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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第九章 仲間の面影
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仲間の面影 #13


 チェレンチーと別れて一人サラの部屋に向かうティオの脳裏に、自然と懐かしい光景が蘇ってきた。


『よう、帰ったのか、ティオ。ようし、特別に稽古をつけてやからすぐ準備しろ。』

『え? 疲れてるからいいって。稽古は朝しただろう?』

『俺が暇なんだよ。付き合えよ。お前が帰ってくるのをずっと待ってたんだぞ。』

『うわ、迷惑な大人だな、おっさん。』

『お前ぐらいしか俺の相手を出来るヤツが居ないんだからしょうがないだろう? この北の大陸一の剣士に稽古をつけてもらえるんだ。光栄に思えよ。フッ、お前は将来きっと、俺を超える剣豪になるぞ。』

『えー? 俺、あんまり剣振るうの好きじゃないんだよなぁ。剣豪とか別になりたくねぇし。』

『あー、うるせぇうるせぇ。さっさと剣を構えろ。そら、俺から行くぞ!』

『痛っ! まだ構えてもいないのに、卑怯だぞ、おっさん!』

『ハッハッハッ! 戦場で気を抜くお前が悪い。』

『ここは戦場じゃねぇよ!』


 夕暮れの町外れの廃墟の群れの中に、カンカン! と木剣のぶつかり合う音が響いていた。


『ああ、今日はティオが料理当番なんですか。それは楽しみですね。君の作る料理はいつもとても美味しいですからね。』

『久しぶりに豚が丸々一頭手に入ったんだ。豚はどこもかしこも食べられるからな。腕によりをかけて美味いもんたくさん作るぜ。まあ楽しみに待っててくれよ。……あ、保存用のハムも後で作っとくか。』

『わあ! ティオ兄ちゃんのご飯だー! やったー! 俺が一番ー!』

『バーカ、俺が一番に決まってるだろう! なあ、ティオ兄ちゃん!』

『コラ! 鍋の近くで喧嘩すんな! 危ねぇだろうが!……ったく、ちょっとだけ味見させてやるから、大人しく待ってろよ。』


 寄せ集めの材木で建てられた盗賊団の根城となっている建物の厨房には、モウモウと大きな鍋から立ち上がる蒸気が満ち、いい匂いにつられて、次々と仲間が顔をのぞかせた。


『ティオの兄貴。俺にもナイフの投げ方教えてくれよ! どうやったら兄貴みたいにズバッて百発百中で的に当てられるんだよー?』

『ハハ、いいぜ。まあ、どんなものでもまずは練習する事だな。何度も何度も、正しいフォームで投げられるように練習するんだよ。そうすれば、何年かしたらお前だって的に当てられるようになるさ。』

『えー? だって兄貴は、数ヶ月で的の真ん中に当ててたじゃん! なんかコツとかあるんだろー? 教えてくれよー!』

『そんなのねぇよ。俺だってコツコツ練習しただけだっての。……ん、姿勢が悪いな。ほら、もっと背筋を伸ばして、脇を締めろ。』

『やめとけやめとけ、ティオなんかの真似したって上手くならねぇぞ。コイツ、的当ては上手いが、実戦じゃからっきしだからな。この前も、肝心な所で投げたナイフが大外れして、ヒイヒイ言って逃げて帰ってきてたよなぁ、おい、ティオ。』

『なんだよ? なんか用かよ?』

『俺と剣で勝負しろ、ティオ! 今日こそお前に勝って、俺がこの盗賊団を継ぐのにふさわしい男だってカシラに認めさせてやる! 次期頭領の座を賭けて、勝負だ!』

『いや、お前が継いだらいいじゃんか。俺は次期頭領とか興味ねぇし。』

『チッ! お前のそういう所が嫌いなんだよ!「興味ない」って言いながら、上達は一番早いし、なんでも器用にこなしやがる。そのスカした態度が気にくわねぇんだよ!』

『ね、ねぇ、ちょっと! 二人ともやめなって! 下の子達が怯えてるよ!……もう、また喧嘩してたの?』

『喧嘩なんかしてない。いつもみたいにコイツが勝手に突っかかってきただけだっての。ったく、面倒臭ぇ。』

『俺は、ティオの腑抜けた根性を叩き直してやろうと思ってるだけだ!』


 盗賊団が根城にしている建物の近くの空き地には、藁を巻いた棒が立てられ、そこに向かってナイフを投げたり弓を射ったりと、少年達は遊びの延長線上のように当たり前に戦闘訓練をしていた。

 ティオを「兄貴! 兄貴!」と慕う少年……何かとティオをライバル視してすぐに喧嘩を売ってくる少年……仲間達の輪を大事にし、揉めている者が居ると必ず仲裁に入る少年……

 元騎である盗賊団のリーダーと、彼を補佐して細やかな気遣いをする母親のごとき青年の元、様々な個性を持った身寄りのない少年達が、不安定な生活の中にありながらも、活き活きと賑やかに毎日を暮らしていた。



(……仲間……仲間かぁ。……)


 それは、今は遠い過去の記憶だった。


 ティオが、九歳から十五歳までの約六年間を過ごした、孤児達を寄せ集めて作られた盗賊団での生活。

 そこでは、ティオの剣の師匠でもある元騎士の頭領と、いつも影のように彼に寄り添っていた薄幸な雰囲気を漂わせる青年が、町のあちこちから身寄りのない子供達を連れてきて育てていた。

 荷馬車を襲ったり金持ちの屋敷に盗みに入ったりといった盗賊行為が彼らの生業であり、子供達はそれぞれ剣やナイフ、弓といった武器の扱いを叩き込まれた。

 そんな犯罪と暴力に依存した生活ではあったが、様々な歳の子供達が集い、頭領を父、青年を母の代わりとして、大きな家族のような関係が築かれていた。


 そこには、雨風をしのぐ家があった。

 粗末ではあるが安心して眠れる温かな寝床があった。

 みんなで囲むテーブルの上には、雑多な料理が湯気を立てていた。

 何よりも、自分と同じような境遇の子供達が……仲間が、たくさん居た。


 雀の涙程の金で売られて重労働を課せられた荷運びの仕事から逃げ出してきた、身寄りも行く当てもなかったティオにとって……

 そこは、間違いなく、彼を育て成長させてくれた「居場所」だった。


(……みんな、どうしてるかな? 師匠の病気はどうなったんだろう? アイツらは、あの後……いや……)


(……俺に、そんな事を考える資格はないな。行くなと縋ってくるみんなの手を無情に振り払って、踏みにじるようにして捨てた場所だ。……)


 ティオは、十五歳の時、自分の大切なものを選び、守るために、それまでの盗賊団での生活の全てを捨てた。

 育ての親とも言える頭領と青年、友人、自称ライバル、自分を慕ってくれる年下の子供達……

 たくさんの仲間。

 それまでのティオが、何よりも大切にしていた、居場所も、人も、関係も、何もかも、切って捨てた。


(……もう、俺は、二度とあんなふうに「仲間」の輪の中で暮らす事なないと思っていた。……)


(……実際、一年前に旅をするようになってからは、誰とも深く交流する事なく、各地を転々として、ずっと一人でやってきたじゃないかよ。……)


 確かに、ティオが今まで身につけてきた様々な技能や知識は、誰にも頼る事の出来ない過酷な一人旅を可能にさせ、ティオは、どんな場所へ行っても問題なく生き抜く事が出来た。


 しかし……

 旅を続ける内、ティオは、自分の中の何かが、まるで細かな砂が指の隙間から音もなく零れ落ちるように、少しずつすり減り失われていく感覚を覚えていた。

 肉体と頭脳はますます研ぎ澄まされていくばかりだったが、代わりに、心や精神が摩耗し、風化し、疲弊していった。

 いつしか、何日も人と言葉を交わす事なく過ごすのが当たり前になったティオの顔は、表情が消え去り、血の通っていない人形のように冷たく凍りついていった。


(……俺は、一人で居るべきだ。誰かと一緒に長く過ごすのは、避けなければいけない。俺は、これからもずっと、一人で生きていく。……)


(……その気持ちは、今も何も変わっていない筈なのに。……)


(……どうして、こんな事になってるんだ?……傭兵団だの、作戦参謀だの、仲間だの……なんだってこんなにたくさんの人間に囲まれてるんだ?……)


 バンバンとティオの背中を無遠慮に叩いてはガッハッハッと歯を見せて笑うボロツが……

 そっけない振りで腕組みをして壁にもたれつつも、チラチラとこちらを見てくる不器用な老戦士であるジラールが……

 凡庸ではあるが、良識ある一市民の代表のように真面目な受け答えをするハンスが……

 高い知性と優しい心根を持ち合わせて、ひかえめな態度ながらも、いつもティオの事を案じてくれているチェレンチーが……


 昔の盗賊団の仲間の姿に重なって見えた。

 今は会う事のなくなったかつての仲間の面影を、久しぶりにティオの中に想起させていた。


(……ハハ、今は、俺、バカみたいに笑ったり怒ったりしてるよなぁ。少し前まで、笑いもせず泣きもせず、死んだように生きてたのが嘘みたいだ。……)


(……ああ、そうか。あれが全ての始まりだったんだな。……)



 ティオは、ある宝を探して、このナザール王国の王都にやって来た。

 しかし、目的のお宝のある古代文明の遺跡『月見の塔』には反乱軍が立てこもっており、そのそばには国王軍も陣を張っていて、『宝石怪盗ジェム』の名で巷を騒がしていたティオも、さすがに近づく事が出来なかった。

 困ったティオは、なんとか塔に入る事が出来ないものかと、情報を集めながら王都でブラブラしていた。


 そんな折、都を取り囲む城壁に設けられた門へと続く大通りから少し入った裏道で、いかにもガラの悪そうな見た目をした男達に絡まれた。

 ここ中央大陸より遥かに治安の悪い北の大陸エルファナで長く盗賊団に居たティオは、一目見て彼らの素性を察した。

 真面目に生活を営んでいる一般市民には見分けがつかないだろうが、彼らは裏社会で生きる者達ではなかった。

 どちらかと言えば普通の人間寄りで、ただ少しひねくれていきがっているだけの男達。

 そうして、自分より弱そうな人間を見つけては、ナイフなどの小型の武器をチラつかせて脅し、小金を巻き上げる。

 街の治安が悪くなってくると、こうした人間が散見されるようになるのがお決まりだった。

 あまり大きな顔で騒いだり荒稼ぎをし過ぎると、本物の裏社会の人間が出張ってきてこういった者達は潰されるのだが、そういった制裁が下っていない所を見るに、彼らはまだまだ「安全」な部類のワルなのだろう。


 ティオは良く、こういったタイプの人間に絡まれた。

 本物の裏社会の人間は、彼らの領域に踏み込まない限り、一般市民や旅人に向こうから接触してくる事はあまりない。

 一人旅の若い男で、背は高いものの、みすぼらしい身なりをした一見頼りなさげに見えるティオを狙ってくるのは、こういったまだ「こちら側」の者達だった。

 金目当てではあまりなく、ただ鬱憤を晴らしたい、あるいは、仲間に自分の力を誇示したい、そんなふうに見えた。


(……このまましばらく難癖をつけられとくか。そんで、全員の財布をスったら走って逃げよう。ちょうど路銀が底を尽きてたんだよな。ラッキー。……)


 などと、ティオが腹の中で算段をつけながら、良い感じに胸ぐらを掴まれている所に、思いがけない声が響いた。


『その人、いじめるのやめてあげなよ。』


 まさかとは思ったが、ティオが振り向くと、そこには、聞こえてきた声にたがわない、小柄な少女が一人立っていた。

 歳の頃は十三、四歳。

 コートのフードを被っていたが、その面は精緻に整い、まず見かける事のない程の美しさで、まさに絶世の美少女だと、ティオにはすぐに分かった。

 コートの下に趣の違う剣を二本差しているのに気づいたが、筋肉など欠けらも感じられない全く鍛えられていない華奢な体躯では、とてもそれらを扱えるとは思えなかった。


(……おいおい、マジかよ! 勘弁してくれよ!……)


 ティオはとっさに「君、逃げて!」と少女を庇ったが……

 その時のわずかな挙動から、少女がかなりの強者である事を素早く察知した。

 自分に絡んできた男達よりも遥かに強いと踏んで、ティオは様子を見る事にし、ちょうど蹴りを繰り出してきた男にやられた振りで自分から大きく後ろに吹っ飛び、そのまま気絶したように地面に倒れこんだ。

 そして、ティオが予想した通り、少女は、懐からナイフまで取り出してきたリーダー格の男を含め、あっという間に全員を素手で倒してしまった。


(……な、なんだ? 異能力者か?……)


(……身体強化系の能力持ちっぽいな。それで、こんな見た目で異常に高い運動能力と怪力を持ってるって訳か。そりゃあ、強い訳だ。……)


(……でも、コイツ、自分が「異能力者」だって自覚がなさそうだなぁ。……戦い方も、どこかでまともな師匠について学んだって感じじゃない。身体能力の高さと野生的な勘の良さに頼って、ただ思いつくままに動いてるって印象だ。正直、メチャクチャ素人の動きだぞ。それでもこれだけ強いんだから驚きだな。……)


(……って言うか、それ以前に、スゲー世間知らずっぽいんだけど。いくら腕っぷしが強いっつっても、こんなんで大丈夫なのかよ、コイツ? どうやら連れも居ない一人旅っぽいし、おまけにこの見た目。こんな治安の悪い街を一人でフラフラしてたら、すぐさままたガラの悪いヤツらに絡まれるぞ。いや、コイツの強さなら、軽くいなせるだろうが、そういう輩は次から次へと湧いてきて、キリがないからなぁ。……なんて言うか、トラブルが服着て歩いてるみたいな感じだよなぁ。……)


 不安になったティオは、つい少女に自分から話しかけていた。


『俺はティオ。さっきは助けてくれて、本当にありがとう。』

『あ、えっと……私は、サラ。』

『サラかぁ。いい名前だね。……じゃあ、サラ。助けてもらったお礼に、飯でも奢るよ。』


 春特有の柔らかな水色の空とナザール王都の街並みを背景に、少し驚いたようにこちらを見つめるサラの姿が、今もティオの脳裏に焼きついている。



(……サラ……)


(……そう、サラだ。あの時サラに出会わなければ、俺は……)


(……あの後、流れで二人で飯を食べに行って、サラが傭兵団に入るつもりだと知り、なんとなくここまでついてきちまった。まさか、俺自身まで傭兵団に入る事になるなんてなぁ。……)


(……チッ。サラと居ると、どうも調子が狂うんだよなぁ。……)


 サラに話しかけた時、ティオは笑っていた。

 もちろんそれは、初対面のサラの警戒を解くため反射的にとった行動だったが、それでも……

 あまりにもすんなりと自然に、サラに向かって笑顔を向けていた。


 ティオにとって、何ヶ月ぶりの笑顔だったろう。

 いや、ここ数ヶ月は、笑顔どころか、怒りも悲しみ喜びも、表情に浮かぶ事がほとんどなくなっていた。

 凍りついた面は、そのままティオの心の状態を表し、ティオの心は、果てのない氷の海のように冷たく不毛に静止していた。


 けれど……

 サラに出会ったその時、まるでいちどきに春がやって来たように、眠っていたティオの感情が蘇っていた。

 ティオは、サラと話す内、後から思うと自分でも驚く程、慌てたり呆れたりと感情が目まぐるしく動き回っていた。

 そして、何より、良く笑っていた。


(……まあ、これの影響もあるんだろうけれど。……)


 ティオは、自分のシャツの下の、金属の枠と鎖につけて首から下げているくすんだ赤い石を脳裏に思い浮かべた。


 サラも、ティオの持っている石と見分けのつかない程そっくりな石を持っていた。

 ティオは、「鉱石と親和性が高い」という異能力を持っていたため、昔から石には良く慣れ親しんでいた。

 それでも、そのくすんだ赤い石は、ティオの予想と意思を超えた現象を引き起こすものだった。


 実際、サラが持っていた方の赤い石は、サラが眠りに落ちて、彼女の存在が精神世界に近づく隙を狙って、サラの意識を精神世界に呼び込んだ。

 そして、ティオと出会ってからは、更に、サラの意識を、精神世界にあるティオの精神領域まで導いてきた。


 ティオは、二年前からずっと、物質世界を知覚して生活すると同時に、精神世界にも意識を残している状態だった。

 三百六十五日、二十四時間、ずっと精神世界の自分の精神領域に居たティオの精神体が、自分の精神領域にどこからか入り込んできたサラの意識に気づいた時、ティオはどれ程驚いた事か。

 精神世界に存在する他人の意識を自分の精神領域に強引に引き込むというのは、ティオにも可能ではあったが、それは非常に複雑で難しい方法が必要だと良く知っていた。

 ティオ自身、いろいろな事情もあり、余程の必要性がない限りやろうとは思わない行為だった。

 しかし、もちろんサラには、そんな知識も能力もない。

 ただ、夢の中……と、サラ自身は思い込んでいたが、実際は精神世界において……赤い石に導かれるままに、素直にティオの元までやって来てしまったのだった。

 自分の精神領域を出て他人の精神領域に入ってくるなど、素人がやった日には途中で精神が崩壊しかねない危険な行為だが、サラは幸い無事だったようだ。

 ティオは、驚愕と心配と呆れが入り混じった感情で、ケロリとしているサラを見ていた。


(……全く、コイツら、とんでもない事をしやがる。……まあ、だからこそ、俺はずっとサラが持っている方のコイツを探してたんだけどな。……)


 ティオにとって、サラの持つ、一見古びたガラスにしか見えないくすんだ赤い石は、この世界を股にかけて探し歩いていた念願のものだった。

 どこにあるのか手がかりは全くなく、この広い世界の中から見つけられるかどうかも分からいような状態だったが、まさか旅を始めてわずか一年で発見するとは、ティオ自身も思ってもみなかった。


(……今思うと、ただの幸運じゃないよなぁ。……)


(……俺がこのナザール王都にやって来たのは、『月見の塔』にあるお宝を手に入れるためだったが、それさえも、コイツらに無意識下で刷り込まれた行動の一部だったのかも知れないと疑いたくなる。サラの方も、なんとなく傭兵になろうと思ってこの王都にやって来たって話だしな。……)


(……この都でサラに出会ったのは、ただの偶然ではなくて……コイツらが、俺とサラの精神に無意識下で働きかけて、出合わせた可能性が高い。俺がサラと出会ったのは、偶然ではなく、必然だった。……)


 赤い石達に引き合わされたティオとサラは、その後行動を共にする事になり……

 精神世界でも、サラがティオの精神領域にやって来た事で、共に過ごすようになっていた。

 赤い石達は、二人を結びつけたかった訳ではなく、あくまでティオもサラも自分達の「運び手」であって、全ての目的は、二つの石同士が出会い、そばに寄り添いあるためのものだったようだが。


(……俺とサラは乗り物かっての! 馬や牛じゃねぇんだぞ! 全く、勝手な事しやがって!……)


(……マジで油断ならないヤツラだよなぁ。しっかり警戒して観察を怠らないようにしないと。……)


(……本当は、俺が二つとも持ってた方が安全なんだろうが、サラにとってもコイツはなんか大事なものらしくって、頑なに渡そうとしないんだよなぁ。……)


 仕方なく、ティオは、「サラの持っている赤い石を手に入れる」という目的を一旦保留にし、サラの様子をそばで随時油断なく観察しながら……

 とりあえずは、「傭兵団を戦で勝利に導き、なるべく早急にナザール王国の内戦を終わらせる」という方を、第一優先順位にして行動していた。

 それは、サラにとっては「この国の困っている人達を助けたい」という願いからだったが、ティオにとっては、「『月見の塔』が解放されれば、内部に侵入してお宝を回収出来る」という打算的な動機であった。

 それでも、まるで異なる理由ながら、二人の利害は一致していた。


 赤い石達が、肌身離さず彼らを持っているティオとサラの精神や感情や意思に影響を及ぼしているのは間違いなかったが、それでも……


(……サラに出会って、俺の生活は大きく変化した。……傭兵になって、サラと同じ部屋で寝起きしながら、作戦参謀までやる事になった。……)


 気がつけば、ティオの周りをたくさんの人間が取り囲んでいた。

 まるで、かつて北の大陸エルファナで、孤児達で構成された盗賊団に居た頃のように。

 それは、全てサラという、この都で出会った思いがけない春風が運んできたもののようにティオには思われた。


(……かりそめの仲間だ。俺は、内戦が終結して、『月見の塔』にある目的のお宝を手に入れたら、また一人で旅に出る。それまでの、ほんのしばらくの間の人間関係だ。……)


 ティオの心は初めからはっきりと決まっており、微塵も揺らいではいなかったが……

 同時に、今現在の、ボロツやチェレンチーをはじめとした傭兵団の面々に囲まれながら、作戦参謀として忙しく立ち働く生活を、どこか居心地良く思っている自分が居る事に、ティオは気づいていた。


(……全く、なんてこった。俺がこんな所でこんな事をする羽目になるなんて。……まあ、でも、自分で決めた事だからな。最後までキッチリやり切るさ。……)


(……仲間、か。……)


(……サラ……)



 ティオは、いつしか、サラの部屋の前に立っていた。

 

 扉の前で一旦静止し、ゆっくりと息を吸って、吐いた。

 そして、ティオは、そっと目の前の扉を叩いた。


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