過去との決別 #135
「え? ドゥアルテさんを標的に選んだ理由? 復讐なのかって? え? 復讐?……ああ、チェレンチーさんに対してあなたが長年に渡ってしてきたあれやこれやに対する復讐って意味ですかー。いや、全然違います。ドミノ賭博でパーッと資金を増やそうと思いついた後、いろいろ調査してターゲットを選んでいた時に、ドゥアルテさん、あなたが一番美味しいカモだと判断したからです。まあ、結果的に、あなたがチェレンチーさんの腹違いのお兄さんだった事で、赤チップ卓に着く時に気を引きやすかったという利点はありましたが。……え? なんで俺を『美味しいカモ』だと思ったのかって? ハハ、だって、あなた、お金持ちでしょう? それに、ドミノ賭博にどっぷり浸かっていて、とっくにタガが外れている。ちょっと負けたぐらいでやめるような慎重さは欠けらもなく、店側からツケで借りてでも自分が勝つまで勝負を続けるような人だ。そんなあなただから、いくらでも金を吐き出すだろうと踏んで、俺はあなたをターゲットに選んだ訳です。実際、その通りだったでしょう?」
「と言うか、今更ですけれど、腹違いの弟さんであるチェレンチーさんに、長年酷い事をしていたという自覚はあったんですねー。ちょっと意外ですー。まあ、罪悪感の方は、残念ながら全くなさそうですがー。……ええ、チェレンチーさんには、この計画を思いついた時に、あなたを標的にする事はちゃんと話しましたよ。チェレンチーさんがやめてほしいと言うのなら、他の標的を探すつもりでしたが、特に止められませんでしたので。……ええ? なんで、チェレンチーさんが、あなたに手を出さないでほしいと懇願すると思えるんですか? どう考えても、あなた、チェレンチーさんに嫌われているでしょう? 自分で家から追い出しておいて、何を言ってるんですか?」
「確かに、先程、チェレンチーさんをドゥアルテ家や商会に戻そうとかなんとか、話し合いはしていましたね。あの結果いかんでは、俺も計画を変更して、この最後の黒チップ勝負は止めようとも考えていました。チェレンチーさんは、今まで、傭兵団のために誠心誠意働いてくれていた人です。たとえ傭兵団を抜けるからと言って、そんな恩義のある人が居るドゥアルテ家や商会から、再起不能になる程の大金を毟り取る訳にはいきませんからね。その時は、まあ、別プランで、なんとか金の方はやりくりするつもりでした。あの時点で、目標金額の最低ラインにはほぼ達していましたしね。でも、チェレンチーさんは、結局、ドゥアルテさんの側には戻らなかった。だから、俺は当初の目的通り、あなたから限界まで金を搾り取るという計画の最終段階に移行したと言う訳です。」
「ん? チェレンチーさんの事を『恩知らず』とは、その言葉、そっくりそのままお返ししたいですね。それに、チェレンチーさんは、確かにあなたの事を嫌ってはいるでしょうが、あなたとは違って、人としての理性は持ち合わせていますよ。……この最後の勝負の後、惨敗したあなたは、借金のカタにほとんど全ての資産を取り上げられ、商会は人手に渡り、今までの放蕩ぶりから打って変わって慎ましやかな暮らしを強いられる事でしょう。そうなった時に、まだギャンブル狂いをしていたら、それこそ身の破滅ですよ。チェレンチーさんが、俺に、『もう二度とギャンブルをしたくないと思えるぐらいに叩きのめしてほしい』とあなたの事を頼んだのは、チェレンチーさんなりの最後の優しさだと俺は受け取りました。」
「まあ、そんな訳ですから、引き続き存分に地獄を味わって下さい。ああ、地獄案内のお代は勝手に貰っていきますので、ご心配なく。」
ティオは立て板に水でペラペラとしゃべり倒しながら、自分のチップ箱からまた一枚黒チップを摘み取り、テーブルの端に並べている列の先端にパチリと置いた。
「これで、九つ。……後、十一。」
□
「さて、一戦終わったので、『負け分の支払いをお願いします』と言いたい所ですが……」
ティオは、柔和な笑みをたたえ穏やかな口調ながら、サラリと重要な事に触れてきた。
「ドゥアルテさんは、もう、チップが足りていませんよね? という事は、先の二回と同じように……『俺から金を借りて、一旦店にツケを返し、その後、新たにツケでチップを借り出して負け分を支払う』……という流れでいいんですよね?」
正直、ドゥアルテは、ゲームでティオにみじめに大敗させられただけでなく、会話の上でも完全に主導権を奪われて、はらわたが煮えくりかえる程ティオの事を憎らしく思っていた。
三十代も後半だというのに自分の怒りを制御する癖をつけてこなかったドゥアルテは、実際、目の前でヘラヘラ笑いながらペラペラと良く喋る生意気な若造についカッとなり、先程彼の顔面目掛けてドミノ牌を思い切り投げつけてしまっていた。
賭博場内での暴力沙汰はご法度である事から、当然『黄金の穴蔵』側からその件で厳しく注意される羽目にもなった。
しかし、それを取り成したのが、ドミノ牌を投げつけられた当のティオで、かつ、どういう訳か、額を直撃したと思われたドミノ牌は当たっていなかったらしく、ティオは何事もなかったようにケロリと涼しげな顔をしていた。
結果的に不問に処されたドゥアルテだったが、そんなティオの言動に、ますます八つ当たり的に腹の中で憎悪を募らせていっていた。
しかし、今のドゥアルテに選択の余地はない。
先程の、未遂という事で不問になったティオへの暴行の一件で、『黄金の穴蔵』の用心棒にガッと強く肩を掴まれた時の事をドゥアルテは思い出していた。
もちろん相手は充分な手加減をしていたのだが、ドゥアルテの体感では、恐怖も相まって、今も肩の肉がキリキリと痛んでいるような気がしていた。
チラと、テーブルの横に視線を走らせると、中立の立場を示すかのようにティオとドゥアルテのちょうど中間地点に豪華な専用の椅子を置いて葉巻をくゆらせているオーナーの姿が目に入ってきた。
怪しい光沢のある黒い鳥の羽で出来たマントを羽織った異様なその姿に、ドゥアルテは内心ブルッと震えた。
(絶対に『黄金の穴蔵』には逆らえない!)という思いが、ドゥアルテの頭の中で回っていた。
『黄金の穴蔵』で派手に暴れて刃傷沙汰を起こした者や、店内で詐欺や盗みなどの不法行為を働いた者、また、大量のツケを残したまま高飛びしようと企んだ者など、『黄金の穴蔵』を敵に回して睨まれた者達の悲惨な末路の噂を、ドゥアルテも当然聞いて知っていた。
どこかの裏路地の水路に死体が浮いていたとか、夜道で誰かに後ろから切りつけられて大ケガをしたとか、あるいは、ある日突然なんの前触れもなく忽然と姿を消したとか。
さすがに、噂に尾ひれがついただけで命を奪うような真似はしないだろうとは考えていたが、時折店内でイカサマか何かしでかしたらしい男が用心棒達にガッチリと両腕を掴まれて店の外へと連れて行かれたのち、「ギャアァーッ!」という悲鳴が聞こえてくる事があった。
身ぐるみを剥がされて素っ裸で道に放り出されるならまだいい方で、指の骨の一二本、酷い時は腕や足の骨まで平気で折ってくるのが、この『黄金の穴蔵』という賭博場の裏の姿だった。
元々小心者であり、ケガや痛みが恐ろしくたまらないドゥアルテは、想像しただけで冷や汗が止まらなかった。
「……分かってるなら、さっさと準備しろ。」
なんとか威厳を保ってそう答えると、テーブルの向かいに座ったボサボサの頭に大きな丸い眼鏡を掛けた珍妙な外見の青年は、ニコッと満面の笑みを浮かべた。
「はいはい! さっそく借用書の用意をするので、少々お待ちを!」
と、慣れた手つきでスイッと羽ペンを持つと、ツッとインク壺に浸す。
そんなティオの対応の良さと、この流れを読んでいたのか、気の利く『黄金の穴蔵』側の従業員がティオの元に用具一式が揃った筆記用の小机を素早く運んできたのにも、ドゥアルテは苛立ちを覚えずにはいられなかったが。
そして、もう三回目のやり取りという事もあり、ティオは一層手際良く、銀貨1500枚の借用書を書き上げていった。
□
「ところで、一つ提案があるんですが、ドゥアルテさん。」
ティオは、書き上げた借用書をスッとテーブル越しにドゥアルテに渡してきた。
ティオと名乗る、傭兵団に属するこの素性の知れない青年は、一見みすぼらしい浮浪者のような出で立ちではあるが、背筋を正して椅子に掛けた姿や、こうした何気ない所作が、酷く洗練されていた。
着飾った貴族達のように気取った印象はまるでなく、むしろ機能性を重視し極限までムダを省いた故の鋭利な美しさを感じさせる。
「なんだ?」と、借用書を受け取りながらぶっきらぼうに答えると、ティオはさっそく、例によって例のごとく立て板に水でペラペラと喋り始めた。
「この……俺が金を貸して、それで『黄金の穴蔵』へのツケを返し、再度ツケでチップを借り出す……という一連のやり取りなんですが、もう少し簡略化出来ないかと思いましてね。」
「簡略化?」
「ええ。だって、毎回毎回、俺がチップを銀貨に替え、その銀貨をドゥアルテさんに貸し、その銀貨で店のツケを払って、またチップを借りる、なんて、面倒じゃないですか?『黄金の穴蔵』側としても『俺のチップを現金に交換する』『ドゥアルテさんの現金でツケを清算して、チップを貸す』という手間がかかります。つまり、俺が言いたいのは……」
「銀貨1500枚分の借用書を交わしたら、『俺の手元にある黒チップを現金に交換せずに、そのままドゥアルテさんに渡したらいいんじゃないか?』って、事です。」
飄々とした態度はそのままに、交渉ごとに長けた気配を強く漂わせ始めたティオの言葉に、ドゥアルテは「はあ?」と顔をしかめた。
ドゥアルテにとって、これだけの説明では、ティオの意図は到底汲み取れなかった。
「客同士でのチップの貸し借りは禁止されてるだろうが?」
「確かに、ドゥアルテさんの言う通りです。しかし、今このテーブルには、『黄金の穴蔵』側の従業員の方がついてくれています。その方達の見守る中で、俺のチップを現金に替え、その現金でドゥアルテさんが店側へのツケを返し、新たに上限までチップを借りる、という作業を簡略化させるのなら、問題はないんじゃないでしょうかね?」
「具体的に言うと……俺は、ドゥアルテさんに銀貨1500枚を貸すために、赤チップ1875枚を『黄金の穴蔵』側に渡して換金してもらっています。チップを現金化する時には、二割の手数料が引かれますから、銀貨1500枚に替えるためには、赤チップなら1875枚が必要な訳です。これまでのドゥアルテさんとの二回の取引きでは、黒チップで渡しているので、不足のないように黒チップ188枚を渡し、銀貨1500枚と、釣りの赤チップ5枚を受け取っていました。そして、その銀貨1500枚をドゥアルテさんに貸し出し、ドゥアルテさんは店側のツケを完済して、また黒チップ150枚を借り出していた訳です。」
「つまり、俺が黒チップ188枚を出し、その中から、150枚をドゥアルテさんが受け取り、本来なら換金に必要な手数料分の37.5枚を『黄金の穴蔵』側が受け取れば、結果的に同じ事になりますよね? ああ、当然、ドゥアルテさんには、銀貨1500枚分の借用書にサインをしてもらう事になりますが。」
「客同士でのチップの貸し借りは禁止されていますが、今言ったやり取りの場合、間にしっかりと『黄金の穴蔵』側が入って現金に換えた時の手数料を引く形になっています。これならば、ルールにも抵触しないし、俺とドゥアルテさん、そして『黄金の穴蔵』側の手間も省けるので、良い事づくめだと思うのですが、どうでしょうかね?」
ドゥアルテは、途中からポカンと口を開けたままティオの説明を聞いていた。
ティオの解説は徹頭徹尾論理的で破綻のないものだったが、残念ながらドゥアルテには理解する知識や知能が足りていなかった。
不安そうに後ろを振り返るドゥアルテに、番頭達が足早に歩み寄ってきて、二人掛かりで必死に説明していた。
番頭達はなんとかドゥアルテにも分かるようにと噛み砕いて話していたが、結局ドゥアルテが最後に二人に確かめたのは……
「じゃあ、アイツの言ってる事は合ってるんだな? 俺を騙そうとか、罠だとか、そういうもんじゃないんだな?」
というものだった。
要するに、「計算や論理は良く分からないが、自分に損のない話のようなので、まあ大丈夫だろう」という、非常にザックリとした感覚的な結論だった。
もちろん、こんな金銭感覚では大商会の頭取に不適格なのは言うまでもなく、番頭達は二人共にゲンナリした表情を浮かべていたが。
「まあ、いいんじゃないのか。」
「では、ドゥアルテさんは、このやり方に賛成という事で良いですね。」
ドゥアルテは、椅子の背に背中を預けてふんぞり返り腕組みをするという尊大な態度をとりつつ、大きくうなずいた。
内心ドゥアルテも……借用書にサインをして、銀貨1500枚を受け取り、その金額を確認したのち、それを『黄金の穴蔵』側に渡して、また黒チップ150枚を借り出し、そのチップの数を確認する……という一連の手続きを面倒だと感じていた所だった。
そもそも、ドゥアルテは、細かい計算や面倒な作業が大嫌いな性分だ。
この手続きが、「銀貨1500枚を借りる」という借用書にサインさえすれば即黒チップ150枚を受け取れる、という簡略化されたものになって、面倒ごとを大幅に減らす事が出来るとなれば、乗らない訳はなかった。
ドゥアルテよりずっと頭の回る番頭達も、この簡略化案がこちらにとって不利なものではない事を確認し、納得している様子だった。
(……危うい。……まあ、充分予想していた事だけれど、兄さん達は簡単にティオ君の手の平の上で転がされているなぁ。……)
ティオの発案を聞いて、番頭達のように納得する者、ドゥアルテのように内容が難しいのか理解出来ない者などが居る中で……
チェレンチーは、ティオの仕掛けた落とし穴に気づいた数少ない人間の一人だった。
読んで下さってありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。
とても励みになります。
☆ひとくちメモ☆
「チップ交換の手数料」
賭博場『黄金の穴蔵』では、ドミノゲームの支払いだけでなく、飲み物を買ったり各種サービスを受けるといった全ての行為を、専用のチップで行う決まりとなっている。
そのため、客は、まず最初に現金をチップに替える。
チップは逆に現金に替える事も出来るが、その時には手数料が差し引かれ、それが『黄金の穴蔵』側の儲けとなっている。




