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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第九章 仲間の面影
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仲間の面影 #3


「……ムウ……」


 サラは、フーッと小鼻を膨らませて息を吐きながら、手にした木の剣で、カンカン! と軽やかに、自分に向けられた二つの剣を続けざまに捌いた。


(……分かってるんだってば、私だってー。このままティオと喧嘩を続けててもなーんにもいい事ないってー。ボロツやチャッピーや傭兵団のみんなを心配させて、変な気を使わせちゃうだけだもんねー。それでみんなの訓練が上手くいかなくなるなんて、私、団長失格じゃんー!……)


 ティオに「俺の事が気にくわないのはいいが、団員の前では態度に出すな」と言われた事を思い出し、正論だとは頭で分かっていながらも、やはり、ついムカッときて、ギリリと歯を噛みしめる。

 ついでに、左後方から突き出された剣の切っ先を、振り返る事なく腕だけ後ろに回して、カーン! と跳ね飛ばした。


(……うん。まあ、ね。あの大人しいチャッピーがあんなに一生懸命頼んできたんだしね。って言うか、ボロツやチャッピーに言われなくったって、私だってちゃんとティオと仲直りしようと思ってたんだからねー!……だ、け、ど!……)


(……そのティオが、いつもみたいにどっかに出かけちゃってて居ないんだってばー!……)


(……仲直りするには、いくらボロツやチャッピーに「うんうん、私もう喧嘩やめる」って約束してもムダなのー! ティオ本人とちゃんと話さなきゃなんにもならないのー!……)


(……そのティオが居ないんだから、話のしようがないじゃないのよー! ってか、話どころか、顔も見れないんだけどー! もう、もうもう、どうしろって言うのよ、ホントにー!……)


 サラは、ガッと剣の根元で受け止めた訓練相手の剣を、ブンッと振り払うように押し返し、同時に、もう片手に持っていた短めの木剣で、ガキィッ! と自分の顔めがけて飛んできた小石を叩きつけていた。

 「うわっ!」と、剣を振るってきていた傭兵団員は、吹っ飛ばされて尻餅をつき、「ぎゃあ!」と、小石を投げていた団員は、叩きつけられた小石が自分の顔スレスレの所を、髪の先を千切りながら恐ろしい勢いで飛んでいったのを見て、真っ青な顔でへたり込んでいた。


「ティオの、バーカ! バーカバーカバーカ! もう、ホントにホントに、バァーカァ!!」


 苛立ちをぶつけるように、ビュンビュンと風を切る音を絶えず立てさせて、両手に持った木剣を狂ったように振り回し続けるサラの姿を目の当たりにして……

 サラ専用の強化訓練に参加していた傭兵団員達は、「それぞれがサラに休みなく攻撃を繰り出す」という自分の役割を思わず放棄し、青ざめた顔でジリジリと後ずさっていた。



 その日の午後の傭兵団の訓練は、前もってティオが組んでおり、昨晩と今朝の幹部会議で内容をそれぞれの隊長に伝えた上で、念のため紙に書き起こしてチェレンチーに預けていったものだった。


 傭兵団が前線へ投入される日が近づいてきたこの何日かは、槍や大盾などそれぞれの特色を生かした部隊別の戦闘が身についてきた事もあり、午後はより実戦に近い形式で、何隊か合同での対戦形式の訓練を行なっていた。

 ただ、サラは、一騎当千と言うべき飛び抜けた戦闘能力の高さのために、合同練習に参加すると組織立った行動を崩してしまう恐れがあるので、一人特別メニューをこなしていた。

 木剣を持った四人の団員と、弓矢の攻撃を想定した小石を投げてくる二人の団員の攻撃を、いっぺんに受けて捌くというものだったが……

 異能力によって身体能力と運動能力が常時強化されているサラは、そんな困難な訓練にもあっという間に慣れてしまっていた。


 一方ティオはと言うと、午前中は訓練場で各隊の訓練状況を観察して回っては、気になった箇所を指摘したり、隊長達から寄せられた質問に答えたりしていた。

 しかし、昼食に入る少し前辺りから、またフラリと城を出て城下町に行ってしまった。

 後の事は、副団長のボロツや隊長達にもしっかりと言い置いてあり、またチェレンチーにもメモを持たせているので、支障はない。

 もっとも、チェレンチーは、隊長達が訓練の内容を確認に来た時、メモに書かれている事を読み伝えるのみで、ティオのように自分で各隊の状況を観察、判断し、アドバイスするといった事は出来なかったが。

 どうやら、ティオが午前中訓練場に居たのは、チェレンチーが深酒で体調を崩して寝込んでいたため、自分の代わりに指示を伝える人間がおらず、仕方なく自分自身でこなしていたためらしかった。

 その証拠に、休んでいたチェレンチーが復帰して訓練場にやって来ると、入れ替わるように慌ただしく出かけていってしまった。


(……ティオ、またお昼ご飯食べないで、どっか行っちゃってー。大丈夫なのかなぁ。……)


 パッと見た感じでは、ティオは、酒盛りをしていたらしいボロツやチェレンチーよりずっと顔色も良く、言動もしっかりしており、まさに「いつも通り」と言った感じだった。

 下戸のティオだけが酒場でもアルコール類は一切口にしなかったのもあるのだろうが、基本的にティオは、サラの前で弱ったり疲れたりしている姿を見せる事がなかった。

 実際ティオは、ムダに背だけ高いひょろりとした見た目に反してかなりタフだという事はサラも知っていたが。

 それは、「本当に大丈夫」なのか、それとも「本当は大丈夫ではないけれど、全くそんな素振りを見せない」だけなのか……

 一昨日の晩のティオの反応を見た後のサラには、どちらか分からなくなってしまっていた。


 ボロツやチェレンチーは、一昨日の晩サラとティオの間に起こった事を知らない。

 そのため、二人がギクシャクしているのは、傭兵団の資金をティオが独断でドミノ賭博につぎ込んだせいだとばかり思っているようだった。

 しかし、サラだけは、今回の喧嘩の原因がもっと別の根深い所にある事を感じていた。


(……あの『不思議な壁』……私が勝手にあれに近づいたせいで、ティオが私を避けるようになったんだよね。……)



 サラは以前から時折、「何もない」場所でぼんやりしている、という不思議な夢を見ていた。

 サラは、三ヶ月半程前、人気のない冬の森の中で一人で目を覚ます以前の記憶が全くないので、その夢をいつから見ていたのかは定かではないが、少なくとも、三ヶ月半前から時々見ていた。

 その、時間も空間も物質も、自分の体さえも何もなく、ただ自分の「存在」だけがぼんやり虚無の中に浮かんでいるような「何もない夢」が、ただの夢ではなかったのを知ったのは、ティオが初めてサラの部屋に泊まった夜の事だった。



 ティオがサラの部屋で寝泊まりするようになった経緯が、またややこしい。

 実は、ティオが、巷を騒がせていた有名な泥棒「宝石怪盗ジェム」であり、ナザール王城の王宮の宝物庫に侵入して、見事な宝石のついた国宝級の宝飾品の数々を盗み出していた事実を、サラがたまたま知ってしまった、という事件が起こった。

 ティオは、サラに自分の正体がバレても、全く慌てる事なく、他人事のように平然としており、すぐにいつものようにのらりくらりと誤魔化そうとしてきた。

 そんなティオとなんとか話をつけ、ティオの正体を皆に明かさない代わりに、傭兵団を勝利させ内戦を終わらせるために尽力する事と、これから先サラの監視下に居る事を約束させた。

 秘密主義者で嘘が得意なティオの事なので、まだまだ何かを隠しているような嫌な感じがひしひしとしていたものの、その時点では、それがサラに出来た精一杯の対応だった。


 その翌日から、ティオは自分で自分を「作戦参謀」と称して、傭兵団を組織的にも戦術的にも大改革していく事となった。

 ティオは、「傭兵団を戦で勝利させ、内戦を出来るだけ早く終わらせるために力を尽くす」というサラとの約束をきちんと守っている様子だった。

 と言っても、ティオが「内戦の早期終結」のために動いているのは、サラのように、「困っている人がたくさん居るから、平和を取り戻したい」という理由ではなかった。

 どうやらティオの話からすると、現在反乱軍が立てこもっている、この辺りでは有名な古代文明の遺跡『月見の塔』には、ティオが探しているお宝があるらしいのだ。

 まあ、宝石好きのティオの事なので、そのお宝が宝石である事はまず間違いなだろうとサラは踏んでいた。

 しかし、目下、反乱軍がそのお宝のある遺跡で半年も前から籠城してしており、さすがのティオも手が出せずに困っていた所だったようだ。

 ティオとしても、お宝を手に入れるために早く内戦を終わらせてほしいと思っており、その点でサラと上手く利害が一致したという訳だった。


 内戦が終わったら終わったで、またティオが何をするか分かったものではないのだが、とりあえず今、サラとティオは、「傭兵団を戦で勝利させ、出来るだけ早く内戦を終わらせる」という方向で一緒に動いていた。

 (内戦が無事終わったら、その後ティオをどうするかは、その時また改めて考えよう)と、サラは思っていた。


 現状サラには、ティオを自分の部屋で一緒に寝起きさせて監視する事ぐらいしか出来ていない。

 いや、ティオに「また何かやらかさないようにずっと監視する」とは言ったものの、傭兵団の作戦参謀となったティオは、傭兵団の組織、戦術の改革が波に乗ってくると、物資や資金集めに飛び回るようになり、昼間は一人城から出て城下町に出かけていく事も多くなっていた。

 とても「四六時中行動を監視している」とは言えない状況だったが、ティオなりに真剣に傭兵団のために働いている様子を見て、サラも今は、昼間はティオに自由に活動させるようになっていた。

 一応夜は、ティオも、嫌々ながらもサラの部屋で一緒に眠っていた。

 と言っても、サラが上官用の大きなベッドを一人で独占し、ティオは床に毛布を敷いて寝ているのだったが。

 そして、そんなサラとティオの秘密の約束や取引を知らないボロツをはじめとした傭兵団の団員達には、若い男女が同じ部屋で寝起きしている事で、「二人は付き合っているのでは?」という、サラにとって全くもって不本意なありがたくない疑いをかけられる羽目になっていた。


 

 と、そんな現在の傭兵団におけるティオとの厄介な状況を一旦置いて考えても、サラの中では問題が山積みだった。


(……うーん、ティオとは後でちゃんと二人きりで話すとしてー……その前に、今私が知っている事とか、分かった事とか、考えている事とか、いろいろ整理しておいた方がいいよねー。ティオはムカつくぐらい口が達者でー、私はちょーっとだけカッとなりやす性格だからー、ティオがペラペラ喋って話を逸らそうとしてきても大丈夫なように準備しておかないとー。……)


 サラ専用の特訓に付き合っている団員達がへばってしまったので、サラは十分間休憩にして、訓練場の一角にある緑化された場所に向かった。

 そこには、木陰を利用して水の入った桶や器が置かれて、訓練中に喉が渇いたらいつでも水が飲めるようにとの配慮がなされていた。

 サラは、桶の蓋を開けて、香草の浮いている水を柄杓で汲み、器に注ぐと、蓋を閉めてその上に柄杓を戻した。

 ちょこんと、そばにある、腰を下ろすのにちょうどいい石に座り、器の中の水を口に運ぶ。

 正規兵団やエリートの近衛騎士団の兵舎の訓練場には、ちゃんと屋根のついた休憩場所があるらしいと聞くが、元は兵士見習い用だった古い兵舎を使いまわしている急造の傭兵団には、何本か木が植えられ石が置かれた狭い緑地があるだけだった。


(……えっとー、まず、私が見ていた「何もない夢」は、本当は「夢」じゃなかった。……)


 ナザール王国の王都にやって来て傭兵団に入ってから、サラがそれまで見ていた「何もない夢」に変化が起きだした。

 いつもは何もない筈の夢に、何かが現れ、それはやがて「鎖」だと分かった。

 どこかへと続いている鎖を追ってサラが夢の中を進んでゆくと、進むたびに鎖は本数が増えてゆき、やがて、無数の鎖の一点に集まる中心に、誰かがいる事に気づいた。


『……サラ?……お前、どうしてこんな所に居る?……』


 キラキラと様々な色に煌めく宝石で編まれた無数の鎖の中央で、身体中を鎖に縛られ空中に磔になっていたその「誰か」に呼びかけられた時……

 サラは、それがティオだと知った。


 そして、ティオが言うには、そこは『精神世界』にあるティオの『精神領域』であるとの事だった。


(……うーんとうーんと、確かー……「この世界は、本当は三つの世界が重なり合って出来ている」だったよねー。……)


 ティオは「もう、こんな事になっちまってるし、ある程度は話しておいた方いいか。」と言って、サラに一通り説明してくれた。

 ティオとしては精一杯噛み砕いて説明してくれたのだろうが、サラの頭では限界があって、とても全ては理解出来なかった。

 それでも、なんとか、ティオの言うこの世界の仕組みというものの輪郭を、ぼんやりとだが、サラは知る事になったのだった。


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