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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <前編>侵入者の末路
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夢中の決闘 #9


「二人組の男達が俺のこの精神領域に侵入してきた時、実はここには、男の子に処置を施すための仕掛けが展開されていたんだよ。俺がその事件のほんの数日前に完成させた方法だ。」


「メインの効果は、男の子が持っていたある能力の源となっている力を彼から抜き出して他へ移すというもの。そして、その前段階の副産物として出来た、他人を俺のこの精神領域に引き入れるというもの。力を他へ移す処理は、『精神世界』でないと出来ないものだった。そして、俺が『精神世界』において自由に振る舞えるのは自分の精神領域だ。という訳で、男の子を自分の精神領域に引き入れる必要があったんだ。」


「男達は、まず『物質世界』で熟睡していた俺の体に触れた事で、俺が『物質世界』から『精神世界』へと開いておいた道を使って自動的に俺のこの精神領域に入り込んでしまった。その後は、『これ』に目がくらんで、まんまと触ってしまった事で、精神を侵され酷い目に遭ったって話は散々したよな。……だが、実は、俺がこの精神世界に展開していたもう一つの効果の影響も受けてたんだ。俺の構築した方法のメインの効果であるところの、能力の源となる力を他に移すってヤツだ。」


「まあ、男の子のように、俺がつきっきりでしっかり処置した訳じゃなく、たまたまその処置の効果範囲に踏み込んで巻き込まれた形だったから、力の全てを失った訳じゃない。でも、ヤツらが元々持っていた力の五割から六割は吸った……他に移動しただろうから、アイツらの力までガクンと落ちる事になった。まあ、しばらくは『これ』に触った後遺症でグッタリしていてそれどころじゃなかっただろうが、組織の本拠地に帰ってから自分の力が著しく落ちている事に気づいて青ざめたんじゃないか?……さっきも言ったように、俺が男の子から抜き去ったのは、能力の源となる力だ。つまり、力がなければ能力は発揮出来ない。力の量は如実に能力の高さに比例するものだからな、男の子への処置に巻き込まれて力が五、六割減った二人組の男は、元々持っていた能力の半分程度しか使えなくなった訳だ。」


「男達の所属している組織は、完全な能力至上主義の社会構造だ。能力が高い者は、高い地位に就いて尊敬を集め、能力の低い者は、下層階級となって軽んじられる。そして、その組織が人間を振り分ける基準としているその能力は、と言うか、その能力の源となっている力の量は、生まれついてのもので、多い人間は多いし、少ない人間は少ない。その人間の性格の良し悪しだとか、能力の向上に傾けた時間だとか努力だとか、そういったものは一切関係ない。それは、生まれ落ちた時に決まる、純然たる才能だ。そして、その力の量は、一生変わる事はないと言っていいだろう。……まれに、力の量を増やす事に人生を傾けた人間が居て、その記録が組織には残っていたりするが、増えたのは誤差の範囲のごく微量なものだった、という結果ばかりだ。要するに、能力の源となる力の量は、一生を通じて変わる事はなく、その持って生まれた力の量によってほぼ能力の高さが決まり、組織での地位も決まる、って事だな。」


「俺が構築した方法は、そういう組織にとって、悪い意味で画期的なものだっただろうな。何しろ、一生変わる筈のない力の量を減らす効果がある訳だからな。おかげで、男の子が持っていた中途半端な量の力を失わせる事が出来て、あの子が組織に狙われる事はなくなった訳だけどな。……そして、俺が男の子に処置を施している時にいきなり侵入してきて処置に巻き込まれた男達二人も、力の約半分を失う羽目になった。結果として、能力至上主義の組織での地位は、もうこれ以上上がらなくなったどころか、これを機に降格されたんじゃないかと推察してる。」


「巻き込んじまって悪かったなぁ、とはちょっと思ってるけど、でも、俺は、あの二人に何度も言ったんだぜ。決して近づくなって。言う事を聞かなそうだったから、縄で縛って柱にくくりつけたりもしたのになぁ。まさか、男の子の祖父母を騙して縄を解かせるとは思ってもみなかったよ。……だから、あの二人の能力がガクンと落ちる結果になったのは、自業自得と言えるよな。まあ、しょうがない。」


 そんなふうに、ティオは、努めて感情を抑えているかのような淡々とした口調で、数ヶ月前に起こったという事件の全容をサラに説明し終えた。



 ティオは嘘は全くついていなかった、と言うよりも、『精神世界』においては、世界の性質上嘘がつけないので、正直に語る他ない。

 ただ、知らせたくないものを「話さない」という事は可能なので、ティオの話は、彼がサラに教えたくないと思っている部分は巧妙にぼかされていた。

 元々、聡明なティオの複雑な話の内容についていくのが難しい上に、要所要所伏せられた状態であるので、サラの頭では全てを理解するのは無理だった。

 サラ自身、途中から全部を理解しようとするのは諦めていたというのもあった。


 ティオもそれを分かっていて、普段は決して話さないような内容までサラに明かした所もあっただろう。

 元々ティオとしては、サラを自分の精神領域に来ないよう説得しなければならない一方で……

 これ以上『不思議な壁』とサラが呼んでいる例の不可思議な存在とサラの繋がりを深めさせないために、サラに必要以上の情報を与える事は避ける必要があった。

 つまり、ティオは、ペラペラ喋っているようで、本心としてはサラ分かるようにしっかりと説明する気はまるでなかったのだ。

 そのため、ますますサラがティオの話を理解するのは困難になっていた。


(……まあ、いいけどね。どうせ私の頭じゃ、ティオの話を最初から最後まできちんと理解するのは無理だもん。……)


(……でも、そんな細かい事なんてどうてもいい。……一番大事な事……私が本当に知りたかった事だけ分かれば、それでいい。……)


(……そして、私が一番知りたかった大事な事は、大体分かった。……)


 サラは腕組みをしてウンウンとうなずいたのち、いよいよティオと決着をつける前に、少しだけ気になった事を尋ねてみた。

 それは、ティオにとってもサラに教えても困らない類の情報だったようで、すんなりと答えてくれた。


「ねえ、その二人組の男の人達だけどー、男の子の処置に巻き込まれて失った力を元に戻してあげる事は出来なかったのー?……えっとー、確か、ティオが編み出した方法って、力を『消す』んじゃなくって『移動する』だけだったんでしょー? 移動しちゃった力を、もう一回男の人達に移動させる、とかさー。」

「それは無理だ。『世界の理』に反する。」

「……世界の、理?」

「そうだ。俺が構築した方法は、俺が好き勝手に創作したものじゃない。この世界の法則にのっとって、元々この世界に存在している様々な性質を、適切な分量で適切な方向に組み合わせた結果出来たものなんだよ。」


「もっとも、その組み合わせの過程は相当複雑だからな。俺は一度見たものは忘れないから今も正確に覚えているが、メモも捨てたし、文書としても残してない。俺がこの方法を構築した大元の理論となる知識が書かれていた古文書は、俺が一人で解読したもので世間一般的には未解読のままだ。その本の内容も、俺は敢えて翻訳してない。……だから、他の人間が、この方法を構築するのはまず無理だろう。たとえ出来たとしても、使えるのは『精神世界』の自分の精神領域でだけだ。ほとんどの人間が『精神世界』を認識出来ない現状、使用はほぼ不可能だな。……まあ、この方法は、元々俺が自分用に作ったものであって、はなから他人に対して使うつもりはなかったからな。男の子に出会った事でたまたま使う必要が生まれたから仕方なく使用しただけで、本来は、一度も使用せず俺の記憶の中だけに埋もれさせておくつもりだった。だから、もうこれでいいと思ってる。……さて、話を戻すが……」


「世界の法則……『理』と呼ばれるものだが、俺達はこの『理』に反した事は出来ない。なぜなら、俺達はこの世界の中に存在しているからだ。つまり、俺達自身が、俺達の存在そのものが、世界の『理』で出来ている。俺達は世界の『理』の内にあるものなんだ。」


「この世界の中で、世界の『理』によって存在している俺達が、世界の『理』に反する事をするのは、自分の存在しているこの世界を『否定する』事になる。そして、それは自分自身の存在をも『否定する』事に他ならない。」


「じゃあ、もっと好き勝手するには、世界の『理』を変更する、つまりこの世界自体を大元から変えてしまえばいいと考える者も居るだろう。……しかし、それは無理だ。さっきも言ったように、俺達の存在はこの世界の内にある。俺達の存在が、もし……仮定の話だが……この世界の外にあるとしたら、この世界の法則、『理』をも書き換える事が出来るかもしれないな。まあ、でも、俺達はこの世界の内に存在していて、世界の外に出る事も、世界の外を知る事もないというのが現実だ。必然的に、俺達は世界の『理』にのっとって生きていかなければならないという訳だ。……それに、『理』に反した行動は、この世界の中では実現しないようになっている。いくら好き勝手に方法を考えたとしても、『理』にのっとっていなければ全く作用しない訳だから、ただの空想で終わるのみだ。……しかし、もし、あまりにも大きく『理』を逸脱した行為を繰り返したり、強引に行ったりしたらどうなるか? 俺もそれにつていは良く知らないが、ひょっとしたら、そういう行為を行なった存在自体が『消滅』するかもしれないな。世界にとって『理』に反する存在は、人間の体に例えなら『病変した細胞』のようなものだからな。そういった、正常な世界の法則から外れた『害』『病』『異物』は、世界そのものの自浄作用によって『排除』される、と俺は推察している。」


「だから、俺がやったように新しい効果を持った方法を作り出す時、あるいは、既にある方法を使用する時は、必ず世界の『理』を元にするんだよ。」


「つまり、大前提として、世界の法則、『理』を理解していなければいけない。……例えば、俺が男の子に使った方法を構築した時は、解読したばかりの古文書に書かれていた知識が元になった。俺はあの古文書を解読し、内容を理解した事で、今まで知らなかった『理』について知る事になり、だからこそ、新しい方法を作り上げる事が出来た。そんなふうに、俺がその時構築したものや、それ以前から使っていた方法は、全て、『理』によって成り立っている。世界には、様々な法則、『理』があり、それを正確に組み合わせていく事で特有の効果を持った方法が使用出来るという仕組みだ。この世界への理解、『理』への理解が深まれば、それだけ様々な方法が使えるようになって、効果も上がっていく事になる。」


「ところで、サラは、『知識として知っている』という事と、『理解している』いう事の違いは分かるか?……まあ、サラは直感的に世界を捉えているから、もう感覚として分かっているかもしれないな。……『知識として知っている』と言うのは、知識はあるが、実感が伴っていない場合だ。そうだな、例えば、世間で流行っている物語を聞いたとする。それは、作者の空想の産物であって、面白おかしく楽しめるが、あくまで非現実的な感覚として受け止められる。自分の実体験とは全く別の感覚だ。じゃあ、『理解している』というのがどんなものかと言うと、まさに、自分の実体験のような現実的な感覚を伴って深く知っている、という状態だな。新しい知識を得ても、『そういうものもあるのか』と、どこか自分からは遠く感じられ、実感を伴わない場合と、『なるほど!』と、妙に腑に落ちて、腹の底から実感を伴って納得する場合があるだろう? 本当の意味で『理解する』というのは、そういう事なんだよ。……そして、世界の法則、つまり『理』にのっとって特殊な効果を持った方法を使う時は、この『真の理解』が必須となってくる。形だけ、上部だけの知識ではダメだ。自分の意識に、心に、存在に、世界の『理』を刻み込み『真の理解』に至ってこそ、初めてその『理』を使った方法が使用可能となってくるんだ。」


「と、話が逸れたが……俺が男の子に使った、ある能力の源である力を別のものに移す方法も、当然世界の『理』を利用していて、それは『小さなものは、より大きなものに吸収される』というものだった。要するに、力を移すとは言っても、その移動は『小』から『大』へという方向に限定される。必ず一方通行だ。だから、一度『大なるもの』に吸収された『小なるもの』を、元の状態に戻す事は不可能なんだ。……そういう不可逆な方向性は、『物質世界』でも良く目にするだろう? 例えば、空から降ってくる雨が空に上がる事はないし、川を流れる水が山へとさかのぼる事もない。太陽が朝に地平から昇る事で昼になり、夕方に地平に沈む事で夜がやってくる。そういった自然現象も世界の『理』の一種だ。まあ、例外も中にはあるけどな。……ともかく、俺が例の方法の元にした『理』は、『小』から『大』という方向性だった。だから、男の子の力も、巻き込まれた男達の力も、一度移動してしまうと、もう二度と戻せないんだ。その事は、男の子と彼の育ての親の祖父母にはちゃんと説明して了解を得ていた。一度処置をしたら、決して元の状態には戻らない事を理解した上で、彼らは俺に処置を望んだ。でも、途中で俺の精神領域に侵入してきた男達は、そんな事は知らないからな。青天の霹靂ってヤツだったろうな。」


「そんな訳で、男達から誤って移動した力は、俺にも戻す事は出来ないんだよ、残念ながら。」

「ふうん。難しくてほとんど分かんなかったけどー、ティオが無理だって言うなら、無理なんだろうねー。そっかー。まあ、しょうがないねー。」


 サラは、気になったので一応聞いてはみたものの、ティオの精神領域に勝手に侵入してきた男達に対しては、特に同情していなかった。

 老夫婦に暴力を振るったり、小さな男の子を何の同意もなしに家族から引き離して連れていこうとしていた彼らの行動を鑑みて、可哀想だとはとても思えなかった。

 ティオの推察によると、どうやら彼らのその後の展望は思わしくないないようだったが、それもティオの言うように自業自得だと感じていた。

 そのため、ティオの返答を聞いて、サラの中の二人組の男達に対する興味はスッと冷めた。

 男の子の方も、こちらは良い意味でサラがあれこれ詮索する必要のない日々を送っている様子なので、それ以上はティオに尋ねなかった。


「エヘヘー、ゴメンねー。なんかいろいろ話してもらったけど、私の頭じゃあんまり理解出来なかったよー。」

「いいって、気にするなよ。俺も大半はサラには分からないだろうと思いながら勝手に喋ってたからさ。……でも、まあ……」


「今の話が、いつかサラの役に立つ日がくるかもしれないしな。」


 頭を掻いて笑いながら謝るサラに、宙に無数に張り巡らせた『宝石の鎖』の向こうに浮かぶティオは、優しく微笑んで答えていた。


 その時ティオが語った「世界の法則」や『理』といったものについて、サラは、自分とは全く関わりのないものだとばかり思っていた。

 まさか、その『理』について、再び真剣に考える事になるとは、しかも、ほんの一週間と待たずにその時がやって来ようとは、この時は思いも寄らなかったサラだった。


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