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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第二章 内戦と傭兵 <後編>傭兵団一の強者
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内戦と傭兵 #19


「いやー、それにしても、四方八方丸く収まって良かったなー、サラー。」


 一通り挨拶が終わった後、すっかり遅くなった午後の訓練を始めようとしているサラの所に、スサササーッとティオが寄ってきた。


「俺もサラも、無事に傭兵になれたしー。良かった良かったー。万事解決!……な! やっぱ、俺と一緒に来て正解だっただろー?」


 サラはピタリと立ち止まり振り返って、相変わらず能天気なティオの笑顔をジトーッと見つめた。


「……ああ、そう言えば、ティオ、アンタ、結局どさくさ紛れに傭兵になっちゃったんだったわねー。」

「どさくさ紛れにとは酷いなー。俺はちゃーんと実力があって傭兵になったんだってー。」

「うーん、まあ、いいや。……じゃあ、さっそく私がちょっと剣の指導してあげるから、訓練用の剣持ってきなさいよー。」

「い、いやいや! 俺はもう、今日は充分働いたからさー。訓練は要らないかなー。ちょっと先に宿舎の方でも見て回ってこようと思ってたとこでー。」

「なーに言ってんのよー。うっかりでもなんでも、もう傭兵になっちゃったんだからー、アンタもちょっとは戦えるようになっとかないと、戦場に出た時に困るわよー? ほら、早く来なさいってばー。」


 と、サラが、どこかへとソロソロ逃げようと後ずさっているティオに歩み寄り、手を伸ばそうとした時だった。


「……ゲッ!……」


 ティオが、どこかサラの後方を見て、小さくそう口走ったのを、サラは聞いた気がした。

 何があったのかと「ん?」と後ろを振り返ってみたが、良く分からない。

 再び前に向き直って「どうしたの?」と本人に聞こうとした時には……

 こつぜんとティオの姿は消えていた。


「え!? あれ? あれー?……ど、どこに行ったのよー、ティオー?」

 サラはキョロキョロ辺りを見回したが、どこにもティオの姿は見つからなかった。


「ええー! どんだけ逃げ足が速いのよー、アイツー、もうー!」

 サラが唇を突き出してぷうっと頰を膨らませていると、ザワザワと訓練場の一角が騒がしくなった。



(……なんだろう? 誰か来たのかな?……)


 どうやら、正規兵の訓練場から続く渡り廊下の方に、傭兵達の注目が集まっている様子だった。

 見ると、そこには、立派な甲冑と群青色のマントに身を包んだ兵士が二人立っていた。

 それが、貴族の子息だけで構成された国王直属の近衛騎士団の制服だとは、この時サラはまだ知らなかった。


 騎士達の所に、すぐにハンスが駆けつけていって何か話していた様子だったが、やがて、ハンスがサラを呼んだ。


「サラ、ちょっと来てくれ!」

「あ、うん!」


 サラが小走りに駆けつけてゆくと、立派な装束の騎士達が訝しげな目でジロジロとサラを見てきた。

 そのぶしつけな視線にちょっとムッとしかかっているサラの頭を、慌ててハンスがグイと押さえる。


「サラ、軍師様の前だ。ひかえるように。」

「……う、うん……じゃなくって、はい。」

 ハンスが手本を示すようにひざまづいたので、サラも大人しくそれに習った。


(……グンシ様?……って何ー? よっぽど偉い人なのかなー?……)


「頭を上げていいぞ。楽にするように。」

 しばらくひざまずいていると、騎士の一人がそう言ったので、ハンスが立ち上がり、サラもまたそれに続いた。


「では、そちらの娘が、今日から傭兵団の団長になったと言うのだな?」

「はい。」

 騎士の質問に、ハンスが答える。


 サラは、ハンスの数歩後ろで一応大人しくひかえながらも、チラチラと様子をうかがった。

 どうやら、ハンスが「軍師様」と呼んだのは、この目の前に立ち塞がっている二名の騎士ではないらしい。

 良く見ると、その後ろに隠れるように、もう一人男が立っていた。


(……あれが、グンシ様ー?……なんか、地味だなぁ。……)


 それが、この内戦に際し、国王が直々に賓客としてどこからか招いたという軍師、ドッヘル・ベルヌールに対する、サラの第一印象だった。



 「軍師様」と呼ばれた男は、やや小柄で痩せていた。

 一目で、全く肉体を鍛えていない人間だと分かる。

 腕にも足にも、当然肩や胸板にも、ほとんど筋肉がついていない。

 ひょろりとしていると言うより、体の厚みがなく、薄っぺらい印象だった。

 室内に居る事が多いのか、日に焼けていない肌は青白い程で、細い肩をすくめた猫背気味の姿勢の悪さと相まって、不健康そうにさえ見えた。

 特に、周りに居るのが、武器を持って戦うために毎日体を鍛えているようないかつい男達ばかりなので、彼の貧弱さは一層際立っていた。


 歳の頃は三十代半ばといった所だろうか。

 灰色の髪は肩の高さで真っ直ぐに切り揃えられ、その下にさがり気味の細い眉と、暗灰色の瞳がのぞいている。

 一重の目は切れ長で細く、顔全体が凹凸の少ない平面的な作りなので、より一層のっぺりとして見えた。

 身分の高さを感じさせる上質な深緑色のローブに身を包んでいるが、体が薄いために、どうも「豪華な服に着られている」雰囲気になってしまっていた。


 サラのパッと見た印象では……

 覇気がなく、陰気で、存在感が薄く感じられた。


(……こんなふうに立派な騎士さん達が警護について回ってるんだから、きっと凄い偉い人なんだろうけどー……全然そんなふうに見えないなぁ。……)


 男の、高い身分に釣り合わない影の薄さが気になって、思わずジーッと見つめていると、パチリと目が合った。


「……!……」

 すると、男は、驚いた様子でピクッと体をこわばらせ、すぐにサッと視線を逸らしてしまった。


 その様子からも、どうにも内向的で気の弱そうな印象を受けたサラだった。

 「軍師」という役職がどんなものか、サラは全く知らなかったが、こんな様子でまともに務められているのか、不思議に思った。


 男は、サラにジロジロ見つめられて落ち着かないのか、ローブの胸に掛かっていた首飾りを手でいじっていた。

 こちらも、全く力仕事をした事のない様子の、筋張ってはいるがか細く青白い指だった。

 男が大事そうに首から掛けて常に指先で触れているペンダントは、どこか男の雰囲気からは異質な感じがした。


 曇りなく輝く黄金の首飾り。

 金の鎖の先には、正八面体の飾りがついていた。

 正八面体の飾りの表面は、びっしりと何か文字のような絵のようなものが彫り込まれている様子だったが、詳しくは見えなかった。


 男の地味な印象にそぐわないまばゆい金色の首飾り。

 しかし、男はその首飾りをお守りか何かのように大事にしているらしく、ずっと指で触ったり握りしめたりしていた。



「まさか、こんな少女がボロツに勝って傭兵団の団長になるとは驚きだ。」

「サラは、見た目は線の細い少女ですが、その実力の程は確かです。私も実際に剣を交えて、彼女の天才的な強さに驚きました。」


 話は一応進んでいるようだったが、話しているのはハンスと近衛騎士ばかりだった。

 国王軍の中で傭兵団の置かれている立場がまだ良く分かっていないサラは、とりあえずハンスに任せて自分は「大人しく行儀良く」していた。

 一方で、本来は話の中心にいるべき「軍師様」と呼ばれた男も、護衛の騎士の後ろに隠れるように立ったまま、深くうつむいて、どこか他人事のように胸のペンダントをいじっているばかりだった。

 サラにも、傭兵団にも、特に興味を持っているようには思えなかった。



 五分程、そんな状態が続いただろうか。


「……んん、コホン。……」

 騎士達の後ろで「軍師様」と呼ばれた男が、何か言いたげに小さく咳払いをした。


 話している騎士とハンスの声が大きかったため気づかれなかったらしく、しばらくしてもう二、三回、「ゴホンゴホン」とやっていた。

 ようやく気づいた騎士が、振り返って男の顔色をうかがった。

 自身も有力貴族の子息である騎士の言動から、やはり「軍師様」という男が、かなり丁重に扱われているのが感じられる。


「これは軍師様、どうかなされましたか? 何か気になる事でもありましたでしょうか?」

「……いや、特には。……」

「ええと……それでは、そろそろ参りましょうか?」

「……ああ、そうしよう。……」


 どうやら、「軍師様」はこの場に飽きて早く帰りたかったらしい。

 「軍師様」は、そんな退屈な内心を隠す気がないのか、あるいは隠す器量がないのか、初めて会ったサラにも、彼がいかにもつまらなそうな顔をしているように見えた。


「では、私達はこれで行くが、傭兵団の事はしっかりと見ておくように。」

「問題など起こされて、こちらの足を引っ張られては困るからな。」

「ハッ! 重々承知しております!」


 最後まで、話をしていたのは、警護の二人の騎士とハンスだけだった。

 警護の近衛騎士達は、明らかに、ならず者の寄せ集め集団である傭兵団の事を見下している様子だったが、それと同じくらい興味関心がなさそうだった。

 見るからに華奢でか弱そうな少女のサラが、ボロツを破って傭兵団の団長になった事には驚いていたものの、それで本当にこれから傭兵団がしっかりとまとまっていけるのかといった不安や疑問は抱いていない。

 いかにも任務の一環として、義務的に来ているといった感じだった。

 本心では、こんな城の隅にあるみすぼらしい訓練場になど足を運びたくないのだろう。

 「軍師様」が帰ると言い出すと、どこか嬉しそうにサラとハンスに背を向けた。


「それでは、参りましょう、軍師様。」

「……ウム。……」


 灰色の髪の痩せた男を両脇から挟むようにして、鮮やかな群青のマントを翻し、春の午後の陽光が斜めに差し込む渡り廊下を歩いて去っていった。



「フウ。」

 近衛騎士達と軍師が去るまで姿勢を正して見送っていたハンスは、姿が見えなくなるとホッとしたように息を吐いた。


 その様子に、ハンスにとって、かなり緊張するあまり喜ばしくない来客だったというのが感じられた。

 それまでハンスを真似てシャキッと立っていたサラも、少し足を開いてくつろいだ姿勢に変えた。


「ハンスさん、今来てたのって、どういう人達なのー?」

「ああ、サラ。そうだった、説明がまだだったな。……ローブを着ていた方がこの国の軍師様で、残りの二人は軍師様の警護に当たっている近衛騎士団所属の騎士だ。」

「あの騎士達、なんだか凄く偉そうだったけどー。」

「ハハ。まあ、実際我々とは身分が違うからな。」

「えー? 確かに私や傭兵団のみんなは、素性も良く分からないような人間だけどー、でもハンスさんは違うでしょー?」

「私は、祖父の代から兵士として王国に仕えている、いわゆる軍人の家の出ではあるが、所詮『市民』だ。国王直属の近衛騎士団に入れるのは、有力貴族の子息だけなのさ。エリート中のエリートだ。同じ王国正規兵とは言っても、かたや貴族、かたや一般市民では、おのずと立場が違ってくるものだ。」

「ふうん。」


 一人森の中で目が覚めてから、三ヶ月余り。

 まだ世間の習わしに疎く、「身分の違い」というものの重要さを全く実感出来ないサラは、ハンスの言葉に、少し唇を尖らせて生返事をした。


「えっと……じゃあ、あの『軍師様』って呼ばれていた人は、どんな人なのー?」

「ああ、あの方は、とても偉い方なのだ。なんでも、この内戦の危機において、国王陛下が直々に頼んで来てもらったらしい。この国の人間ではないという話もあるな。賓客として、この王城に滞在しておられるんだ。もうそろそろ半年になるかな。」

「半年かぁ。へー、結構長い事居るんだねー。」

「この城での地位は大臣と同じという話だ。だから、ああして近衛騎士団の騎士が常に警護をしているんだ。それだけこの国にとって重要人物という事だな。」

「うーん……ハンスさん、私、『軍師』ってどんな事をする人か全然知らないんだよねー。」

「ああ、そうなのか。いや、実を言うと私も良く分かっていないのだが……ウム。一般的には、軍隊の戦術を考えたり、指揮を執ったりするんじゃないのかな? 私達が剣などの武器で戦うのとは違って、頭脳を使って戦をするのが役目らしい。軍師が優秀だと、不利な条件の戦でも勝つ事が出来ると聞くな。それ程重要な役職なのだろう。」

「へー! じゃあ、頭がいいんだー! 凄ーい!……え、えっとね、私、実を言うと、あんまり頭の良さには自信がなくってー。……」


 ポリポリッと恥ずかしそうに頰を掻くサラを、ハンスは微笑ましそうな目で見つめていた。

 まあ、サラがあまり、いや、かなり、頭が良くない事は、少し話せば誰でも分かる事だった。


「それでそれで、あの軍師さんは、どんな活躍をしてるのー?」

「え? 活躍?……ウーム、改めてそう聞かれると、私も良く知らないが……」


 ハンスは腕組みをしてしばらく考え込んでいたが、やがて諦めたように言った。


「まあ、私のような一介の兵士には及びもつかない重要な仕事をされているのだろう。」

「ふーん」

「そうだな、ともかく、あの方は、一日に一回必ず見回りに来られるな。城におられる時は、欠かさず見に来られる。」

「あ、それじゃあ、ちゃんとやってないと注意されたりとかするんだー。気をつけなきゃなー。」

「いや。そう言えば、今まで一度も注意を受けた事はないな。いつも今日のようにしばらく黙って様子を見た後帰っていかれるな。」

「うーん? なんにも言わないのー? 見るだけー?」

「我々傭兵団の事を気にかけて、こんな場所まで毎日足を運んで下さるんだ。それだけでもありがたい事だ。……傭兵団の皆には、軍師様が視察に来られた時には、いつも以上に気を引き締めるよう、口を酸っぱくして言ってあるが、サラも、あの方がいらしゃった折には、今日のように礼儀正しく接するように頼むぞ。」

「うん。分かったー。」


「そうだ、言い忘れていたな。……あの方は、『ドッヘル・ベルヌール』というお名前だ。」


 ハンスは最後に一言つけ加えると、部下の若い兵士の待つ方へと歩き去って行った。



「へー。『ドッヘル・ベルヌール』ねぇ。半年前から軍師としてこの城に滞在している、かぁ。」

「わっ! ビックリしたー! ティオ、アンタ、いつの間に来たのよー!」


 気がつくと、ティオがサラのすぐ後ろに立っていた。

 全く気配も物音もしなかったので、さすがのサラも驚いてピョンと飛び跳ねる。


「いきなり消えたから驚いたじゃないー! なんだったのよ、もー!」

「悪い悪い。ちょっと苦手な知り合いに似てたから、反射的に隠れちゃったよー。」

「はあ? 苦手な知り合いって誰よー?」

「んー。昔の家庭教師ー。規則がどうの常識がどうのって、スゲーうるさくってさー。嫌んなっていっつもサボってたなー。」

「うわー。アンタの逃げ足の速さでサボられたら、たまったもんじゃなかったでしょうねー。……似てたように見えたのって、あの軍師様って人ー?」

「そうそう。でも、良く見たら全然似てなかったよー。ナハハハハー。」


 ティオは、頭の後ろで腕を組み、いつものように緊張感のまるでない能天気な顔でヘラヘラ笑っていた。


(……なんだー。そうだったんだー。私はてっきり、あの騎士さん達が立派な剣を腰に提げてから、怖がって逃げたのかと思ってたー。……あれ? でもー……)


 サラは、ふと思い出していた。

 ティオは「ゲッ!」と言って、次の瞬間には忽然と姿を消したが……

 それは、剣、つまり刃物を見た時のような「恐怖」ではなく「嫌悪」の反応のように思われた。

 ティオは、ドッヘルという軍師とその護衛の騎士達を見て、怖がったのではなく、嫌がってどこかへと隠れたらしかった。


(……あ! そう言えば、ハンスさんが「軍師が優秀だと、不利な戦も勝つ事が出来る。」とか言ってたなー。あのドッヘルって軍師様、もう半年も、内戦が始まってからずっとここに居るんだよねー。……)


(……全然内戦終わってないんだけどー! ひょっとして、あの人、優秀じゃないって事ー?……)


 そんな事を、珍しく頭を使ってサラが考えていると、ティオが色あせた紺のマントを翻して、サッと走り出していた。


「んじゃー、そういう事で、俺はちょっとその辺探検してくるよー。サラちゃん、バイビー!」

「あ、ちょっ! 待ちなさいよ、ティオー! アンタ、訓練サボる気ねー!」


 サラは必死にティオを捕まえようと追いかけたが、ティオの逃げ足は、本人が自慢する通り恐ろしく早く……

 訓練を始め出した傭兵達の間をスイスイとすり抜けて、あっという間に建物の角を曲がって、見えなくなってしまった。


「コラー! ティオー! 戻ってきなさいってばー!……私の、団長の命令なのにー! もー!」


 後には、サラの声だけが、訓練場の上に広がるうららかな春の青空に響き渡っていた。


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