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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第九章 仲間の面影
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仲間の面影 #7


「チェレンチーさん、模範回答をお願いします。」

「え、模範解答になるかは分からないけど……」


 そう言ってティオに解説を振られたチェレンチーは、キョトンとしているサラに、丁寧に話して聞かせた。


「まず、一口に銅貨と言ってもいろいろな種類があります。銅を主な素材として作られている貨幣は、全て銅貨という事になりますが、一般的に『銅貨』と言ったら、『中銅貨』ですね。……あ、ちょうど持っているので、見比べてみて下さい。」


「これが、中銅貨。……そして、これが、大銅貨。中銅貨十枚分の価値がります。僕達の一週間分のお給料は大銅貨四枚になります。……それから、これが、半銅貨。中銅貨の半分の価値があります。……そして最後に、これが、小銅貨。中銅貨の1/10の価値があります。……そうですね、今は、中銅貨一枚で、このナザール王都では黒パン一個が買えるぐらいの物価ですね。」


「そして、今は持っていませんが、銀貨は中銅貨百枚分の価値があります。」


「銀貨にもいくつか種類があって、一般的に『銀貨』と言ったら、銅貨百枚分の価値のある『中銀貨』の事になります。……他に良く使われているのは、中銀貨の半分の価値のある半銀貨、中銀貨の1/10の価値のある小銀貨、中銀貨の十倍の価値のある大銀貨、などですかね。……あ、小銀貨は、大銅貨と同じ価値になりますが、この辺はナザール王国ではどちらか一つに統一されていません。大銀貨も金貨一枚と同じ価値になりますね。」


 チェレンチーはズボンのポケットから自分の財布として使っている小袋を取り出し、その中に入っていた貨幣を一枚ずつテーブルの上に並べながらサラに説明していった。

 ボロツをはじめ、隊長達や、通りかかった団員で(何をやっているんだろう?)とのぞき込んでくる者もあったが、もうこの辺りで既にチェレンチーの説明が分からなくなる脱落者が出始めていた。


「さて、先程のティオ君の問題ですが……サラ団長は、一個銅貨十枚のパンを三個買う事になりました。……この都で一般市民が食べているパンが一個銅貨一枚前後の値段ですから、その十倍の値段とはなかなかの高級品です。……一個銅貨十枚のパンを三つだと、10かける3で30、つまり銅貨三十枚が必要になります。……あ、掛け算が難しいようだったら、10たす10たす10と考えてもいいんですよ。原理的には同じ事ですからね。」


「ところで、サラ団長が持っているのは銀貨一枚でしたね。これもなんの説明もないので、中銀貨と考えられます。中銀貨は銅貨百枚分の価値がある事は先程説明しましたよね。……ですから、サラ団長が、パンの支払いに銀貨を一枚お店の人に払うと、100ひく30で70、つまり銅貨70枚がお釣りとして返ってくる事になる訳です。まあ、70枚もジャラジャラ銅貨を受け渡すのは面倒ですから、普通の店では、中銅貨五十枚分の価値のある半銀貨一枚と、中銅貨十枚分の価値のある大銅貨二枚を渡してくるのが一般的だと思います。」


「サラ団長、これで分かりましたか?」


 ニッコリと笑って問いかけてきたチェレンチーを前に、サラは、ブンブンと、雨に濡れた犬よろしく首を左右に高速で振った。


「ゼンッゼン!」

「ええ!?……ぼ、僕の説明では分かりにくかったですか?」

「いえ、チェレンチーさんの解説は完璧です。純粋にサラの頭の問題なので、気にしないで下さい。」


 動揺するチェレンチーに、すかさずティオがポンと肩を叩きながらフォローを入れる。


 サラだけでなく、周りでチェレンチーの話に耳を傾けていた団員達も、「スゲー!」「チャッピーのヤツ、頭良かったんだな!」などと感心しており、本人としては子供でも分かる簡単な話をしたつもりだったチェレンチーは、それはそれで複雑な気持ちになっていた。

 ボロツは、太い腕を組んで何やらしたり顔でウンウンとうなずいていたが、おそらく半分ぐらいしか理解出来ていなかったろう。


「ってか、サラ、お前、金勘定どころか計算の方も壊滅的っぽいけど、今までどうやって買い物してたんだよ? 一人であちこち旅してたら、店で必要な物を買う機会もあっただろ?」

「あ、うん。それはねー……欲しいものがあったら、それを指差してー、自分の持ってるお金をお店の人に見せるのー。お財布の袋を広げてねー。それでも分かりにくい時は、台の上に全部出したりしてー。そうすると、お店の人が、値段分だけお金を持っていってくれるんだよー。」

「……お前、それ、絶対何度もボラれてるぞ。」


 思わず真顔になるティオと、「商人の良心が試されるね」と苦笑するチェレンチーだった。



(……って、なんか話が逸れてないー?……うっ、ティオのペースに乗せられちゃったなぁ。……)


 いつの間にか貨幣や買い物でのやり取りの話題になり、それぞれエピソードを披露しているボロツをはじめとした団員達の輪の中でふと我に返ったサラは、一人ググッと唇を噛み締めていた。


(……うーん。みんなが周りに居る、とティオとじっくり話なんか出来ないよー。……って言うか、精神世界の話なんて、元々みんなの前ではしちゃいけなかったんだっけー。……)


 サラは、ティオから精神世界や精神領域の説明を聞いた際、今現在の世界で、精神世界を感じ取れる人間はほとんど居ない事を知らされていた。

 ティオ自身、自分以外で精神世界を感じ取れる人間に会った事がなく、書物の中でそれらしき人物の記載を何人か見つけただけだと言っていた。

『他の人間相手に、精神世界の話はするなよ。頭のおかしいヤツだと思われるのがオチだからな。』

 と言うのが、ティオの的確なアドバイスだった。


(……それにー、こうやってると、ティオの態度は、一見今までと何も変わらないように見えるんだけどー……)


 サラが頬杖をついてジーッと見つめていると、その視線に気づいたのか、ティオがこちらに目を向けて、ヘラリといつものように能天気な笑顔を浮かべた。

 しかし、サラには、そんなティオの笑みの奥に、固く閉ざされたままの扉のようなものがある事を感じていた。

 それは、サラが、精神世界のティオの精神領域で、彼に無断で『不思議な壁』に触れた後から変わってしまったものだった。

 ティオが自分と距離を置こうとしている事を、サラは敏感に感じ取っていた。

 こうして、ボロツやチェレンチーをはじめ、皆が居る前では、ティオ本人も言っていた通り「幹部二人が喧嘩をしていたら、団員達が不安になる」ので、何事もなかったような態度をとっているのだろう。

 また、そんなふうに取り繕ったり嘘をつくのが、ティオは、サラとは違って非常に上手かった。

 元々喋りは得意だし、やろうと思えば、表情や声色におくびにも出さないままで、自分の本心を他人に悟らせない。

 サラのような、理論的な思考ではなく自分の直感を頼りに生きている勘のいい人間なら、かろうじて気づくレベルだった。


(……うん、やっぱり今はダメだ。後で二人きりになった時に、ちゃんと話そう。……)


 サラは、ガタンと椅子を鳴らして勢い良く席を立った。


「私、会議までちょっと訓練場を走ってくる。」

「おー、ちゃんと時間には戻ってこいよー。後、廊下は走るなよー。」


 煮詰まって、頭の中で何かがいっぱいグルグル回っているような時は、体を動かす事でスッキリさせるというサラらしい対処法だった。


 サラはさっそく、ヒラヒラと手を振っているティオに背を向け、タッタッタッと食堂の出口に向かったが、ふと何か思い出した様子で、ターッと戻ってきた。

 そして、グイッとティオの腕を引っ張った。

 サラとしては、ティオの注意を引こうとしただけの無意識にとった行動だったのだが、気持ちが入り過ぎて、思わずギュウッとティオの腕を締め上げていた。


「あだっ! いだだだだだ! いってぇ!……な、なんだよ、サラ?」

「ティオ、あの、あのね!」


「今日ね!」

「うん。」

「私のベッドで寝ていいよ!!」

「……」


「……は?」

「じゃあ、また後でね!」

「あ、ちょ……ちょっと待てよ、サラぁー!」


 サラの突然の発言に、一瞬固まったティオだったが……

 クルッときびすを返し、トタタタターッと、物凄い勢いで歩き去っていくサラに慌てて呼びかけた。

 しかし、サラは、水面を滑るかのような足さばきで「走らずに」「あくまで歩いて」廊下を遠ざかってゆき、あっという間に見えなくなってしまった。


(……サラ、アイツ、コラァー! なんて事言いやがるんだよー! おまけに、自分だけどっか行っちまうしー! 一人残された俺が、どんな目に遭うと思って……)


 これから起こる事を素早く予想し、冷や汗を掻くティオの肩を、サラには大きく引き離されているものの、この傭兵団で二番目に力の強い男が、ガシイッ! と掴んでいた。


「……おう! ティオ、ちょっと話聞かせろや!……お前、俺のサラと、いや、俺達の団長と、今晩ベッドで何するって?」

「誤解ですぅー、ボロツ副団長ー!……痛い痛い痛いぃー!」


 ティオは、目を釣り上げ引きつった笑みを浮かべているボロツに向かって、今現在も彼にギリギリと絞り上げられている真っ最中の自分の肩を押さえながら、悲痛な叫びを上げていた。


(……もうー! だから嫌だったんだよー!……)


 ボロツに合わせるように、元々ボロツの取り巻きだった隊長達がズラッと勢揃いし、周りを取り囲んで睨みつける中、ティオは一人頭を抱える事となった。

 「オラァ、さっさとキリキリ吐けや!」「逃がさねぇぞ、テメェ、ゴラァ!」などと、ドスドス小突かれ、脅される。

 こういう時の、妙な連帯感とガラの悪さは、「ならず者の寄せ集め」との巷での噂も納得の傭兵団であった。



 サラが、ティオに「今日、私のベッドで寝ていいよ」と言ったのは、そのままの意味だとティオには分かっていた。

 なんの含みもないし、そもそもサラに、含みをもたせた物言いなど、そんな器用な真似が出来る筈がなかった。


 ティオは、一応サラに「監視されている」身の上であるので、現在夜は、サラの私室となっている上官用の部屋で寝泊まりしていた。

 全体的に簡素を超えて粗末にまで至っている傭兵団の宿舎において、サラの使っている部屋は、極めて珍しい一人部屋というだけでなく、ゆったりと過ごせる広さがあった。

 と言っても、一人部屋として設計されたものであり、もう一つベッドを入れる余裕まではなく、部屋の主であるサラ本人も「狭くなるから嫌!」と言う事だろう。

 そもそも、サラはそこまでティオに気を使っていなかった。

 おかげで、小柄なサラが広めのベッドでのびのび寝転がる一方、185cmを超える長身のティオが床で毛布にくるまって眠っている状態だった訳である。

 それでもティオが、「雨風さえしのげれば、充分ラッキー」と自分の置かれた状況をポジティブに捉えて、毎晩固い床の上でぐっすり眠っていたのは、北の大陸エルファナで長く過酷な日々を過ごしてきたためであった。


 そんな状況でサラが「私のベッドで寝ていいよ」と言ったのは、本当に言葉通りの意味であり……

「今日は床じゃなくって、ベッドを使って寝っていいよ。」

 という事なのだろうと、ティオはすぐに察した。

 一昨日は団員に流行り病の症状が出た対応であまり眠っておらず、昨晩も城下町の賭博場に行っていて寝ていないティオの事を、サラも心配して少し気を使ったらしい。

 しかし、そんなサラの配慮は、タイミングの悪さとサラの言葉の足りなさのために、現在ティオの身に思わぬ災いをもたらす結果となっていた。


「オウオウ、いいご身分だなぁ、作戦参謀さんよぅ! 団長からみんなの前で大胆な『夜のお誘い』を受けて、ウッキウキってか? 羨ましいねぇ! ああ、ホントにマジでクッソ羨ましくて腹立ってきたわ! 一発殴っていいか、ティオ、おい!」

「だから、違いますってぇー、ボロツ副団長ー! もう何度も言ってますけどー、俺とサラはそういう関係じゃないですからー!」

「じゃあ、さっきのサラのあの言葉はなんだっつーんだよ?『ティオー、今日の夜は朝までずーっとベッドでイチャイチャしようねー。昨日の夜ティオが居なかったから、私、すっごく寂しかったんだぞぉー。バカぁー。今日はぁ、一晩中ギュッてして放さないんだからねぇー。』ってヤツはよぅ!」

「なんか物凄い曲解されてる上にサラの性格が改変されてるー! ボロツ副団長から見たサラって、本当にそんな感じなんですかー? 盲目過ぎて怖いよぉ ー。」

「オウ、それで、この後サラとはどうすんだ? ティオ、おい、テメェ! 答えようによっちゃあ、俺は黙ってねぇぞ!」

「俺の話聞いてますー? だ、か、ら、俺はサラに何かする気は更々ないですってばー! マジで恋人とか恋愛とか、そういうのは、俺とサラの間には一切ありませんってー!」

「ああぁん? じゃあ、テメェ、あれだけ情熱的にサラから誘われても、指一本触らないつもりだってぇのか、ああん?」

「ええ、そうですよー! それでいいんでしょう? なんの心配も要りませんよー!」

「……ティオ、おま、お前、そんなの……」


「サラに失礼だろうがぁー!! サラの気持ちをもっと考えろや、ゴラァー!!」

「いや、何かした方がいいのか、何もしない方がいいのか、どっちなんですかー? もう、面倒臭いなー、この人はー!」


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