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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <前編>侵入者の末路
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夢中の決闘 #8


「『これ』に接触しちまった二人の男は、すぐに、見るからに様子がおかしくなった。」


「一人は狂ったようにゲラゲラ笑いだし、もう一人は逆に、その場にうずくまってシクシク泣きだした。」


 ティオは、以前ある男の子を助けるために自分の精神領域に彼を招いた際、二人の男が勝手に押し入ってきた話を続けた。


「俺は、このまま放っておいたらマズイと思って、男の子には、絶対に『これ』に近づいたり触れたりしないように言い置いてから、意識を『物質世界』に傾けた。……それまで男の子の処置のためにほとんど『精神世界』の方に割いていた意識を、5対5ぐらいまで『物質世界』に振り分けて、『物質世界』で意識を失って倒れていた男達を急いで叩き起こした。」


「本当は、『精神世界』で精神体を形造っている状態の人間の意識を強引に『物質世界』に引き戻すのは、精神に負荷が掛かるからやりたくなかったんだが、そんな事を言っている余裕はなかった。一刻も早く二人を『これ』から引き離さないと、自我が崩壊しかねなかったからな。……サラの時も、俺は同じ対処をした。」

「うん。あの時は混乱してて何がなんだか分からなかったけどー……後から思い出して、ティオが『物質世界』で寝ている私を急いで起こしてくれたんだって気づいたよ。」

「サラの時も、あの二人の男達の場合も、『これ』に接触してたのは、ほんのわずかな時間だった。……『精神世界』は精神と意思の世界だからな、『物質世界』に比べると時間の感覚はかなり曖昧だ。良く言う『楽しい時間はすぐに過ぎて、辛い時間はなかなか過ぎない』みたいな状況が、もっと強く感じられるからだ。……とは言え、『物質世界』では刻々と時間が流れてるからな。あの二人が『これ』に接触していたのは、5秒から10秒と言ったところか。サラも同じぐらいだったな。」


「でも……あの二人は、俺が『物質世界』でいくら揺さぶっても、呼びかけても、頰を叩いても、なかなか目を覚まさなかった。『精神世界』での二人の精神体は、俺が物質世界で叩き起こした時点で霧散していたから、意識は『物質世界』に戻ってきていたんだが、夢から覚めないと言うか、意識が酷く朦朧としていると言うか。」

「私は、普通に起きてたと思うけど。ちょっとの間ボーッとしてただけで。」

「そうだな。さっきも言ったように、サラは、精神的に強いから『これ』の影響を受けにくいんだよ。だが、男達は、ほんの短い間『これ』に触れただけで、昏睡状態に陥ってしまった。」


「俺は、『物質世界』に意識を残したまま、『精神世界』に感覚を切り替えて、男の子に眠るように言った。幸い、男達が俺の精神領域に侵入してきたのは、男の子への処置が終わった後の事だったからな。とにかく、一刻も早く処置の終わった男の子の意識を安全な場所に移したかった。男の子は、俺の言う事を素直に聞いて、やがて眠りについた。その日はいろいろな事があって精神的に疲れていたのもあったんだろう。それに、夜が更けていて、子供にとってはいつも眠る時間をとっくに過ぎてたからな。」


「そうして、男の子が『精神世界』で眠りに落ちて精神体が霧散した所で、俺は予定通り『物質世界』で彼を起こした。男の子の方には、精神的な異常は見られなかった。俺は心底ホッとしたよ。眠そうだったら、そのまま祖父母の所に連れて行った。」


「そう、男達に暴行を加えられた祖父母は、気絶して倒れていたものの、幸いケガは軽微だった。倒れた時の打ち身と軽い擦過傷だけで。男達は老夫婦をかなり手荒く扱ったようだったが、骨折や大ケガをするような事がなくて、本当に良かった。……俺は、老夫婦の手当を済ませ、ウトウトしている男の子を預けて、後の事は俺に任せるように言い置くと、三人を寝室に行かせた。用事がなければ、このまま朝まで眠るように言った。そして、男の子とその祖父母は朝までぐっすり眠っていた。結局、男の子とその祖父母の三人は、その後特に問題はなかった。」


「大変だったのは、勝手に俺の精神領域に入ってきた二人の男達の方だった。」


 ティオは、その時の事を思い出しているらしく、また眉間に深いシワを刻んでため息を何度もつきながら語った。



「俺は男の子とその祖父母の老夫婦を寝室に行かせると、男達の居る部屋に飛んで戻った。」


「男達は床に倒れこんだままだった。俺が必死に叩き起こしたから、かろうじて目は開けていたけれどな。酷く意識が朦朧とした状態で、とてももう悪事を働く余裕はなさそうだったが、今度は見張っていないと男達自身の身が危ない状態に陥っていた。ぼうっとした状態のまま、何度も嘔吐したり、粗相をしたり。吐いたものが喉に詰まって窒息するとマズイからな、きちんと吐き出させて横向きに横たわらせ、水分も取らせた。服も着替えさせて、汚物を処理し、出来るだけ清潔な状態にした。時間が経つにつれてだんだん容態は回復していったが、二人の看護にかかりきりになる状態が朝方まで続いた。」


「『これ』に触れた時『これで出世出来る! 俺を見下したヤツらめ、ザマアミロ!』とか言ってゲラゲラ笑ってた年配の上司の方は、時々、『ヒヒ、イヒヒッ!』って、引きつった笑い声を上げてたな。そして、唐突に吐き出すんで、必死に背中をさすったよ。『ごめんなさい、ごめんなさい、許して下さい、お母様!』ってシクシク泣いてた部下の方は、たまに発作的に自分で自分の首を絞めて自殺を図ろうとするから、止めなきゃならなかった。首を締めるたびに糞尿を漏らすんで、その処置も大変だったな。……まあ、でも、時間が経つに連れて、二人が発作を起こす間隔は伸びていって、明け方にはかなり落ち着いてきた。」


「翌朝になって、男の子とその祖父母の老夫婦が起きてきた時には、男達はすっかり大人しくなっていて、突発的に吐いたり粗相をしたりする事はなくなっていた。ただ、二人とも、子供返りしたみたいに、指をしゃぶったり、言葉が上手く喋れなかったり、自分がどこの誰か思い出せなかったり。当然、昨晩、老夫婦を騙して気絶させ、俺の所にやって来た事は覚えていなかった。それどころか、ここ数日間の記憶まで飛んでたな。……まあ、男の子もその祖父母も、二人の状態を見て呆然としてたよ。」


「俺は、いつまでもそこに居る訳にはいかなかった。男達が少しずつ正気に戻りつつあるのを確認した後、もう、男の子やその祖父母に害をなす力も気力もない様子だったが、念のため前のように二人を縄でしっかりと縛って柱にくくりつけておいた。おそらく、その日の夕方には男達の所属する組織の人間が駆けつけてくるだろう事は分かっていたからな、後の事は老夫婦に任せて、俺はそこで、男の子とは別れ、その家を後にしたんだ。早くその土地を離れないと、組織の追っ手に捕まっちまうんだよ。男達のせいで、別れを惜しむ暇もなく、ずいぶんバタバタした旅立ちになったよなぁ。……そんな訳で、その後の男達の様子については俺は知らないんだが、老夫婦もさすがに今度は、組織の人間が来るまでヤツらの縄を解く事はなかっただろうぜ。」


「あの様子だと、男達は、一週間から一ヶ月ぐらい、影響が残っただろうな。まあ、徐々にいつもの状態に戻ったとは思うが、しばらくは、『これ』に精神を侵された時の事を唐突に思い出して、具合が悪くなったりはしていたかもしれない。とりあえず、俺が立ち去った時には、精神的に重篤な障害が残る様子はなかったから、俺はそこで放り出す事にしたんだよ。もう、放っておいても死ぬような危険はないと判断したんだ。」


「ヤツらは、俺を捕まえようとしてたし、俺の精神領域に来た時には、『これ』を見て、自分達のものにしようとした。俺にとっては、害をなす人間達だった訳だ。それ以前に、性格的にも、常に他人を見下している傲慢で嫌なヤツらだった。……まあ、正直、俺が『これ』に触って正気を失っているアイツらを、つきっきりで看病してやる義理はなかった。ヤツらが酷い目に遭ったのは、自業自得だと思ったしな。……でも、そんな嫌なヤツらでも、俺が原因で死んだり再起不能になったりしたら、寝覚めが悪いだろう? だから、最低限のフォローはしたつもりだよ。」


 ティオは、自分の精神領域に押し入ってきた男達をぞんざいに扱ったかの様な口ぶりで語っていたが……

 それを聞いていたサラは、(自分を襲ってきた相手に対して、ずいぶん親切だなぁ)という感想だった。

 ティオは、二人を救うために、すぐさま『物質世界』にある二人の肉体を叩き起こしただけでなく、吐いたり糞尿を漏らしたりする二人に朝までつきそって看病していた。

 そんなティオであるので、まだダメージの残っていた二人を置いて立ち去ったのは、もうここまで回復すれば大丈夫だという確信があったからに違いない。

 おそらく、ティオの予想通り、男達はその後しばらく後遺症に苦しんだものの、やがて元の様に健康な精神状態に戻った事だろう。


 しかし、その後ティオは、気まずそうな表情で、伸ばしっぱなしのボサボサの黒髪を掻いた。


「実は、あの男達がこうむったのは、『これ』の被害だけじゃなかったんだけどな。」


「まあ、まず、俺をまんまと取り逃がした事を、組織の人間に責められただろうな。上司の男が固執していた様な『出世』は無理な状況になったに違いない。それどころか、その後組織内であの二人の地位はたぶん下がったと思う。任務の失敗もあるが、あの一件で元々持っていた能力が著しく落ちる事になったからな。」


「俺が、その何日か前に作り上げたとある方法で、男の子に処置を施したって話をしたよな。その処置は、ザックリ言うと、男の子が持っていたある能力を失わせるものだったんだよ。正確には、その能力の源になっている力をほぼゼロにするものだった。実は、男の子はその能力のおかげで、男達の所属する組織に狙われてたんだ。ヤツらがその場に居合わせたのは偶然じゃなく、男の子を確保して組織の本拠地に連れていくためだったんだ。俺が男の子と知り合ったのは、本当にたまたまだったんだけどな。んで、俺の存在に気づいた男達は、男の子の『ついでに』俺も捕まえようとした。まあ、俺としてはアイツらに捕まるなんてまっぴらごめんだったんで、用事が済んだらさっさとずらかったよ。男の子の方も、俺の処置によって能力が失われていたから、その後組織から狙われる事はなくなっただろう。今も、元々住んでいたのどかな村で、祖父母と一緒に静かに暮らしてるんじゃないかな。」


「……え?」

 サラは、ティオが淡々と語った内容に込められた未知の情報が多過ぎて、手を顔の前に上げ、一旦ティオに話を止める様に頼んだ。


「……ゴメン、ティオ、良く分かんないんだけど……何? 能力?……それって、私が持ってる異能力の事?」

「いや、違う。それとはまた全く別のものだ。詳しくは話せないが、男の子を連れに来ていた男達は、その能力を持っている者だけで構成されたとある組織の人間なんだよ。そこの組織では、その能力を持った人間を独占していて、世界中から集めてる。そして、ある人間がその能力を持っていると判明すると、強引に組織の本拠地に連れていくんだ。その場合、本人や家族の意思は完全に無視される。能力があると判明するのが大体五歳前後だから、幼い子供を親元から強引に引き離す結果になるな。」

「そ、そんな小さな子供を連れてくなんて……人さらいじゃない!」

「人さらいか。ハハ、確かにな。俺もそう思うぜ。……そうして組織の本拠地に連れていかれた子供達は、その後、元々組織に居た子供達に混じって、厳しく教育を施される。そこで才能を発揮すると、組織の上層部に抜擢される事もごく稀にある。まあ、大体はそこまで昇りつめる事なく、組織の一般構成員みたいな感じで一生を終えるパターンだな。いわゆる下っ端ってヤツだ。男の子を連れに来ていた二人組の男の上司の方が『出世、出世』ってうるさく言っていたのはそういう理由で、その組織においては、出世して幹部になるのが一番の成功した人生って感覚なんだよ。……だから、男の子を連れていくのも、『特別な能力を持つ自分達の組織の一員になれるんだから幸運だ』としか思ってない。ある意味全く悪気はないんだよな、たちの悪い事に。」

「男の子は、ティオが処置して能力がなくなったから、もうその組織に狙われなくなったんだよね? でも、その能力がなくなっちゃって、大丈夫なの?」

「正しくは、能力の源である力のほとんどを失わせた訳だけどな。まあ、なくたって普通に生きていける。それに、男の子の持ってる力は、組織の人間の平均からしたら少ない方だった。組織の人間は、力を持っていると分かれば、誰かれ問わず連れていっちまうんだが、連れていかれた所で、男の子は能力が低くて役に立たないと判断されただろうな。要するに、下っ端街道まっしぐらな人生が予想されるってこった。だからと言って、組織は一旦連れていった人間を、秘密保持と力の独占の観点から、決して手放す事はない。つまり、男の子は、もう二度と自由に生きられなくなるし、育ての親の祖父母にも会えなくなっちまうんだよ。……だったら、組織になんて入らず、ごく普通の人間として祖父母と一緒に暮らした方がいいだろう?」


「その辺の事情は、処置を施す前に、男の子自身にも彼の祖父母にも、きちんと説明した。そんな俺の説明を聞いて状況を理解した後で、男の子は、祖父母と離れて暮らすのも、もう二度と会えなくなるのも嫌だと言ったし、祖父母も、彼を組織に行せたくないと泣いていた。だから俺は、そんな三人の強い覚悟を受け入れて、使わずにおくつもりだった構築したての方法を使用したんだよ。」


「俺が構築した新しい方法の『肝』は、まさにそこにあった。つまり、男の子の持っていた能力の源である力を『失わせる』という部分だ。……うーん、『正確に言うと違う』んだが、まあ、その方法を使用すると、使用された人間が力を失う結果になるのは同じだ。」


「俺はずっと、と言うか、この一年ぐらいか、一人で世界を旅しながら、その『能力の源である力を失わせる方法』を探し求めていた。それで、ようやく見つけられたと思って喜んだんだが、その『正確に言うと違う』という所が大問題だったんだよな。本当は、『失わせる』のではなく他へと『移動させる』だけのものだった。それでも、『移動させられた』人間は、力が失われるから、同じ様な結果が得られるんだが、それは俺が本当に求めていた効果じゃなかったんだよ。……まあ、一筋縄ではいかないって事だけは分かったって感じか。ハア、全く。」


 ティオは、大きなため息をつきながら、肩を落としていた。

 大袈裟なジェスチャーでふざけてみせた訳ではなく、その落胆はティオの本心からのもののようだった。


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