仲間の面影 #9
「まあ、お前の言いたい事は大体分かったぜ、ティオ。」
ボロツは、ムクッとベッドの上に上半身を起こした。
ボロツの私室となっている三人部屋は、各々に平置きのベッドが一つずつ割り振られており、傭兵団の宿舎では、上官用のサラの一人部屋には及ばないまでも、かなり上等な部屋であった。
他の一般団員達が使っているのは、基本的に二段ベッドが詰め込まれた、四人部屋や六人部屋である。
ボロツと隊長達の部屋は、宿舎の一般団員達の部屋を把握出来るよう、東西南北に分かれて配置されていた。
ティオが訪れた時、ボロツの他にその部屋で寝起きしている二人の隊長も部屋に居て、ベッドに腰掛けたりあぐらをかいたりして、ティオとボロツの話を聞くともなしに聞いていた。
「要するに、今夜はここで寝かせてくれって訳だな。」
「そうです! 今夜、と言うか、これからはここで一緒に寝起きさせてもらえたら嬉しいんですが。あ! 寝る場所ならご心配なく! 俺は、横になれるスペースさえあれば眠れるので、床で十分です。後で毛布を取ってきます。」
「いや、誰がいいっつったよ? ダメに決まってんだろうが、んなもん。」
「え?」
「お前はさっさとサラの部屋に帰れ。」
ボロツにピシャリと断られて、ティオはキョトンとした表情を浮かべた。
ティオとしては、サラに惚れているボロツが、自分がサラと同じ部屋で暮らしているのを良く思っていない事を知っていたので、こうして自分が「サラの部屋を出たい」と言いだせば、喜んで手助けしてくれると踏んでいたのだったが。
ボロツの気持ちを掻き立てるべく、サラが仮にも、自分のような男と同じ部屋で寝起きするデメリットを思いつく限り並べ立てて訴えたつもりだった。
もちろん、ボロツの印象を良くするため、「サラと自分は噂になっているような関係ではない」と強調する事も忘れなかった。
ティオが、当てが外れたと言った顔をしているのを見て、ボロツはワシワシと刺青だらけのスキンヘッドの頭を掻きながら言った。
「さっきは、食堂でお前をからかったけどな、まあ、あれは半分は本気じゃなかったんだよ。」
「か、からかった? あれ、からかってたんですか? 人が悪なぁ!って半分は本気じゃなかったって、残り半分は本気だったんじゃないですかー!」
「サラがお前の事ばっか気にかけてっから、ムカついたんだよ!」
「まあ、でも……昨日一晩一緒に居て、お前をそばで見てて、なんとなくサラの気持ちが分かったぜ。」
「ティオ、お前はいろいろとヤバイヤツだ! 放っとくと何をしでかすか分かったもんじゃねぇ! サラは正義感が人一倍強いからな。そんなお前を野放しにしておくのが不安だったんだろうぜ。」
ビシッと指を指されて明言され、ティオは思わず「グッ」と唇を噛んだ。
ボロツは、ティオとサラの間にある複雑な事情を知ってはいないものの、的確に要点を突いてきていた。
「ってか、お前、まーだサラと揉めてやがるな。夕飯の時にサラ相手にもペラペラ喋ってたから、和解したのかと思ってたが、さっきの幹部会議でも、どうもサラの様子が変だった。ティオ、お前、今回の一件、ちゃんとサラに謝ったのか? 俺とチャッピーは謝って許してもらったぞ。お前はどうなんだよ?」
「え?……い、いやぁ、それは、そのう……」
「とっとと謝ってこいよ、このバカが! サラの、あの、嘘や誤魔化しが大っ嫌いな性格は、お前も良く知ってるだろうが! そういう、問題をハッキリさせないままズルズル引きずって、なんとなーく時間が経てば忘れるだろう、みたいないい加減な態度は、サラが一番嫌がるヤツだぞ!」
「……うっ!……そう、ですね。……」
「俺よりずっと頭のいいお前が、そんな事分からねぇ筈ねぇよなぁ。なのに、いつまで何ウジウジしてやがんだよ。さっきも会議が終わってサラが何か話しかけようとした時に、『用事がある』つってサッと逃げたよなぁ。」
「俺はお前のそういう所が、マジで気にくわねぇ。」
ボロツはギッとベッドを鳴らして立ち上がると、ティオに歩み寄り、真正面から向かい合うように仁王立ちになった。
鍛え上げた筋肉が浮き出る太い腕を組んで目の前に立ち塞がるボロツは、ティオの方が身長が高いとは言え、ガタイの良さも相まって、さすがは荒くれ者の傭兵団を率いる副団長といった堂々たる迫力があった。
「ティオ、お前は、本当はムカつくぐらい頭のいい男だ。顔やら見た目の良さは置いといたとしても、肝も座ってるし行動力もある、おまけに口は上手いし、いろいろ器用だ。お前は、やろうと思えば大抵の事はなんとか出来ちまう、そういうヤツなんだと俺は思ってる。」
「それなのに、お前は、自分から何もやろうとしねぇ。やりたがらねぇ。本当はなんでも出来るにの、バカの振りしてネズミみたいにコソコソ逃げ回るばっかりだ。」
「お前が、俺達とどっか距離を置いてる事は、俺は気づいてたぜ。まあ、でも、こんなゴミ溜めみたいな傭兵団に入ってくる人間だ。お前にも、探られたくない過去の一つや二つ、あるんだろうぜ。だから、その辺は俺は大目に見てやってるつもりだ。」
「だがな! お前も、もうこの傭兵団に入っちまったんだからな、つーか、お前はこの傭兵団の『作戦参謀』じゃねぇのかよ! だから、最低限、自分の義務は果たせ!」
「何も、ペラペラ身の上話をしろとか、みんなと肩を組んで酒盛りしろとか言わねぇよ! でも、サラとはちゃんと話し合え! しこりを残すんじゃねぇ! そんなモヤモヤした状態で、戦場で思いっきり戦えっかよ!」
「まあ、お前は適当にやり過ごしちまうかもしれねぇけどな、サラは、お前みたいに器用な人間じゃねぇんだよ! もっと純粋で真っ直ぐに生きてんだ! そんなサラが、お前が原因でずっと暗い顔してんだぞ!」
「この傭兵団の作戦参謀としても、一人の男としても、責任をとって、ちゃんとサラと腹を割って話してこい!」
「もし、明日もサラが暗い顔してやがったら、俺はお前の事をタダじゃおかねぇからな! いいな、ティオ!」
ボロツの言っている事は実にもっともだった上に、彼の漢気を感じさせるしっかりとした芯のある主張だった。
実際、たまたまそばで聞いていた二人の男は、「さすがはボロツさんだぜ」「カッコいいぜ」と顔を見合わせてすっかり感心してる様子だった。
ボロツにここまで言われては、ティオもニッコリと笑ってうなずき、大人しく引き下がる他なかった。
「分かりました。……そうですね、確かに副団長の言う通りです。今からサラの所に行って、良く話し合ってきます。」
ペコリと一礼して、ティオは色あせた紺色のマントを翻し、ボロツの部屋を出ていった。
□
「……」
ボロツは、ティオが立ち去った後、自分のベッドに戻って寝転んでいたが、しばらくしてガバッと起き上がった。
「ちょっと、サラの部屋に行ってくる。」
「え? 今、ティオのヤツがサラ団長と話してる最中なんじゃないんスか?」
「だったらいいけどな。ティオの野郎がちゃんとサラと話し合ってるようなら、すぐ帰ってくる。確認に行くだけだ。」
「ボロツさんは、ホント優しいッスよね。ティオなんて、あんなヤツ放っときゃいいのに。」
ボロツは、フンと鼻息で答えて、燭台を手に自分の部屋を後にした。
消灯までの自由時間であるので、廊下を歩いている団員と何人かすれ違ったものの、ティオの姿はなかった。
そのまま真っ直ぐにサラの部屋に向かったボロツが、その途中でティオに会う事はなかった。
「サラ、俺だ、ボロツだ。ちょっといいか?」
ボロツは、ゴツゴツと拳の裏側でドアをノックして声を掛けた。
以前何度かノックも声掛けもなくいきなりドアを開けて、半分は下心があって確信犯的にやったのだったが、サラが着替え中の所を目撃した事があって、それが原因でサラを酷く怒らせてしまった。
今はボロツも反省して、サラの部屋を訪れる時は、ノックを欠かさないよう気をつけるようになっていた。
「はーい、ちょっと待ってー。」
ドアの向こうで鈴を転がすようなサラの可愛らしい声が聞こえたかと思うと、パタパタと足音が近づいてきて、かんぬき型の鍵が外され、ギイッとドアが開いた。
と言っても、開いたのはほんの十数センチ程で、サラはちょこんと顔をのぞかせただけだった。
決して行儀がいいとは言えないが、ドアの隙間からチラと顔を見せるその仕草が、サラのあどけなさの残る愛くるしい容姿と相まってあまりに可愛らしく、ボロツは思わず「うっ!」と胸を押さえていた。
実は、サラは、自分の部屋でくつろぐ時は、最近は良くさっさと寝巻きに着替えてしまっていた。
体を締めつけるようなものが嫌いなので、部屋の中ではゆったりした楽な格好でゴロゴロしていたかったためである。
ただ、さすがに柔らかくて触り心地は良いものの肌がうっすら透けるような薄い布地の寝間着姿で人前に出るのは恥ずかしいため、この後消灯の点呼に行く時には、いつものオレンジ色のコートを上から羽織っていた。
この時も、寝間着姿でくつろいでいる所に突然ボロツがやって来たので、体を見せないように顔だけチラッとのぞかせたのだった。
「消灯の見回りの時間はまだだよねー? 何か用ー?」
「あ、いや、ちょっとティオの野郎に話があってよ。」
「ティオー? ティオならまだ戻ってきてないよー。会議の後なんか用事があるっぽかったから、まだ何かやってるんじゃないー?」
「おお、そ、そっか。分かった。休んでるとこ邪魔して悪かったな。……じゃあ、サラ、また後でな。」
ボロツは、サラに笑顔で答えて、サラが再び扉を閉めしっかりと鍵を下ろすのを確認すると、廊下を歩き出していた。
「……ティオー、あんにゃろう、やっぱり来てねぇじゃねぇかよ! どこ行きやがった、あのバカは!……」
サラの部屋から遠ざかり、廊下の角を曲がる頃には、ボロツの顔から笑顔は完全に消え去り、代わりに薄い眉を吊り上げ三白眼の目を見開いた恐ろしい表情で、こめかみに血管を浮き上がらせていた。
そして、元来た道を引き返し、自分の私室のドアをバン! と開いた。
ベッドの上でくつろいでいた同室の男達が、ギョッとしてボロツに視線を向ける。
「オイ、お前ら! ティオの野郎を探せ!」
「え? アイツ、サラ団長のとこに居なかったんスか?」
「ああ、俺の思った通り、ビビってトンズラこきやがった! 他の部隊長も叩き起こして、今すぐこの宿舎中探させろ! 絶対に見つけ出せ! そして、見つけたら、即捕まえろ! アイツは、逃げ足だけは速ぇからなぁ!」
「行け!」というボロツの合図に、男達はババッと飛び起き、すぐさま部屋を飛び出していった。
こんな所に、ティオが作戦参謀となってから注力していた軍隊らしい上意下達の行動が身についた効果が出ているのは皮肉な話だった。
そうして、ボロツによって指揮された隊長達は、五分と経たず、灯りの消えた無人の会議室に潜んでいたティオを発見し、無事捕獲に成功したのだった。
□
「ティオ、お前なぁ、普段はあんだけペラペラペラペラ、まるで口から先に生まれたのかっつーぐらい、ある事ない事、余計な事どうでもいい事、これっぽっちの事も百倍に膨らませて喋り倒すってのに、どうしてこういう肝心なとこではてんでダメなんだよ!」
ボロツは、部下達に取り押さえさせ逃げないようにガッチリ拘束したティオを前に、太い指でティオの胸をズビズビ突きながら説教した。
ティオはと言えば、ボロツの部屋に泊めてほしいと交渉に行った時の営業スマイルが嘘のように、すっかりふてくされてそっぽを向いていた。
「泣く子も黙る牛おろしのボロツ」の前で、こんなふてぶてしい態度を取れるのは、傭兵団内でティオとサラの二人ぐらいだったろう。
ボロツは、思わずカチンとなり、そっぽを向いているティオの頬を片手でグワシと掴んで、無理やり自分の方を向かせた。
「俺だって本当はなぁ、お前がサラとベタベタしてんのも、一緒の部屋で寝起きしてんのも、マジで気にくわねぇんだよ! でもな! サラが、お前の事をメチャクチャ心配してんだよ! サラを悲しませるクソ野郎は、俺は絶対許さねぇ! だから、自分の気持ちはググッとこらえて、お前にはサラの所に行けってつったんだよ、俺はぁ!」
しかし、ティオは、どんなにボロツに凄まれようと、まるで動じていない冷ややかな眼差しで彼を見下ろしていた。
「余計なお世話ですよ。俺とサラの事は、俺とサラにしか分からない。もう、いい加減ほっといてくれませんかねぇ。」
「別に、俺がそこまでサラと気の置けない親しい友達みたいな関係性を築く必要もないでしょう? 軍隊って言ってもただの仕事なんですから、俺のプライベートまで指図されたくありませんね。それに俺は、仕事としての自分の責務はきちんと果たしているつもりです。確かに、団長であるサラと作戦参謀である俺は、傭兵団の運営のために円滑な意思疎通が必要とされてはいますが、それは今でも果たされており、これ以上の個人的な交流は必要ないと俺は判断します。何も珍しい事じゃないでしょう? どこの軍隊でもこんなものですよ。団長がその右腕左腕たる人物をはじめとして、部下達全員とプライベートまで仲がいいとは限りません。むしろ、同じ軍隊であるという任務上の上下関係がしっかりしていても、個人個人の生活の分野まで一緒に過ごすなんて事は、ほとんどないんじゃないでしょうかね?」
「俺とサラは、良きビジネスパートナー。それで充分じゃないですか。」
「……ティオ、テメェ! 本当にお前ってヤツは!!」
ついカッとなり、グワッと固めた拳でティオに殴りかかろうとするボロツを、慌てて隊長達が体に飛びついて止める。
そのおかげもあって、「チッ!」と舌打ちしながらも、ボロツは冷静さを取り戻し、自分のそばに寄っていた部下達を腕を振って追い払った。
そして、怒りを露わにしたボロツの前でも、相変わらずまるで他人事のようにケロリとした顔をしているティオを、いっときジィッと見据えた。
「……ティオ、お前、サラと何かあったのか?」
「はい?」
「どうも、違和感があるんだよなぁ。今回のこじれ方、お前のその態度……昨日の城下町での一件だけが原因じゃねぇ気がするんだよ。おい、一体何があってサラとあんなに揉めてんだよ?」
「別に。特に何もありませんよ。」
「嘘つけ、ゴラァ! 何もなくってサラがあんな落ち込んだ顔するかっつーの! ホント、お前はシレッと嘘つきやがるなぁ!」
「だ、か、ら! たとえ俺とサラに何かあったとして、それはボロツ副団長には関係のない事でしょう? あなたに話す義理はないですし、サラと話し合う義務も俺にはありません。」
「テンメェ、いい加減にしやがれ!」
と、またボロツがスキンヘッドの頭を真っ赤にし、まさに茹でダコのような状態でティオに飛びかかろうとした時、会議室の入り口から、声が響いた。
「まあ、待て、副団長殿よ。」
「話は聞かせてもらった。ここは一つ俺に任せてもらおうか。」




