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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第二章 内戦と傭兵 <後編>傭兵団一の強者
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内戦と傭兵 #18


「ヤダ!

 サラは即答した。

 一考する間もなく、反射的に口から出た言葉だった。


 しかし、ボロツもただでは引き下がらない。

 膝を折り頭を地面にこすりつけるような状態だった所からゆっくりと立ち上がると、その凶悪な犯罪者面に精一杯愛想のいい笑顔を浮かべて、再びサラに話しかけてきた。


「まあ、聞いてくれ、サラ! アンタは、俺の理想の女なんだ!」

「ヤダ! 聞かない!」

「まず、見た目が最高だぜ! こう、小さくって、可愛くって、綺麗で……まるで陶器で出来た高級な人形みたいだぜ! いや、サラの方がずっと美しい!」

「ヤダ! ねえ、ヤダって言ってるじゃん!」

「それに加えて、性格もいい! 芯がしっかりして確かな強さがある。それでいて、さっきまで戦ってた俺の事を本気で心配してくれるような優しさもある。へへ、最高だぜ!」

「ちょっとー、私の話聞いてるー? 何を言われても、嫌なものは嫌だからねー!」

「サラは強いな! しかし、俺だって負けちゃいないぜ!……いや、今回は負けちまったけどな。だが、俺はこんな所じゃ終わらねぇ! もっともっと強くなって、サラにふさわしい男になってみせるぜ!」

「あのさー、超可愛い私の事を好きになっちゃうのは分かるけどー、でも! 私は、アンタの事、ちーっとも好きじゃないんだからねー! 全然好みのタイプじゃないって、最初に言ったでしょー!」

「なあ、サラ。俺達、お似合いだと思わないか? きっと結婚したら、いい夫婦になれると思うぜ!」

「だ・か・ら! 結婚なんて、絶対しないってばー! ヤダヤダヤダヤダ、ヤーダー!!」


 サラは、気性の荒い野良猫のごとく、全身の毛を逆立ててフーフー怒っていたが……

 ボロツはどこ吹く風で、そんなサラの姿さえ、目尻を垂らして頰を赤らめ、ニヤニヤ見つめていた。



「……あのぅ。……」

 そんなボロツとサラの様子を遠巻きに冷めた目で見つめていたティオが、たまたま近くに立っていた傭兵の一人にヒソヒソと話しかけた。


「……ひょっとして、ボロツさんって……こう、かなり若いっていうか、子供っぽいっていうか、小さいっていうか……そういう女性が好みなんですかね?……」

「……あ、ああ。うん、まあ。……お前、それ、ボロツさん本人に言うなよ?……」

「……了解です。……」



「ええっと、ちょっとゴチャゴチャしちゃったけどー……」

 サラは、目の中にハートマークを浮かべてしつこく迫ってくるボロツからピョンピョンと飛んで数メートル程距離を開けると、仕切り直した。


「今日から私がここの傭兵団の団長って事でいいんだよねー?」


「私、ボロツに勝ったよねー? って事は、ここでは私が一番強いって事でしょー? それでー、うーんと、一番強い人が団長になる! でいいんだよねー?」


「だから、私が今から傭兵団の団長ー!」


「いいぞいいぞー! サラが今日からここの団長だー! 頑張れ、サラー! 可愛いよ、サラー! 結婚してくれ、サラー!」

「だから、結婚はしないって言ってるでしょー! もー!」

 周りに集まっていた傭兵達に一生懸命呼びかけるサラ。

 と、そのサラに、大きな体でうろちょろつきまとって歓声を送るボロツだった。



 まあ、確かに、流れとしては、「最も強い者が頭になる」という傭兵団の掟にのっとっていたが……

 突然現れた新参者、しかもいくら強いとは言っても、見た目も頭の中身もまだまだ子供っぽいサラが、いきなり自分達のトップに立つ事になるとは、誰も思ってもみなかっただろう。

 すっかりサラに入れ込んでいる様子のボロツはともかく……

 傭兵達が動揺と不安を思わず顔に浮かべたのは、当然の成り行きだった。


 その微妙な空気の中、ティオが分厚い丸メガネを手でクイッと押し上げながらスッと手をあげた。


「はーい! サラちゃん!……いや、サラ団長! 新団長! ここで、俺から一つ提案がありまーす!」

「えー? ティオー?……うーん、ティオの話って、聞いてるとイライラするから、あんまり聞きたくないんだよねー。」

「おや! 団長として、団員の意見を聞くのは、大事な事じゃないのかなー?」

「……ぐっ!……わ、分かったわよー。で、提案って何よー?」


「あー、オホン!」

 ティオは、軽く咳をして一歩前に出ると、スイッと姿勢を正した。

 背を伸ばして立つと、ボロツよりも背の高いティオは非常に目立つ。

 その場に居た傭兵達の視線が、自然とティオに集まった。

 みんなの注目が自分に向いた事を確認すると、ティオはゆっくりと、一語一語はっきりとした発音で話し始めた。


「サラがこの傭兵団の団長になるのは、当然の事だと思う。ここに居る人間の中で、サラが一番強いんだからな。その事にみんな不満はないと思う。」


「でも、サラは今日この傭兵団に入ったばっかりだろう? まだ、傭兵団の事も、仲間の事も、団長としてどんな事をしていいかも、分からないと思うんだ。」


「そこでだ。……ボロツさんには『副団長』になってもらって、引き続き傭兵団をまとめてもらったらどうかな? サラは、新しい『団長』として、そんなボロツさんの上に立つって形にするんだよ。」


「それなら、今までと大きく体制が変わる訳じゃないから、傭兵団のみんなも馴染みやすいんじゃないかな。サラだって、その方がやりやすいだろう? とりあえず傭兵団をまとめる事はボロツさんに任せておいて、分からない部分は、ボロツさんから少しずつ教わればいいんだからさ。」


 ティオの提案に、耳を傾けていた傭兵達は、「おー、そうかー。」「なるほどなぁ。」とそれぞれ納得した様子だった。



 ティオが提案したのは、要するに……

 「サラが新団長になるが、ボロツが副団長として実質的に今まで通り傭兵団をまとめていく」という「現状維持案」だった。


 多くの人間は、急激な変化を嫌うものだ。

 実際にどんな事が起こるか分からない状況を前にすると、期待よりも不安が強く出る。

 現状に特に不満がなければその分、変化に対する心理的抵抗が大きくなる。

 そこで、傭兵達は、このティオの、「一見真新しい体制が始まったかのように見えて、実際は以前とあまり変わらない」という形式に、賛同の気持ちが高まったのだった。


 サラは、この場合、団長という肩書きだけは立派な「お飾り」になるのだったが、その辺は、ティオが上手くサラを立てて話した。

 おかげで、元々あまり頭の回る方ではないサラは、いい気分のままウンウンと頷いていた。


「そうだねー。確かに、いきなり団長になっても、何をしたらいいのか分かんなくって困っちゃうかもー。ボロツが副団長としていろいろ教えてくれたら、助かるなぁ。」

「おお! 俺の助けが必要なら、いくらでも力になるぜ!……これからは、夫婦で力を合わせて傭兵団を盛り上げていこうぜ、俺のサラ!」

「夫婦にはならないし、アンタのサラでもないってばー!」


「では、ボロツさんは、これからは副団長という事で、今まで通り傭兵団をまとめつつ、団長であるサラを支えるという感じでいいんですね?」

「ああ。俺に異論はないぜ。」


 ティオの念押しに、ボロツは清々しい程の笑顔で快諾した。


「俺は、サラに決闘で負けた。完敗だった。……俺はもう、この身も心も、そして命も、サラのもんだ。全てをサラに捧げる覚悟だぜ。……サラが望むなら、副団長だろうがなんだろうが、やってやるぜ!」

「じゃあ、今日からこの傭兵団は……サラが団長、ボロツさんが副団長、という新体制でやっていく事になりますね。」

「おうよ!……なあ、みんなぁ! これからはいっそう気を引き締めて、サラ団長の元、頑張っていこうぜ!」


 そんなボロツの檄に、傭兵達は……


「おおー!」

「ボロツさんがそう言うなら、俺達だって文句はないぜ!」

「これからもよろしく頼むぜ、ボロツ副団長!」


 と、大いに賛成の意を示して盛り上がっていた。

 やはり、この雑多なならず者達をまとめ上げてここまで引っ張ってきたボロツへの信頼は厚く、ボロツの発言の影響力は絶大だった。

 一気に、新団長であるサラを歓迎する雰囲気が高まっていた。



「という事になりましたが、ハンスさん、でしたよね? そちらも、これで問題はないですか?」

 ティオは、傭兵団の意識がまとまったのを見てとって、次は、ハンスに話しかけた。


「傭兵団の指揮はこれからはサラがとる事になりますが、サラなら、今までより王国正規兵のハンスさん達ともいい関係を築いていけると思いますよ。」

「ウム、そうだな。私は公的には傭兵団をまとめる立場ではあるが、やはり傭兵団の事は傭兵達で決めていくのが筋なのだろう。サラが新たに団長となるという事について、こちらも異存はない。」


 サラがボロツに変わって団長となる事は、ハンスにとってもいい話だった。


 ハンスも、傭兵団が立ち上がってからこちら、自分とは生まれも育ちも価値観も違うならず者達をまとめる事に相当苦心していた。

 結果、ボロツがやってきた事で、彼が愚連隊の親玉となり、良くも悪くも傭兵団がようやくまとまったのだった。

 しかし、ボロツはボロツで、世間では半端者として生きてきた男であり、堅苦しい王国正規兵のハンスの事をあまり良く思っておらず、二人の関係はお世辞にも良好とは言いがたいものだった。


 それが、ここにきて、傭兵団のトップがサラへと変わる事になった。

 サラは、市井の人間ではあるが、明るく朗らかな性格で、ハンスにも友好的に接してきた。

 ボロツの元で傭兵団が良くまとまっている状況はそのままに、サラのおかげで、これからはハンス達とも交流が円滑に進む事が期待された。


 ハンスは既に、今までの経験上、王国正規兵である自分が傭兵団の実質的な運営に口を挟むのは難しいと痛感していた所だった。

 今のハンスにとって望ましいのは「傭兵団が良くまとまっていて、ハンスの意見も適宜汲む。」という状況だった。

 サラの団長就任は、まさにそんなハンスの希望を実現する形になっていた。


 「サラ!」とティオに呼びかけられて、サラはパタパタとハンスの元に駆けつけてきた。

 花の咲いたような可愛らしい顔に、好意的な笑みが浮かんでいた。


「ハンスさん! これからは私が傭兵団の団長だよー! ヨロシクねー!」

「ああ、改めてよろしく、サラ。頼りにしているぞ。」


 ハンスもサラに、微笑ましげに応えた。



「よーし、それじゃあ、お前ら、新団長のサラに、みんなで挨拶だー!」

「みんなー! 世界最強の美少女剣士のサラだよー! これからヨロシクねー!」


 ボロツの号令に、傭兵達は二人を取り囲み、ワイワイと盛り上がった。


「よろしく頼みますぜ、サラ団長ー!」

「サラ団長ー! ボロツ副団長ー! 万歳ー!」

「こいつは、ますます傭兵団が強くなりそうだぜー!」


 サラは、いかつい男達に囲まれながらも、ニコニコと楽しげに笑っていた。

 そんなサラの、全く物怖じしない人懐っこさは、荒くれ者の集まりである傭兵達にも印象が良かった。

 ボロツの時のような、強烈な強さと恐怖に対して服従するのとはまた違った……

 サラの驚異的な強さを認めつつも、どこかまだあどけなく無邪気なサラを、庇護し可愛がる感情が男達の中に生まれつつあった。


「本当に、私が団長じゃヤダって人は居ないよねー? もし居るなら、きっちり剣で勝負するから、早く言ってよー?」


 サラの言葉に、傭兵達は「そんな勇気のあるヤツ居ねぇってー!」「ボロツさんが負けたのに、俺達が勝てる訳ねぇ!」「こりゃあ、命がいくつあっても足りねぇや!」と笑っていたが……


「あ! そう言えば、思い出したんだけどー……私の事『チビ』とか『ガキ』とか『ペチャパイ』とか言ってたヤツ、居たわよねー? ちょっと前に出てきて、そこに並びなさいよー! 今から一発ずつ殴るからー!」


 先程ぶつけられた言葉を思い出したらしいサラが、頰をピクピク引きつらせ、ポキポキと指を鳴らしながらそう言うと、途端に傭兵達は、真っ青な顔でザザーッと遠ざかっていった。


「こらー! ズルイわよー! 正直に出てきなさーい! 大丈夫よー、軽ーく一発殴るだけだからー!」

「サ、サラちゃんサラちゃん! せっかく仲良くなったんだから、もう、その事は水に流そうぜ! ってか、『ペチャパイ』は言ってなかったと思うぞー!」

「サラ! 殴るなら、ぜひ俺を殴ってくれ! いや、出来れば踏んでくれ! 思いっきり頼むぜ!」

「ティオ、うるさい! ボロツ、気持ち悪い!」


 ワイワイと賑わう傭兵団を、少し離れた所で腕組みをして、ハンスは満足げに眺めていた。


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