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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第九章 仲間の面影
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仲間の面影 #12


「あ! 俺、分かったちまったぜ!」


 ようやくティオがサラとの対話を決心し、一件落着という雰囲気が流れていた時だった。

 全く空気を読まず、その場に集まっていた隊長の一人が「はい!」と元気良く手を挙げて発言した。

 ティオが作戦参謀となってからは、何か意見がある者は挙手して意思表示をするようにと、幹部以下、各隊、各班と傭兵団の中で徹底してきた事だったが、こんな所でも身についた習慣が出ていた。


「おう、どうした? 一体何が分かったってんだ?」

「ボロツさん、いや、ボロツ副団長! 俺、サラ団長がティオと喧嘩してた理由が分かったんですよ! 今、なんかピーンと閃いちまったんですよ!」

「サラとティオが喧嘩してた理由だと! なんだなんだ、早く言え!」

「そそ、それはですねぇ……」


 ボロツにガッと両肩を掴まれ、ガックンガックン揺すぶられながらも、脳天気そうな男はしたり顔で言い放った。


「ズバリ、痴話喧嘩ですよ!」


「んー、俺が思うにー……サラ団長は、実は積極的なんですよ! それで、気に入ったティオの野郎を自分の部屋で寝起きさせるように命令してー、そんでもって、毎日せっせと誘惑してたんですよ、きっと!……例えば、ほら、コイツの前でわざと服を着替えたりとかー、下着姿で髪を掻き上げたりとかー、チュッて投げキッスしたりとかー……こう、なんかセクシーな感じでいろいろアピールしてたんじゃないかと思うんですよ!」

「サ、サラがセクシーなアピールだってぇ!? なんだよそれは、チクショウ! なんで俺には全然してこねぇんだよ! ああ、俺も見たかったぜぇ!」


 脳天気な一人の隊長による唐突に始まった勝手な憶測に、しばらくポカンとしていたティオだったが、ハッと我に返り、慌てて「あのサラがそんな事する訳ないじゃないですかー!」と否定した。

 しかし、かぶりつきで男の話に聞き入っているボロツの耳には、全く届いていない様子だった。

 脳天気な男は、ボロツが食いついてきた事でますます調子に乗り、得意げに指で鼻の下を擦って話を続けた。


「ところがですよ。ティオのヤツは、そんなサラ団長のセクシーなお誘いに、全然反応しなかったんじゃないかと思うんですよ! もう、何も視界に入ってないみたいな、ツーンって感じで、サラ団長の事を無視し続けたんです!」

「バカな!! そんなノリノリでセクシーに誘ってくるサラを無視出来る男なんて、この世に居るのか!? 俺なら一秒とかからずに飛びつくぜ!」


 「そんなの副団長だけですよ。このロリコンが。」と言うティオのドン引いた冷たいつぶやきも、やはり興奮するボロツの耳には入っていなかった。

 脳天気な男は、一本立てた人差し指をチッチッチッと左右に振って、さも見てきてかのように語った。


「残念ながら、ティオのヤツはゼンッゼン、サッパリ、これっぽっちも、反応しなかったんですよ! いや、反応出来なかったんです!」


「なぜなら……」


「今まで、女とそういう経験が全くなくて、どうしていいか分かんなかったんですよ!!」


 (はあぁ?)と、ティオは、「サラと自分の和解」という議題から大きく逸れた話を続けるだけでなく、全くの想像で次々と展開される解説に心底呆れたが……

 ふと周りを見回すと、ボロツをはじめ、皆一様に「ああ、なるほどなぁ」と、とても納得している様子だった。

「ちょっ!……な、何勝手な事……」

 驚いて思わず声を上げたティオの言葉を搔き消すように、ボロツ達はうなずき合った。


「ハハァン、そういう事だったのか。オーケー、全て納得がいったぜ!」

「なるほど。ティオの野郎、いつも『俺は作戦参謀だ』とか言って偉そうにしてやがるのに、そっちの方は全然だったって訳か。……まあ、見るからに、ティオの野郎はそんな感じだよな。」

「せっせとアピールしてるのに、無視され続けたら、そりゃあサラ団長も怒るってもんだぜ。女のプライドが傷つくよなぁ。」

「でも、あれッスね。童貞なら仕方ないッスね。」

「サラ団長も可哀想に。何もこんなクソ童貞野郎に惚れなくてもいいのによぅ。」


 ティオ本人が何も言っていないのに、ボロツや取り巻きの隊長達だけでなく、ジラールやハンスまで、腕組みをしてウンウンと納得していた。


「これだから、童貞は困るよなぁ。」

「まあ、そう言ってやるな。ティオだって好きで童貞な訳ではなかろう。」

「ウウム。これは難しい問題だな。やはり童貞の男には、複雑な女心は上手く扱えないか。」


 そして、あまりの事に呆然と固まっているティオの肩を、ボロツがあからさまに哀れみのこもった目で見つめながら、ポンと励ますように叩いてきた。


「ヘヘ、なんつーか、悪かったな、ティオ。お前とサラはとっくにできてんのかと思ってたが、そうかそうか、まだ清い関係を貫いてやがったのか。うんうん。偉いじゃねぇか、ティオ。お前の事、口の上手さと顔の良さで女をたぶらかすクソ野郎だとばっかり思ってて、マジゴメンな。まあ、あれだ、童貞のお前にも、きっといつかいい事があるだろうぜ。グッドラック!……ただ、サラにはこのまま手ェ出すんじゃねぇぞ、この野郎。」

「あの……」


 遂にティオもいい加減腹を立てて、パシッと自分の肩に置かれていたボロツの手を振り払いながら言った。


「俺とサラは本当にそういうんじゃないって、何度言ったら分かるんですか、あなた達は!」


「サラの名誉のためにも言いますけどね! サラが誘惑とかセクシーアピールとか、世界がひっくり返ってもあり得ませんからね! 後、俺に女性経験がないとか、勝手に決めつけるのもやめて下さい!」

「いや、ないだろお前。どう見ても童貞だろ。」

「なっ!……ち、違いますよ! お、おお、俺だって、そ、その、そういう経験ぐらいは……」

「あ、こりゃ、間違いなく童貞だ。悪い事言わねぇ。無理してカッコつけようとすんなよ、ティオ。ダッセェぞ、お前。」

「だ、だだ、だから! ち、違うって、言ってるだろうがぁー!!」


 ティオは必死に訴えたが、明らかに動揺して真っ赤な顔になり、いつもは饒舌な所がどもってしどろもどろになっているために、誰も信じてはくれなかった。

 その場に居合わせた男達はこぞって、ニヤニヤ笑ったり、可哀想なものを見るような目で見たり、ヒソヒソと何か囁いたりしていた。


「ティ、ティオ君! 僕は、君の言う事を信じてるよ!」

「……チェレンチーさん。ありがとうございます。」


 ただ一人、チェレンチーだけが、胸の前で両手の拳を握りしめ小さな丸い目を潤ませて必死に話しかけてきてくれたが、手酷い火傷を負ったティオの心を癒すには足りなかった。



「ティオ君、あまり気にしない方がいいよ。みんなも悪気があって言った訳じゃないと思うし。」

「悪気がなくってあそこまでいじり倒します!?」


 ボロツ達から解放され会議室を出た所で、精神的に疲労困憊してげんなりした顔をしているティオにチェレンチーが優しく声を掛けてきた。

 ボロツやジラール、ハンス、他の隊長達は、消灯時間までそれぞれの場所へと三々五々散っていった。

 珍しく荒れ模様の機嫌をあらわにするティオを前に、チェレンチーも苦笑する。


「うーん、なんて言うか、みんなティオ君を構いたいんだよ。ティオ君は、普段は作戦参謀として、サラ団長、ボロツ副団長に続いて、傭兵団員の上に立つ立場だからね。それに、君は頭が良くて隙がないから、なかなかさっきみたいにからかう機会がなかったんだよ。でも、傭兵団の荒くれ者達にとっては、やっぱり、ティオ君は一番歳下っていう気持ちがどこかにあったんだと思う。……あ、サラ団長を除いてだけれど。サラ団長は、別格で強いだけじゃなくて、女の子だから、皆遠慮して、さっきのティオ君のような可愛がり方は出来ないんだよ。」

「……か、可愛がる? あれが?」

「ほら、自分よりずっと歳下の生意気な子供が居たら、ちょっとからかってみたくなるものだろう? あれは、まあ、そういう類のものだと思うよ。本気で君をイジメたり侮辱したりしたい訳ではなくてね、親愛の情の現れと言うか。ああ、うん、確かに、上品なやり方ではないとは、僕も思うけれどね。ここは傭兵団だから、あんな感じになっちゃうんだろうな。撫でるつもりで実際は突き飛ばしてる、みたいな荒っぽさだよね。」

「……」

「平たく言うと、みんな、ティオ君ともっと触れ合いたかったんだと思うよ。だから、いつもは気丈な君が弱みを見せたこの機会に、ここぞとばかりに構い倒してきたんだよ。……それに……」


 相変わらず不満そうにしかめっ面をしているティオを見て、チェレンチーは、口元に軽く握った拳を当てがいながらも、フフッと思わず笑い声を漏らした。


「ティオ君は、なんだか、ついからかいたくなるような愛嬌があるよね。」


「僕なんかより遥かに頭がいいし理知的な人なのに、不思議だね。……うーん、そうだな、別の表現をするなら……」


「可愛い。」


「可愛い子には意地悪をしたくなるって言うけれど、みんなそんな気持ちなんだと思うよ。本当は、ただ、君の事が好きなだけだよ。」


 人の良さそうな笑顔を満面に浮かべたチェレンチーに優しく説きふせられて、ティオの固かった表情も徐々にほぐれていっていたが……

 やはりどうにも納得がいかないらしく、未だ眉間に一本シワを刻んでいた。


「……俺なんかからかって、何が面白いって言うんですか? そもそも俺は、可愛くもなんともないですし。……クソッ、アイツら、マジで意味が分かんねぇ。久しぶりにあのクソジジイの事を思い出しちまったぜ。ああ、そう言えば、師匠も良く俺の事を子供扱いしてたっけ。しつこく頭を撫でてきて、俺が嫌がる姿を見てゲラゲラ笑ってたな、あのおっさん。……」

「ああ、やっぱり、今までも年長者に何かとからかわれてきたんだねぇ。」


 チェレンチーには、ティオが言っている「クソジジイ」と言うのが誰の事なのかは分からなかったが、「師匠」と言うのは、ティオが盗賊団に居た時に剣の指南をした元騎士の事だろうと推察した。

 他の人間ついてはティオは言及しなかったが、ティオが事務仕事をしていた際に「お前は存在感がうるさい」と言ってきた上司辺りも、ティオがげんなりした口調で回想していた事を思うと、同じようにティオに絡んでいたものと思われる。

 さすがにチェレンチー自身は、そこまでティオに自分から強引に接触しようとは思わなかったが……

 ズバ抜けた才覚を持つティオに対して、畏敬の念をいだくと同時に、つい愛玩したくなるような感情が湧くのは、なんとなく感覚として理解出来る気がしていた。


「ティオ君。」

 チェレンチーは、全くもって嬉しくなさそうな顔をしているティオの肩をポンと叩いて励ました。


「ティオ君は、ただでさえ凄く目立つ人だからね。加えて、さっきのように周りの人から良くも悪くも可愛がられるのは、持って生まれた君の性質で、一生変わる事はないと思うよ。だらか、まあ、開き直って慣れた方がいいんじゃないかな。頑張って。」

「……チェレンチーさん、それ、全然フォローになってません。」


 まあ、まだ若干十八歳とは言え男のティオからすれば……

 「子犬のように、つい毛がクシャクシャになる程撫で回して可愛がりたくなる」

 「不思議な愛嬌と言うか、一種独特な可愛らしさがある」

 ……という性質があまり嬉しいものではない事は、チェレンチーも容易に想像がついたが。


「アハハ。良い方向に捉えればいいと思うよ。いくら君が否定しても、ひねくれた態度をとってわざと嫌われようとしても……いつも、君は、みんなから愛されてしまうんだよ。」


「だって、君は、この世界から愛されている人だからね。」


「たぶん、君程世界から愛されている人間は、他に居ないと思うよ。」


 チェレンチーは自分の「目利きの能力」でティオを見た時に感じた事をそのまま言葉にしてみたが、全く実感していないティオ本人は、不思議そうに眉をしかめるばかりだった。

 「いや、そんなに世界から愛されてたら、こんな苦難だらけの人生になりませんよ」などとつぶやくように否定していた。


 結局ティオは釈然としないままだったが、これからサラの部屋へ行くという事で、軽く挨拶をしてチェレンチーとそこで別れた。


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