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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第九章 仲間の面影
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仲間の面影 #8


(……ふう。……)


 ティオが傭兵団の宿舎の一角にある会議室に戻ってきたのは、夜の幹部会議が終わってしばらく経ってからの事だった。


 当然、誰も居ない会議室内に灯りはない。

 ティオ自身も、燭台やロウソクを持っていなかったが、夜目が利くので雲も少なく半月が出ている今夜の天気では灯りを持たずとも充分辺りの様子を把握出来た。

 会議室にやって来る時も、扉を開けて中に入り扉を閉じる一連の動作も、ほぼ物音をさせていなかった。


 会議室には、実は傭兵団の資金が床下に隠してあり、これを知っているのは、ティオを含めて、サラ、ボロツ、チェレンチーの四人だけであったが、一応入り口の扉には外から鍵が掛かるようになっていた。

 会議室の鍵は、城の外に出る時はチェレンチーに預けていくものの、普段はティオ自身が持っているので、入るのに支障はなかった。

 もっとも、ティオならば、この程度の鍵なら掛かっていても十秒とかからずに開けられるのだが。

 それ以前に、幹部会議以外で会議室に来る者は、傭兵団の物資を調達し、その取引の書面を作るティオや、会計として収支の帳簿をつけているチェレンチー以外にまず居なかった。


 ティオは、会議室内部を一瞥して会議が終わった時から変化がない事を確認すると、スタスタと歩いて部屋の奥に向かった。


 会議室は、入り口から奥に向かって縦に長くなっている一室で、横の壁には今は閉じられてかんぬき型の鍵が落とされている窓が一つあった。

 中央には、会議室の縦に沿うように二つくっつけた状態でテーブルが置かれており、その両脇と奥に、合計十三脚の椅子が並んでいた。

 一番奥が、会議の時に団長であるサラが座る椅子で、向かって右側にはサラに近い方からボロツの席、王国正規兵だが傭兵団の監察役であるハンスの席、と並んでおり、逆の左側にはティオの席、チェレンチーの席となっていた。

 残りの椅子には部隊長が掛けているが、彼らもいつも決まった自分の椅子に座っていた。


 会議が終わったのは十分程前で、まだ会議室の中には人いきれが残っていた。

 ティオは、自分以外の十二人分の見知った匂いがうっすらと漂っている中を歩いて奥までゆくと、部屋の壁際に木箱が積み重なっている所で立ち止まった。

 この木箱は、ずっと使われていなかったこの部屋を急遽会議室として使う際に片づけた名残だった。

 片づける前は、要らないものをとりあえず突っ込んだ感のある雑然とした倉庫のような場所だった。

 会議室として運用する時、ここにあったものの大半はゴミとして運び出したが、その時残された木箱も今は整然と積み上がっている。

 そして、その木箱の下の床下に、土を掘って金庫代わりに金を隠してあった。


 ティオは、その木箱の前で、ゴロッと横になった。

 金を出し入れする事もあって、会議室のこの箇所は何も置かれていない空間が作られていた。

 185cmを超える長身のティオでも、寝られるスペースである。

 ティオは、いつも身につけているボロボロの色あせた紺色のマントだけでなく、ベルトに通したいくつものポーチや袋、肩から袈裟懸けにしている大きなバッグもそのままに、自分の腕を枕にして寝転んだ。

 当然、四六時中掛けっぱなしの大きな丸眼鏡も顔につけたままだった。


(……もう、今日はここで寝るしかないか。……)


 後、小一時間もすれば消灯時間となる。

 会議室は、兵士達の部屋が密集している辺りからは少し離れた場所にあったが、春の夜気を伝って、まだ活動している人間の物音が微かに聞こえていた。

 消灯時間に今日最後の点呼確認が終われば、全員眠る事が規則で決まっていたが、それまでは、傭兵団員達にとって貴重な自由時間である。

 まだ食堂に残って、何かを飲んだり食べたり、話をしたり、ゲームなどを楽しんでいる者達も居るだろう。

 また、訓練の疲れから早々に自分の部屋に戻って毛布に潜り込んでいる者や、自分のベッドの上で荷物の整理をしている者も居る事だろう。

 ティオは、作戦参謀として、団長、副団長、隊長達と共に消灯時間の点呼確認には参加しなければならなかったが、それまでは、ここで少し仮眠を取ろうと考えていた。


 今までは……正確には一昨日までは、この時間はサラの部屋に居た。

 既に横になって疲れた体を休める事もあれば、こまごまとした事務仕事を片づける必要がある場合もあったが、何もなければ、窓際に備えつけられた小さな机で本を読んでいる事が多かった。

 傭兵団の作戦参謀となり多忙な毎日を送る事になったティオにとっても、消灯までのこの時間は、趣味の読書に没頭出来る貴重な時間であったのだ。


 しかし、今日はもう、サラの部屋に行く訳にはいかない。

 消灯時間の点呼には出るが、それが終わったらまたそっとこの会議室に戻ってきて、一晩ここで明かすつもりでいた。


(……いや、今日って言うか、これからはサラとは物理的に距離を置かないとダメだな。……)


(……うーん。俺はどこで寝起きするかな? まあ、この会議室でもいいか。俺は寝ようと思えばどこでも寝られるし、どうせ、傭兵団自体もうすぐ前線に行く事になる。……)


(……問題は、サラが納得するかどうかだよなぁ。……つーか、絶対納得しないだろ、アイツ。……あー、どうすっかなぁ。話し合いでサラを説得するとか、無理に決まってるっつーの。話術に引っかからないどころか、俺の話をまともに聞きもしないんだよなぁ、アイツは。……ハァ。……)


 ティオは、ゴロリと仰向けになり、目を閉じて大きなため息を吐いた。


 

 誰かの足音が近づいてくるのに気づいて、ティオは閉じていた目を開いた。

 古い木造の宿舎のドアの隙間からその人物が手に持っているらしい燭台のロウソクの灯りが揺れているのが微かに見える。


(……なんだ?……)


 足音の癖から、ティオはそれが、元はボロツの取り巻きだった隊長の一人である事に気づいていた。

 こんな人気のない所に一人でやって来る理由が思いつかない人物だ。

 この会議室に忘れ物の類がない事は、会議の終わりにティオは確認済みで、さっき入ってきた時もなかった。


「……あれ? 鍵が掛かってる。……」


 男は部屋の前までやって来ると、ドアを開けようとし始めた。

 会議室のドアには、床下の金を取り出す際にいきなり人が入ってこないようにするため、内側から掛けられる鍵も設置してあった。

 とは言え、細い角材をかんぬきとして横に渡すだけの簡易なものである。

 男は、閉まっているドアをガタガタ無理やり開けようとし、その乱暴なやり方に、鍵と言わずドアの方までガタがきそうな勢いだった。


(……チッ! なんで傭兵団って所は、こうガサツな人間が多いんだよ! まあ、団長のサラからしてあんなだからな。いや、サラなら一撃でドアが破壊されてるな。……)


 ティオは、ハアッとため息をつくと、すっくと起き上がって、入り口のドアに歩み寄った。


「ちょっと、やめて下さい。ドアが壊れます。」

「お! ティオだな。……いや、このドア、鍵が掛かっててさ。」

「今開けますから、手を放して下さい。」


 ティオの訴えに男が手を放したので、ティオはかんぬきを外し、ドアが開いたが……

 その瞬間、男にガシッと腕を掴まれていた。


「ボロツさーん! 副団長ー! ティオの野郎、ここに居ましたー!」

「ゲッ! しまった!」


 ティオはようやく、男がこんな時間にこんな場所にやって来た目的がなんであるか察したが、時既に遅かった。

 男の叫びを聞いて、ワラワラと隊長達が集まってくる。

 そして当然、彼らにティオの捜索を命じた張本人であるボロツが、ややあってドッカドッカと力強い足取りでティオの前に現れた。


「よう、ティオ、探したぜぇ。」

「俺、今忙しいんで、後にして下さい。」

「嘘つけ、コラ!……オイ、絶対逃がすなよ、テメェら! この野郎、ムダにすばしっこいからなぁ。動けねぇようしっかり押さえとけ!」

「ギャアー! 痛い痛い痛い! ちょっとぉ、何するんですかぁー! 暴力反対ー!」


 ティオはギャンギャン騒いだものの、ボロツの的確な指示で、隊長達により羽交い締めにされたり、腕やら足やらを押さえられたりと、あっという間に拘束されていた。

 ボロツは、ティオを無事捕獲すると、そのまま会議室に押し込み、自分も隊長達と共に部屋に入ってきた。


 そして、捕らえたティオのボサボサ頭を、ガシイッと、そのいかつい手で掴んでは、顔を近づけてギロリと睨み据える。

 ボロツが、本当は、傭兵団の荒くれ者達の中ではかなりの常識人で、世話焼きの人情家である事を知らなければ……

 「赤子も黙る牛おろしのボロツ」の通り名通りの強面ぶりに、大抵の人間は青ざめて震えだす所だろう。

 ティオは、ひたすら面倒くさそうな顔で、大袈裟にため息をついただけだったが。


「おい、ティオ、テメェ! やっぱりサラの所に行ってなかったな!」

「い、いやぁ、だから、俺、ちょっと忙しくってー。」

「嘘つきやがれ! こんな灯りもないとこで何が忙しいだ! 俺は、『サラとちゃんと話をしろ』って言ったよなぁ? ああ? そんでもって、お前は、『はい、分かりましたー』って言ったよなぁ? じゃあ、なんで、サラの部屋に行かずにこんなとこに居やがるんだ? ああん?」


「ったく、のらりくらりと! ちょーっと気を抜くとすぐフラフラどっかに飛んでっちまう凧みてぇなヤツだなぁ、お前は!」


「ようし! いい機会だ。お前には、ここいらで一回、男としての生き方ってヤツを、俺様が徹底的に指導してやる! 俺の説教をありがたく聞きやがれ!」

「ええぇぇー!」


 ガッチリとむさ苦しい男達に体を拘束された状態で、ティオは心底嫌そうに声を上げていた。


「……チッ! こんな事なら、さっき行かなきゃ良かったぜ。やっぱりボロツ副団長を頼ったのが間違いだった。……」

「うぉい! バッチリ聞こえてるぞ、ティオ!」


 そう、この会議室にやって来る前、ティオはボロツの私室に交渉に行っていたのだった。



「今日はこの部屋に泊めてくれだって?」

「はい。」


 幹部会議が終わった直後、何か用事がある様子で忙しそうにどこかに消えていたティオが、消灯時間まで私室でくつろいでいたボロツの元にフラッと現れたのは、会議に参加していた者達が各々の居場所に散った後だった。

 ボロツは、いつも以上に腰が低く人当たりの良さそうな態度でニコニコ笑顔を浮かべているティオを、しばらく黙ってジーッと見つめていた。


「お前、サラの部屋に帰らねぇのかよ? お前が寝起きしてんのは、サラの部屋だろうが。」

「まあ、そうなんですけどー、今日はちょっと行かない方がいいかなぁと思いましてー。」


「って言うかですね! 俺は常々、サラとは一緒の部屋で暮らさない方がいいと思ってたんですよー! 今までも好んで一緒の部屋で寝起きしてた訳じゃないんですー。サラに言われたんでしょうがなくしていた事でしてー。いや、本当に、皆さんが噂にしているような、サラと恋人関係にあるとか、そういった話では全くなくてですねー。俺自身も良く分かんない内に、サラに命じられて一緒の部屋に寝泊まりする事態になってしまった訳でしてー。いやいや、寝泊まりすると言っても、サラはちゃんと自分のベッドで寝てー、俺は床で寝てー、って感じで、それぞれ別々に寝てるんですけれどもねー。一緒に寝るとかは、ホント、全然、一切ありません! 間違っても俺とサラは恋人とか恋愛関係とかではない訳ですから、当然ですよね!」


「まあ、そんな訳で、俺はホント、天地神明に誓って潔白な身の上なんですけれどもー……でも、やっぱり良くないじゃないですかー。女の子の部屋に男が居候するっていう状況はー。いやいや、ホント、俺はサラに対してやましい感情は全くないですしー、やましい事をしようという気もこれっぽっちもないですしー。サラとしても、皆さんご存知の通り、何か変な事をされたら、ぶん投げて放り出すぐらい簡単に出来る人間なので、身の危険はないんですよー。いや、そんな事俺は絶対しませんけどもー。……でも、こう、なんて言うんですか? そう、体裁が良くない。」


「年頃……いや、年頃かな? まあ、男女七歳にして席を同じゅうせず、なんて事を言ってる国もあるとかないとかいう話も聞きますしー、とにかく、サラのような女の子が俺のような男と一緒の部屋で寝起きするのは、実害はなくとも、外聞的にいろいろ良くない影響があると思うんですよー。実際、傭兵団の皆さんには、そのせいであれこれ勘ぐられて、ありもしない噂が立っている状況ですしねー。」


「ほら! それにあれですよ! 俺もサラも、二人とも全然そんな気はなかったとしてもですよ、同じ部屋の中で寝起きしていたら、こう、思いがけないアクシデントとかハプニングとか、そういうあれこれもあるかもしれないじゃないですかぁ! 例えばですね、あくまで例えばの話ですがー、サラの髪の毛が引っかかってうっかり密着してしまったりとかー、サラの寝相が悪くて、なぜか俺の毛布に入り込んできたりとかー、サラが無防備に着替えている所を俺が偶然見てしまったりとかー。まあ、そういうあれやこれやは、サラのためにもない方がいいと思うんですよー。傭兵団の団長をしているとは言え、サラだって嫁入り前の娘ですからねー。悪い噂や、人に疑われるような状況は、ないに越した事はないでしょう? ボロツ副団長だって、そう思いますよねー?」


 ボロツと他隊長二人が寝起きしている三人部屋を入ってすぐの所に立って、身振り手振りを交えつつ必死に訴え続けたティオに……

 自分のベッドに横になり、頬杖をついてそれを聞いていたボロツは、開口一番呆れたように言った。


「ティオ、お前……本当に良く喋るなぁ。」


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