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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第十節>長き旅路(前編)
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過去との決別 #130


(……と、とにかく、今はさっさと『4-5』を捌いて、手牌を着実に減らしていくのが重要だ。……手牌に繋げられる牌がなくなってゴッソと山から引かされるなんて、冗談じゃないからな。もう、コイツに何度その手で煮え湯を飲まされた事か。……ん?……)


 ドゥアルテは気を取り直して、自分で出した『4-4』牌に『4-5』と繋げるべく目の前のスタンドに立てたドミノ牌に手を伸ばした。

 まだドゥアルテの手牌には『1-4』もあったが、普段の習慣で無意識に合計の目の多い方を先に処理しようと選んでいた。


(……そ、そう言えば、コイツ……手牌から場に出せる牌がないと言って山から引いた場面をあまり見なかったような。……)


(……い、いや、このテーブルに着いた最初の頃は良くあったか。そして、当然のように負けていた。しかし、途中から勝ち始めて、それと同時に、山から引く回数も格段に減った。……ま、まあ、不自然な事じゃないよな。「運」が悪ければ、いい牌が引けず、手牌が減らずに、先に誰かに上がられて負ける。ごく普通の流れだ。……)


(……だ、だが、待てよ。勝ちが多くなってからは、ほとんど山から引いてないんじゃないか? 手牌を自分の順番が来るたびに一枚ずつ順調に出していって、気がつくとすんなり上がって勝っている。そんな場面ばかりが記憶に残っている。それも、『運』が良かったと言えば、それまでだが……)


(……特に、この最後の勝負に入ってからは、一度も山から引いてない! もう、6戦もしたんだぞ! その中で一度も山から引かずに手牌を出し続けるなんて……そして、その結果、連戦連勝するなんて……これは、本当にコイツの『運』がいいからってだけで片づけられるものなのか?……)


 コホン、という空咳の音を聞いて、ドゥアルテはハッとなった。

 どうやら考えに夢中になっている内にゲームの進行を止めたまま時間が経ち過ぎたようで、ティオの後方でこのゲームを監視していた従業員服姿の老人が、やんわりと急かすように咳をしたのだった。

 「チッ!」とドゥアルテは、思わず舌打ちして、手牌の『4-5』牌に手を掛けた。


(……ムカつくジジイだな! オーナーの古くからの使用人だかなんだか知らねぇが、いつか文句を言ってこの店を辞めさせてやるぜ! 俺をバカ扱いするんじゃねぇよ! 別に次に切る牌を悩んでた訳じゃねぇ。他の考え事をしてただけだ!……)


 ドゥアルテは、タン! とテーブルの上に敷かれた木の天板を強打する勢いで『4-5』牌を打ち、場の『4-4』に対して垂直になるよう置いた。

 苛立ちのせいで、その設置は雑になり、角度がズレて曲がっていたが。


 間髪置かず、ティオが動く。

 ドゥアルテは、白目の黄ばんだ目を見開いて、その動きを観察した。

 ティオは、やはり、前回の自分の打牌の直後から手に持っていた牌をそのまま場に出してきた。


「合計10となったので、チップ10枚いただきます。」

「えぇっ?」


 そして、また、打牌と同時にボーナスチップ宣言をする。

 呆然となったドゥアルテだが、すぐにハッと我に返り、慌てて場のドミノ列に顔を近づけ食い入るように確認した。


 ドゥアルテが三手目に出した『4-5』牌は『4-4』のダブル牌と垂直になるように繋げたのだったが、その『4-4』牌に、更にティオが『4-3』を出してきて、上方の「4」に繋げるように置いていた。

 ついでに、スッと、ドゥアルテの雑な打牌で乱れていたドミノの並びを直してから手を引っ込めた。


 『4-4』牌はこのゲームで初めて出されたダブル牌であるので分岐する。

 つまり、四方向に牌を繋ぐ事が出来る訳だが、まず出す時に『2-4』に繋いでいるため、この時点では後三つ繋ぐ事が可能だった。

 そこに、ドゥアルテが『4-5』を出し、続いてティオが『3-4』を出したため、今は後一方向のみ繋ぐ余地が残っている状態となっていた。


 重要なのは、ドゥアルテが『4-5』を出した時、『4-4』はドミノ列の端としてカウントされなくなったという事だ。

 もう一方の端は「2」であるため、端の目の合計は「2」足す「5」で「7」となり、ボーナスチップは発生しない。

 ところが、次のティオの一手で『4-4』という分岐するダブル牌に新たに『3-4』という牌が置かれた事で、「列の端」としてカウントされる数字が一つ増えた。

 ダブル牌には最大四つの牌が繋げられるが、まだ牌が置かれていない箇所は列の端と見なされずボーナスチップを考える時の数にカウントされない。

 しかし、ひとたび牌が置かれると、列の端が増えた事になり端の目の数の合計に加算される。

 そのルールにのっとって考えると、この場合、ティオが『3-4』を置いた時、今までの「2」「5」という端の目に、もう一つ「3」という端の目が加わって、合計「10」となった訳だ。


 ドゥアルテが思わず額に冷や汗を浮かべながら顔を上げると……

 テーブルを挟んだ向かいの席に座ったティオは、少年を思わせる無邪気な笑みを浮かべながら、既に次に切る予定の牌を手に握っていた。



「……お、おい、今、ボーナスチップが出なかったか?」

「出たみたいだな。……ん? 今回、ボーナスチップがやけに多くないか?」


「俺は見てたぜ! あの若いのが自分の番になるたびボーナスチップを取ってやがる!」


「この7戦目の開始から四回連続でボーナスチップだって? どんな豪運だ!」

「六連勝してるだけでも驚異的だが、これだけ続けてボーナスチップを取るのは、もはや異常だ!」


「そう言えば、どうやらこの勝負、通常のゲームのルールとは違って、ボーナスチップは目の合計と同じ枚数でやり取りしているようですぞ。」

「ええ!?」

「た、確かに、さっきから、受け渡しているチップの枚数が多いとは思っていたが。」

「と言う事は、『合計5でチップ5枚』『合計10でチップ10枚』という訳ですか! い、いやいや、赤チップでさえも、そんな事をしたら、とんでもない金額が一瞬で飛んでいきますよ! それをこの『一点につき黒チップ1枚』という特別ルールの勝負で行なうなんて!」

「……正気の沙汰じゃない!……」


 ティオが出したボーナスチップの連続を受けて、ザワザワと観衆達が騒ぎ始めていた。


 赤チップ卓改め今は黒チップ卓となっているテーブルが置かれているのは、店の最奧にある一段高くなった壇の中央である。

 外ウマの観客席は、その壇上をぐるりと取り囲むように長椅子が置かれて作られているが、絶妙な角度で、プレイヤーの手元の牌やテーブルの上のドミノ牌の列までは見る事が出来なかった。

 これは、観客に自分の味方を忍ばせて対戦相手の手牌を読ませたりさせないようにとの『黄金の穴蔵』側の警戒からだった。

 もちろん、対戦相手の手牌を盗み見させてサインと通すのは明らかな「イカサマ行為」であり、見つかれば『黄金の穴蔵』側によって重い処罰が科せられるのだが……

 赤チップ卓ともなると、賭けている金額が金額だけに、ごく稀にそういった綱渡りをしてでも勝ちを得ようとする不心得者が出る。

 その対策として、毛足の長い真紅の絨毯の敷かれた壇の上に居る者以外からは、テーブルの上のドミノ牌が一切見えないように設計されていたのだった。


 しかし、それでも、観客席から、特に前方に居る者は詳細に、チップのやり取りの場面が把握出来た。

 また、声の音量によっては、プレイヤー間の会話を漏れ聞く耳のいい者も居た。

 店の客のほとんどが外ウマに賭けており、有り金を使い果たした後で外ウマに賭けられなかった者や、オーナーをはじめとした『黄金の穴蔵』側の店員までも、今やこの賭博場に居る全員が、強い関心を持って勝負の成り行きを見守っている。

 後にも先にもないと思われるこの歴史的なゲームを観戦する人数が多い分、ティオとドゥアルテの現在のゲームの進行状況は、わずかな情報も拾い集められ、人の口から口へとみるみる伝わっていっていた。


 そんな中で、ティオが7戦目開始時から、連続して四回もボーナスチップを叩き出している事は、センセーショナルな出来事として、あっという間に観客に知れ渡ったのだった。

 そして、観客達の熱狂は、ますますドゥアルテを苛立たせる事となった。



「おい!」


 ドゥアルテが、こめかみに血管を浮かせ真っ赤な顔で、ドン! とテーブルを叩いたため、後ろに立っていた『黄金の穴蔵』側の監視役の従業員と用心棒が一瞬ピクリと反応したが……

 ティオが片手を顔の高さに上げてヘラヘラと緊張感のない笑顔を浮かべてドゥアルテに応えたので、そのまま静止した状態を保っていた。


「はいはいー。なんでしょう、ドゥアルテさんー。」

「お、お前! この一戦のはじめに、『今回は早上がりを目指す』とか言ってなかったか?」

「今回と言うかー、毎回早上がりは目指さないといけないでしょうー? なんてったって俺は『一回でも負けたらそこで終わり』なんですからー。あ、『終わり』になるのは、ドゥアルテさんも同じでしたねー。勝って終わるか、負けて終わるか、の違いはありますがー。」

「だ、だから、『早上がり』を目指すためには、ボーナスチップを狙い過ぎるとリスクがあるだろうって言ってんだよ! なのに、何ポンポンとボーナスチップを取ってやがるんだよ、テメェは!」

「うーん。まあ、確かにリスクはあるんですがー……でも、見返りも大きいでしょう? 何しろ、このゲームは、『合計の目の数分』のボーナスチップが貰えるルールですしー。それに、なんと言っても、『1点につき黒チップ1枚』という超高レートですよ?『合計5』でも、黒チップ5枚って、正直美味し過ぎますよねー!」

「……」

「後、俺には、ドゥアルテさんとは違って、『勝ったら銀貨5000枚』みたいな賞金はないですからねー。コツコツ自分で稼いでかいないと儲けが出ないんですよー。まあ、要するに、多少リスキーでも『稼げる時に稼いどけ』ってスタンスな訳ですよー。アハハハハー。」

「……」

「あ! もちろん、あなたより先に上がる事は目指していますよー。いくらボーナスチップを取った所で、勝負には勝てませんもんねー。先に上がって勝利しなければ、せっかく稼いだボーナスチップがパアになっちゃいますからねー。……ま、そんな訳で、引き続き頑張っていきますので、一つよろしくお願いしますー。」

「……チッ!……」


 苛立ちによる興奮も手伝って、苦手とする強い存在感を放っているティオに自分から話しかけたドゥアルテだったが……

 またティオにペラペラとまくし立てられて、たちまち頭の中の情報処理が追いつかなくなり黙り込んでは、最後に特大の舌打ちをしていた。


(……ダ、ダメだ。この男と話していると、頭の中が余計こんがらがってきやがる。……)


 普段は他人に興味がなく人間観察などしないドゥアルテも、さすがに、ティオが会話から何か自分に不利となる情報を漏らすようなうかつなタイプではないと気づいた。

 むしろ真逆で、口が達者で口先三寸ではぐらかしたり混乱させたりしてくる、実に厄介な人間だと結論づけたドゥアルテだった。

 ティオの会話には虚実が入り混じっているようだったが、その実の方さえも「ボーナスチップは取れたら美味しい」「早上がりは絶対に狙っていく」というような、ドゥアルテも当然知っているごく当たり前の事ばかりだった。


 これ以上ティオと話をしても、すればする程相手の術中にはまり、自分にとってまるで良い事はないと判断して、ドゥアルテは口を一文字に引き結び、再び意識をまだ途中の盤上のゲームに集中させていった。



(……ボーナスチップを取られた事は忘れろ、俺! あんなもの、いくら取られても勝敗に影響はない!……)


(……そんな事より、今は、アイツより先に上がる事だけを考えるんだ!……よし、よーし、ここまで一枚のロスもなく手牌を捌けてる。順調だ。俺は順調だ。……)


(……最初は、「4」の入った牌が重なって面倒だと思ってたが、それも残り一枚になった。その残り『1-4』も、まだ『4-4』の分岐が一つ余ってるから出せるな。いや、待てよ。『3-5』と『1-2』も出せるな。ここは『3-5』を先に出すべきか? 出すとしたら、『3-4』と『4-5』のどっちに繋ぐ方がいいんだ?……ええと、うーん……『1-4』も『1-2』も『3-5』も、どこに置いてもボーナスチップは取れないか。ええい、だったらどれでも同じだろう!……とにかく次も問題なく出せる! そして、これを出せば、残り三枚だぜ。その残り三枚をさっさと打って、今度こそ、俺が先に上がってやる! この勝負、勝つのは俺だ!……)


 ドゥアルテは気合を入れて、四手目となる牌を打ち出した。

 結局選んだのは『3-5』牌で、先程ティオが置いた『3-4』に繋がる場所だった。

 打牌の時、ドゥアルテは、チラと、テーブルの向かいに座っているティオの手元を見た。

 ティオは、先の自分の番の打牌の後から、ずっと何かの牌を手に持っており、それを他の牌に変える事はなかった。


 ドゥアルテが手を引っ込めるよりも早く、ゆらりとティオの黒衣の腕が動いた。

 一巡前の状況と全く同じく、ずっと握っていた牌をそのままスッとドミノ列に繋げてくる。

 そして、それと同時に淡々とした声で宣言した。


「合計15となりましたので、チップ15枚いただきます。」


読んで下さってありがとうございます。

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☆ひとくちメモ☆

「ドミノゲームにおける山」

ゲーム開始時、全ての牌を裏返し、プレイヤーはその「山」から一枚ずつ引いていって手牌とする。

また、ゲーム進行時、手牌に出せる牌がない場合、出せる牌が出るまで山から引いてこなければならない。

山の牌が残り二枚となったら、それ以上は引けず、「パス」を宣言する。

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