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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第十節>長き旅路(後編)
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過去との決別 #149


「俺って結構器用みたいでして、おかげですぐに盗みのコツを覚えたんですよね。まあ、盗んだ所を運悪く見つかる事も何度かありましたけど、そんな時は逃げ足の速さでカバーしてましたね。」


 ティオは、薄くスライスされた固いパンの上に、瓜の酢漬けを乗せ、更にその上にカッテージチーズを木彫りのスプーンで盛ると、器用に一口でパクリと食べていた。


「ティオ君、その……盗みは、いつも一人でやっていたの?」

「はい。町に盗みに行くには、まず荷運びの作業所を抜け出さなきゃいけなかったんですが、俺達が夜押し込められていたほったて小屋の周りには高い柵が巡らされていて、見張りも居ましたからね。見張りの目をかいくぐって柵を越えられたのが、俺だけだったんですよ。」


 ティオは淡々と語っていたが、おそらく脱走して町から食料を調達してくるのは、ティオの優れた身体能力があったからこそ出来た芸当だったのだろう。

 ティオは、栄養失調や感染症などで弱っていく仲間を救うためにも、危険を冒して食べ物を手に入れ、こっそりと皆に分け与えていたようだった。

 ティオが居なければ、彼の働きがなければ、とっくに亡くなっていた子供が何人も居た事だろう。


「でも……」

 と、ティオは、片手で頬杖をついた顔を、眉を歪めて少し曇らせた。

「いつまでもそう上手くはいきませんでした。まあ、所詮子供の浅知恵ってヤツですからねぇ。」


「俺の盗みの腕が、すれ違う人間の懐から自在に財布をスレるぐらいに上がった頃、俺はその町を縄張りにしていた盗賊団に捕まってボコボコにされました。」

「ええ!?」

「まあ、要するに、やり過ぎたんですよ、俺は。動物だって、縄張り争いは熾烈を極めるでしょう? 当たり前ですよね、その場所から得られる食べ物の量は決まっている訳ですから。よそ者が入り込んで食べ物を奪ったら、元居たヤツらの食いぶちが減ってしまう。俺も必死でしたけど、向こうだって、生きるために必死なんです。だから、ぶつかるのは必定で、そして、まだまだガキだった俺は、数でも力でもヤツらに到底勝てなかった。」


「でも、その時、盗賊団を仕切っていた人物に誘われたんです。『俺達の仲間にならないか』ってね。どうやら俺には盗賊としての才能があったみたいで、腕を見込まれたんですよ。ハハ、泥棒の才能なんて、全くもって褒められたもんじゃないんですけどね。」



 ティオの話では、その盗賊団は、特殊な構成で成り立っていたようだ。

 指揮をしていたのは、かつて騎士だった男と、彼の友人の青年だったが、他の構成員は皆、ティオと同じかそれ以下の年齢の子供達ばかりだった。

 当然子供達は皆、なんらかの事情で親を亡くし、家族も身寄りのない寄る辺なき身の上の孤児達ばかりだった。

 そんな、町の片隅でゴミを漁ってなんとか生きていた子供達を集めて、組織立った集団にしていたのが、前述の元騎士の男とその友人の男の二人だった。

 彼らは、子供達の親代わりでもあり、兄貴分でもあったのだ。

 富める者から金銭や資産を奪って自分達の生きる糧とするというそのやり方は、決して褒められたものではなかったが、盗賊団の子供達は、頼もしいリーダーの元、肩を寄せ合って必死に生きていた。

 元騎士は、粗暴な所のある豪胆な男で、子供達にも厳しかったが……

 荷運びの作業場で、弱い子供をひたすらこき使い使い捨てる大人達とは違い、そこには確かな情が感じられた。


 ティオは、考えた末、元騎士の誘いを受ける事を決めた。


「アンタに頼みがある。俺が今働いている所には、仲間が居る。アイツらもみんな、この盗賊団に入れて欲しい。」

「フン。まあ、いいだろう。ただし、条件がある。」

「なんだ?」

「この盗賊団に入れるのは、『自分の意思で抜け出してきたヤツ』だけだ。脱走が大変な事は分かっている。俺達も手を貸してやろう。だが、チャンスは一回だけだ。二度はない。その一度きりの機会に、自分から逃げて来なかったヤツは、もう見捨てろ。」


「どうせ、今までは、お前が一人で、ソイツらの分まで食料を盗み出していたんだろう? これまでは、かろうじてそれでなんとかなっていたんだろうがな、そんな状況がいつまでも続きはしないぞ。それはお前も良く分かってるんじゃないのか?『なんとしても自分の力で生き抜く』という覚悟がないヤツは、ここでは結局生き残れない。お前が一時的に助けた所で、いつかは死ぬ運命だ。お前も、この先も生きぬいていきたいのなら、全員を助けようなんて甘っちょろい考えは、金輪際捨てろ。」

「……」


 ティオは、ギリッと唇を噛み締めて元騎士の男を睨みつけたが、何も反論しなかった。

 ティオ自身、男の言っている事が正論であるのを分かっていたからだった。



 荷運びの少年達が入れられている小屋に戻ったティオは、必死にみんなを説得した。

 ちょうどその頃、ティオの居る荷運びの一団が別の港に移るという話が出ていた。

 どうやらその港ではたちの悪い流行り病が蔓延しているらしく、そこで働いていた少年達の多くが亡くなったため労働力が足りなくなったらしい。

 あの港でガキどもを働かせればここより高い賃金が船主から貰える、といった話を監視役の男達がしているのをティオは聞いていた。

 おそらく、今の積み込みが終わる二日後の夜が最後のチャンスで、翌日には別の港に移されてしまう。

 そうなれば、流行り病のはびこる中今よりも劣悪な環境で働かされ、次々と死者が出る事になるだろう。

 ティオはもちろん、その危険性をも充分に仲間に訴えた。

 しかし、少年達の反応は良くなかった。


「……だ、脱走なんて、怖くて出来ないよ。見つかったら、鞭で打たれて死んじゃうよ。……」

「……盗賊団に入るなんて、そんなの無理に決まってる。君はいいかもしれないけど、僕には出来ないよ。……」

「……仕事はきついけど、ちゃんと頑張ってれば、鞭で打たれる事もないし、食べ物も貰えるから。……」


 長い間、屈強な大人の男達に鞭で打たれながら働かされてきた少年達の心は、すっかり弱り果て、今の状況を受け入れてしまっていた。

 いくらティオが熱心に説得しても耳に届かない程に、もう洗脳が行き届いていた。

 ティオが、毎夜危険を冒して小屋を抜け出し、町から食料を調達してきている事は知っており、貰ったものはありがたがって食べてはいたが……

 いざ、自分達が作業場から抜け出すという話になると、怖がって尻込みし、強い拒否反応を示してきた。

『「なんとしても自分の力で生き抜く」という覚悟がないヤツは、ここでは結局生き残れない。』

 盗賊団のリーダーの言葉が、ティオの心を打ちのめしていた。



 結局、この荷運びの集団から抜け出して盗賊団に入る事に賛同したのは、ティオの他に二人のみだった。


 一人は、大柄でティオに次いで身体能力に恵まれた少年だった。

 毎夜ティオが小屋を抜け出す折、柵のそばで見張りをしてくれていたのが彼だった。

「俺は、一生こんな所で働かされるのはまっぴらごめんだぜ! 盗賊団に入って、金持ちから金を奪って、美味いものが腹いっぱい食べられるような、いい暮らしをしてやるんだ!」

 やや喧嘩っ早い所はあったが、体力に自信があった事に加え、その負けん気の強い性格が今回は吉と出ていた。


 もう一人は、数日前の荷崩れの事故で足を負傷した少年だった。

 重い荷物に足首から先が押し潰されてしまい、一応ティオが布を巻いて処置をしたものの、もう原型をとどめていない足は、元のように治るのは不可能な状況だった。

 事故以降、高熱を出してずっと寝込んでおり、ティオが脱走の話をした時も自分で歩けないどころか立つ事さえ出来ないような容態だった。


「……ぼ、僕も、一緒に外に行きたい! 死にたく、ない、よ!……」

「分かった。必ず連れていく。一緒に逃げよう。」

「……あ、あぁ……ありが、とう……ありがとう……」


 ティオは未だ高熱にうなされる少年の手を握りしめて力づけたが、大柄な少年が口を挟んできた。


「おい! そんな死に損ないは置いていけよ! 俺達の足を引っ張るだけだろうが!」

「自分の意思で『逃げたい』と言った者は、全員連れていく。俺は最初からそう決めていた。だから連れていく。」

「チッ! 俺は手は貸さないからな! 捕まりそうになったら、お前らは置いて一人で逃げるからな!」

「それでいい。お前は自分の事だけ考えて逃げろ。無事逃げ切るのが一番大事だ。……コイツは、俺が背負っていく。」

「お人好しが! そんな甘い考えじゃあ、お前、いつか死ぬぞ!」



 そして、決行の日はやってきた。

 朝になれば他の港に移るという前日の深夜、荷運びの一団が居留する土地の一角で火の手が上がった。

 大人達が慌ててに消火に駆けつけ見張りが手薄になった所を、ティオは、足を負傷した少年を自分の背中に負って紐でしっかりとくくりつけ、少年達が詰め込まれている小屋から抜け出した。

 出来る限りの食料をその場に残った少年達に渡して、最後に一度皆の顔を見渡したのち、前を向いて夜の闇の中に飛び出していった。

 火事を起こしたのは盗賊団の手の者で、小屋の周りの柵のそばにも、脱出を手伝うべく人員が配置されていた。

 柵の向こうから投げてもらった縄を手に、背負った少年と自分、二人分の体重を支えて、ティオは必死に柵を登った。

 しかし、まだ十歳にも満たない少年の体では、なかなか思うように柵を乗り越えられない。

 その内、脱走に気づいて監視の大人達が怒鳴りながら走ってきた。

「バカ野郎! だから言ったんだ! 早く登れよ、ほら!」

 一旦は、先に柵を乗り越えて走り出していたもう一人の少年が戻ってきて、ティオと彼の背負った少年を引っ張り上げた。

「ありがとう。」

「今回だけだからな! もう二度とお前なんか助けてやらないからな!」

 監視の大人に引き落とされるギリギリで柵を乗り越えた三人は、迎えにきていた盗賊団の団員達の導きで町の路地を走り抜け、なんとか追っ手を振り切って逃げる事が出来た。


 こうして、ティオは、孤児達で構成されている盗賊団の一員となった。


 その時ティオと共に荷運びの一団から逃げた二人は、のちに盗賊団を支える中心人物となった。

 体の大きかった少年は、強気な性格と恵まれた肉体を生かし、戦闘面で一二を争う実力を発揮していった。

 足を負傷していた少年は、残念ながら壊死を食い止めるため膝から下を切断せざるをえなかったが、懸命に荒治療に耐え、一命を取り留めた。

 片足を失ったおかげで戦闘には参加出来ないものの、細かな気遣いの出来る優しい性格の彼は、盗賊団の中で頻繁に起こる揉め事を仲裁する役割を果たし、また自分より幼い子供達の世話を甲斐甲斐しく見て、盗賊団になくてはならないムードメーカーかつ縁の下の力持ちとなった。


 そして、ティオは、盗賊団のリーダーである元騎士の男に厳しく鍛えられる日々を送る事になるのだった。



「なんかぁ、知らなかったんですけどー、病を患って退役するまでは、戦場では結構名の知れた人物だったらしいんですよー。『隻眼の錆烏』とかなんとかいう二つ名も持ってましてー。それで、自分の鍛えた技を誰かに託したかったんですかねぇ。おかげで、毎日とことんしごかれましたよー。子供相手だったから手加減はしてたんでしょうけど、しばらくは全身痣だらけの生活になりましたねー。」

「え? 鍛えた技って?」

「剣術がメインでしたが、格闘術もやらされましたね。後、弓やナイフの扱いなど、まあ、戦闘に関するものは一通り。ナイフは投げたり斬りつけたりと応用が利いて、携帯も楽なので、あの頃の俺は一番良く使ってましたね。」

「ええ? ティオ君、剣とかナイフとか、大丈夫だったの?」

「ああ、その頃はまだ刃物恐怖症になってなかったんですよー。俺が刃物系のものだことごとくダメになったのは十六歳の時なので、それまでは普通に使ってました。」

「そ、そうだったんだ。」


 チェレンチーは、ティオの極度の刃物恐怖症が、生まれつきのものではなかった事実に驚いた。

 十六歳になるまでは、ごく普通に剣もナイフも持っていたらしいという事は、刃物恐怖症になる心理的要因が、その頃に何かあったと推察される。

 ティオ程の胆力の持ち主が、ここまで酷く刃物を恐れるようになるとは、よほど悲惨な目に遭ったに違いないとチェレンチーは想像し、それ故に、ティオが自ら語ろうとしていない部分の過去を、それ以上追求出来ずにいた。


「あ! じゃあ、その人に文字の読み書きも教わったんだね?」

「いいえ。あの飲んだくれのおっさん……俺の剣の師匠は、そっちの方はてんでダメでしたね。」

「え? なら、どうやって、文字を覚えたんだい?」

「あー、それは……盗賊団では荷馬車を襲ったり、あちこちの屋敷に忍び込んだりしてたんですけど、その収穫物の中にたまに本が混じってたんですよ。奪ったお宝は、基本的に盗賊団全体の財産なんですが、活躍した者は特別にその中から一つだけ好きなものを貰えたんです。それで、俺は大体いつも、宝石か本を貰ってましたね。……あ! えっと、ほ、宝石は、大きさの割に価値が高いので、蓄財には適しているでしょう?」

「なるほどね。本は、その時にはもう読めたんだね?」

「いえ、全然。盗賊団には文字の読み書きが出来る人間が居なかったので、何が書かれているかさっぱりで困っちゃいましたよ。」

「ええ?」

「あー、でも、暇な時にボーッと眺めてたら、その内自然と読めるようになったんで、それからは、本が手に入ると片っ端から読んで、いろいろと覚えていきましたよ。言語や文字だけじゃなくって、書かれている知識もね。エルファナ大陸の底辺で生きていた俺にとっては、本の中はまるで夢の世界のようで、我を忘れて読んでましたね。」

「……ほ、本当に独学で覚えたんだね。……いや、でも、ボーッと眺めているだけで自然に読めるようになるなんて、聞いた事ないんだけど。……」

「ところがなんですよー。師匠は、俺が暇さえあれば本ばっかり読んでるのが気に食わなかったみたいでー、見つかると『稽古をつけてやる』って言って、ボッコボコにされるんですよー。必死に隠れて読んでたんですけどねー、なーんか、師匠にはバレちゃってー。『剣士に学は要らん!』って、どこまで脳筋なんだろうな、あの人はー。」


「俺、剣士になる気なんて全然なかったのになー。盗賊団だから、仕方なく一通り戦闘技術は身につけましたけどー、戦うの好きじゃなくってー。俺、これでも根っからの平和主義者なんですよー。」


「って言うかー、酷いと思いませんー? まだいたいけな子供を、修行と称してビシバシ痛めつけるなんてー。しかも、なんか、俺にだけ妙に厳しかったんですよねー。毎日フラフラで立てなくなるまでしごかれてー、手にも足にも豆は出来るしー、全身打ち身に擦り傷切り傷のオンパレードだしー、もう、夜はぶっ倒れるように寝てましたよー。師匠は俺の命の恩人でしたし、俺が居たのは盗賊団だったから、生き延びるためにも我慢してましたけどー、普通に考えたら、虐待ですよねー、これー。」


 ティオは、テーブルに片手で頬杖をつき、げんなりした顔で語っていたが、チェレンチーには盗賊団のリーダーである元騎士がティオにだけ特別厳しく武術を叩き込んだ理由が分かる気がした。

 ティオは荷運びの一団で働かされていた時から、一人小屋を抜け出し高い柵を越えて町で盗みを働く程に、身体能力も器用さも、そして度胸もズバ抜けていた。

 このまま荷運びの仕事を続けていては使い潰されて死ぬだけだと早々に気づく頭の良さもある。

 おそらく、元騎士は、そんなティオの才を見抜き、自分の跡を継いで盗賊団のリーダーとするべく、鍛え上げていったのだろう。


 しかし、それをティオ本人が望んでいたかどうかは、また別の話だ。


「まあ、でも、俺、今は極度の刃物恐怖症なんでー、師匠が教えてくれた剣術が、まーったく役に立たなくなっちゃったんですけどねー! アッハッハッハッハー!」


 盗賊団のリーダーであった元騎士の期待を知ってか知らずか、ティオは、バンバンとテーブルを叩きながらジョッキに入ったヤギのミルクを喉に流し込み、ゲラゲラ笑っていた。


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「ティオの体型」

ティオは185cmを越す長身であるが、いつも色あせた紺色のマントを全身を覆い隠すように身につけているため、一見ひょろりと背が高いだけのように見える。

実際は着痩せするタイプあり、マントや上着を脱ぐと、その体はしっかりと鍛えられたムダのない筋肉に覆われているのが分かる。

ティオは、相手に威圧感を与えないように、あるいは油断させるために、わざと猫背になって背を低く見せる事もあった。

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