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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第十節>長き旅路(後編)
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過去との決別 #148


「参考になるかは分かりませんが、少し俺の話をしましょうか?」

「ティオ君の話? それは是非聞きたいよ! 聞かせてくれないかな。」


 城下町の繁華街の外れにある安酒場で、ボロツが酔いつぶれてしまった後、ティオとチェレンチーはお互いヤギのミルクと薄いビールをチビチビやりながら、様々な事を語り合っていたが……

 「幸せとはなんだろう?」と自分のこれからの生き方に思い悩むチェレンチーに、ティオが話しかけた。


 「秘密主義」と言ってもいいぐらいに普段自分に関する事を喋りたがらないティオが、自分から何か語ってくれると言うので、チェレンチーは小さな丸い目を見開いてジッと食い入るように見つめた。

 ティオは、そんな期待に満ちたチェレンチーの様子に、「あまり面白い話ではないですよ」と苦笑いと共に前置きした。


「チェレンチーさんも、なんとなく気づいているかもしれませんが……俺、元はカタギの人間ではないんです。いや、今もカタギかと言われると、難しい所ですけれどもね、ハハ。」


「数年前までは、ある盗賊団に入っていました。仲間達とつるんで、馬車の積荷を襲ったり、金持ちの屋敷から金品を盗み出したり。そんな毎日を送っていたんです。……軽蔑しましたか?」

「え?……あ、い、いや。ティオ君がそんな事をするなんて、何か事情があったんだろうなって思ったよ。」

「アハハ。チェレンチーさんは、本当に俺の事を酷く買いかぶってくれるんですね。……事情、まあ、事情と言えば、他に生きていくすべがなかったから、ですかね。そんなに珍しくもないし、大層なものでもないですよ。」


 ティオは、ヤギのミルクを一口飲み、薄く切られた瓜の酢漬けをカリカリと噛んでから続けた。


「俺の生まれ育った場所は、あの悪名高い北の大陸エルファナなんです。サラに話した時はポカンとしてましたが、チェレンチーさんなら、どんな所かはご存知ですよね?」

「エルファナ大陸! 話に聞いた事はあるよ! 一年のほとんどを雪に囲まれて過ごすようなとても厳しい気候の上に、諸国はずっと戦争をしていて治安も良くないんだとか。魔獣の被害も多い土地だって聞いたよ。」

「まあ、大体そんな感じです。大陸の面積だけは広いんですけどねぇ。ほとんどが雪と氷に包まれた厳寒の地で、とても人が住めるような場所ではないんです。そのせいで、少ない人口のほとんどが、僅かな緑地のある南部に集中しています。加えて、俺が生まれるずっと前から、いつもどこかの国が戦争をしているような状態でして、治安は悪いは衛生環境は劣悪だはで、ろくなもんじゃなかったですね。元々生産性の低い自然環境なのに、国がそんな状況では、貧しい人間はろくに食料がなく、痩せたり病に罹ったりして大人にならずに死んでいく者も多かったです。」


「交通の便の悪い森林地帯の中には、点々と小さな村々があって、そこでは痩せた土地を耕したり、森の恵みを分け合ったりと、細々と少数の人間が暮らしています。むしろ、都市部より農村の方がまだ生活環境が良いと思えるぐらいでしたね。いや、それでも、食料となる動植物は僅かなので、人口は全く増えないままだし、生まれた子供が何年も経たずに亡くなるなんて事も、良くある話でしたよ。」


「魔獣の被害が多いのは、まあ、確かにそうかもしれません。ただ、他の大陸に比べて数が多いのかどうかは、ちょっと分かりませんね。他の大陸は、大体国や自治体が軍隊を組織しているでしょう? だから、魔獣は発見されるとすぐに討伐されるので、さほど脅威にならないんですよね。でも、エルファナには、魔獣を倒してくれるようなまともな軍事機構がろくにないんです。人間同士の戦争は、嫌という程してましたけれどもね。そう言った訳で、小さな村に魔獣が現れるとひとたまりもないんです。あっちの村が潰れた、今度はそっちの村が襲われた、なんて噂を良く聞きました。森林地帯に点在する村々は、戦争に巻き込まれなければ貧しいなりにそれなりに平和なんですが、魔獣の被害ばかりはどうにも。そのため、魔獣の脅威から逃げようと、あるいは、もっと豊かな生活をしたいと、都会に出ていく者も多いのが現状です。でも都市部は都市部で、戦火に晒される危険が高くて、兵士崩れのならず者が大手を振って強盗や人さらいをしているような所です。まあ、どこに行っても安心して暮らせるような場所は、あの大陸にはないと言っていいでしょうね。」


「いっその事他の大陸に移住出来たらいいんでしょうけれどね。ご存知の通り、エルファナとこの中央大陸の間には、激しい海流のある冷たい北の海が広々と横たわっています。一年の内大半が氷に閉ざされていて、氷が溶ける期間も海が酷く荒れるので、船で渡るのも命がけです。運良く天候に恵まれ、海が静かに凪いでいるのは、一年の内ほんの一週間あるかないか。その僅かな隙にあの大陸を抜け出すには、運だけでなく、かなりの額の船賃も必要となります。エルファナ大陸の人口のほとんどを占める貧しい人々にとって、新天地を求めて海を渡るのは、夢のまた夢ですね。本当に、あの大陸に生まれてしまった者は、一生抜け出す事の出来ない、この世のありとあらゆる生の苦しみが詰まった巨大な監獄の中で暮らしているようなものです。」


 ティオは、淡々と過酷な北の大陸の事情を語った後、トントントンと、テーブルの上に並んでいる皿の前を指で叩いてみせた。

 それは、軽く何か食べ物を腹に入れておきたいというティオの要望で、この店で出せる酒以外の食品を持ってきてもらったものだった。

 薄くスライスされた塩味の強い固いパン、チーズと干した芋、そしてティオが先程から食べている瓜の酢漬け。

 ティオはジョッキに入ったヤギのミルクをグイッと飲み込んだ後、プハッと息を吐き、しみじみと言った。


「いやぁ、それに比べて、このナザール王国はとってもいい場所ですよねー。中央大陸の中では南東の辺境の小国といった位置づけですけれど、それでも、気候は温暖だし、美味しい食べ物もいっぱいあって、戦争もなく平和が続いているなんて、北の大陸エルファナと比べたら、天国のような場所ですよー。おっと、今は内戦中でしたっけ。でも、この地に都を作るきっかけとなった十年戦争から、もう四十年も戦がないんですから、いつもどこかで戦争が続いていたエルファナでは考えられない事ですよー。」


「それでも、俺は、あの北の大陸から出ようとは、特に思ってなかったんですよ。まあ、いろいろあって中央大陸に連れてこられたんですけれども。最初は、俺の意思を無視して強引に連れてきたヤツラに腹を立てていたりもしましたが、こうやって、温暖な気候の豊かな大地での生活や多種多様な食文化に触れていると、正直良かったと思ってしまいます。ほんと、食べ物が美味しいのは何よりですよね、うん。」


 チェレンチーは、エルファナ大陸の詳細な状況を、実際にかの地で生まれ育ったというティオの口から聞かされて、ショックを受けた。

 人の噂や、家庭教師が教えた世界の歴史や地理の中に北の大陸エルファナの情報は僅かにあり、過酷な土地柄である事は知ってはいたが、まさかここまでとは思ってもみなかった。

 ティオの話には、その地で暮らしていた事のある者特有の生々しい実感がこもっており、小国ながらも平和なナザール王国でずっと暮らしてきたチェレンチーには想像もつかない壮絶な環境である事がうかがい知れた。

 それでも、ティオは、何か余程思い入れがあるのか、エルファナ大陸を離れるつもりはなかったようだが、一体どういった事情で今のように中央大陸のあちこちをフラフラ旅して回るようになったのかは、ティオがぼかして語らなかったため、分からないままだった。


「……あ、あの、なんかゴメンね、ティオ君。……」

「え? なんの話ですか?」

「いや、えっと……僕は、自分の事をずっと不運だと思っていたんだ。貧民街で生まれ育った事や、母の死や、ドゥアルテ家での暮らしについて。……で、でも、君の話を聞いていたら、僕なんかよりずっと大変な境遇の人達もたくさん居るんだなって思って。それに比べたら、僕はまだ恵まれていた方なんじゃないかって。……ティオ君、きっと君の方が、僕より何倍も大変な人生を送ってきたんだろうね。」

「ああ、まあ、どうでしょうね。はたから見てどんなに劣悪な環境だろうと、その環境しか知らない人間にとっては、それが当たり前ですからね。さすがに、日々の食べ物がなくて生きていけないような状況は、もう二度と味わいたくないとは思いますが。」


「別に、過酷な人生を生きてきたからといって、偉い訳ではないですよ。逆に、豊かな人生を安穏と生きている事が罪な訳でもない。どんな環境にあろうと、感じ方は人ぞれぞれでしょう? 貧しくとも毎日を楽しく生きている人も居れば、あなたのお兄さんのように、何不自由ない生活であっても、満たされない不満をずっと抱えている人も居る。まあ、世の中いろんな人が居て、いろんな人生を生きている、それでいいんじゃないですか? とにかく、今の自分とその暮らしを一番に考えて、それでも余裕があって気が向いたら、困っている人に手を差し伸べてみようかな、ぐらいの気楽さでいいと思いますよ。せっかく楽しく暮らしているのに、自分とは関わりのない遠くの土地で悲惨な目に遭っている人達の事をわざわざ思い浮かべて、自分まで悲しい気持ちになる必要なんてありませんよ。そもそも、あの大陸に生きる人達の事をいくら心配した所で、どうこう出来る訳ではないですしね。……要するに、まあ、そんなに気にしないで下さい。本当に真面目ですね、チェレンチーさんは。」


 ティオは、チェレンチーが感じた罪悪感のようなものを軽く笑い飛ばした。

 いつも通りの能天気に思える程飄々としたティオの笑顔だったが、彼の話を聞いた今のチェレンチーには……

 それが、単なる無知故の無邪気ではなく、むしろ真逆な、この世の辛酸を知り尽くしたがための達観である事が感じられていた。


「すみません、話が逸れてしまいましたね。」

 そう言って、ティオは、また一つ瓜の酢漬けを口に放り込んだのち、再び自分の過去を語り出した。



「俺が九歳の時でした。人買いによって、港町で船の積荷を運ぶ仕事をしている作業場に売られたんです。」


「ああ、俺はいわゆる戦災孤児ってヤツです。町に程近い森林地帯にある小村で生まれ育ったんですけど、運悪く戦に巻き込まれてしまって。両親を含め、村の人間はほとんど亡くなりました。その後、あちこちの町や村を転々としながらが、親切な人に食べ物を恵んでもらったり、農作業を手伝ってしばらく置いてもらったりしながらなんとか暮らしてたんですが、その頃住んでいた村が酷い飢饉に襲われてどうにもならなくなっちゃいましてね。それで、はした金で人買いに売り飛ばされたって訳です。」


「まあ、戦災孤児も、農村の口減らしで幼い子供が人買いに売られる事も、エルファナ大陸では特に珍しい事ではないですからね。ちょっと人の多い町なら、石を投げれば親の居ない子供にあたるぐらいゴロゴロしてましたし。そんな子供を狙って捕まえて、あちこちに売り捌く人間も居た程です。」


「俺も、そんな戦災孤児の例に漏れず、人買いによって過酷な労働環境に叩き込まれたって訳です。」


 ティオは、エルファナ大陸は、海流の関係で中央大陸に渡るのは難しいが、沿岸では船による交易が盛んに行われていた事を語った。

 むしろ平地の少ない山がちな地形では陸路の方が物資の運搬が難しく、海や川を使って船での輸送が交易の花形だったようだ。

 しかし、人と物資が行き交い賑わう港町の裏の一面では、ティオのように各地から集められてきた身寄りのない子供達が過酷な労働に苦しんでいた。


「いやぁ、酷いもんですよ。仕事は朝から晩まで、ほぼ休みなし。重い荷物を船に積み込んだり下ろしたり。のろのろやっていると、監督役の大人に鞭で叩かれるんです。それだけ働いて、一日一食、固いパンと薄いスープが貰えるだけ。夜は狭いほったて小屋にギュウギュウの状態で雑魚寝でした。それでも、まだ、短い夏は良かったんですが、秋が過ぎて冬が近づくと、一人、また一人と、倒れていく子供増えていきました。」


「ろくに食べ物がもらえず常に栄養失調のような状態の所に、衛生環境も劣悪で、これで誰かが風邪でも引いたら、あっという間に同じ小屋で寝起きしている子供達に広がるんです。管理している大人達は、当然何もしてくれません。弱って働けなくなった子供は、小屋に敷かれたゴザの上に転がされているだけでした。一応、病気がはやると、他に移らないよう別の小さな小屋に押し込めて隔離はしてましたがね。そして、いよいよ冬に差し掛かる頃、ついにポツポツと亡くなる者が出始めました。」


「作業場の大人達は『せっかく金を払って買ったのに、ろくに働かなかった』と愚痴りながら、死んだ子供を麻袋に詰めて、ゴミのように捨ててました。……まあ、最初から分かっていた事ですが、あそこにいた子供達は、はなから人間扱いなんてされてなかったんですよ。雑に扱って死んだところで、身寄りのない子供はどこにでも居て、代わりはいくらでもあったんです。使い捨ての安い労働力ですよ。あの作業場に送られた子供で、二年以上働いた子供は居なかったと思います。皆途中で病に罹り、鞭に叩けれた傷が悪化して、あるいは栄養失調で、次々と倒れ、亡くなっていくんです。それを補うために、定期的に新しい子供が補充されていましたね。」


「季節が冬になり、ポツポツと死者が出始めた頃、俺はこのままではマズイと思って、一大決心をしました。真夜中に作業場のほったて小屋を抜け出して、町に食べ物を探しに行く事にしたんです。当然、脱走がバレれば鞭でしたたか打ちのめされます。見せしめの意味もあったんでしょうね。まだ体の小さな子供で、ケガを治療する薬なんかある筈もなかったですから、それだけ酷い折檻を受ければ、ほとんどの子供はそのままケガで弱って死亡してしまいます。つまり、脱走は命懸けでした。それでも、食べ物を手に入れない事には、いずれは死んでしまう事に変わりはない。だから、俺は作業場をこっそり抜け出す事を決めたんです。」


「チェレンチーさんも知っての通り、幸い俺は、逃げ足が速いというか、すばしっこかったですからね。なんとか見張りの隙をついて抜け出して、町に行き、飲食店の残飯を漁ったり、夜で閉まっている食べ物屋に忍び込んでは、パンや干し肉なんかを盗み出していました。それを出来るだけ持って帰って、同じように荷運びの仕事をしていた仲間に分けました。そうして、なんとか命を繋いでいたんです。それからというもの、夜な夜な脱走して食べ物を盗むようになりました。……俺が盗みを覚えたのは、この時でした。」


読んで下さってありがとうございます。

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☆ひとくちメモ☆

「中央大陸」

世界にはいくつかの大陸があるが、中央大陸と呼ばれる最も広大な土地を有する大陸が一番栄えている。

気候が温暖で、自然の恵みも豊かで生活しやすいというのも、多くの国々が栄えている理由であろう。

文化水準の高さからも、中央大陸の名前通り、まさにこの世界の「中心」となる大陸と言っていいだろう。

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