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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第九章 仲間の面影
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仲間の面影 #4


 ティオの話によると……


 この世界は、実は三つの世界が重なり合って出来ているものなのだそうだ。

 その三つとは、「物質世界」「精神世界」「魂源世界」であり、この三つの世界は「小世界」とも呼ばれている。

 そして、三つの世界が重なり合って出来ているこの世界は「大世界」とも呼ばれている。


 この内「魂源世界」は、肉体が死んだ時に初めて感じ取れる世界なのだそうだ。

 肉体のない人間は、その状態でどのぐらいの間かは分からないが一定の時間を過ごし、やがてまた赤子として生まれ肉体を持つと、「魂源世界」が感じ取れなくなる。

 『まあ、とにかく、生きている間は知る事の出来ない世界だから、今は考えなくていい』と、ティオには言われた。

 ティオ自身も、当然今生きているので、その世界の事は分からないとの事だった。

 ただ、「魂源世界」というものが存在してる、という事実だけは知っているとティオは言った。

 見た事も聞いた事もないものなのに、どうしてそれが存在していると言い切れるのかとサラは不思議に思ったが、「魂源世界」の説明についても、ティオがそれを知っている事についても、なぜかストンと腑に落ちる感覚があった。


 残りの二つ、「物質世界」と「精神世界」は表裏一体の世界であり、今の世界に生きている全てのものは、この二つの世界に強い関わりを持った状態にある。

 しかし、この世界に生きるほとんどの人間が「物質世界」のみしか感じ取る事が出来ないのだとティオは言った。


『現在、世界に生きている人間が、「精神世界」を感じ取れないのは、「世界大崩壊」ののち、世界の性質そのものが変わってしまったせいだ。』


 「世界大崩壊」……それは、三千年程前にこの世界に起こった大きな出来事なのだという。

 原因は不明だが、この世界が壊れ始め、もう少しで全てが崩壊する、という所までいってしまった。

 しかし、後わずかな所で世界は消滅をまぬがれ、再生し、今の世界が出来た。

 「世界大崩壊」以前の世界を「旧世界」と呼び、そして、「世界大崩壊」以降の今の世界を「新世界」とも呼び習わしている。


 と言うのが、世間一般でも良く知られている「世界大崩壊」と「旧世界」「新世界」についての話だ。

 サラも、森の奥で一人で目を覚ましてから、旅をしながらあちこちで人々の話を聞いて、その知識は持っていた。


 しかし、「世界大崩壊」以前の世界「旧世界」と、その後新しく再生した世界「新世界」とでは「世界の性質そのものが違う」と言うのは、ティオから初めて聞いた事だった。

 サラが、「そんな話聞いた事ない!」と言うと、「まあ、そうだろうな。今の世界に生きる人間のほとんどが知らない事だからな。知らなくても特に困る事もないしな。」と、ティオは淡々と答えた。


『簡単に言うと、「旧世界」は、魔法の世界だ。世界は魔法で動いていて、そこに生きる人間も当たり前のように魔法が使えた。対照的に、「新世界」は力の世界だ。人間は魔法が使えなくなった代わりに、腕や足など、自分の体の力を使って生きている。「旧世界」の事を「魔法の時代」と呼び、「新世界」の事を「力の時代」と呼んだりするのはそのせいだ。』


『肉体の力、つまり物理的な力は「物質世界」由来だ。それに対して、魔法は、精神と意思の世界である「精神世界」に由来するものだ。だから、「新世界」において肉体の力で生きている現代の人間は、特に日々の生活に必要のない「精神世界」を感じ取れなくなってしまった。「新世界」の性質に適応した結果だな。」


『でも、感じ取れないと言うだけで、「精神世界」は今の「新世界」にもちゃんと存在している。この世界に生きる人間の感覚のほとんどが「物質世界」に依存しているせいで、知覚出来ないだけなんだ。……肉体を失った状態、一般的に「死亡している」と言われる状態の時にだけ感じ取れる「魂源世界」が、今生きている俺達には感じ取れないのと同じようなものだな。……うーん、そうだな、魔法で動いていた「旧世界」では、人々は「物質世界」と「精神世界」の両方を常に感じ取って生きていたと推察されている。』


 サラはティオが語る、この世界の仕組みについても「へー」と考えさせられたが……

 それ以上に、なぜティオがそんな事を知っているのか、と言う事の方が気になった。


『いや、俺も二年前までは何も知らなかった。二年前に初めてここに来て、それからいろいろと知る事になったんだよ。』


『ああ、ここは、今話した「精神世界」ってヤツだ。その中にある、俺の「精神領域」だな。そして、今サラが見ている、普段と同じ俺の姿は、「精神世界」における俺の「精神体」だ。サラの、そのいつも通りの姿も、サラの「精神体」だ。』


『「物質世界」……いつもサラが感じている普通の世界の事だが、その「物質世界」の中で、サラは自分の肉体を持っていて、自分の意思で動いているだろう? それと同じように、「精神世界」でも自分の体と意思を持っている。「精神世界」における自分の体が「精神領域」で、意思が「精神体」だと思っておけばいい。』


『ただ、「精神体」は、「精神世界」における自分の存在と意思をはっきりと認識していないと姿を保てない。……え? サラはこの場所ではずっと自分の体がなかったって? それは、サラがしっかりと自分や「精神世界」の事を認識していなかったからだろう。……姿を保っていない時はどうなってるかって? 自分の精神領域に霧のような状態で浮かんでるんじゃないのか。「精神体」を形成していない時も、存在そのものが消える訳じゃないからな。』


『そう、俺達は、感じ取れていないだけで、本当は「物質世界」「精神世界」「魂源世界」の全てに同時に存在している。俺達の存在の状態によって、感じ取れる世界が変わっているだけなんだ。最初に言ったろう? この世界は、三つの世界が重なり合って出来ているんだって。』


『「世界大崩壊」以後の今の世界……「新世界」では「物質世界」の影響が極端に強くなった。だから、そこに生きる俺達も「物質世界」を強く感じ取って、「物質世界」由来の肉体の力を使って生きている。代わりに「精神世界」の影響が極端に弱くなって、人間は「精神世界」由来である魔法を使えなくなり、「精神世界」を感じ取る事も出来なくなったって訳だ。……まあ、今の「新世界」は「物質世界」に偏った世界だからな。特に「精神世界」を感じ取れなくても、生きていくのに不自由はしない。サラだって、今の今まで「精神世界」の事を知らなかったけれど、何も困ったりしなかっただろう?』


 『問題は……』

 と、ティオは、腕組みをして眉間にシワを寄せた。


 「精神世界」は、その名の通り「精神」や「意思」の世界であるという事で、ここでは、普段は自分の本当の感情を誤魔化しがちなティオの表情を、サラはハッキリと読む事が出来た。

 「精神世界」の性質上、「嘘」をつく事が出来ないらしい。

 ただし、「言いたくない事」「知られたくない事」を黙っている事は可能なので、ティオは都合が悪くなると、普段の饒舌ぶりを捨てて石のように黙り込んでいたが。


『「精神世界」において、余程の事がない限り個々の「精神領域」は干渉しないんだ。広い海の中にポツンポツンと無数のクラゲが浮かんでいるような感じで、それぞれの「精神領域」がある。……「精神世界」における「精神領域」は「物質世界」における「肉体」のようなものだ。でも、「物質世界」では、道を歩いていてたまたま他人と肩が触れる、なんて事は良くあるが、ここ「精神世界」では、それはありえない。』


『ハッキリと強い意思を持って干渉しようとしなければ、他人の「精神領域」に入り込むなんていう難しい芸当は出来はしない。「無意識に」「たまたま」なんて事は、ここ「精神世界」の法則ではなりたたないんだよ。』


『つまり、何かの意思が、サラの肉体が眠って「物質世界」の影響が薄れた所を狙って、サラの意識を操り、俺の「精神領域」に近づかせ、入り込ませたって事になる。その意思とは一体……って、お前の仕業かー!』


 ティオは、サラが首から下げていた赤い石のついたペンダントを見て叫んでいた。


 それはサラが三ヶ月半程前に森の中で一人目を覚ました時、たった一つ身につけていたものだった。

 服も着ておらず靴も履いていない状態だったと言うのに、なぜかこのペンダントだけは持っていた。

 それは、直径数センチの半球型のくすんだ赤い石が簡素な金属の枠に止められたものに、頭からすっぽりと被って首に下げられる長さで革紐をつけただけの、ごくシンプルなものだった。

 金属の枠や革紐は、どこにでもある特に特徴のないものだった。

 半球型の石も、古いガラスのような見た目で、とても綺麗とは言えない価値がなさそうなものだった。


 しかし、ティオは、サラのこのペンダントを一目見ただけで狂喜乱舞し「欲しい! 譲ってくれ!」と言った。

 ティオは、危険を冒して王宮の宝物庫に盗みに入ってまで貴重な宝石を欲しがる人間だ。

 それに加えて、と言うべきか、「鉱石との親和性が高い」という異能力を持っている。

 いや、むしろそのティオ特有の異能力が宝石を欲しがる原因になっているのかもしれなかったが。

 そんなティオに「ずっと探していた」「どうしても欲しいものだった」に言わしめるのが、サラのペンダントの赤い石だった。

 ティオは当然、その石が「何か」を知っている事になる。


 また、ティオもサラとそっくりな赤い石を持っていた。

 サラと同じように、普段は首から下げて服の下に身につけているので、その夜までティオが赤い石を持っている事にサラは気がつかなかった。

 ティオの方は、赤い石の周りを小さな花をかたどった装飾のついた枠で囲い、金属製の鎖につけて肌身離さず首に掛けていた。

 失くさないよう細心の注意を払い、大事に持ち歩いている事がうかがえた。


『この石ってなんなの? ティオは知ってるんでしょう?』


 「精神世界」で見たそれは、「物質世界」での古いガラスのようなくすんだ見た目ではなく、鮮やかな赤色で、しかも内側から発光していた。

 まるで生きているかのようにゆっくりと強弱をつけて発光するその石が、ただの古びたガラスではない事は、石に詳しくないサラにも確かに感じられた。

 サラにとっては、失った過去の記憶の唯一の手がかりであるその石の情報は、喉から手が出る程欲しいものだった。

 しかし、ティオは、沈黙するばかりで答えを教えてはくれなかった。


『サラの赤い石と、俺の赤い石は、同じであって、同じじゃない。』


 と言う、訳の分からない謎かけのような言葉を返されたのみだった。

 結局、サラは、「ティオが王宮の宝物庫に盗み入った事を黙っている代わりに、内戦が終わったら、ティオから赤い石について知っている全ての情報を教えてもらう」という秘密の約束を結ぶ事になってしまったのだった。


 ただ、ティオの話によると……

 そのサラの持っている赤い石が、ティオの持っている赤い石に会うために、眠っているサラの意識を誘導し、「精神世界」にあるティオの「精神領域」まで連れてきたらしいとの事だった。

 あるいは、サラがティオとこのナザール王国の王都で出会ったのも、偶然ではなく、それぞれの持つ赤い石が引き合い、無意識化で二人の精神に作用して、この場所に連れてきたのではないか、ともティオは推理していた。



 そして、サラがずっと夢だと思っていた「何もない夢」が本当は「精神世界」であった事を知ったその夜以降、サラは、眠りにつくたびに、いつのまにか「精神世界」にあるティオの「精神領域」に行くようになってしまった。



『……本当は、ここには誰にも来てほしくないんだけどなぁ。』


 ティオは心底嫌そうに、と言うよりは、困り果てたようにそう言っていた。


『別に、私だって、来たくて来てる訳じゃないもん!』

『ソイツが俺の精神領域へ来る方法を覚えちまったみたいだな。厄介だな。』


 どうやら、サラの意思とは関係なく、サラが眠るとペンダントの赤い石がティオの精神領域にサラの意識を誘導して連れてきているらしい。

 正確には、サラをティオの元に連れてくるのが赤い石の目的ではなく、ティオの持っている赤い石に精神世界で会うためにサラに自分を運ばせている、のだとティオは言っていた。


『どうして、私に来てほしくないのよー?』

 ティオの反応にムッとしてサラがそう尋ねると、ティオは普段はあまり見せない真剣な表情で……


『危険だから。』


 そう、答えた。


 続けて『なんで危険なのー?』と尋ねたが、それには答えてくれなかった。

 ティオの説明によると、精神世界では物質世界と異なり、ある対象について考えたり意識を向けたりする事で、その対象と存在が近づいてしまうものらしい。

 つまり、危険なものについてあれこれ考えを巡らせると、その危険が身に及ぶ、という事のようだった。


『だから、俺が「危険だ」と言ったものについては、それ以上「考える」事をするな。「意識を向ける」事をするな。いいな、サラ。それが、この精神世界で安全に過ごす唯一の方法だ。』



 ティオは、夜眠りに落ちたサラが精神世界で彼の精神領域を訪れだした頃、サラとは離れた場所に居る事が多かった。


(……今思うと、あれは、私から距離を置いてたんだよね。精神世界での見た目の距離って、心の距離そのものっぽいんだよね。……)


 ティオの精神領域には、何も無かった。

 サラが「何もない夢」だと思っていたサラの精神領域にも何も無く、「何もない」「虚無」という事を意味すると思われる果てのない闇があるばかりだった。

 ティオの精神領域もサラのものと同じく何も無かったが、しかし、その「虚無」の状態はサラの精神領域とは対象的に、白い光で表されていた。


 その白い光に満ちた何もない場所で、ティオは適当に空中に腰掛けて本を読んでいる事が多かった。

 サラとは一定の距離を置き、サラが近づこうと歩むと、何もしていないのに、その分ティオの居場所が遠ざかっていた。


(……その冷たい態度に私は思わずムッとしちゃってたんだけどー……今なら分かる。……)


(……ティオは、自分の精神領域が……ううん、自分の存在が「危険」だから、わざと私を避けてた。……)


(……でも、ティオってば、甘いんだよねぇ。こっちの、物質世界では結構ピシャッと扉を閉じてる感じがするんだけどー、精神世界だと、地が出るのかなぁ。……)


(……ティオって、いつもヘラヘラしててー、本心が分からない感じで胡散臭いしー、いざとなると平気できつい事も言うしー、かと思うと、周りの人間とあんまり深く関わらないようにどこか距離を置いてる所もあるよねー。……けど……)


(……本当は、凄く優しい。……)


 最初は極力サラに関わろうとしなかったティオだが、サラが不平不満を訴えると……

 サラがくつろげるようにと、長椅子を出した。

 長椅子に敷くクッションと、体に掛ける膝掛けもつけてくれた。


 どうやら、精神世界ではその精神領域の主であるティオが「鮮明に記憶しているもの」ならば、再現する事が出来るらしい。

 長椅子と、それに伴うクッションや肩掛けなどは、ティオが故郷の北の大陸エルファナにあった村で使っていたものとの事だった。


 それどころか、サラが精神世界で情緒不安定になった際、ティオは近くに歩み寄ってきた。

 精神と意思が主軸となる精神世界では、感情の振れ幅が物質世界のみを感じ取っている昼間よりも激しくなるのをサラは感じた。

 より怒ったり笑ったり、楽しい事だけならいいのだが、悲しくなると止まらなくなって涙が溢れる。

 ティオは、もう二年以上、物質世界と精神世界を常に同時に感じながら生活していたらしく、すっかり慣れている様子で落ち着いていた。

 しかし、サラは精神世界を認識したばかりで、ふとした事で気持ちが揺れて混乱する事があった。


『……サラ……』


 ティオは、サラのそばに、自分用の机と椅子を出して座り、相変わらず本を読んでいたが……

 サラが眠るまで、手を握ってくれた。


 ティオの手は、サラの手より大きくて、思っていたよりもしっかりとしてたくましく、そして温かかった。

 もちろん、そうした質感はイメージが作り上げたものではあったが、ティオの手を握っていると、サラはホッとしてとても落ち着いた。


 ちなみに、サラが精神世界で眠りに落ちると、サラの精神体は姿を保てなくなって四散し、サラの精神領域に戻って霧状になるとの事だった。

 日中起きている時のサラも、精神世界を感じ取る事はないので、精神体は同様に自分の精神領域で形を成さないまま浮遊しているらしい。


 ティオは、サラが眠るまで、すぐそばで手を握ってくれるようになった。


 しかし、それが、二人の存在を近づけ、思わぬ出来事を招く結果となってしまったのだった。


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