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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第九章 仲間の面影
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仲間の面影 #10


「ジラールさん!?」


 開け放たれた会議室の入り口の柱にもたれて、腕組みをし、チラと視線だけこちらに投げてきているのは、傭兵団の第六部隊、通称弓部隊の部隊長であるジラールだった。


 かつては近隣諸国に弓の名手として名を馳せた一流の武人だったが、問題を起こして元居た国での地位を剥奪された後、流れに流れて、もう六十間近となった今も、こうして底辺の傭兵団を渡り歩いている身だった。

 しかし、全盛期には及ばないまでも未だ長年磨き続けた弓の腕は逸品で、それを作戦参謀となったティオに買われ、弓部隊の部隊長となった。

 現在は、これまで弓などほとんど触った事のなかった団員達を弓兵として日々鍛え上げていた。

 そんな、寡黙で人を寄せつけない雰囲気を纏った長身痩躯の老練な戦士が、鋭い目つきで何か言いたげにこちらを見ていた。


 さすがのティオも、ボロツの元取り巻きである隊長達がボロツの号令で集まってくるのは予想していたが、いつも一匹狼然とした態度で他の隊長達と一線を画しているジラールがこの場に乗り込んでくるとは思ってもみなかった。


「……なんでジラールさんがここに?」

「ウム、コホン。何やら他の隊長達が騒がしかったからな。後を追ってきてみたのだ。それに、ティオ、お前と団長が揉めているというのは部下達の噂で聞いていたからな。多少気になってな。」

「……チッ! どんだけ噂好きなんだ、ここのヤツらは!」

「まあ、そう目くじらをたてるな、ティオ。皆、お前達の事を心配しているのだろう。軍隊として、上官同士が激しく口論している所を目撃しては、団員達が動揺するのも当たり前だ。」

「そ、それは……自分の不徳の致す所で、皆には申し訳なく思っています。」

「フム。一応反省はしている訳だな。しかし、今副団長と話しているのを立ち聞いていたが、随分意固地になっているようじゃないか。どうやら、ティオ、お前が団長に素直に謝らないのが原因のようだが?」

「あ、いや、それは、その……い、いろいろと複雑な事情がありましてですね。」

「良かろう! こんな時こそ、人生の先輩として、若人に訓戒を与え導くのが年寄りの役目というものだ!」

「……」


 ティオはこの時、嫌な予感がした。

 弓の名手としての名声を得ていた華々しい人生から一転、家族には見放され酒浸りの日々を送る中で他人を遠ざけ己の殻にこもっていたジラールが、今こうして自分の事を心配してくれるのは嬉しい変化だとは思ったが……


(……なんか、これ「厄介な年寄りの説教」的な雰囲気を感じるんだけど。……)


 ジラールは、相変わらず人付き合いが苦手でぶっきらぼうな所はあったが、ティオの事は随分と気に入っている様子だった。

 何しろ、ずっと流れの傭兵として、鍛え上げた弓の腕を役立てる事もなく燻っていた自分を、部隊長に取り上げ、再び日の当たる場所を与えてくれた人物だ。

 また、作戦参謀としてのティオの働きを見るにつけ、傭兵団を戦で通用する軍隊として構築していこうというティオの理念の確かさや、戦術への知見の深さなどに、今まで多くの戦場を渡り歩いてきたジラールは感心せざるを得なかった。

 そんな、「見所のある若者」としてティオへの好感度が高かったジラールが、ここにきて……

 「最近の若いヤツはうんぬん」と、長々と活き活きと説教を垂れたがる老人の悪癖を見せはじめていた。


「ティオよ。お前は頭が切れるとは言えまだまだ若い。俺から見れば、生まれたての赤子のようなものだ。だから、お前は人生のなんたるかを分かっていない所がある。いいか、良く聞くのだぞ、ティオ。」


「人生には、『ここぞ』という重大な場面がある。その重大な場面で下手を打つと、一生後悔をする事になるぞ。しかも、大事な場面で失敗した原因が、自分の安っぽいプライドや意地などというくだらないものだった場合、後になって心の底から恥じ入る羽目になるのだぞ。お前には、そんな思いはして欲しくないものだと俺は思っている。」


 ティオは……

(……それ……王族相手についカッとなって殴り飛ばした事が原因で将軍の役職を解かれ、その後ヤケになって酒に溺れている内に奧さんと娘さんに出て行かれた……そんな、あなた自身の体験ですよね?……)

 と、言いたくなったが、ギュッと口を一文字に閉じて大人しく聞いていた。


 が、そんなティオの思慮を知らない隊長達は……

「さすがは呑んだくれてて奥さんと娘に逃げられた人間の言う事は重みが違うぜ。」

「全くだ。あの歳で独り身ってのは、相当こたえるんだろうなぁ。『後悔先に立たず』ってヤツだよなぁ。」

 などと、コソコソと言うには大き過ぎる声で感想を言い合い、それがばっちりジラールの耳に入っていた様子で、気難しげに眉間にシワを寄せているジラールの顔が、カアッと赤くなる。

(……ジラールさん、すみません。コイツら繊細さに欠けるだけで、悪気は全くないんです。……)

 はたから見ていたティオの方がいたたまれてない気持ちになっていた。


 ジラールは「ゴホン!」と上ずった音程で空咳を一つすると、改めてティオに真っ直ぐに向き直った。


「そう、『後悔先に立たず』だ! 人生には、取り返しのつかない事がたくさんある。一度選択を誤ったが最後、そこからの人生は、まるで二股に分かれた別の道を歩みがごとく変わり果て、元の道に戻れなくなる事もある。特に、時間が経てば経つ程、失敗を埋め合わせるのは難しくなるものだ。」


「それを思えば、ティオ、お前が今置かれている状況は、まだお前の努力で充分変える事が出来るのだぞ。そして、お前には、副団長をはじめとしてこうして忠告してくれる人間が多く居る。それだけ、皆お前の事を案じているのだ。無論この俺もお前を気に掛けてやっているぞ。この環境を、お前は幸運に思うべきだ。そして仲間の忠告には耳を貸すものだ。」


「男の人生にとってもっとも害となるのは、『余計なプライド』だと言っていい。誇りを持つ事は大事だ。自分の人生の指針、決して譲れないもの、胸に秘めた情熱、そうしたものは男を磨く糧となる。しかし、そんな己自身のこだわりが、本当に、周りの人間を傷つけ苦しませてまで貫く価値があるものかどうか、それは良く良く考えねばならない。それは誇りなどではなくただの意地ではないのか、自分は頭の固い頑固者になっているのではないのか、と常に内省すべきなのだ。」


「真に強き者は、それを他者にひけらかさないものだ。真の強者は、強さ以上に他者への優しさを持つものだ。」


 ジラールの白髪交じりの老練なたたずまいもあって、「深いぜ」「いい話だ」などと、彼の言葉に感銘を受けている者達も見かけられたが……

 ティオは「はい」と従順に聞きながらも……

(……やっぱり「年寄りの説教」だった。と言うか、これ、ほとんどジラールさんの自分の人生への反省だよなぁ。……)

 と、密かに思っていた。


 と、そこに、また思わぬ声が響いてきた。


「なるほど。そういう事なら、私からも一言いいだろうか?」



「えぇ!? ハンスさん? ハンスさんまでどうしてここに?」

「今日はたまたま宿直の日でな。正規兵の兵舎に泊まる予定なのだが、せっかくだから消灯の点呼の様子も見せてもらおうと思って、傭兵団の方に来ていたのだ。すると、何やら隊長達が騒いでいて、気になって後を追うと、ここで話を聞く事になったという訳だ。」


 ハンスは、傭兵団に関わりの深い人物であり、幹部会議にもボロツの隣の席に座って毎回参加していた。

 しかし、所属は王国正規兵団にあって、上級兵士として、ならず者達を掻き集めて作った傭兵団の監視を担当していた。

 ナザール王国が用意した傭兵団のお目付役といった立場である。

 四十半ばの忠誠心に厚い実直な兵士で、その実力は長年の鍛錬によって培われた肉体と剣技によりまさに円熟の域にあると言える。

 だが、その規律正しい真面目さ故、傭兵団設立当初は、礼儀を知らない無法者達の集まりである傭兵団にあまりいい印象をいだいていなかった。

 そのため、ボロツをはじめとした傭兵団の団員達との仲は険悪なものだったが、サラが団長となってからは、その関係は改善され、今は積極的に日々の訓練に参加して、団員達に得意の剣技を指導してくれていた。

 お飾りの監視役から一転、傭兵団にとってなくてはならない重要な人物となっていた。


 やや頭の固い所はあるが真面目で誠実な人柄のハンスを、ティオも頼りに思っていたのだったが……

 この時ばかりは、思いがけない彼の登場に嫌な予感がした。


 ハンスは、ボロツの取り巻きの隊長達に囲まれているティオに歩み寄ると、慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、ポンと肩を叩いてきた。


「ティオ、どうやらサラと何か揉めているようだな。ならば、私の助言が役にたつかもしれない。まあ、しばらく耳を傾けてくれ。」


 ティオは戸惑いながらも「はい」と答えたが、内心げんなりした気持ちで密かにため息をついていた。


(……ハンスさんもか! さっき、「一言いいだろうか?」とか言ってたけど、これ絶対一言じゃ済まないヤツだろ! あー、もー、なんで人間歳をとると説教臭くなんのかなぁ? そして、もれなく話が長いー!……えー? 何これー? みんなで寄ってたかって、俺に説教する大会でも開いてんのー? どんな流れだよー!……)


 ジラールもだが、ハンスも、表向きはティオの事を案じているというていで、いや実際に心配はしているのだろうが……

 どうも、(待ってました!)とばかりに、嬉しそうに自分の考えを披露してくるきらいがあった。

 「自分の長い人生経験で得た知恵を若者に授ける」という状況が、彼らの年長者としての何かを刺激するらしく、自分で自分の語りに酔いながら、得々と語るのだった。


 さっそくハンスは、ボロツやジラール、隊長達が注目する中、ティオの前で指を一本立てて、話し出した。


「ティオ、悪い事は言わない。すぐにサラに謝った方がいい。」


「世の中には、『喧嘩両成敗』と言う言葉がある。確かに、人間同士が揉めている時、片方だけが悪いと言う事はほとんどない。加害の比率の差こそあれ、どちらにも悪い所が少なからずあるものだ。……今回も、おそらくそうなのだろう。ティオ、君が今回の騒動の原因だったとしても、サラにも問題はあり、それで君は素直にサラと和解出来ずにいる、そうじゃないのか?」


「しかし、女性と何か揉めた時、彼女達の落ち度を指摘するのは、極めて悪手だ。絶対にしてはならない。どう見ても女性側に非があったとしてもだ。なぜなら、そんな事をした所で、ますます女性の機嫌を損ねるだけだからだ。」


「正論を述べて女性の間違いを正したくなる気持ちは分かる。自分は決して間違っていないのに、なぜこちらの方が平身低頭全面的に謝らなければならないのかと、感情的に納得がいかないのも良く分かる。……しかし、女性達と良好な関係を築きたいのなら、そんな男のプライドはグッとこらえて、常に女性を立てるのが賢明だ。懐を深く持ち、女性達の多少の我儘や気まぐれ、理不尽な要求なども、ニッコリ笑って受け止める事が肝要なのだ。時に受け入れ、時に受け流し、男の自分とは全く異なる思考体系を持つ女性達と上手く付き合ってゆくすべを学んだ方が、人生の様々な場面できっと役立つ事だろう。それが、紳士というものの在り方だと私は思っている。」


 (……やっぱり話が長かった。……)と、ティオが心の中で嘆いている一方で……

 ボロツや隊長達は、ハンスの話に聞き入っていた。

 なんと、ジラールさえも、非常に感慨深げにウンウンとうなずいている。

 確かに、ハンスは、家庭が崩壊してしまったジラールとは違い、現在ナザール王都の一角に小さいながらも一軒家を構えて妻と息子夫婦と共に平穏に暮らしている。

 真面目で仕事熱心、家に帰っては家庭的で家族思いなハンスは、理想的な良き夫、良き父親であった。


(……でも、こうして話を聞いていると、ハンスさんもいろいろ苦労してるんだなぁ。ハンスさんの家庭は、奥さんと息子さんのお嫁さんが仲が良くって、女性二人が実質仕切っているっぽかったし、まあ、いろいろと気を使う事も多いんだろう。そういうハンスさんの地道な努力の上に、家庭の平和が成り立っているという訳か。……)


 外に出れば、王国正規兵として、社会的にも堂々と胸を張って歩けるハンスなのだが、家の中では、妻や息子の嫁にあれこれ気を使っている苦労人の姿がティオの脳裏に浮かんでいた。


「しかし、ティオよ。女性に対して、ただ表面上低姿勢で謝っていればいいというものではない。そこには誠意がなければダメだ。心からの謝意のない表面的な謝罪は、かえって女性を怒らせる。女性達はそういう気配に敏感だからな。口先だけで誤魔化そうとしてもすぐに気づいて、その不誠実さに腹を立てるのだ。」


「女性とは尊い存在だ。男はつい、力のあるなしで物事を測りがちだ。腕力や体力、あるいは、権力、財力、社会的地位、そういう面では、確かに女性は男性より力を有していない事が多い。しかし、人間の価値は、『力』という一元的なもので決まる訳ではない。男には男の役割や得意な分野があるように、女性には女性の役割あり得意な分野がある。元を正せば、新しい命を宿しこの世に生み出せるのは、女性だけだ。我々男も、必ず母親があり、女性が生んだ存在なのだ。故に、女性には、常に敬意を持って接するべきだと私は思っている。……良く、酒に酔うと話題になる、男と女、どちらが優れているかとか、どちらが上かという話題は、ムダな争いを生む実に不毛な議論だ。お互い異なる個性を持った存在なのだから、それを一つの基準だけで優劣を決める事など出来はしない。だから、我々がすべきは、それぞれの長所を認め合い、短所を補い合ってゆく事だと私は考えている。女性は我々男の敵ではなく、頼もしい相棒なのだ。争うのではなく、違った性質と思考を持つ女性達を理解しようと努め、寄り添い、共に歩んでこそ、社会の発展と繁栄はある。この世界は、男だけでは回らず、女だけもまた回りはしない。世界に男と女という、異なる性別の人間が存在している意味を良く良く考えれば、自然と答えは出るというものだ。」


 ハンスの話に、ボロツやジラール、隊長達は、「さすが、妻子持ちは考える事が違うぜ。」「ウム。実に含蓄がある。」「俺も彼女と良くケンカするから、これからは気をつけよう。」などと感心しきりだったが……


(……やっぱり、これって、ただのハンスさん自身の日頃の心がけじゃないか?……って言うか、話が長いってー!……)


 ティオは、笑顔を保ちつつも、心の中で突っ込みを入れていた。


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