過去との決別 #131
「……な、何? なんだって?……チップ15枚!?……」
「バカな!」
と、思わず叫んで、ドゥアルテは、ガバッと、椅子に背を戻そうとしていた姿勢から再びテーブルの上に乗り出すようにして、盤上を見つめた。
ティオが出したのは、『2-5』牌だった。
一つ前の自分の番に良く確認していたのでドゥアルテも知ってはいたが、ドゥアルテが出す前のドミノ列の端の数字は「2」「3」「4」「5」と四つあった。
おかげで、ドゥアルテの手牌は三枚も出せる状態にあり、かつ『3-5』に至っては、「3」「5」のどちらに繋いでも良かった。
選択に悩んだドゥアルテは、最終的にどれを出しても同じだろうという結論に至り、「なんとなく一番良さそうだ」という自分の感覚に頼って『3-5』牌を『3-4』に繋げる事にした。
ここで、繋げられる数字は一つ減って「2」「4」「5」と変わった。
『4-4』のダブル牌の分岐の残り一つはまだ牌が繋がっていない状態なので、ボーナスチップの計算にはカウントしないため、端の目の合計は「2」「5」「5」で「12」となり、ボーナスチップは取れない。
そこに、ティオが『2-6』の「2」の端に繋がるように『2-5』を出してきた。
これで、三つの端の目は全て「5」となり合計「15」となったのだった。
(……う、嘘だ……な、なんだ、これは? 一体なんなんだよ、これは?……夢? そうだ、悪い夢でも見ているようだ……)
五回連続のボーナスチップ。
ドゥアルテは、まだこの一戦の勝敗も決まらない内から、「5」「10」「10」「10」「15」とボーナスチップだけで50枚もの黒チップを手放す状況に陥っていた。
あまりの出来事に思わず、ハア、ハア、と過呼吸気味になり、全身から気持ちの悪い汗がドッと吹き出してくる。
見つめる盤上が、視界が、グラリと揺れ始め、透明な水に真っ黒なインクを落としたように、グルグル回りながら混ざり合って、辺りが徐々に暗くなっていく。
「ドゥアルテさん? ドゥアルテさん、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですけど。」
「……う……う、うるさい!……チップだろう? ちゃんと聞こえてる!……ほ、ほら、持っていけ!」
ドゥアルテは、サアッと血の気が引き現実感が遠のいていっている状況でも、グッとテーブルの端に手をついてなんとか正気を保ち、ティオにボーナスチップを支払らおうとした。
しかし、とてもチップを数える余裕はなかったため、適当に自分のチップ箱からガッとチップを掴んで、放り投げるようにティオに渡した。
ティオは、ススッと素早く、テーブルの上に散らばったチップを監視の目にも分かるように整えながら数えると、言った。
「すみません。後四枚足りません。」
「……チィッ! クソ野郎が!……」
ドゥアルテは、息を切らしながら、回る視界の中で必死に自分のチップを数え、残り四枚の黒チップをティオに渡す羽目になった。
□
「お、おい、またボーナスチップを取りやがったぞ、あの若造!」
「何枚取った? 良く見えないぞ!」
「15枚じゃないか? 黒チップだから、この一回で、ザッと銀貨150枚換算だぞ!」
「スゲェな、おい! 五回連続で、ボーナスチップを取るなんて、どんなぶっといツキを持ってやがるんだよ!」
ティオがこの7戦目が始まってから五回連続のボーナスチップを取った事で、ますます観客の興奮が高まっていた。
ほとんどの人間が、ティオが20戦連勝出来るとは考えておらず、外ウマはドゥアルテに賭けている。
ティオに賭けたのは、大穴狙いのわずかな者と、ティオの身内であるボロツやチェレンチーだけだった。
それでも、これだけ派手な展開になれば、自然と観客は沸き立つ。
中には「いいぞ!」「もっと取れ!」とティオに声援を送る者まで出始めていた。
対戦相手のドゥアルテも、ゲームを見守っている観客達も、ほぼ全員が五連続のボーナスチップ奪取を「運」だと考えていた。
ここまでいくと、もはや「奇跡」なのではないかと言い出す者さえあった。
そんな中で、恐らくこれが単なる「運」ではない事を予想している人間がわずかに居た。
まず、ティオのズバ抜けた知能と能力を良く知るチェレンチー。
そのチェレンチーがさり気なく周囲を観察した所、他には、ボロツも笑顔が引きつっていたので、おそらく何か察しているのだろう。
そして、もう一人、意外な人物が、ティオを冷静かつ恐れを帯びた目で見つめていた。
それは、チェレンチーの更に後方でティオの行動に目を光らせていた、『黄金の穴蔵』の従業員服姿の小柄な老人だった。
老人は、この「1点につき黒チップ1枚」という史上初の高額レートとなった最後のゲームが始まるまで、壇上には居ても、ティオの手牌を見る機会はなかった。
しかし、レートの高さと、店の客ほぼ全員が外ウマに参加しているこの状況下で、何か不手際があってはいけないと、賭博場『黄金の穴蔵』側でもプレイヤーに監視をつける事になり、そのティオ側の役目を負った事で、老人は初めてティオの手牌を見る事となった。
『……強い……いや、強いなんて次元じゃない……』
『……もはや、異常だ……』
ティオの戦い振りを後ろで見ていて、ついうっかり漏らしたであろう老人のつぶやきを、チェレンチーは思い出していた。
ティオの「裏側からでも牌を区別出来る」という技能を知っているチェレンチーであっても、ティオのゲーム展開は分からない事だらけで驚きの連続であったので……
長年この賭博場で赤チップ卓周りの雑用をしながら様々なプレイヤーを見てきたであろう老人には、ティオのプレーの異常さは、さぞ強烈に感じらる事だろうとチェレンチーは考えた。
老人の目は、度重なる「運」による「奇跡」に感嘆しているそれではなかった。
名前も知らない一人の若者によって、次々と意図的に生み出される「計略」とそれに見事にはまって落ちてゆくドゥアルテの有様、そして、若者が叩き出し続ける桁外れの金額の儲けを……
ジワリと額に冷や汗を浮かべながらも、冷静にジッと観察し続けていた。
決して目を逸らさず、幻惑に惑わされず、若者の言動を一欠けらも取りこぼさないようにという真剣さを持って、静かに見つめていた。
(……このお爺さんは、何か気づいているのかな?……でも、タネを知っている僕にさえ訳が分からないのに、ティオ君のプレーを理解出来る筈ないよね。……)
老人の神妙な表情を見て、チェレンチーは少し同情を寄せた。
一方で、オーナーを含め、壇上に居る他の『黄金の穴蔵』側の人間は、特にティオのプレーに違和感を覚えているふうはなく、ただただ「連続五回ボーナスチップ」という奇跡に興奮している様子だった。
□
(……さっきのドゥアルテさんの番、『3-5』は明らかに悪手だった。……)
(……まあ、この先何が起こるか分からないギャンブルと言う意味なら、どの牌をどう出してもいいんだろうけれど。でも、論理的に詰めれば『3-5』をあの時点で打つのは、ありえない。……)
裏からでもドミノ牌を区別出来るティオには、ドゥアルテの手牌は全て見えている状態である。
先程ドゥアルテに順番が回った時に、『1-2』『1-4』『3-5』の選択肢があった事は分かっていた。
しかも『3-5』に至っては、『3-4』『4-5』という二つも繋ぐ道があった。
その四つの選択の中から、ドゥアルテは何気なく『3-5』を『3-4』に繋ぐように打ったのだろうが、それをティオは読んでいた。
本来なら、『3-5』は二つの場所に繋げられるという点で、今回打つべき牌ではなかった。
次のティオの一手でどちらか一方を塞がれたとしても、次巡もう一つの箇所に打つ余地があるからだ。
よって、『1-2』か『1-4』を打つ方が良い。
『1-2』と『1-4』のどちらを先に打つかは微妙な所だが、既に出ている牌が多い「4」の方がこれから出る可能性が少ない事を思えば、『1-4』を先に捨てる方が妥当か。
少なくとも、真っ先に『3-5』を捨てるのはありえない選択だった。
ドゥアルテが、そんな『3-5』を打ってきた理由は、「合計の目の数が多いから」だろう。
『4-4』に『1-4』ではなく『4-5』を先に繋いできた事からも、この傾向は見て取れる。
普段のルールで行われるゲームならば特に違和感を感じないプレーであるが、今回のゲームはドゥアルテが20戦中一勝でもすれば勝ちが確定する変則マッチだ。
ならば、負けた時のリスクなど考えず、つまり目の合計数は無視して、単純に早上がりを目指すのが正しかった。
それはドゥアルテも良く分かっていて、本人も「何よりも早上がりを目指す」と意識してプレーしていた筈だった。
しかし、長年染みついたプレーの癖で、「合計の目の数の多い牌を先に捨てる」という行動が無意識に出てしまっていた。
いや、正確には、ドゥアルテは、自分でも気づいていない無意識下で、ティオを恐れ、自分が負けた時を考えて保険をかけてしまっていたのだった。
だから、負けた時、ゲーム終了時に手元にあるとリスクの高い『3-5』を早く捨てたくてたまらなかった。
そして、『3-5』を『3-4』と『4-5』どちらに繋ぐかだが、これも『3-4』に繋いでくる事をティオは予想していた。
ここまでの流れは、ティオが最初に出した『2-3』牌の「2」の側にドゥアルテが『2-4』『4-4』『4-5』と繋いでいっていた。
一方でティオは「3」の側に『3-6』『6-2』と繋げていた。
そして、問題の4巡目、ティオは『4-4』の四つの分岐の一つに『3-4』を打った。
ティオとしては、ドミノ列のどこにどの牌を繋げようと、その時一番適した場所であれば構わないという認識だったが、ドゥアルテは違う。
プライドが高く、全て自分の思い通りにならなければ我慢ならない我儘な性格から、ドゥアルテはティオに『3-4』を打たれた事が気に障ったのだろう。
それまでは、ドミノ列のそれぞれの端にお互い順番に牌を繋げていっている状態だったが、その自分が繋げていた所にいきなり牌を打ち込まれたのだ。
自分の陣地に敵が居座っているようで許せなかった、と言った所か。
そこで、『3-4』『4-5』どちらにも繋げられた筈の『3-5』牌を、ティオの牌の頭を叩くように『3-4』牌の方に繋げて打ってきたのだった。
もっとも、自分が『3-5』を選んだ事も、『3-4』に繋げた事も、ドゥアルテの中ではっきりとその理由は認識されていない。
ドゥアルテとしては「なんとなくそれが一番いい気がする」というぐらいの感覚だった。
しかし、ドゥアルテの手牌を全て分かっていただけでなく、テーブルとなっている大理石を介して彼の考えを読み思考パターンまでも把握してたティオには、ドゥアルテが『3-5』を『3-4』に繋いで打ってくる事が予測出来ていた。
ティオの手牌が見えているチェレンチーや、『黄金の穴蔵』側の小柄な老人からすれば、ティオが4巡目の自分の打牌の直後に『2-5』牌を手にしているのは分かっても……
『2-5』を『2-6』牌に繋げる予定なのだろう、というぐらいの情報しか得られない。
しかし、ドゥアルテが『2-6』に先に何かの牌を繋げば、『2-5』を打てなくなる可能性があり、実際に4巡目のドゥアルテの番には、『1-2』という選択肢があった。
だが、結果的にドゥアルテは『1-2』を打つ事はなく、5巡目にティオが手にしていた『2-5』を打って、ドミノ列の端は「5」「5」「5」となり合計「15」で黒チップ15枚のボーナスチップを取る結果となった。
一方ドゥアルテの手牌が見えていた『黄金の穴蔵』のドゥアルテ側の監視役の男は、ドゥアルテがなぜ長考の末に『3-5』という悪手を打ったのか、まるで分からなかった事だろう。
ハッキリとは顔に出していなかったが、眉間に一本深いシワが刻まれていた。
(……そして、さっきの4巡目が、この一戦の肝だった。ここでドゥアルテさんが『3-5』を『3-4』に繋いで打つだろう事は読んでいたが、俺の読み通りになったな。ならば、後はもう、一本道だ。ドゥアルテさんに選択肢はない。……)
(……つまり、「詰み」だ。……)
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☆ひとくちメモ☆
「ティオの異能力」
ティオの異能力は「鉱石との親和性が高い」というものである。
ティオによると、鉱石は周囲の出来事を記憶する性質があり、ティオは自身の異能力でその記憶を読み取って必要な情報を得ている。
赤チップ卓のテーブルは大理石で出来ているため、ティオはプレーしながらドゥアルテの心理を読み取る事が出来た。




