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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第十節>長き旅路(後編)
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過去との決別 #153


「俺、実は大悪人だってさっきも言ったじゃないですかー。」


「とても人に言えないような事をいろいろとやらかしてましてー、そのせいで、この世界で最も厄介な組織から『危険人物』認定されて、しつっこく追い掛けられてるんですよねー。だから、チェレンチーさんも、これ以上俺について知らない方がいいですよー。あの組織のヤツらに俺の情報を握ってるってバレたら、尋問されちゃうかもですよー。……あー、ヤダヤダー、ほんっとアイツら嫌いー。うっとうしくってマジ勘弁ー。」


「つ、ま、り!『俺に近づくと火傷するぜ! やめときな!』ってな感じですー。と言った訳で、この話はこれで終わりますー。」


 ジョッキのヤギのミルクと、つまみの瓜の酢漬けを口に放り込みながら、舞台役者のような身振り手振りを交えて、ティオはペラペラと一人で喋り、そして勝手に話を締めた。

 元々口八丁なティオにのらりくらりと誤魔化され、生真面目なチェレンチーはとても太刀打ち出来なかった。


 珍しく少し腹を割って自分の過去を話してくれたティオだったが……

 今はもう、普段のように、彼の心を覆い隠す幾重にも鍵の掛かった頑丈な扉がしっかりと閉じてしまっている事だけがかろうじて感じ取れた。

 一方で、ティオから、辛い過去に思いを馳せる悲壮な気配が嘘のように消え去り、いつもの能天気な程緊張感のない飄々とした笑顔が戻ってきていた。


(……あー、ダメかぁ。ここから先は、詮索無用って事だよねぇ。ティオ君の知られたくない部分なんだろうなぁ。……)


(……ティオ君、こう見えて物凄く警戒心が強いし口が固いから、「話さない」と決めたものは、絶対に話してくれなそうなんだよねぇ。そもそも、口達者なティオ君を僕の拙い話術で籠絡出来るとはとても思えないし。白旗を上げるしかないなぁ。と言うか、ティオ君が知られたくなくて隠している事を、しつこく探るのも悪いものね。……)


 チェレンチーは「そっかぁ」と適当な相槌と愛想笑いで、ティオの流れに乗って、この話題をここで切り上げる事にした。

 もちろん、ティオの過去に対する興味はあったが、チェレンチーの中では、自分の欲求よりも良識が強く働いて抑え込んでいた。


(……でも……多少は、謎の多いティオ君の過去を知る事が出来た。それは、やっぱり嬉しいな。ティオ君も、僕を信用して、辛い出来事も話してくれたのだろうし。……)


 チェレンチーは、ジョッキを傾けて薄いビールをチビチビ喉に流し込みながら……

 入ってきた情報を理路整然と整理して理解を深めるという彼のいつもの癖で、ティオが語った内容を自分の中でまとめていった。



 時系列を追って考えると……

 まず、ティオは『脱出不可能な氷の監獄』と悪名高い北のエルファナ大陸で生まれ育った。

 そして、まだ幼い子供の頃に、住んでいた村が戦争の巻き添えとなって壊滅する。

 この時、ティオは辛うじて生き残ったものの、両親や親しい村人達を皆亡くしてしまった。

 そうして、戦災孤児となったティオは、それからは、各地の村々を転々としながら、農作業を手伝ったり、人々の施しを受けて、なんとか暮らしていたようだ。

 おそらく、ティオの愛想の良さと器用さがあったからこそ出来た芸当だろう。

 しかし、飢饉によりその時身を寄せていた村が貧窮した事が原因で、わずかな金銭で売り飛ばされ、港町で過酷な荷運びの仕事に就く事となった。

 この時、ティオはまだたったの九歳だった。


 荷運びの労働環境は劣悪を極め、ろくに食べ物も与えられないまま、鞭で打たれながら、幼い少年達が毎日重い荷物を船に運び込んだり下ろしたりを繰り返していた。

 このままでは使い捨てられて死ぬだけだと悟ったティオは、なんとか食料を手に入れようと、見張りの目を掻い潜って少年達が押し込められていた小屋から抜け出し、近くの町で盗みを働くようになった。

 そうして、必死に掻き集めきた食料を同じ荷運びの仕事をしている少年達に分け与えて、なんとか日々をやり繰りしていたのだったが、ティオのその行動が、その町を根城にしていた盗賊団に目をつけられてしまった。

 ティオは盗賊団に捕まって痛い目を見るも、元騎士のリーダーは彼に光るものを感じて、盗賊団に入るように誘う。

 荷運びの仕事に未来がない事を察していたティオは、その誘いを受け入れ、同じように荷運びの一団から抜けたがっていた少年二人と共に脱走して、盗賊団に身を寄せる事となった。


 盗賊団では、元騎士のリーダーに、剣技を始め、彼が身につけていたありとあらゆる戦いの技術を厳しく叩き込まれた。

 ティオの武術の師匠となったリーダーの男は、手加減なくティオをしごいていたらしく、ティオは痣だらけになり立てなくなるまで毎日訓練を続けさせられた。

 それでも、肉体の成長と共に、着実に武術を身につけていったティオは、頭の回転が早かった事もあり、いつしか盗賊団において、襲撃の計画や指揮など重要な役割を任されるようになってゆき、次期リーダーとして期待を集めるていた。


 しかし、ティオは、十五歳の時、思い立って盗賊団から足を洗う事を決意する。

 当然盗賊団内で酷く揉めたが、最終的にリーダーと決闘になり、なんとか打ち勝って盗賊団を抜けた。


 その後、ティオは、盗みをはじめとした犯罪から完全に離れて、森の中の小さな村で木こりとして暮らし始めた。

 日々、村の男達に混じって木を切り、炭を焼き、たまにそれを近くの町に売りに行って、貧しくも静かで穏やかな生活を送っていた。

 ティオ曰く、その森の中の小村での暮らしは「とても幸せだった」ようだ。


 ところが、ある日突然、その村が襲われた。

 村人は全員死亡し、ティオ一人だけが生き残ったが、そのティオも四肢の骨が折れており、その後二週間目を覚まさずに生死の境をさまよう事となった。

 村の壊滅の原因がなんであったのか、その時どんな事が起こったのか、ティオの口から詳しく語られる事はついぞなかった。

 ただ、ティオはこの事件により心に大きな傷を負い、その精神的ダメーが未だに癒えていない事が判明した。

 この事件のために、それまで盗賊団でリーダーから剣を習い、森の小村では斧を振るって木こりとして働いていたティオが、極度の刃物恐怖症を患ってしまった。

 そして、その症状は今も全く治る気配が見られないままだった。

 ティオは、自分が目にした惨劇を忘れる日は来ないだろうと語った。

 故に「俺はもう、一生刃物を持てないだろう」と。


 と、ここまでがティオが自らチェレンチーに語った自分の過去である。



 しかし、その後のティオの足取りは、依然として謎に包まれている。


 ティオが盗賊団を抜けたのが、十五歳の時。

 それから半年程森の中の小村で静かに暮らしていたが、惨劇により村が滅んであっけなくその生活は終わりを告げる。

 そして、ティオの会話から、今のように一人であてもなく各地を旅するようになったのは、約一年前である事が分かった。

 つまり、十五歳から十六歳の頃村が滅び、十七歳で一人旅に出るまでの一年から一年半程の期間、ティオがどこで何をしていたのかは、本人が全く触れないため未だ不明のままなのであった。


(……でも、村が何者かに襲撃されて滅んだ時の事は、ティオ君の中でまだ生々しい傷であって、「つらくて語れない」という感じだったけれど……)


(……村の滅亡から一人で旅に出るまでの一年から一年半程の「空白期間」は、なんか、全く別の意味で話したくないって感じなんだよねぇ。ティオ君は、「いろいろ悪事を働いて、それが原因で、巨大な組織に追われている」なんて、嘘か本当か分からない事を言って誤魔化しているけれど。……)


(……うーん。精神的に辛いとかではなくて、これは「何か複雑な事情がある」んだろうな。そして、「語るのも嫌だ」という嫌悪感みたいなものも感じるなぁ。まあ、村の滅亡の時のような悲惨な事が起こった訳ではなさそうだというのは、ちょっとホッとするよ。……)


(……それに……)

 と、チェレンチーは内心考えていた。

(……今までのティオ君の言動から、その「空白期間」に起こった事を、少しだけだけど、推察出来る。……)


 ティオが「一年前から中央大陸の各地を転々としながら一人で旅を続けていた」となると……

 それに当てはまらない出来事がいくつかあった。



 まず「軍隊に入っていた事がある」というもの。

 二ヶ月弱の短い期間であったらしいが、今の傭兵団の組織形態や規則、運営方針などが、その頃の経験が基盤になっているとなると、かなり規律のしっかりした軍隊だったと思われる。

 それから、「とある場所で事務処理の仕事をしていた」というものもあった。

 こちらも、一ヶ月弱で辞めたらしいのだが、直属の上司を納得させるまで勝手に辞めて逃げる事は出来なかったようなので、当時ティオは、何か強い拘束力のある人間関係、あるいは社会に縛られていた事がうかがえる。


 ちなみにその時の上司は、ティオの常軌を逸した才能と強烈なカリスマ性を良く知っており、「お前は存在感を隠せ!」と、ある意味的確な助言をティオにしている。

 そのおかげで、ティオは、それまでも自分本来の気配を無意識に抑えていたものが、意識して隠すようになり、今のような、「一見ヘラヘラした情けない男」という雰囲気をまとう状態にまで至ったようだ。

 もっとも、チェレンチーのような、一部の勘のいい人間には、いくらティオが巧妙に隠した所で、元々彼の存在感が強過ぎるために、わずかに漏れ出した気配からも気づかれてしまうのだったが。



 そして、もう一つ。

 商家の出で今まで数多くの商品に触れてきたチェレンチーにしか気づけない事があった。

 ティオが着ている服についての情報である。


 ティオがいつも身につけている服は、他に替えのない一張羅だった。

 その、色あせた紺色のマント、黒色の上着と共布で作られたズボン、そして、首元に群青色のリボンタイを留めた白い襟つきのシャツ。

 これらは、皆同じ人間の手によって作られたものだというのがチェレンチーの見立てだ。

 ティオが毎日同じ服を着ているという条件と、生地の丈夫さを加味して考えると、現在の衣類の使い込まれた状態から言って、おそらく一年程前に作られたと考えられる。

 それは、ティオが一人で旅を始めたという時期と一致していた。

 この辺りの地方では見た事のない織りの技法で作られた質素ながらも丈夫な布地であるため、どの辺りの地方かは分からないが、ティオが遠い場所から旅をしてきた事が知れる。


 ティオ自身も、これらの衣服一式を大事にしており、おそらく旅に出てからずっと同じ格好をしてきたのだと思われるが……

 チェレンチーには、この、ティオの体に合わせてしっかりと採寸され丁寧に仕立てられた衣服には、作り手のティオへの思いが込められているように感じられた。

 雰囲気で言うと、母親や祖母が子や孫を思って作った衣装に似た感覚を覚えるのだが、ティオには身寄りはいなかった。

 チェレンチーの想像ではあるが……ティオの服を仕立てた人物は、約一年前にティオの身近に居た人間であり、ティオの事を自分の子供のごとくに案じていたのだろう。

 そして、ティオ自身もその人物に信頼を寄せていて、故に、その人物が自分のために作ってくれた服一式をずっと大事に着ているのだと思われる。


 そういった状況から……

 旅を始める前、ティオはどこかの場所に一定期間定住しており、そこに居る人間とある程度の人間関係を築いていたのではないだろうか。

 特に、ティオの服を仕立てた人物とは、お互いを思いやるような交流があった事が推察される。


 しかし、結局の所、ティオはしばらく住んでいたと思われるその場所を離れ、一人で各地を旅して回るようになった。

 そこには何かしらの事情があったのだろうが、それに関しては、チェレンチーは知るすべがなかった。

 ティオの口からは……

「今の俺はとても危険な状態にあって、それを解決する方法を探して旅を続けているんです。」

 と言った、とてつもなく嘘くさい怪しい話を聞かされたが、ティオの掴み所のない口調のために、真偽の判定は不可能だった。



(……実は、ティオ君の話で、もう一つ気になる所があるんだよなぁ。……)


 チェレンチーは、手にしていた薄いビールの入ったジョッキを一旦コトリとテーブルに置くと、軽く握った手を口元に当てがって、しばし考え込んだ。


(……ティオ君の過去の話……)


(……住んでいた村が惨劇で滅んだ時の事は、ティオ君自身の心の傷が今も癒えていないから、思い出すのが辛くて語れない。これは当然だと思う。その後の、一年から一年半程の「空白期間」についても、ティオ君が全く語ろうとしないから情報がない。こちらも、ティオ君が知られたくないと思っているのなら、仕方がない。……でも……)


(……それ以前の、ティオ君が自分から語ってくれた、森の中の小村が思わぬ惨劇に遭って滅ぶまでの話……具体的には、九歳で荷運びの仕事を始め、十五歳で盗賊団を抜け、そののち半年程森の中の小さな村で平和に暮らした。……)


(……この部分に関しても、奇妙な違和感を感じるのはなぜだろう?……)


(……そう、まるで、ティオ君の半生を語り聞かされた筈なのに……その半生で最も重要な「何か」が、ごっそり抜け落ちているかのような……)


読んで下さってありがとうございます。

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☆ひとくちメモ☆

「ティオの刃物恐怖症」

生まれつきのものではなく、二年前の惨劇で心に深い傷を負ったのが原因である事をチェレンチーに明かした。

それ以前は普通に剣やナイフを使用出来ていたらしい。

ティオ曰く、「一生治る気がしない」との事で、未だ心の傷が癒えていない事がうかがえる。

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