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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第十章 夢中の決闘 <前編>侵入者の末路
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夢中の決闘 #1


「サラ、俺だ。ティオだ。入ってもいいか?」

「……んー、ティオー?……あ、うん、いいよー。ちょと待ってー、今鍵開けるー。……」


 ティオが、コンコンとドアをノックして声をかけると、中からサラの声が聞こえてきた。


 どうやらティオが部屋の前に来ている事に気づいていなかったらしい。

 確かにティオは、ほとんど足音がしない上に気配も消している事が多かったが。

 一方でティオは、部屋に向かって歩いている時から、中の気配をうかがって、どうやらサラがベッドの上でゴロゴロしているらしい事を察知していた。


(……ちょっと油断し過ぎじゃないのか? いくら傭兵団の宿舎の中で、部屋に鍵を掛けているから安全とは言っても。いや、俺はこれぐらいの鍵、簡単に開けられるんだけどな。……)


 ドアのそばにやって来たサラは、向こうから細い木の棒を真横に渡すだけの鍵を外してドアを開いた。

 盗賊団での生活が長く、今も『宝石怪盗ジェム』という本人的にはあまりありがたくない名前をつけられて巷を騒がしているティオにとっては、この程度の簡易な鍵などあってないようなものだったが、そこはモラルを重視して、中に居るサラが鍵を開けるのをきちんと待っていた。


「ティオー。用事は済んだのー?」

「……」


 ギイッと扉が開いて姿を見せたサラは、やはりティオの予想通りベッドでウトウトしていたようだった。

 起きている時は邪魔にならないようにと首の後ろで三つ編みにしている金の髪が少し乱れて、眠そうに目元を指で擦っている。

 のは、いいとして……

 サラは、寝間着姿だった。

 ティオは思わずこめかみを押さえて黙り込んでいた。



 ティオもサラの話で聞いて知っていたが、その寝間着はサラが傭兵団に来た当初ボロツが贈ったものらしい。

 なんとボロツの手縫いの一品との事で、その柔らかな薄い布地や、ふわりと広がるデザインには、小柄な少女が好きなボロツの趣味が、いや、もっと言うと、よこしまな下心が感じられる衣服だった。

 もっともサラは、触り心地がいいのと体を締めつける服が嫌いだった事から、そのふわふわとした寝間着がいたく気に入っている様子で、部屋に居る時は、さっさと普段のオレンジ色のコートと生成りのシャツとキュロットスカートを脱いで寝巻きに着替えている事が多かった。

 おかげで、傭兵団の用事でサラの部屋を訪れたボロツがまんまとサラのそんな寝間着姿を目撃するというラッキーが何度かあった。

 まさにボロツのよこしまな下心が実った形だったが、サラも今はボロツのいやらしい視線を嫌って用心していたので、部屋のドアにはもれなく鍵を掛け、用事がある場合も、体を見せないように少しだけ扉を開いて顔だけのぞかせた状態で対応していた。


 が、これが同じ部屋で寝起きしているティオが相手となると、サラは平気で寝間着姿で現れた。

 まあ、部屋の中では寝間着姿なのだから、今更気にしても仕方ないというのは分からないでもなかったが。

 それでもサラは、ティオが同室になった当初はそれなりに警戒して、寝る時も寝巻きの下にきちんと胸を隠す布を巻いていた。

 しかし、眠る時は布を外している方が楽らしく、やがて、ティオが寝てからそっと外すようになった。

 そして、翌朝つけ忘れたまま、うーんなどと伸びをして、いつもの服に着替える時にハッと気づいて慌てて体に巻いていた。


(……まあ、サラの体型じゃあ、巻いても巻かなくても大して変わんないんだけどな。……)


 と、ティオは、サラの前では絶対口に出せない事を頭の中でひとりごちた。


 ところがである。

 サラはその内面倒になったらしく、ティオが起きていようと寝ていようとお構いなしに、寝巻きに着替える時は胸に巻く布を取り外してしまうようになった。

 部屋に帰ってくるとさっそく寝巻きに着替えて、ティオが窓のそばの小机で書き物をしたり本を読んだしている後ろで、ベッドに寝っ転がってゴロゴロしてみたり、あるいは鼻歌を歌いながら髪を結い直したりと、至って開放的に無防備に過ごしていた。


 確かに、自称十七歳のサラではあるが、体つきは大人の女性には程遠く、胸の膨らみについては、良く言えばとても控えめ、悪く言えばないも同然の状態ではあったのだが……

 寝巻きの生地が製作者の下心のせいもあって薄過ぎるため、下に何か身につけないと、思い切り肌が透けるのだ。

 さすがのサラも、下半身には下着をつけていたが、その薄い寝間着を着る時は胸を隠す布を取り払うせいで、かなりはっきりと胸が透けて見えていた。


 当然、ティオは、見えていても見えていない振りをした。

 子供体型のサラの裸に興味が更々なかったと言うだけでなく、一応女性であるサラに気を使っていたのだった。


 しかし、サラ本人ときたら、ティオの前で平気で着替えだすわ、胸の布を巻いている最中うっかりパラリと取り落とすわ、酷い時は、下半身につけている下着さえ脱ぎだす時もあった。

 おまけに脱いだ服は全く畳もうとせず、大体ベッドの上にポンと無造作に置かれており、時にはグシャグシャのまま床に落ちていた。

 そんな、床に散らばっている下着を含めたサラの衣服を、見かねてたまに拾い集め、整然と畳んでベッドの枕元に置いているティオだった。

 ボロツならともかくも、ティオにとっては特に嬉しくもないハプニングが日常的に繰り広げられていた。


(……やっぱり油断し過ぎだろう! って言うか、それ以前に、だらしないんじゃないのか?ったく、いいのかよ、サラのヤツ、本当にこんなんで!……)


 ティオは、サラがこうなった原因の一端は自分にあるのではないかと責任を感じていた。

 サラと同室になってからこちら、ティオはサラが自分の前で無防備なのを敢えて注意してこなかった。

 ティオにとってはそれはただの気遣いだったのだが……

 どんなだらしない格好をしていても、うっかり裸を見られても、ティオが全くの無反応だったせいで、サラが(なーんだ、全然平気じゃん!)などと思ってしまったとしたら、これは少々問題だった。

 サラに対して異性としての興味を持っていない自分相手ならいいとして……いや、本当は良くはないが……世の中の男がみんなそうだと思うのは危険だとティオは考えた。

 実際、ボロツのような例がすぐそばに居る訳で……まあ、ボロツに対しては(生理的に気持ち悪い!)という感覚でサラも警戒はしていたが。

 サラは、身体能力において、ボロツのような鍛えた大人の男を軽く凌駕し、おまけに石をも粉々に握りつぶす怪力も持ち合わせている。

 それでも、黙って座っていれば繊細可憐な美少女に間違いなく、その容姿に惹かれて寄ってくる無数の男達に対しての警戒心が薄いのは、ティオとしてやはり心配せずにはいられなかった。


(……ハア。サラには、一度ちゃんと注意しておいた方がいいだろうなぁ。……)


(……いや、まあ、それは、後の話だな。今は、もっと優先すべき重要な話がある。……)


 ボロツやチェレンチー達、傭兵団の男達に発破をかけられ、ようやく重い腰を上げてサラとの話し合いに来たのだ。

 今は、脱線したりせず、この勢いを失わない内に気の重い話をしておかねばいけないと、ティオは心の中で覚悟を決めた。


「……サラ、話がある。」

「え?……あ、う、うん。……私も、ティオに話したい事があったんだ。」


 ティオは、扉をくぐって部屋の中に入ると、しっかりと施錠したのち、サラに向き直って話しだした。



 ティオは、入ってきた扉を背にして立った。

 腕組みをしたのみで、椅子やベッドに腰掛けるどころか、その場から一歩も部屋の中に踏み込まなかった。

 サラも、それに合わせてティオの前に立っていたが、ティオが「少し話が長くなるから座ってくれ」と言うと、ちょこんと自分のベッドの端に座った。

 それでも、顔はしっかりとこちらに向け、ジイッとティオの目を見つめていた。


「サラ、ゴメン、俺が悪かった。」

「え!……あ、わ、私も、ゴメン! 私、悪い事しちゃったよね!」


 ティオが謝ると、サラも慌てて重ねるように謝ってきた。

 ティオはそんなサラの反応を見て、「うん?」と、少し首をかしげた。


「いや、サラが俺に謝る事なんてあったか? お前は別に何もしてないだろう?」

「ええ? あ、あるよー! 私だって、謝らなきゃいけない事あるもんー。」

「何?」

「そ、それはー、えっとー……あ、あの、ティオが私に謝りたい事って何ー? そっちを先に聞いてもいいー?」

「ああ、まあ、サラがそう言うなら。」


 言いだしにくい内容だったのもあってか、サラは珍しく遠慮して、ティオに順番を譲った。

 ティオは、軽く深呼吸した後、改めて、努めて冷静な口調で語りだした。


「まず……団長であるサラに黙って、この傭兵団の資金を持って城下町の賭博場に行った事について謝りたい。」

「ああ、それねー。」

「確かに、傭兵団の懐事情は元々カツカツだった。でも、今日の晩の会議でも話した例のものを、俺が欲しいって我儘言ったんだ。もちろん傭兵団を強くするためではあったけど、必ず必要かと言われると微妙な所だったな。しかも、かなり高額なものだったから……」

「あ! その話はもういいや!」

「は?」


 ティオが、さあこれから、城下町の賭博場で荒稼ぎした理由をとうとうと語ろうとした矢先に、サラは顔の前に手を上げて、ピシャッと制止してきた。

 思いがけないサラの態度に思わずポカンとするティオに、ベッドに腰掛けたサラは足をブラブラさせながらニッコリ笑った。


「夕ご飯の時、ティオ、言ったでしょう? 私にはお金の事は分からないだろうって。……うーん、良く考えると、確かにその通りなんだよねー。だから、傭兵団のお金を何にいくら使うかとか、そういうのはティオに全部任せるよー。ティオ、そういうの得意そうだしー。それに、傭兵団を強くするためにちゃんと考えてくれてるんでしょー?って言うか、ティオは作戦参謀なんだから、そういうのは私が口を挟んじゃダメだよねー。うん、これからもティオの好きにしていいよー。私は、ティオの事、人間としてはあれだけどー、傭兵団の作戦参謀としては、信じてるからー。」

「……あ、そ、そう。」


 拍子抜けしてガクッと力が抜けそうになったティオだったが、あまりにコロッとサラの反応が変わっているので、逆に不安になって問い詰めた。


「って、いやいや、サラ、お前、俺が黙って賭博場に行った事、怒ってたんじゃないのかよ?」

「えー、うん、まあ、そうだけどー。ボロツやチャッピーに、ティオの事許してあげてっていっぱい言われちゃったしー。それに、なんか、いつまでもプンプンしてるのも疲れるしねー。もう、なんかいいやって気分になちゃったー。うーん、この話飽きたー。」

「あ、飽きたー? ええー? そ、そんなんでいいのか、本当に?」

「本当は、いくら傭兵団のお金のためでも、ギャンブルとかして欲しくないよー。でも、チャッピーから聞いたんだー。この都では、ティオのやったギャンブルは法律で認められてるんだってねー。私は嫌だけどー、犯罪じゃないって言うなら、まあ、うーん、ギリギリ許せるのかなーって。」


「それに、今回はもう済んじゃった事だしねー。ボロツもチャッピーも、ティオも反省してるんでしょー? だったら、もういいよー。……あ、でも、またこういう事するつもりなら、やる前にちゃんと私にも言ってよねー。私、ここの傭兵団の団長なんだからー。一番偉いんだからねー。」


「それからねぇ……」


 サラは、ドアを入った所で立ち止まっているティオを改めて真っ直ぐ見つめて、言った。

 サラの話は、知識や教養の少なさから稚拙な印象は否めないが、いつも裏表のない清廉潔白さと迷いのない意志の強さを感じさせるものだった。


「チャッピーから話を聞いたんだー。ティオがまだ出かけてて居ない時、今日のお昼休みにねー。」


「それで、チャッピーがいろいろ自分の事情を話してくれたんだよー。チャッピー、言ってたよー。今回ティオに誘われて城下町にギャンブルに行った事で、お兄さんと会って話が出来て、いろいろ気持ちの整理がついたってー。それを、ティオのおかげだって凄く感謝してたよー。」


 ティオはそれを聞いてようやく、サラの態度が変わった理由に少し納得がいった。


(……チェレンチーさんか。そう言えば、サラと昼間話したって言ってたなぁ。……)


 チェレンチーが、自分が留守の間、慌ただしい傭兵団のスケジュールの合間を縫ってサラに話をし、真剣に陳情してくれたのだろう事をティオは察した。

 真面目で誠実なチェンチーは、正義感の強いサラには特に好印象を与える人物である。

 そんなチェレンチーに、周囲に隠していた自分の辛い過去の話まで持ち出して必死に訴えてこられては、腹を立てていたサラも耳を傾けない訳にはいかないかったのだろう。

 ティオは、二人の仲を取り持とうというチェレンチーの純粋な善意による熱心な働きかけには感謝していたものの……

 この後サラとは距離を置く事を心の内で決めていたため、複雑な心境だった。


「ギャンブルは嫌だけどー、今回はそのおかげでチャッピーが助かって言うからねー、まあ、結果的に良かったのかなーって思ったんだー。」

「別に、チェレンチーさんのためにやった訳じゃない。大金を楽に奪えそうな相手が、たまたまチェレンチーさんの腹違いの兄だったってだけだ。それはチェレンチーさんにもちゃんと言ったよ。チェレンチーさんはああいう人だから、俺にやけに感謝してたけどな。俺に対して礼なんて、そんなもの必要ないのにな。」

「……フフフ。」

「な、なんだよ?」


 サラが何かおかしそうに笑うので、ティオは伸ばしっぱなしの前髪に隠れている黒い眉をしかめた。

 サラは、そんなティオに、なぜか嬉しそうに笑って答えた。

 そうしてベッドの端に大人しく座って微笑んでいるサラは、肉体が強化されるという異能力も、野生動物のような粗暴さも影を潜め、ただ純粋無垢で可憐な美少女に見えた。


「いつも平気でペラッペラ嘘つくのに、こういう時はつかないんだね、ティオ。」


「『全部チャッピーのためにやった事ですー』って言った方が、私の機嫌が良くなるだろうなーとか、考えなかったのー?」

「べ、別に俺だって、いつも嘘をついてる訳じゃない。なんの得にもならないに、わざわざ嘘つく必要ないだろ。……それに、サラは勘が良くて、そういう嘘はすぐに見抜いちまうだろう?」

「エヘヘー。そうだねー。」


 素直に話した事でかえってニコニコ上機嫌になったサラを見ている内に、体と心に込めていた力が抜けていくようで……

 ティオは、しばし明後日の方向に視線を逸らし、ボリボリとボサボサの黒髪を掻いていた。


(……チッ!……ったく、サラと話してると、やっぱなんか調子が狂うんだよなぁ。……)


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