表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第二章 内戦と傭兵 <後編>傭兵団一の強者
27/441

内戦と傭兵 #15


 その時、サラが動いた。

 タッと地を蹴って、前に飛ぶ。

 水平に構えてボロツの剣を横で止めていた自分の剣は、その動きに合わせて、シャーッと滑らせ、ジャッと引き抜いた。

 サラは考えずにただ「なんとなく」そうしたのだったが、懐に飛び込むと同時に、剣に掛かる力を少しずつ逸らした格好になった。

 そうではなく、ギリギリと二つの大きな力がせめぎ合う状態から強引に剣を引っ込めようとしたのなら、サラの長剣の剣身はボキリと折れていたかもしれない。


「……ガッ!……」

 サラが支えていた剣を引き抜いたので、ボロツは勢い余って、ザグッと大剣の切っ先を地面に突き刺していた。

 ほんの一瞬ののち、ハッと我に返った時には、もう既に、目の前にサラの剣が迫っていた。

 サラは、引いた剣を前に突き出す形で、真っ直ぐに構えて走りこんでくる。

 慌ててボロツは、手に握っていた大剣の刀身を自分の体近くまで引き戻し……

 自分の体と平行になるように沿わせ、進入禁止の板を渡すごとく、斜めに構えて防御する。


 カキィィーーン!


 間一髪、ボロツの喉元を下から狙ったサラの剣の切っ先が、ボロツの幅広の大剣の剣身によって阻まれた音が響き渡った。


「クッ! このぉ!」

 ブウンと、すかさず大剣を大きく振るって、自分に寄ってきた羽虫を追い払うように、サラを遠ざける。

 サラは、その動きを見てとって、トットットッとすばやく後ろに飛び下がり、ボロツの剣の届く範囲から大きく退いた。


「やるじゃん!」

 サラは手の中でクルクルと長剣の柄を回して、先程の攻防で自分の剣が負ったダメージを確認しながら、ボロツに向かってニコッと楽しげに笑った。


「……お、お前こそ、見かけによらず、なかなかやるじゃねぇか!」

 ボロツもサラに向かって剣を構え直すが、その巨体からは、先程はなかったピリピリとした緊張感がほとばしっていた。

 こちらを強敵と認識し気を引き締めたのが、サラには感じられた。



 しかし、そんなサラとボロツのお互いの力の探り合いをよそに、観衆である傭兵達は、大いに盛り上がっていた。

「おおー! 女の方もやるじゃねぇか!」

「おいおい! ボロツさん相手に、あそこまで攻められるヤツは、こん中に一人も居ねぇじゃねぇのか?」

「バーカ! チビの小娘相手にボロツ団長が本気出す訳ねぇだろ! 手加減してやってるんだよ!」



「じゃあ、今度は……」

 サラは、再びグッと長剣を握り直し、ダン! と地面を蹴った。


「こっちから行っくよー! タアアァァーー!」



 ガキン!……キンキンキン!……ギリギリ……キーン!……


 訓練場に絶え間なく剣戟の音が響き渡る。

 サラは、次々とボロツの懐に飛び込み、斬りかかる。

 それをボロツは、鍛え上げた筋肉隆々たるかいなを持って大剣を振り回し、ことごとく払いのける。


(……ぐぅ! 速い!……剣筋はメチャクチャで、剣術の訓練をほとんど受けてない素人だって分かる。……)


(……だが、メチャクチャなのに、恐ろしく強い!……)


(……コイツ、生まれ持った運動神経と怪力だけで、この俺の剣を押し切ろうとしてきやがる!……)


 ボロツがサラの間断なく続く攻撃を必死にかわしながら、大きな驚きと共にそんな事を考える一方で……

 サラもまた、思っていた。


(……エヘヘヘヘー! 強いなぁ、強いなぁ! たっのしいなぁぁー!……)


(……コイツ、図体がデカイだけじゃなくって、体が柔らかくって、素早い!……こういう体が大きくて力の強いヤツって、それにあぐらをかいて、剣の腕をちゃんと磨かなかったりするんだけどー、コイツは、凄く鍛えてるって感じがするー!……)


(……たぶん、ハンスさんの方が、純粋に剣の腕だけなら上だろうなぁ。……でも! コイツのが強い! ハンスさんとコイツには、絶対的な違いがある!……)



 サラは、直感的に、ボロツとハンスの剣の質の違いに気づいていた。


 ハンスからは、王国正規兵として長年実直に訓練を積み、コツコツと剣の腕を磨いてきた事が感じられた。

 その剣さばきは、洗練されムダがなく、彼の真面目な性格を映したように、几帳面な印象だ。


 一方でボロツは、ハンスに比べると、剣さばきは荒々しく大振りでムダが多い。

 しかし、それされも圧倒してしまえるだけの、特大の腕力を持っていた。

 多少の粗があろうとも、身の丈を超える巨大な大剣をここまでブンブンと振り回されては、大抵の者は近寄れもしないだろう。


 けれど、サラが感じ取ったボロツの本当の強さは、それだけではなかった。


(……コイツには、決心がある! コイツからは、剣一本で生きていかなきゃならないっていう、強い気持ちを感じる!……)


 それは、同じく剣を持ち武芸で生計を立てているとは言っても、国王正規兵として安定した生活を保障されているハンスには決して持ち得ないものだった。

 ハンスは、国王正規兵団に属し、もっと広い意味ではナザール王国に属している。

 そして、同じような境遇の仲間を多く持っている。

 王都には、自分の家があり、家族や子供も居る事だろう。


 それに対してボロツは、何も持っていなかった。

 サラは彼の身の上話を聞いてはいなかったが、彼が「持たざる者」である事は、剣を交えている内に自然と察せられた。

 それは、サラもまた、彼と同じ「持たざる者」であったからだろう。


 ボロツには、おそらく家族は居ない。

 戦場から帰った彼を温かく迎えてくれる家族や家はないのだろう。

 今は、ナザール王国の傭兵団、その団長としてここの人々の中に属してはいるが、それも一時的なものに過ぎない。

 この戦が終われば、彼の部下である傭兵達は再び散り散りとなり、ボロツもまた一人に戻る。

 頼れる者も、友達も居ない、天涯孤独の身。


 そんな一人で生きてきたボロツだからこそ……

 自分の身は自分で守るしかない彼だからこそ……

 強くなれたのだ。

 いや、強くなる他なかったのだ。

 彼は自分の鍛え上げた肉体と身の丈を超える一振りの大剣だけを頼りに、この世界の厳しい荒波を掻い潜り、たった一人で今日まで生き延びてきた。

 恵まれない境遇と孤独により、必然的に鍛え上げられた彼の精神と剣術には、故に、ハンスには持ち得ない「気迫」があった。

 自分一人で、この剣だけで生きていかねばならないという、追い詰められた強い決意が、彼の剣に、実力以上の「力」を与えていた。


 

(……いいね!……)


(……いいねいいね! すごーくいい!……私、そういうの、好きだよ!……)


 サラは、次々と休みなく攻撃を繰り出しながら、それを確実に弾き返してくるボロツの様子に、嬉しくてキラキラと目を輝かせていた。


 サラは、ボロツの人となりや身の上を未だ良く知らなかった。

 ボロツの事を好きかと聞かれれば、思いっきりブンブンと首を横に振っただろう。

 ボロツは、可憐な美少女であるサラを一目で気に入ったようだったが、残念ながらサラにとってボロツは、生理的に受けつけないレベルでタイプではなかった。

 ただ、自分と同じく剣を手に戦う人間として考えた時、そこには共感出来るものが多くあり、好感の持てる人物であると、サラは思った。

 同じ傭兵団の仲間、戦友、友人、そういった存在としては、彼はとても好ましく感じられた。


(……だって、真っ直ぐだから!……強さに、剣に、戦いに、凄く真っ直ぐに向き合ってるヤツだから!……)


 ハンスの反応や彼への態度を見るに、ボロツの平素の素行は良くないようだ。

 傭兵団に入って来た新人を何人もすぐに追い出したとも聞いた。

 一癖も二癖もある傭兵達の中で、ひときわガサツで乱暴な、ならず者達のボス。


 けれど、そんな彼の中に、一点、サラは長所を見出していた。


 それは、「強さ」に対して純粋である事。


 恵まれた境遇も、優しい家族も、裕福な安定した生活も、何も持っていないボロツが、ただ一つずっと真摯に追い続けてきたもの。

 唯一、信じているもの。

 それが「強さ」だ。

 だからこそ、誰よりも強くなりたいと、懸命に己を磨いた。

 自身の「強さ」こそ、彼の唯一の誇りであり……

 人生の全てだった。


 そんな、ボロツの「強さ」に対しての純粋さを、サラは「好ましい」と感じたのだった。



(……でもー、そろそろ決着つけないとなぁー。……)


 サラは、好感の持てる強敵に出会えた事で、血湧き肉躍る喜びを覚えていたが……

 これ以上戦いを長引かせるのは無理だと判断した。


(……私の剣が持ちそうにないんだよねー。……そういえば、魔獣と戦った時に刃こぼれしたのも直してなかったなぁー。……)


 ボロツがその巨体と太い腕から繰り出してくる大剣の攻撃を、サラは、遥かに小さなごくありふれた長剣一本でさばき続けていた。

 なるべく、自分の剣に負担がかからないようにと、正面から思い切り叩きつけたり、激しく切り結ぶ事は極力避けてはいたが。

 最初、力試しに一度ボロツの剣を受け止めた以外は、シュッと剣身を滑らせてすぐに衝撃を逸らしていた。

 それでも、ボロツの持つ巨大な大剣の前では、サラの長剣は少しずつ疲弊し、限界が近づきつつあった。

 攻撃を間断なく繰り出して、相手が疲れるのを待つという戦法もあるが……

 ボロツはハンスと違って、腕力だけでなく持久力も驚異的で、未だ疲れや集中力の途切れは感じられない。


「オラオラァ! どうしたどうした! もうすぐ、そのちいせぇ剣がボキッと折れちまいそうだなぁ! ハハハハハッ!」


 ボロツもそれが分かっている様子で、自分からはあまり積極的に攻めてこなかった。

 サラが繰り出す攻撃を、その巨体に似合わぬ素早さと柔軟性でかわし続けながら、サラの剣の限界が来るのを待っている。

 剣さえ折ってしまえば、サラが降参すると踏んでいるのだろう。

 決してこちらを舐めているのではないが、それでも可能な限りサラを傷つけない方向で戦いを収めたいと思っているらしい事を、サラは察していた。


 しかし、それはサラとて同じ事。

 サラが本気で切り結べば、ボロツに手傷を負わせる事はたやすい。


(……でも、今回はそれじゃダメ!……)


 サラは今まで人間相手に戦った事は何度もあったが、相手は皆お尋ね者の犯罪者であり、ヤツらを捕らえ大人しくさせるためには、場合によっては手荒く扱うのもやむなしといった所があった。

 だが、ボロツは違う。

 同じ傭兵団の一員として、これから共に戦っていく仲間だ。

 決着をつけるために、多少痛いを思いをさせる事は不可避だとしても、手傷は最小限に抑えたかった。


(……うーん……よし! この作戦でいこう!……)

 サラは、休みなく攻撃を繰り出しながら少し考えたのち、ピンと閃いた。


(……ただ、それには、アイツの剣を止めなきゃなんだよねー。……)


 ボロツの倒す最大の難関は、やはり、あの身の丈を超える巨大な大剣だった。

 サラは、小柄な上に、武器は一般的な長さのロングソードで、普通に切り結んでは、圧倒的にリーチが足りない。

 こちらの攻撃を届かせるには、ボロツの振り回す大剣の守備範囲の内へと、思い切って飛び込む必要があった。

 しかし、敵もさる者、ボロツは、腕力だけでなく柔軟性もありかつ素早いため、様々な角度から切り込んでいってみても、すぐに対応して弾き返してきた。


 つまり、ボロツに決定的な一打を叩き込むには、あのブンブンと振り回している大剣を止める必要があった。


(……ほんのちょっとの間でいいんだよねー。そのほんのちょっとの隙さえあれば、私は、コイツに勝てる!……)


 キン! キン! ギャリーン!

 サラは休みなく、踏み込んでは跳び離れ、また、切り込んではすぐさま後退して、攻撃を続けつつ、自分の手にしている長剣を観察した。


(……さっきみたいに、コイツの剣を正面から受け止めるのは……後一回が限度かなぁ。……でも!……)


 トットットッ、とリズミカルに、体はボロツに向けたまま後ろに向かって飛び、一旦大きく距離をとった。


(……一回あれば、十分!……)


 ニコッとサラの淡い桜色の唇に、会心の笑みが浮かんだ。

 それを見て、ボロツがピクリと薄い眉をしかめる。


 サラは、今まで両手で持っていた長剣を、左手だけに持ち替えると、シュバッと目の前の空気を切り裂くように一回大きく振って構えた。


「さあ! 行っくよー!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ