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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <前編>侵入者の末路
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夢中の決闘 #6


「サラがここに来るよりも前に、俺は一度だけ他の人間をこの自分の精神領域に入れた事がある。」


「って話は前にしたよな?」


 ティオの問いに、サラはコクリとうなずいた。


「ティオは、やろうと思えば、この『精神世界』にある他の人の意識? 精神体? を、自分の精神領域に引っ張ってこれるって事? その宝石の鎖を作ってる宝石みたいに。」

「簡潔に答えるなら、『イエス』だ。」


「もう少し詳しく話すと、人間と宝石とはやり方が違う。宝石の方は、俺の『鉱石と親和性が高い』という異能力に頼っている所が大きいな。要するに、そんなに大変じゃない。」


「サラも気づいてるみたいだが、ここにある鎖を作っている宝石達は、全て『物質世界』で俺が接触した事がある宝石だ。俺は異能力のおかげで、『物質世界』で一度触れた事のある宝石は、その宝石の『精神世界』での存在、まあ、精神体のようなものだな、それを、ほとんどこの自分の精神領域に呼び寄せる事が出来る。」


「ほとんど、と言うのは、ダメな時もあるって事だ。まず、俺と宝石が馴染むまでは無理だ。そして、馴染むまでの時間は、宝石一つ一つで異なっている。……人間だってそうだろう? 会った途端に気持ちが通じ合ったかのように打ち解ける相手も居れば、いつまでたっても相入れない者も居る。つまり、人間で言う所の、『気心が知れた親しい仲』になるまでは無理って事だ。まあ、俺の異能力は『鉱石と親和性が高い』というものだからな。他の人間が何年何十年とかかる所を、数時間から二、三日、長くとも一週間ぐらいでやってしまう事が可能だ。」


「もう一つ、ダメな条件として、その宝石が既に他の人間との間に強い縁が結ばれている場合だ。一般常識的には、宝石には人間や動物のような『意思』はないと思われているが、俺の感覚としては宝石にも『意思』はあるんだ。って、話は以前もちょっとしたよな。……つまり、宝石が誰か特定の人物と強く結びついていて、俺の所に来るのを拒んでいるような状態の場合は、ここに呼び入れる事はしない。正確には、俺の異能力なら無理やり引き込む事も可能なんだが、それは石の意思に反する事だからな。俺はしたくない。そして、ここ『精神世界』の性質上『したくない』と思っている事は『出来ない』からな。よって、結論として不可能だという事になる。」


「説明が長くなったが、まあ、俺は、宝石が相手なら、息をするのと同じぐらい簡単に、ここ、自分の精神領域に呼べるって事だな。そうして呼び込んだ宝石を集めて作ったのが、サラが今見ている『宝石の鎖』って訳だ。」


 ティオは、目の前に伸びている宝石の鎖の一本に手を伸ばし、優しい手つきでそっと触れた。

 それに呼応するように、ティオが触れた部分の宝石達が燦然と輝きを増し、そっと手を離すと、また眠るように静まった。


「まあ、そんな感じで、俺は宝石に関しては、特に何もしなくても自分の精神領域に呼び入れる事が出来るんだが……人間は別だ。何しろ俺の異能力は鉱石専門だからな。人間は対象外だ。」


「だから、人間をこの俺の精神領域に招き入れるには、かなり複雑な方法が必要となってくる。」

「前もそう言ってたね。凄ーく難しいって。それってどうやってるのー?……あ、説明してもらっても私は分かんないかもだけどー、一応簡単に教えてくれない?」

「悪いが、その方法を説明する事は出来ない。そこにはサラに知られなくない情報が含まれているからだ。だから、その部分はぼかして話すぞ。」

「そっかー。分かったー。」

「俺が古い本を良く読んでいるのは、サラも知ってるよな? 俺が使った、『他人を自分の精神領域に入れる方法』は、そんな俺が読んだ本の中に書かれていた知識が元になっている、とだけは言っておくよ。書かれていた内容そのままという訳ではなくて、書かれていた内容をヒントにして、インスピレーションを受けて、俺が独自に構築したものだ。そんな訳で、たぶん、これが出来るのは、世界中で俺だけだ。そもそも、今の世界に生きる人間のほとんどが、『精神世界』を認識出来ないしな。」


「俺が、手に入れた古文書の……正確には、古文書の写しだが、その中に書かれていた知識から、この自分の精神領域に、『精神世界』に存在する他の人間の意識を引き込めるようになったのは、今から大体数ヶ月ぐらい前の事だった。」


 ティオは過去の記憶に想いを馳せている様子で、腕組みをしたままスッとサラから視線を外し、遠くを見つめた。


「俺が古文書から得た知識を元に新たに構築した方法は、理論的には穴はないと確信していた。実行すれば正確に機能するだろうという自信はあった。……それでも、使う気はなかった。何しろ、この世界大崩壊以降に出来た新世界でそんな事をしたという話は、見た事も聞いた事も、どんな文献の記述の中にも、欠けらもなかったからな。つまり前例が全くない。いくら理論的には完璧だと言っても、いきなりそんな前代未聞の事をしたら、予想していなかった不測の事態が起こる可能性は拭えない。実証的に安全性が保証されていない状態で、そんな事をする気は俺にはなかった。」


「確かに、自分が新しく構築した方法が実際どんなふうに作用するのかという興味はあった。でも、対象となるのはこの世界に存在している本物の人間だ。いくら世界大崩壊以後、この世界における『精神世界』の影響が著しく低下しているとは言っても、『精神世界』にある人間の意識を強引に俺の精神領域に引っ張ってきたら、その人間にどんな影響が出るか分からない。」


「それに、そこまでして使いたいものでもなかったからな。……そんな使う意味もないような方法をなんでわざわざ作ったのかと言われそうだが、うーん、研究している時はもうちょっと便利なものだと思ってたんだよ。俺が必要としている有用な効果があると思ってたんだ。でも、実際構築してみたら、想像していたものと違うものが出来上がっちまったんだよなぁ。なんて言うか、俺が求めているものとは、似て非なるものだった。まあ、見た目は良く似てるが、美味しくて毒もない栄養満点なキノコと、美味しいが致死量の猛毒があるキノコ、みたいな感じか。ああ、サラは、肉体強化の異能力のおかげで、猛毒の植物を口にしても『しばらくお腹が痛い』ぐらいで済んじまうんだったな。まあ、今のはものの例えだよ。……俺もなぁ、方法を構築している途中で、方向性のズレに気づけてたら良かったんだけどなぁ。興味深い研究につい夢中になって、理論を完成させる事ばかりに全力を傾けちまってたんだよ。んで、出来上がってからようやく、使いどころがない事に気づいて、頭を抱える事になったって訳だ。」


「そんな事情で、俺はその開発した方法を一度も使わずに封印しようと思ってた。俺がそんなものを作ってる事を知る人間も居ないし、途中でメモを取った紙も全部捨てたからな。俺が使いさえしなければ、誰も知る事なく消えていく筈のものだった。」


「ところがだ、運命ってヤツは皮肉なもんでさ、俺がその方法を理論的に完成させた、そのたった数日後に、その方法を実際に使う必要に迫られる状況に出くわす事になっちまったんだよな。俺が間違って作った『毒キノコ』の、まさにその『毒』の部分が必要な事態に陥った訳だ。」


 ティオの話は、最初に彼が断った通りかなりの部分で情報が伏せられたまま語られたが、それでもティオの説明の巧みさにより、サラにも大体の状況は察せられた。

 また、その話の内容から、ティオが非常に慎重で用心深い事や、他者の生命や存在を最大限尊重して行動している事がうかがい知れた。

 研究に没頭するあまり、当初の目的をすっかり忘れて、全く別物の論理を完璧な状態で構築してしまう辺りに、ティオの並外れた才気と研究者肌な気質も感じられた。


 ティオは、改めて腕を組み直し、トットッと指先で自分の二の腕を叩きながら先を語った。


「それでも俺はかなり悩んだんだぜ。理論的には完璧とは言え、まだ一度も試用してない、なんの実証データもない方法を、ぶっつけ本番で生きた人間相手に使うのは、どうしても強い抵抗があった。……でも、あの子を助けるのには、他に方法がなかった。……ああ、俺が初めてその方法を使った相手は、五歳の男の子だったよ。その子には危ない所を助けてもらった恩があったし、その子を親代わりに育ててた祖父母にも泣きながら頼まれちまったからなぁ。……結局俺は、作ったばかりのその方法をその子に使う事を決めた。」


「もちろん、使用にあたっては細心の注意を払ったよ。入念に準備をして、確認に確認を重ねた。まさに、蟻一匹通さない、髪の毛一本のズレも許さない、それぐらいの慎重さで臨んだ。」


「結果、俺の予想通りに、俺の構築した方法は順調に働いた。俺は、その子を『物質世界』で眠らせてから自分の精神領域に招き入れて、彼の意識を精神体に整え、ある処置を施した。その処置も一部の狂いもなく綺麗に出来て、俺は無事その子を助ける事が出来たと思った。そして、後はその子を『精神世界』で眠りにつかせ、『精神世界』での意識が途切れて精神体が霧散した所で、『物質世界』でその子を起こせば終わり、という所まで進んだ。」


「ところが、その時、俺が予想もしていなかった事が起こった。」


 ティオはそこで、あからさまに黒い眉をしかめ、チッと小さく舌打ちした。


「俺が自分の精神領域に招き入れたのは、その五歳の男の子、ただ一人だ。しかし、その子への処置を行っている間は、『物質世界』で俺の体に触れると、自動的に俺の精神領域に引き寄せられる状態になってたんだ。」


「そして、そんな俺の体になんの断りもなく触れて、勝手に俺の精神領域に入ってきた人間が二人居た。招かれざる客ってヤツだな。」


「ザッとその二人について説明しておくと、まあ、とある組織の二人組だ。そこの組織は何か任務がある場合、基本二人以上で行動する事になっていて、その時俺が会ったのは、その二人だけだった。要するに、任務に就く最小人数で対処出来るレベルの小さな事件だと組織が判断して、その二人を送ってきていた状況だったって訳だ。その二人は、両方とも男で、上司で年配の男が四十代後半、部下の男は三十代後半といった所だったな。」


「俺は男の子の処置をするにあたって、その男達二人が邪魔をしないように手を打っておいた。もし俺がしている事がソイツらに知られたら、探りに来る事は容易に想像出来たからな。まず、部屋には厳重に鍵を掛けた。男達にも『絶対に部屋に入るな』とは言い置いたが、守るとは到底思えなかったから、縄でしっかり縛って柱にくくりつけておいた。手と腕は特に念入りに拘束して、猿ぐつわも噛ませておいた。……ところが、それでもヤツらは抜け出して俺の所にやって来た。」


「男の子の祖父母である老夫婦に、俺の作業が終わるまで二人を見張っておいてもらったんだ。しかし、それが裏目に出ちまった。……ヤツらは、苦しい振りをして、老夫婦に猿ぐつわを外させ、手と腕の拘束を解かせると、縄を切って抜け出した。老夫婦は必死に二人を止めたが、アイツらが一般人の言う事なんて聞く筈もない。逆にか弱い老人二人に暴行を加えて気絶させた。……人のいい老夫婦だったからな、『縛られて苦しい』というアイツらの嘘をうっかり信じちまったんだろう。俺は、何があっても俺と男の子が戻ってくるまでアイツらの縄は解くなって言っておいたんだがな。……まあ、アイツらの汚いやり口を予想出来なかった俺が甘かった。」


「縄から抜け出した後、止めようとする老夫婦を気絶させた男二人は、処置を行っている俺と男の子の居る部屋へと真っ直ぐに駆けつけてきた。ドアに掛けた鍵なんか、もはやなんの役にも立たなかったよ。なにしろ、ドアごと壊して侵入してきやがったからな。」


「俺がもっと早くアイツらの行動に気づけてたら良かったんだが……いや、普段だったら、とっくに物音や気配で気づいていた筈だ。でも、その時の俺は、『精神世界』での男の子の処置に神経を傾けていて、『物質世界』では熟睡しているような状態だった。」


「サラも知っての通り、俺はいつも、一年三百六十五日、二十四時間ずっと、『物質世界』と『精神世界』の両方を感じ取って生活している。まあ、ずっとって言っても、二年前から今に至るまでの間の話だけどな。『物質世界』で肉体が眠っている時も、『精神世界』では起きていて、ここ自分の精神領域で本を読んだりして過ごしてる。逆に、『物質世界』で神経を集中する必要がある時は、『精神世界』での活動をギリギリまで下げて、精神体の状態を保ったまま眠ったような状態にする事もある。……基本的には、肉体が疲労している時は『物質世界』で眠りについて体を休める。精神的に疲れている時は、『精神世界』での活動を低下させて眠っているような状態にする。ただ、肉体と精神は連動しているから、極度の疲労が溜まっているような時は、『物質世界』でしっかり寝て、『精神世界』でも意識のレベルを落とす事で回復を早めるという対処をする場合もある。……サラが初めて俺のこの精神領域にやって来た時も、俺は精神的な活動を落としていて、睡眠、と言うか冬眠しているような状態だっただろう?」


「ちょっと話がズレたが……要するに、『物質世界』で神経を集中させる必要がある時は、『精神世界』の俺の精神体は、あんな風に眠ったような状態になっている。逆に、『精神世界』で何か複雑な作業をする時は、『物質世界』の肉体は眠らせた状態にしておくって訳だ。」


「その時俺は、『精神世界』での男の子の処置に神経を傾けるために、『物質世界』では肉体を深い眠りについたような状態にしておいたんだ。もちろん、男の子の方も、俺の精神領域に呼び入れる前に、グッスリ眠ってもらった。俺は、まあ、慣れてるからすぐに『物質世界』と『精神世界』で意識の比重を変えられるが、男の子は『精神世界』に意識を傾けるのは初めてだったからな。混乱しないように、一旦『物質世界』で肉体を眠らせて意識の活動レベルを落とし、それから『精神世界』での彼の意識を俺の精神領域に呼んだんだ。……そう、サラが俺のこの精神領域に来た時に、サラの持ってる赤い石がやったのとほぼ同じ要領だな。」


「そんな訳で、その時の俺は、『物質世界』では熟睡していて、男達が部屋に押し入ってくるのに気づけなかった。何か様子がおかしいと思った時には、もう、男達は寝ている俺の体に触れて俺の精神領域に入ってきた後だった。」


 ティオは「酷い失態をした」と、苦々しい表情で長い溜息を吐き出していた。


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