表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <前編>侵入者の末路
307/446

夢中の決闘 #2


「じゃあ、サラ、もう本当に賭博場に行った件についてはいいんだな? もう怒ってないな? 蒸し返したりしないな?」

「うんうん、怒ってない。ボロツとチャッピーだけじゃなくって、ティオの事も許したー。……って、別にそこまで怒ってないよー。なんて言うか、あれはー……私だけ仲間外れにされたみたいで、なんか寂しかったのー! いいなー、ティオとボロツとチャッピーは、三人で街に遊びに行ったりしちゃってさー!」

「あれは遊びに行ったんじゃなくって……いや、賭博場なんかにサラを連れていけるかよ。別にサラをのけ者にしたつもりはなかったんだ。でも、サラがそう感じて嫌な思いをしたのなら、謝るよ。」


 昼間サラと話した時チェレンチーが推察した「たぶん、サラ団長は、仲間連れにされて拗ねているんだろうな」というのは当たっていた。

 その部分に関しても、ティオと直接話す前にチェレンチーがかなりフォローしてくれていたので、サラはすんなりとティオの謝罪を受け入れる結果となった。


「もー、私は毎日毎日みんなと一緒に訓練しているから、ずーっと傭兵団の兵舎に居るのにー、ティオとかチャッピーは、ちょこちょこ出かけてていいよねー。そりゃあ、二人とも傭兵団の用事で出てるのは分かってるけどー。私、この街に来てすぐに傭兵になっちゃったから、全然街の様子とか知らないんだもんー。あーあ、私も遊びに行ってみたいなぁー。ティオも、たまには私にお土産ぐらい買ってきてくれてもいいんじゃないのー? 私は団長なんだからさー。」

「分かった分かった。……団長とは言っても、傭兵団用の資金を私的な目的で使う訳にはいかないからな。俺の個人的な所持金で、何かサラに土産を買ってくるよ。」

「ホント? やったー!……あ、でも、ティオ、そんなにお金なんて持ってるのー?」

「ハハ、昨日の賭博でついでに自分の金も賭けたから、それで増えた分は俺の金だ。」

「あー、ズルイー! ホントちゃっかりしてるんだからー! そんなお金あるなら、絶対お土産はいいもの買ってきてよねー!」


 こうして、ティオは、城下町に出た際に個人的にサラに土産を買ってくる事を約束し……

 それと交換条件という訳ではなかったが、ティオが「傭兵団の資金を賭博につぎ込んだ」一件は、これ以降二人の間で不問として、二度と持ち出さない事を誓った。


「これにて、一件落着ー! パチパチパチー!」


 サラはようやくホッとした様子で、ニコニコ嬉しそうに笑いながら元気に手を叩いていた。


 ティオも、片手を腰に当てそっぽを向いて頭を掻きながらも、フウッとため息を漏らしていたが……

 改めて、真剣な顔でサラに向き直った。


「もう一つ、サラに謝りたい事がある。」

「え? 何? またなんか街で悪い事したのー? 人のものを勝手に盗んだりしてないよねー?」

「してねぇよ!……そうじゃなくって……」


「今日昼食の少し前に、サラと口論になっただろう? あの時は、時間もなかったから、ろくに話もせずに出かけちまったけど、あれは俺が悪かったと思ったんだよ。だから、サラには謝っておきたかったんだ。」

「……」

「早朝、城下街から帰ってきた俺達に会って、賭博場に行ってきた話をはじめて聞いてから、サラはずっと機嫌が悪かっただろう? 俺やボロツ副団長、チェレンチーさんの前だけじゃなく、他の団員達の前でも、お前が隠しもせずに不機嫌な態度だったからさ。俺が、そういうのは団員に不安を与えるからやめろって言ったら、サラ、怒ったよな?『怒っている気持ちを隠して何もなかったような振りをするのは、嘘をついてるみたいで嫌だ!』って言ってさ。」

「……」

「俺は、そういうのが普通だと思ってたから、サラに、『上の立場に人間は、そういうマイナスの感情を表に出すな』って言ったんだ。……でも、後から考えると、サラにとっては、そういう対応は『普通』じゃないんだよな。」

「……」

「怒ったり泣いたり、笑ったり喜んだり、そういう、自然と心に湧き上がってくる感情は、自分自身でもコントロールできるものじゃないし、まして他人があれこれ言ったからってどうなるもんでもない。つまり、サラの感情はサラだけのものだ。たとえそれが、怒りや悲しみのようなマイナスのものであったとしても、サラが自分の人生を生きていく中で感じた、まぎれもないサラ自身の心の動きであって、サラが生きている証しとも言える、と俺は思ってる。サラの気持ちは、サラにとって、とても大事なものだ。」

「……」

「だから……あの時、俺はついサラに『自分の感情を抑えろ』って言っちまったけれど、それは間違っていた。サラは自由に感じて、自由に気持ちを表す権利がある。それは、他人の俺がどうこう命令出来るものじゃない。誰も、他人の心や生き方に指図するべきじゃない。それは、その人本人だけのもんだから。」

「……」

「特にサラは、嘘をつくのが嫌いだろう? おべっかを言ったり、人の顔色をうかがったり、無理に他人の考えに合わせたり、そういうのが嫌なんだよな。そういう生き方は、俺は凄くサラらしいと思うし、サラも自分の生き方に誇りを持ってる。」

「……」

「そんなサラの生き方を、俺は、『融通が利かない』と言って無理に変えさせようとした。サラの誇りを傷つける行為だったと、今は思って反省してるよ。あの時、サラが俺に対して怒ったのは当たり前だ。本当に悪かったよ。ごめん。」

「……」

「……」

「……」

「……サ、サラ?……おい、サラ! 俺の話、聞いてるのか?」


 サラは、金のまつ毛に縁取られた澄んだ水色のつぶらな瞳で、ジイッと、真剣に喋るティオの方を見つめてはいたが……

 あまりにもピタリと石のように固まって反応がないので、ティオは不審に思って眉をしかめた。


「……」

「……サラ?……」

「……あ!……えっとー……ティオ、ゴメン、さっきから何の話ししてるのー? 全然分かんないー。」

「は!?」


 またしばらくの間沈黙が流れた後、ようやくサラがカクッと首をかしげて不思議そうに聞いてきた。


「い、いや、だから、昼間にサラと口論になっただろう? その時の話だよ。」

「……うーん……私、ティオと口論とかしたかなー? 口論って、ケンカの事だよねー?……ううーん……」

「……サ、サラ、お前、まさか……忘れてんのか?……そ、そんなバカな! まだあれから半日しか経ってないんだぞ! 常々サラは脳ミソの容量が少ないとは思ってたが、本当に三歩歩いたら忘れる鳥並みなのかよ! 絶対カラスの方がサラより頭いいぞ!」

「あ! 思い出したー! そう言えば、なんかそんな事あったねー。すっかり忘れてたよー。……そうそう、お昼休みにねぇ、チャッピーからいろいろ話を聞いて、ビックリしたり感心したりしてる内に、頭の中から飛んじゃってたのかもー。ゴメーン、ティオー。……まあ、でもー、忘れてたって事は、私にとって、そんな大した事じゃなかったんだよー、きっとー。」

「……ぐっ! うぐぅ!……」


 全く悪気のなさそうな顔で笑うサラを前に……

 ティオは今度こそ耐えられなくなり、全身で脱力して、ガクッとその場に膝から崩れ落ちていた。

 床に両手をついてこうべを垂れ、あまりの事にしばらく茫然自失となっていた。


「……お、俺の心配は一体……俺は、何のために……」


 ティオのように、頭が良く、危険を回避するためにもろもろ先読みする癖のある人間にとって、サラは天敵のような人間だった。

 ティオはサラと揉めてから、顔にこそ全く出さなかったものの、ずっとその事が心の片隅に引っかかっており、人知れず罪悪感に悩まされていたのだったが。

 一方もう一人の当事者であるサラは、会話の内容どころかティオと揉めた事さえコロッと忘れ去っていたとは。

 自分の心配が一人相撲もはなはだしくて、虚しさがドッと胸に押し寄せるティオだった。


「ティオはさー、いろいろ余計な事考え過ぎじゃないのー? いっつもそんなにあれこれ気を使ってて疲れないー? ティオって、私よりずーっと頭はいいんだろうけどー、あんまり頭でっかちになるのも良くないと思うよー。」

「う、うるっさい! サラはもうちょっと頭を使えよ! その首の上に乗ってるのは飾りか? 中は全部空洞か? 揺すったら、鐘みたいにカランカランいい音で鳴るんじゃないだろうな?」

「アハハハハハ!」


 ティオは、まだ床に這いつくばって立ち直れないままながらも、精一杯毒づいてみたものの、サラは一向にこたえた様子も反省した様子もなく、楽しそうにケラケラ笑うばかりで……

 複雑かつ繊細な精神構造を持つティオとしては、追い討ちをかけられて、また地味に打撃を受けていた。

 昨晩城下町の賭博場で、ドゥアルテをはじめ、ティオにコテンパンに負かされた者達からしたら、ここまでティオが凹んでいる姿は想像がつかない事だろう。

 しかも相手は、腹芸や頭脳戦など全く縁のない、子供っぽい少女である。

 いや、これ程までに、良くも悪くも純粋で、完全に頭を空っぽに出来るサラだからこそ、ずる賢いティオが完敗してしまうのだったが。


「何言ってるか良く分かんなかったけどー、でもー……ティオが、真剣に考えて、一生懸命話してるなぁってのは感じたよー。うん、なんか、とりあえずありがとねー。私の事いろいろ心配してくれてー。」

「……やめろ、バカ、サラ。お前にいたわられると、かえって落ち込むんだよ。……」



「それで、サラの方は、俺に謝りたいって何の話だよ?」


 ティオはしばらくしてようやく立ち上がり、腕組みをしてドアにもたれた。


「あ、うん、それねー。うーんとねー……」


 サラは、言い出しにくそうに目を伏せ、モジモジとベッドに掛かっていた毛布をいじっていたが、サラの細い指が引っ張った先から毛布がボロボロほつれるのを見て慌ててティオが止めると、そろそろと話し出した。


「ティオの言う事、聞かなくってゴメンね。」


「えっと、一昨日の夜の事なんだけど、私、いつもみたいに、眠ってから精神世界でティオのとこ行ったでしょう? その時、ティオの体についてる宝石で出来た鎖が伸びて行く先に、あのヘンテコな大きなものを見つけちゃったんだよね。それで、なんだろうと思ってジッと見つめてたら、いつの間にかあれに触っちゃってて、そのせいであんな事になって。……おかしくなってた私を、ティオ、助けてくれたんだよね。ゴメンね、私が余計な事したから、迷惑かけちゃったよね。」


「って言うか、ティオは、最初から私に注意してくれてたよね。ここは危ないから、探ろうとするなって。ええと、精神世界では、意識を向けたものに近づいちゃうんだったよね。……私、あのヘンテコな大きなものが見えた時に、ティオに言うべきだった。ううん、違う。ティオの体に宝石の鎖が巻きついてるのに気づいた時に、ちゃんとティオに聞くべきだったんだと思う。」


「で、でも、それを言ったらティオが、ますます私に隠そうとすると思ってー。だから、ティオに気づかれない内に、いろいろ自分で調べようと思ったの。意識を向けたり、ジッと観察したり……ティオが『やるな』って言ってた事を、やってたんだよね、私。」


「ティオの注意通りに何もしなければ、あんな風に、頭が変になったりしなかったと思う。あれって、危ない状態だったんでしょう? ティオは、私の事を心配して、だから『やるな』って止めてくれてたんだよね。それなのに、私は……」


「ゴメンね、ティオ。勝手な事して、勝手に危ない目に遭って、ティオにいっぱい心配かけて、ゴメンね。」


 サラは、拙い表現ながらも、一生懸命ティオに語りかけてきた。

 その表情からも、少し上ずって震える声からも、本当に反省して落ち込んでいるのが感じられた。

 ティオは、そんなサラの様子を、ドアにもたれながら、眼鏡の分厚いレンズ越しに黙って見つめていた。

 ティオの顔には、いつしか冷ややかな程の冷静さが戻っていた。


(……やっぱり、その話か。……)


(……強情なサラがこれだけ素直に謝ってくるって事は、本当に悪かったと思ってるんだろうな。まあ、サラは確かに強情ではあるけど、自分が間違っていると思ったらすぐに考えを正せる柔軟さはあるからな。誰に対しても、公平で公正。そんなサラの正義感の強さは、自分自身にも適応される。自分が間違った時はきちんと謝るべき、と言うのがサラの信条だ。……)


(……問題は……サラが、こうして俺に謝罪して、わだかまりをなくそうとしてくるのは、俺と、揉める以前のような関係に戻りたいと思っているという事だ。……)


 ティオの脳裏に、精神世界の自分の精神領域でサラと過ごした時の情景が浮かんでいた。

 サラは、ティオが自分の過去の記憶から再現した木製の長椅子を、それに付随する敷物やクッション、ひざ掛けと共にとても気に入っていた。

 真っ白な光だけが満ちているようにサラには見えていたあの空虚なティオの精神領域で、所在無げにしていたサラは、ティオが長椅子を出すと喜んでそこに寝転んでくつろぐようになった。

 やがて、ティオも、サラの要望を受けて、その長椅子のそばに、現在良く使用しているサラの部屋の窓際に備えつけられていた机と椅子を出し、そこで本を読むようになった。

 そして、精神体であるサラが精神世界で眠りに落ちるまで、彼女の手を握っていた。


 つまり、そんな状況を、サラはこれからも続けようと思っているのだろう。


(……ダメだ。……)


(……それは、出来ない。……あの時は、距離が近過ぎた。だからあんな事になった。もう、あんな風にサラと関わるのはやめないといけない。サラとは距離を置く必要がある。……)


(……それを、どうやってサラに説明するか? どうやってサラを納得させるか?……ここんとこが、一番難しいんだよなぁ。クソッ。……)


 ティオは、眉間に寄ったシワを親指の腹でグリグリと押さえながら、渋い顔をしていた。


「……」

「……ティオ? なんか怖い顔してるけど、まだ怒ってるの?」

「ああ、悪い。ちょっと考え事をしてただけだ。」


 ティオは、不安そうにジイッとこちらを見つめてくるサラの前で、ふうっと一つ大きく息を吐いて、ドアにもたれていた背を起こした。


「サラの言いたい事は良く分かった。」


「それから、俺は、サラの事は怒ってない。」

「え、でもー……機嫌悪そうだよ?」

「俺が怒ってるのは、自分に対してだ。自分の不甲斐なさや状況判断の甘さに対して、怒りを覚えてるだけだ。だから、サラは別に俺に謝る必要はないし、サラは何も悪くない。」

「け、けど、私が余計な事したせいで、あんな事が起こったんだよね? 私が悪いんじゃないの?」

「違う。そういうサラの行動を予測出来なかった俺の失態だ。悪いのは俺だ。」

「そ、そんな……」

「とにかく!……サラは、あの件に関して気に病む必要は一切ない。俺に対して悪いなんて事も思わなくていい。……俺が言いたいのは、これだけだ。『あの時の事はもう気にするな。早く忘れろ。』」

「……ティオ……あ、あの、私……」

「おっと、時間だ。消灯の見回りに行かないとな。……悪いな、サラ。話の続きは、また後にしよう。」


 ティオは、何か話したそうにしているサラの瞳から逃げるようにきびすを返し、鍵を外してドアを開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ