんど知らないっての! 『これ』の解明されていない未知の部分の多さを考えたら、一昨日『これ』を初めて見たサラと大差ないぐらいだよ!」


「でも、ティオ、『それ』を動かせるんでしょ?」

 と言うサラの問いに、ティオは、思いがけず核心を突かれたかのようにグッと詰まった。


 おそらく、ティオにはサラを舐めていた所があったのだろう。

 明らかにサラよりも知性が高く知識も豊富な自分が未だ理解し得ない『それ』を、そもそも論理的な思考をしようとしないサラが理解する事は不可能だと、ティオはタカをくくっていた。

 確かに、ティオの想像通り、サラには『それ』が何かは、全くもって見当がつかないままだった。

 しかし、サラが興味関心を寄せていたのは、本当は『それ』自身ではなかった。

 サラが考えていたのは、『それ』とティオの関係だった。

 『それ』はティオにとって、どんな意味を持ち、彼にどういった影響を及ぼしているのか?

 そして……サラの中で、その答えは出ていた。

 だから、サラはティオの問いに「大体分かった」と答えたのだった。


「……動かせ、ない、事もないが……でも、全部自由に出来るって訳じゃない。もし完全に俺が制御出来ているんだったら、あの男達や、サラ、それに俺自身だって、『これ』に触っても何も危険がないようにする筈だろう?」

「うんうん。……ティオも、その『不思議な壁』の事は良く分かってない。二年前に初めてここに来た時に『それ』を見つけた。ちょっとはティオの思ったように動かせる所もあるけど、ティオでもどうにも出来ない部分がほとんど。……って事で合ってるよね?」

「そ、そうだな。」

「ところで……」


「ティオって、誰かが自分の体に触るのを、凄く嫌がるよね。なんで?」

「……!……」


 サラの問いに、またティオは顔を引きつらせていた。

 普段のティオならこんなに分かりやすく動揺を表に出す事はしないのだが、ここが『精神世界』であるために、いつもの嘘か本当か分からない表現を混ぜ込んで相手をケムに巻く話術が上手く使えない状態だった。

 ティオは、滑りそうになる口を必死に抑えているかのように、何度か唇を開きかけたりまたギュッと閉じたりを繰り返した後、慎重に言葉を選んだ。


「……他人に自分の体を触られるのを嫌がる人間は、良く居るだろう? サラだって、知らないヤツにいきなり触られたら嫌だろう?」

「私や他の人の事は関係ないでしょ? 私はティオの事を聞いてるの。ティオが、自分の体を触られるのを嫌がってる理由は何って聞いてるんだよ?」

「……そ、れは……今の、世界大崩壊以後の新世界に存在する人間のほとんどは、『精神世界』を知覚する事は出来ないが、『物質世界と精神世界が表裏一体の関係にある』という事実は変わらない。だから、俺の精神領域に『これ』がある以上、『物質世界』においても他の人間とは距離を置いておいた方が安全だろう?」

「『物質世界』で誰かがティオの体に触ったら、ここ『精神世界』の『それ』の影響を受けるかもしれないって、心配してるの?」

「……そうだ。」

「『物質世界と精神世界は、本当は重なり合った世界』……うんうん。これ、大事だよね。私もちゃんと覚えとこう。」


「それで、ティオは、なるべく自分の体を触らせないようにしてるんだね。……じゃあ、私や傭兵団のみんなとあんまり仲良くしないようにしてるのも、『それ』のせい?」


「えっとー、誰かと凄く仲良くなって心の距離が近づくと、『それ』の影響を受けるんじゃないかって、思ってるの?」

「……グッ!……そ、そうだ。……」

「あー、やっぱりかー。……ふーん。ティオは、随分『それ』に縛られた生き方をしてるんだねー。」

「しょ、しょうがないだろう? 俺だって、別に好きでこんなふうに他人と接してる訳じゃない。でも、『これ』が、こんなものが、自分の精神領域の中にあったら、そうせざるを得ないだろうが!」

「ティオってさー、ずっと一人であっちこっち旅してたって言ってたよねー。」


「ずっと一人だったのも、一つの場所に長く居ないで旅をしてたのも……『それ』のせいだったの?」


「誰かと一緒だったり、長い間同じ場所に居ると、一緒に居る人や、その場所に居る人達が『それ』のせいで酷い目に遭うかもって心配してたの?」

「そ、そうだよ! 悪いかよ!……でも、『これ』が全ての理由じゃない。俺には……あっ!……」

「何?」

「……い、言えない。……」

「えー? まーだなんか隠してるのー?」

「……」

「……うーん、ティオが他人と距離を置いてる理由は、『それ』とは別にまた何かあるんだねー。……でも、まあ、今はとりあえず、そっちの問題は置いておくよー。正直、『それ』の事だけで手一杯だもんねー。」


 ティオは感情が高ぶって思わず何か言いかけたものの、強い自制心で抑え込んでしまった。

 サラは、予想していた以上にティオが抱えている問題が根深く、取り除くのが困難なものである事を感じて、ため息を吐いたが……

 すぐに、気分を切り替えた。

 たとえそれがどんなに手強い障害であろうと、サラには、引く気などはじめから更々なかった。


「それで? ティオは、これからからもそうやってずっと一人で生きていくの?」

「そのつもりだ。」


「それが、俺が熟考して出した結論だ。俺は、一人で居た方がいいんだよ。」


 サラは「ふうん」と、ティオの決意の言葉を軽くうなずいて流したかに見えたが……

 ニカッと、少し意地悪な笑みを浮かべると、胸の前で、握り込んだ指をポキポキと鳴らしてみせた。


「じゃあ、私も、気合を入れて、ティオを捕まえないとね!」


「ティオが一人で居るのは、この私が許さない!」


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