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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第十節>長き旅路(後編)
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過去との決別 #139


「ドミノ。……これで、ちょうど十。残り十。折り返しですね。」


 ティオは、10戦目が終了すると、自分のチップ箱からまた黒チップを一枚取り出し、パチリと、テーブルの端に並べていたチップの列の先端に置いた。


 徐々に長くなってきていた列だったが、10枚も並ぶと、視覚的にもどれだけティオが連続して勝ってきたかという事が否応なく実感出来て、見た者はその異常さに圧倒される。

 何しろ、これは、合計で10回勝ったのではなく、その間一度も負ける事なくずっと勝ち続けている、10連勝という常識外れの偉業であった。

 しかも、たまたまこうなったのではない事は、ティオが初めから「20戦全勝してこの勝負勝利する。」と宣言していた事から察せられ、ティオは自分の言葉通りに着々とゲームを進めていた。

 明らかに、「運」だけでない何か、ドミノにおけるティオの超人的な強さを感じさせる結果だった。



「ドミノ。……これで、十一。残り九。」


 11戦の決着がついたのち、ティオがそう宣言して、パチリとチップをテーブルの端に並べたのは、先のチップを置いた時から、ものの十分とかかかっていなかった。

 変わった事と言えば、11枚目のチップは、列を変えて、10枚の黒チップが並んだ隣に、また1枚目から新たに置きだした事だった。

 20枚も縦一列に並べるのはさすがに列が長過ぎるのと、パッと見て分かりやすいようにと後半の11戦目からもう一つ列を作る事にしたのだろう。

 しかし、相変わらずティオは、20戦中半分を過ぎても特になんの感慨もない様子で、淡々と一戦一戦を勝っては、チップを並べていっていた。



「……お、おいおい、マジかよ。こんな事ってあるのか?」

「あの若い兄ちゃん、よっぽど運が太いんだな! 11連勝とは恐れ入ったぜ! さっきも七回連続でボーナスチップを取ってたもんな!」

「……い、いや、ここまでいくとただの運とは思えませんな。そ、そもそも、『黄金の穴蔵』で初見の客が赤チップ卓にまで上り詰めて、更に勝ち続けていた事自体前代未聞ですぞ。……」

「まさか、あの若造、賭場荒らしをする程腕が立つのか?……あ、いやぁ、どうにもそんなふうには見えないなぁ。俺は商売柄いろんな土地に行くから、あっちこっちの賭場に顔を出してるが、あんな若い博徒の噂は聞いた事がない。」


 1マッチ20戦も後半に差し掛かってもまるで勢いの衰えないティオの連勝を目の当たりにして、そろそろ観客達も、ティオの尋常ではない何かに気づき始めているようだった。

 ティオの見た目は、十八歳という年相応のうら若さで、特に豪華でも高価でもない、むしろ粗末に見える衣服を身につけている。

 ボサボサの黒髪と大きな丸眼鏡という奇抜な特徴も、変人に思える事はあっても、とても王都一の賭博場『黄金の穴蔵』で前代未聞の黒チップ勝負を繰り広げ、しかも平然と連勝を続ける程の手練れの博徒には見えないものだった。


 未だ、ティオの連勝が信じられずに動揺する観客が多いのとは対照的に……

 実際に異常な高レート勝負の繰り広げられている壇上に居る者達は、ティオが発する強烈な存在感を浴び続けている事もあり、もはや誰一人、ティオの事を目ため通りの貧しい若者だとは思っていなかった。


「……おおい、どうする? ま、まさか、ドゥアルテが負けるなんて事、ないよな? 俺、このひと月分の稼ぎを全部外ウマにつぎ込んじまってるんだぜ。」

「……ど、どうするって……どうにも出来ないだろう、俺達には。見てるだけなんだからよ。」

「いやいや、これは、外ウマの儲けがどうのという話ではなくなってきましたぞ! このままあの若者が20連勝して勝負に勝ったとしたら、これは、とんでもない瞬間を目撃する事になるのではないですかな? 私の人生で、これ程の大舞台に立ち会える機会が他にあるのだろうか?」


 観客達の大半は、当初ティオが20連勝して勝つとは思っておらず、外ウマの賭けはドゥアルテに集中ていた。

 しかし、蓋を開けてみるとドゥアルテの負けが続き、観客達は、ドゥアルテの不甲斐なさに憤慨したり、ティオの豪運に驚いたりしていたのだったが……

 ここにきて、自分の賭けた金や儲けを度外視して、今目の前で繰り広げられている信じられない勝負の行方に、次第に魅せられつつあった。

 ティオが勝てば、ドゥアルテに賭けた自分の外ウマの儲けはなくなる。

 しかし、このまま勝ち続けて、遂には20連勝という奇跡を成し遂げる様も見てみたい、そんな気持ちが少しずつ人々の心の奥から湧き上がり始めていた。

 あまりに人間離れした行動を続けるティオは、確かに観衆の関心を集めていたが、人々が彼に惹かれるその魅力とも呼ぶべきものは、どこか、底知れない恐怖に対する怯えにも似ていた。



「……ハア……ハア……ハア……」


 それでも、実際にティオに相対しているドゥアルテが受けている重圧を理解出来る者は居なかっただろう。

 もはやドゥアルテは、外聞など気にする余裕もなく、口をだらしなく開けたまま、肩で息を切らしていた。

 ただ椅子に座ってドミノを打っているだけだというのに、ゴリゴリと音を立てて神経が磨り減り、それが肉体の耐久性までこそぎ取っていくかのようだった。

 時折口から糸を引いて垂れそうになる涎を、慌ててゴシゴシと金糸の刺繍を施した上着の袖でぬぐい、チカチカと視界が明滅するため、何度も目をこすり、目に見えない無数の針で心臓を刺されるごときキリキリとした痛みに、思わず胸を鷲掴んだ。

 常識外れの高レートのドミノを打っているというプレッシャーや、一方的に負け続けている辛さもあったが……

 ティオの前に座り、彼と対峙している時間が伸びれば伸びる程、その強烈な圧力に当てられて心身共にダメージが蓄積していっている感覚だった。

 また、本人にそんなつもりはなかったものの、チェレンチーが「自分は父の死の真相を知っている」とドゥアルテに話した事も、彼の精神を疲弊させる一因となっていた。


 もう、今のドゥアルテには、観客達が自分をどう評しているかなど、意識を払う余裕がなかった。

 すぐ背後に立っている番頭達が、時折何か励ましたり注意を促すような事を言ってきていたが、それも耳に入らない。

 それでいて、テーブルを挟んだ向かいの席に静かに座っている黒衣の青年の声や仕草や姿だけは、焼きごてを押しつけられるかのごとく頭の中に強烈に刻み込まれ続けていた。



 ……12戦目、先攻はあなたですよ……


 ドゥアルテは、ガンガンと音を立てるような激しい頭痛により朦朧とした意識の中で、若い男の声を聞いた。

 その声に導かれるように、半ば反射的に山から牌を引いてきては、自分の目の前のスタンドに立てていく。


(……き、た……来た……来た来た、来た!……)


 ドゥアルテが引いた牌は、『0-0』『0-6』『1-6』『2-6』『4-6』『5-6』『6-6』だった。

 『0-0』を除いた全ての牌に「6」が入っているという偏った配牌。

 ゲームに使用されるドミノ牌は「0」から「6」までの二つの数字の組み合わせが一種類ずつであるので、全部で28枚。

 その中で、「6」の入った牌は7枚あり、その内の『3-6』を除いた全ての「6」の牌がドゥアルテの手元に揃っている状況だった。


 普通の勝負なら、数字の偏りもさる事ながら、「6」という大きな数字を多数抱えている状況に、「運が悪い」と嘆く所だったが、この時のドゥアルテは違った。

 何しろ、ドゥアルテの目的は、対戦相手の若者より一手でも先に上がって勝利する事だ。

 「負けた時のリスクは考えなくてもいい」ため、「6」という大きな数字の偏りも気にしなくて良かった。


(……よ、ようやく俺に「ツキ」が回ってきたぜ! この配牌、そして、今回は俺の先攻だ!……この一戦、俺は今度こそ必ず勝ってみせる! そして、この勝負を終わらせてやるぜ!……)


 ドゥアルテは、スタンドから一枚牌を引き抜くと、ダン! と叩きつける勢いでテーブルの中央に置いた。


 それは『6-6』牌だった。

 初手にダブル牌を切った事で、『6-6』は「初めて場に出されたダブル牌は分岐する」の条件を満たした事になる。

 手牌に「6」の多いドゥアルテには、この先有利となる有効な一打だった。

 『4-6』から切り出して、合計10のボーナスチップを狙わず、早上がりに振り切った『6-6』を打ち出した所にドゥアルテの必勝の気迫が感じられる打牌だった。


 しかも、『6-6』を出せば、対戦相手は必ず「6」の入った牌を出さねばならない。

 しかし、「6」の牌はドゥアルテが7枚中6枚独占状態だった。

 つまり、相手は残ったただ一枚の『3-6』を出すしかなかった訳だが、その牌が相手の手牌に都合良く入っている確率は限りなく低かった。


 ……出せる牌がないので、山から引きます……


 そして、ドゥアルテの思惑通り、対戦相手の男はそう言って、山に手を伸ばした。


(……や、やった! やったぞ! ざまあみろ! やっとコイツに、山から牌を引かせてやったぜ!……)


 対戦相手の若い男が、手牌に出せる牌がなく山から引いたのは、この1マッチ20戦の勝負を始めて、なんとこの時が初めてだった。


(……い、今、何戦目だ? 10? い、いや、12戦目だったか?……ま、まあ、いい。とにかく、ようやく、コイツに山から牌を引かせる事が出来たぜ!……)


(……ハ、ハハ……山から引くと言っても、もう「6」の入った牌は、残り6枚の内5枚は俺が持ってんだよ!……や、山、山には牌が、ええと、全部で28枚の所から、俺とコイツで7枚ずつ引いた残りだから、そ、そう14枚だな! コイツの手牌に『3-6』がないとすると、山の中にあるとは言っても、山は14枚! 当たりの『3-6』はその中のたった一枚だぜ!……)


(……確率は1/14だ! 簡単に引ける筈がない! ハハハ! 何回引いたら、「当たり」が出るかな? せいぜい何枚も引き続けて手牌を増やせよ! お前の手牌が増えれば、俺は勝ったも同然だぜ! いいや、もう俺の勝ちだ! 最初の『6-6』で、俺の勝ちは決まったんだ!……)


(……ざまあみろ! ざまあミロ! ザマアミロ!……死ね! 死ねしねしネ! シネ!……ハハハハハハッ!……)


 向かいの席の男は、山から無作為に牌を引いてくると、そこに描かれた数字を見て……

 スッと、『6-6』に繋げてきた。


(……は?……はあぁ?……)


 ドゥアルテは、ガバッとテーブルの上に身を乗り出して、カッと目を見開き何度も確認したが……

 若い男が置いた牌は、間違いなく『3-6』牌だった。


(……バ、ババ、バカな!……14枚の中からたった一枚の当たり牌を一回で引いてきただと? そ、そんなバカな事が……)


 ……「6」「6」「3」で合計15になりました……ボーナスチップ15枚いただきます……


(……ク、クソッ! しかも、ボーナスチップまで! 15枚もかよ!……)


 再び向かいの席の若い男の声が頭の中に響いてきて、ドゥアルテはハッと我に返り、浮かせていた腰をドッと崩れ落ちるように椅子におろしては……

 ズキズキと痛む心臓を鷲掴むように押さえながら、言われた通り自分のチップ箱から必死にチップを15枚数えて、男に手渡した。


 ……どうしたんですか? あなたの番ですよ……


 ドゥアルテは、額から頰を伝いアゴに達していた汗を、口の端に溜まった涎と共に慌てて手の甲でゴシゴシとぬぐうと、自分の手牌に視線を戻した。


(……い、いや、まだだ! まだ、俺が有利な状況は変わってない!『6-6』には、後3枚も「6」の牌が繋げられる! そして、俺の手牌には「6」の牌がまだまだあるぜ!……)


 二巡目、ドゥアルテは、スタンドに並んだ手牌から『5-6』を掴んで、『6-6』に垂直になるように繋げた。

 これで、ダブル牌がドミノ列の端でなくなったため、端の目の合計は「3」「5」に変化し合計8となった。


 向かいの席の若い男が、それを見て小さく笑った気がした。


(……な、なんだ!? 何がおかしい?……)


 ……いえ。相変わらず目の大きな牌から出しているのかな、と思って。早上がりを狙うなら、目の大きな牌を先に処分する必要はないと、あなた自身も言っていましたよね。……


……そう、例えば、ここは『2-6』を出すのがいいでしょう。そうすれば端の目が「2」と「3」になり合計5でボーナスチップが取れますよ。……まあ、あなたの手牌に『2-6』牌があれば、の話ですけれども。……


(…………)


 男に言われて、ドゥアルテは手牌を改めて見つめた。

 そう、確かにそこには『2-6』牌があった。

 ゲームを始めた時、ドゥアルテの手牌には、『3-6』以外の「6」の入った牌が全てあったのだから。

 「チッ!」と、悔しさで舌打ちするも……同時に、ドゥアルテは、ゾクッとある疑問に行き当たった。

 こちらを静かな眼差しで見つめている男の緑色の目が、こちらの手牌だけでなく、心の中まで見透かしているようで気味が悪くてたまらない。


(……た、たまたまだ! アイツの予想が偶然当たっただけだ!……次だ、次!……)


 男が、いつの間にか手に持っていた牌を、トッと『3-6』に繋げてきた。

 いつもの事だが、男は、自分の打牌の後すぐ、ドゥアルテの打牌を見る前から、次に自分が打つ牌を手に持って待ち構えていた。

 男が場に出したのは、『3-3』だった。

 これで列の端の目は「3」「3」「5」と変わって、合計11となった。


 ドゥアルテは、それを見てニヤリとし、ダン! と思い切り『4-6』牌を切り出した。


(……ほうら! どうした、どうした! これで、合計15だぜ! 早くチップ15枚よこせよ! さっき取った分を丸ごと取り返してやったぜ! ハハ、ハハハハハッ!……)


 ……おや。これはやられましたね。お見事。


 ドゥアルテがテーブルの上に手を突き出し、煽るようにヒラヒラと振って要求すると……

 若い男は相変わらず緊張感のない能天気な笑みを浮かべながら、黒く塗られたチップ15枚を綺麗に揃えてドゥアルテに渡してきた。

 ドゥアルテは、ハアハア息を荒げてそのチップを掻き集めると、自分のチップ箱に突っ込む。

 一枚落ちて転がったのを、慌てて掴んで箱に押し入れた。


 若い男は、チップの支払いが済むと、何事もなかったかのように『2-5』牌を出してきた。

 先程のドゥアルテの『4-6』で最初のダブル牌『6-6』の三つ目の分岐が埋まり、ドミノ列の端の目は「3」「3」「4」「5」となって合計15でボーナスチップを取ったのだったが……

 若い男が『5-6』に『2-5』と繋げた事で、端の目は「2」「3」「3」「4」と変わり、合計12となった。


(……フン! まだ、俺には『6-6』に繋げられる牌があるんだよ! お前にはないがな!……)


 四巡目、ドゥアルテは『2-6』牌を『6-6』の四つ目の分岐にドッと勢い良く置いた。

 これで『6-6』牌の全て分岐が埋まり、ドミノ列の端は四つとなった。

 その内一つはダブル牌『3-3』であるため、端の目は「2」「2」「3」「3」「4」で合計14となる。


 それを待ち構えていたかのように、若い男が動いた。

 やはり、また、ドゥアルテの打牌の前から、次に自分が場に出す牌を手にしており、それをそのまま繋げてきた。


 ……合計15です。チップ15枚いただきます。……


 男の打牌は、先程のドゥアルテの『2-6』に繋がる『2-3』で、これで端の目は「2」「3」「3」「3」「4」となり、確かに合計15となった訳だが……


(……クソッ!……クソ、クソクそくそ、くそったれがぁ!……)


 悪態をつきながらも、男から取り返したばかりの黒チップ15枚を男に差し出すも……

 程なく、ドゥアルテは、もっと不吉な事態に自分が陥っているのに気づく事となった。

 そう、ドミノ列の端の数字の種類は『2』『3』『4』で、残りの手牌が『0-0』『0-6』『1-6』であるドゥアルテには、出せる牌がなくなっていたのだった。


(……あ……あ、れ?……あれ?……あれあれあレアレ、アレ?……)


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「ナザール王都」

ナザール王都は、長い戦争が終わった後、計画的に建設された都である。

都の中央には土を盛って人工的に丘が作られ、その上に王城が建っている。

都の中を流れる川の水は、水路によって都の隅々まで行き届くようになっており、市民の生活用水として用いられている。

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