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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第十節>長き旅路(後編)
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過去との決別 #154


(……ティオ君は、話術が巧みだ。……)


(……だから、一見、過去の出来事をごく普通に時系列順に話していたようにしか感じられない。それに、僕に話してくれた部分は、隠すつもりはなく自分からさらけ出したもので、嘘をついている気配はまるでなかった。と言うか、嘘をつく理由もない。……)


(……でも……過去にあるべき「何か」を意図的に避け、それをまるではじめから存在しなかったように繕って話す。それぐらいの事は、喋りの得意なティオ君なら可能だろう。……)


(……おそらく、それでも僕が違和感をわずかに感じているのは、その「何か」がティオ君の半生で重要過ぎるために、器用に取り繕っても微小な歪みが出てしまっているんじゃないのかな? まあ、全部僕の勘なんだけれどもね。……)


(……そう、ティオ君は、自分の過去において「一番大事なもの」を僕に話していない。そんな気がする。……)


 ティオはなぜ、全てをチェレンチーに語らなかったのか?

 その心境こそ、まさにティオ本人にしか知り得ないものだった。


(……「一番大事なものは、誰にも触れられないように厳重に隠しておきたい」そういう心理なのかな? 過去の話から抜け落ちていた「何か」は、ティオ君にとって、かけがえのない宝物なのかもしれない。……)


(……さすがに、そんな大事な部分まで無理に踏み込もうとは思わないよ。こんなに警戒心の強い秘密主義のティオ君がここまで話してくれただけでも、充分嬉しい事だよ。……)


(……あるいは……僕に話さなかったのには、もっと別の理由があるのかな? うーん……)


(……例えば……その「何か」は、例の森の中の小村の惨劇に深く関わっている。だから、その「何か」に関する事を話すのは、つらくて出来ない、とか?……いや、まさか、ね。……)


 ティオの過去の話から感じるわずかな違和感……

 それは、チェレンチーが、商人としての才能があり、人の話に良く耳を傾け、真贋を見極める力に優れていたからこそ感じ取ったものであった。

 しかし、チェレンチー自身は自分の能力をあまり自覚していないために、自分の感じ取ったものが、他の人間ならば何も思わずに見過ごしてしまうような微細なものである事に気づいていなかった。

 そう、チェレンチーは、ティオが普段押さえ込んでいる強烈な気配を、その押さえ込んだ状態でも察してしまう、ごくわずかに居る勘のいい人間だった。

 チェレンチーは、ティオへの好意と自身の良識から、彼が語ろうとしない部分への質問をやめていたが、それは、チェレンチーでなければ気づけない、ティオの過去に潜む大きな空虚だった。



 チェレンチーがまず小さな疑問を抱いたのは、ティオが荷運びの仕事に就いたいきさつだった。

 ティオが生まれ育ったエルファナ大陸は、厳しい自然環境に加えて諸国の戦争が休む間もなく続き、ティオのような戦災孤児が、石を投げれば当たる程居たという話だ。

 そんな状況で、親のない子供がさらわれたり、貧しい農村の口減らしで二束三文に子供が売られたりといった事は、そう珍しくはなかった。

 そのため、一見、ティオが九歳の時、人買いに売られてその後過酷な荷運びの仕事についたというくだりは、すんなりと受け取ってしまいそうになるが……


(……ティオ君は、その時、既に戦災孤児となっていて身寄りがなかった。それで、村々を渡り歩きながら、農作業などを手伝ったりする事で村人の施しを受けてなんとか生きていた、という話だった。……)


(……ならばなぜ、人買いに売られたんだろう? ティオ君を売ったのは誰だ? 売ったお金を受け取ったのは?……)


(……「一人で居た所をさらわれた」という可能性は、まずないな。ティオ君程目端が利いてすばしっこい子供なら、いくらでも見張りの隙をついて逃げだせた筈だ。実際、荷運びの少年達が夜になると押し込まれていた小屋からこっそり抜け出して町に行き、盗みを働いていたぐらいだからなぁ。……)


(……ティオ君は、「その時厄介になっていた村が飢饉でどうにもならなくなった」と言っていた。……じゃあ、村のために人買いに売られて、そのわずかな金を村の誰かが受け取ったんだろうか? さまよっていた先でたまたま立ち寄っていた村のために、そこまでする義理があるのかな?……少なくとも、ティオ君が盗賊団に入るために逃げ出したのは、荷運びの一団で働きだしてからしばらくしてからの事だ。おそらく、ティオ君は、はじめに人買いを専門にしている者に売られて、その後働き手を探していた荷運びの一団に売られている。人買いに売られた時にすぐに逃げ出さなかったのは、それをすると、ティオ君を売った何者かに「金を返せ!」と人買いが問い詰めに来るせいだろう。しかし、一旦人買いから別の労働場所へ売り払われてしまえば、その後逃げたとしても「こっちは知ったこっちゃない」と人買いは買い手の訴えを無視するだけだ。……その点を踏まえて考えると、ティオ君は、やはり、自分を売って金を得た者に害が及ばないようにと、義理を立てていたように思える。……)


(……よっぽどその村人に恩があったのかな?……それとも……)


(……人買いに売られる筈だった他の誰かをかばった、とか?……)



 他にも、ティオの話の中で、チェレンチーが気になった点があった。

 それは、ティオの語った過去のエピソードの中でも、特に印象に残っている一つだった。


(……ティオ君は、十五歳の時、それまで所属していた盗賊団を突然抜けた。その際揉めに揉めて、結果、盗賊団のリーダーでティオ君の剣の師匠だった男と決闘になり、かろうじて勝った、という話だった。その決闘の印象が強烈過ぎてうっかり見過ごしそうになっていたけれど、改めて考えると……)


(……ティオ君が盗賊団を抜けた理由が、「自分には合わなかった」というのは、動機として少し弱い気がする。……)


 確かに、日頃から一貫して、ティオの言動からは、暴力や争いごとを嫌っている様子がうかがえた。

 現在、傭兵団の作戦参謀に収まって、反乱軍との戦での勝利のために日々奔走しているのが不思議なぐらいである。

 そんなティオの思想からして、いくら行き場のない孤児達が集まって生きるために出来た盗賊団であろうとも、他人の屋敷に忍び込んだり、荷馬車を襲ったりといった生業に心の底で納得がいっていなかった、というのもうなずける。


 しかし、ティオの事を知っていく内に、「飄々としてなにものにも囚われない、そのためどこか淡白で冷徹である」という印象は大きく変わった。

 ティオは、確かに、他人とは常に一線を引いて接しており、金や物質的なものに対する執着は極めて薄い。

 しかし、ティオの胸の奥に秘められている心は、決して、傭兵団員達が彼の容赦ない厳しい訓練に不満を垂れて「冷血漢」「人でなし」と罵るような類のものではなかった。


 ティオは、本来は心根の優しい青年であり、他人の意思と個性を尊重する思いやりと情を持っていた。

 そんな彼が、いくら自身の良心に反する生業とは言え、長く世話になりいろいろな事を教えられて育ててもらった盗賊団を、そう簡単に抜けたりするだろうか?

 ティオの語り口から察するに、彼は、同年代の者達には信頼され、年下の子供達には慕われ、また、リーダーの男には、これからの盗賊団を背負っていく次期リーダーとして多大な期待を寄せられていた。

 そんな、自分を必要とする者達が多くおり、情も恩も感じていたであろう居場所を、ティオがある時いきなり切って捨てたのは、かなり違和感を覚える行為だった。


『……あの盗賊団で、あの場所で、何年もの時間をかけて築き上げてきた様々なもの。それらを全部引き千切って捨てるぐらいの気持ちがなければ、抜けられなかった。……だから、俺は、たった一つだけ大事なものを選んで、それを守るために、後は全部捨てたんです。……』


 ティオは、盗賊団を抜けた時の事を思い返して、そう言っていた。

 そして、その後移り住んだ森の中の小村が襲撃を受けて滅んだ事件を語る時も、こう言っていた。


『……俺が、他の何を手放してでも、たった一つ守りたかったものは……何よりも大切にしていたものは……ある日、突然失われて……そして、もう……二度と戻ってこなかった……』


 「たった一つだけ大事なもの」「たった一つ守りたかったもの」「何よりも大切にしていたもの」……

 これからの言葉は、争いを嫌ったティオが望んだ「森の中の小村での静かな生活」の事を指して言っているようにもとれるが……


『……とても……幸せでした……俺のような人間でも、こんな風に平和に穏やかに生きられるんだって……まるで、毎日幸福な夢を見ているかのようだった……』


 そんな、ほんの半年程しか続かなかった森の中の小村での暮らしを述懐するティオの言葉や、自分の中の大切な宝物を懐かしむような表情は……

 単に「穏やかで平和な日々」の事を考えているだけとは思えない、何か深い思い入れを感じさせた。


(……ティオ君には、「何かとても大切なもの」があった。「それ」を守るために、ティオ君は、それまで何年もの間親しんできた盗賊団から足を洗い、まっとうな生活をしようとした。そうして、必死の思いで得た森の中の小さな村での生活で、ティオ君は夢を見ているかのような「幸福」を感じていた。……)


(……けれど、やがて村は襲撃され、ティオ君以外の人間は全員亡くなってしまった。……その事件の時に、ティオ君は「何よりも大切にしていた」「たった一つ守りたかったもの」を失ってしまった。……)


(……ティオ君は、喪失感と絶望感と、自分には何も出来なかったという罪悪感に駆られ、心に深い傷を負った。その傷は、未だ癒える事なく、ティオ君は、刃物を見ると反射的に恐怖で体が動かなくなっている。……)


(……それ程の強い衝撃を受けるまでに、ティオ君が「大切に」していたもの……)


(……過去の話の中で、隠したかった「何か」……)


 チェレンチーは、今までの自分の経験や知識から、ティオが敢えて語らなかった空虚な部分を推測した。


(……「それ」は、ひょっとして……ティオ君は……ティオ君には……)



「チェレンチーさん。」

 と、目を伏せて考え込んでいる途中で、ティオがチェレンチーの顔を覗き込むように話しかけてきたので、チェレンチーはハッと我に返り、慌てて顔を上げた。


「すみません、参考になればと思って俺の過去の話をしましたけど、結局ムダにチェレンチーさんを心配させてしまったみたいですね。まあ、あまり楽しい内容ではなかったですよね。」

「え、あ、いや……た、確かに、とても大変な半生だったんだなぁっとは思ったよ。でも、おかげで、なんだか自分の悩みが、ずいぶんちっぽけなものに思えてきたよ。ハハ。」


 ティオは、チェレンチーがしばらく黙って何か考え込んでいる様子だったのを見て、自分の暗い過去の話を聞いたせいで困らせてしまったのかと案じていたようだった。

 実際は、チェレンチーは、ティオが隠している過去についてあれこれと考えを巡らせていたのだったが。

 眼鏡の分厚いレンズの奥で優しく微笑む美しい緑色の瞳を見ると、チェレンチーは気まずいような申し訳ないなような気持ちに駆られ……

 それ以上、ティオの過去に関して余計な詮索をする事を、自分に禁じてしまった。


「僕は今まで、自分が世界で一番不幸な人間みたいに思っていた所があったのかもしれない。だけど、ティオ君の話を聞いて、そんな考えが改められたよ。」

「アハハ。俺の方がもっと酷かったですか? 自分よりもっと不幸な人間が居て、気が楽になったとか?」

「い、いやいや、決して、そういうんじゃなくってね……」


「どんな苦境にあっても、前を向いて進んでいけるティオ君の強さに感動したんだよ。それに比べて、僕ときたら、不幸の中に自ら沈んで、何も出来ないんだと思い込んでいたんだなって、甘えていたんだなって、そう気づかされたよ。」


「うん。ティオ君の話は、とってもためになったよ。聞かせてくれてありがとう、ティオ君。」


 チェレンチーが心から感謝して笑顔を向けると、ティオは嬉しそうに、無邪気な子供のように笑った。


「チェレンチーさんの役に立てたのなら、良かったです。」


読んで下さってありがとうございます。

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☆ひとくちメモ☆

「ティオの性格」

いままでの人生で様々な辛酸を舐め修羅場を潜り抜けてきたせいか、ティオの心の動きは捉えにくい。

普段は、ヘラヘラと緊張感のない能天気な笑顔を浮かべている事が多く、冷淡に思える程突き放した意見を述べる事もままある。

しかし、ティオ本人も「争い事が嫌い」「平和主義者」と自身について語っている通り、優しい心根の持ち主である事をチェレンチーは感じ取っていた。

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