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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第十節>長き旅路(前編)
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過去との決別 #129


「ハハッ、六連勝とは、随分調子がいいじゃないか。『運』が、お前の味方をしてくれているようだな。」


 ドゥアルテは、山から牌を取って手元のスタンドに立てながら、ティオに声を掛けた。

 ティオの反応を見て、彼が本当に「運」以外の要素で勝っているのかどうか、探りを入れようとしたのだ。


「『運』ですかぁ。どうかなぁ。こればっかりは俺にも分かりませねぇ。と言うか、誰にも『運』の良し悪しなんて、分からないものでしょう? 俺の同僚が、まあ、今外ウマの場所で盛り上がっているうちの副団長なんですけれどもね、あのガタイのいい人ですよ、彼が言うには、その『運』という不確定な要素がギャンブルの醍醐味なんだとか。ドゥアルテさんも、同じ意見なんですか? そういう所にドミノゲームの楽しさを感じて、ずっとこの賭博場に通われているんですか?」

「え? あ、ま、まあな。」

「なるほどー、そうだったんですねぇ。実は俺は、そういう不確定要素に面白みを全然感じられなくってー。ギャンブル自体、元々好きじゃないんですよー。じゃあ、何のためにこんな所に来てるんだって話ですよねぇ。アハハ。俺もそう思いますー。いやぁ、実はどうしても欲しいものがあってー。そのためにはかなりの大金が必要なんですよねー。でも、傭兵団が内戦の前線に送られるまで、もう後いくらもないって感じの情勢じゃないですかー。それで、仕方なく、手っ取り早く資金を稼ぐためにこの賭博場に来たんですよねー。王都一の賭博場『黄金の穴蔵』なら、一晩で目標額まで金が増やせるかなぁってー。フフ、自分でも呆れるような危なっかしい考えですよねー。まあ、でも、ドゥアルテさんも、今は娯楽と言うより、商会の回転資金を捻出するためにここに座っている訳ですから、似た者同士って事になりますかねぇ。お互い、自分の仕事の重大な局面がかかった勝負ですから、せいぜい悔いのない良いゲームにしたいものですね、フフフ。」

「……」

「ああ、『運』の話でしたっけ? えーっと……うーん、今回はあまり良くないかなぁ。まあ、それでも、俺は一度でも負けたら終わりですからね。今回も絶対に勝ちますよー! こういう『運』の良くない時にボーナスチップを狙うのは危険なので、サクッと早上がりを目指しますねー!」

「……」


 ドゥアルテは、必死に集中してティオの会話から勝負のヒントを探ろうと試みたが……

 とにかくティオがペラペラと、関係のある事もない事も、一見関係がありそうで実はない事までも、ゴチャ混ぜに喋り倒すので、あっという間に情報の処理が追いつかなくなり、途中からは返答もせず、黙り込んでしまっていた。


(……な、何だ、コイツは? のらりくらりと、分かったような分からないような事を、よくもこんなにベラベラと。……)


 それまで、ティオと話はしても、雑談のようなものはしてこなかったドゥアルテは、ひたすら混乱していた。

 口が達者で相手を口先ではぐらかすティオのこういう対応は、サラには早々に「うるさーい!」と鉄拳制裁で止められる所だったが、探りを入れようとティオの話に真剣に耳を傾ける輩には、効果てきめんだった。


(……う、うーん……つまり、アイツの見立てでは、今アイツの「運」はあまり良くない。だから、ボーナスチップは狙わずに、早上がりを目指す、と。……)


 ティオが嘘をついていないという前提にしても、結局、そんなごく当たり前のわずかな情報しかドゥアルテには掴めなかった。

 一方でティオは、あれだけペラペラ喋り倒しておきながら、同時進行でスイスイと山から牌を取り、自分の前のスタンドに整然と並べ終えていた。

 ティオは、取ってきた牌を何もいじる事なくそのまま順番に左から右へと並べただけだったが……

 ドゥアルテは、ティオに合わせてせっせと山から拾ったものの、全ての牌を自分のスタンドに立てるのが精一杯だったため、後からもう一度牌を見直しながら、順番を入れ替えていた。


 ドミノをプレーする者の中には、手牌を見やすいように並べ替える者も居れば、あまりしっかりと規則性を持って並べ直すと打牌の位置から手牌の内容が推察されてしまうため、敢えてバラバラにしている者も居た。

 また、ティオのように取ってきたまま何も入れ替えない者もおり、その理由を「運の流れが分かるように」と言ったりもするのだが……

 ティオの場合は単純に、バラバラに置いたままでもしっかりと手牌を把握出来ていて、ゲームの進行に支障がないためだった。

 一方で、ドゥアルテは、自分が分かりやすいように牌を並べ替えると敵にも推察されやすいとの知識は一応あったが、バラバラのままではかえって自分が見落としてムダな打牌をしてしまうため、ある程度順番を整えるの必要があったのだった。


(……うーん……俺の手牌は、『0-6』『1-2』『1-4』『2-4』『3-5』『4-4』『4-5』……「4」が四枚も被ってやがる。しかも『4-4』のダブル牌まで。……とてもいい配牌とは言えない状態だぜ。チッ!……いや、しかし、アイツも「今回はあまり良くない」と言ってたからな。まあ、あっちが先攻でアイツの有利ではあるから、そこは注意しないとだな。でも、こっちも、なんとか『4-4』を最初のダブル牌として出せれば、「4」の入った牌が捌ける。……今度こそ、なんとしてもアイツよりも早く上がって、絶対に勝つぞ!……)


 ドゥアルテが真剣に戦略を考えつつ自分の手牌を入れ替え終えると、それを待っていたように、ティオが動いた。


「では、ゲームを開始しましょう。先攻の俺から。……『2-3』で合計5になりました。チップ5枚いただきます。」

「グッ!」


 赤い敷布の敷かれたテーブルの中央にティオがトッと初牌を切り出したのを見て、ドゥアルテはヒクッと唇の端を引きつらせたが……

 なるべく動揺を隠して、自分のチップ箱から黒チップを五枚数えて渡した。


「おいおい、ボーナスチップは狙わないんじゃなかったのかよ?」

「あ、そうでしたねー。いやぁ、たまたまですよー、たまたまー。アハハ、ラッキー。」

「……」


 ティオは軽薄な調子で笑っていたが、言葉程喜んでいる様子はなく、極めて事務的にチップを受け取って自分のチップ箱に整然と収めていた。


(……チッ! ちゃっかり初手からボーナスチップを取っていくとは、嫌な野郎だぜ。……)


 最初の一牌でボーナスチップを取れる牌……つまり、一枚の合計の目の数が「5の倍数」となる牌は、このゲームに使われる全28枚の牌の内で……『0-5』『1-4』『2-3』『4-6』『5-5』の5枚だった。

 28枚中5枚というと、そう少なくもないのだが、ティオは自分が先攻となる時、ほとんどこのどれかを引き当てていた。

 しかも、『4-6』『5-5』という「合計10」になる牌を出してくる事があまりに多いので、四人で対戦していた時からティオが一番初めに牌を切り出す順番の時は、皆嫌そうに眉をしかめていたものだ。


 この時もドゥアルテはムッとはしたのだが、もうすっかり見慣れた光景でもあったので、軽く流した。


(……初手ボーナスチップと言っても、「合計10」の方じゃなかった。と言う事は、アイツの言うように、今回アイツの「運」は良くないのか? 手牌が悪いって事か?……)


(……まあ、なんにしろ、ボーナスチップをいくら取った所で、勝敗には関係ないからな。要は、アイツより先に上がる事が重要だ。……さて、『2-3』が出たなら『2-4』が切れるな。これで『4-4』と繋げられれば、「4」の牌が捨てやすくなる。アイツがモタモタしている内に、俺はさっさと進めるぜ。……)


 ドゥアルテは、ティオの打牌を見て、じっくりと相手の手牌を考察し、また自分の方針を確認したのち、目の前のスタンドから『2-4』牌を引き抜いて場に出そうとした。


 と、その時、視線を上げたドゥアルテの目に、テーブルを挟んだ向かいの席のティオの姿が映った。

 伸ばしっぱなしのボサボサな黒髪を首の後ろで無造作にまとめ、顔には大きく分厚いレンズの入った眼鏡を掛けている。

 そこだけ見れば、変人といった所だが、今、タイトな黒い上着を首元までボタンを留めてかっちりと着ている彼は、その飄々として考えの読めない表情とは似ても似つかない、ググッと辺りの空気が重くなるような濃密な気配を纏っていた。

 その、亡き父親を彷彿とさせる圧倒的な存在感を苦手とするドゥアルテは、反射的にパッと視線を切ろうとしたが、ふと、その時、ティオの手元に目がいった。


 ティオは何かの牌を手に持っていた。

 彼の手前に置かれたスタンドに並んだ牌の数からして、ティオの手牌の内の一牌である事は間違い。


 ドミノゲームに興じるプレイヤーの中には、さっさと切ってしまいたい牌や次に出す予定の牌を、自分の番が来る前から手に持っている者が一定数居た。

 他のプレイヤーの番にする事がないので、手持ち無沙汰になんとなく手牌の一牌を手に取っていじる癖のある者も居る。


 ティオは、一つの牌を手にしたまま、特に手の中で転がすでもなく、トントンと天板を叩くでもなく、ジッとしていた。


(……フン。気の早いこったな。……)


 ドゥアルテは、特に気にする事なく自分の手牌に意識を戻し、トッと、先程ティオの出した初牌の『2-3』に『2-4』と繋げた。


 すると、ドゥアルテが、まさに牌を置いた、その直後にティオが動いた。

 手に持っていた牌をそのままスッと、ドゥアルテが『2-4』を繋げた逆側の端に繋げる。

 それは『3-6』牌だった。


「『6』『4』で『合計10』となったので、チップ10枚いただきます。」

「……グッ!……」


 ドゥアルテは思わず唸ってしまった。

 いくら勝敗に関係ないとは言え、二回連続でチップを取られるのは精神的にダメージを受ける。


(……いや、しかし、これで次の俺の番に『4-4』が切れる。初めて場に出されたダブル牌は分岐可能だ。残りの『1-4』と『4-5』が出せるぞ。よしよし、順調だ。……)


 ドゥアルテは、ティオに黒チップを10枚数えて渡しながら、自分の戦略をなぞって気持ちを切り替えたが……

 その時、フッと脳裏に浮かんできた事があった。


(……アイツ……やけに『3-6』牌を出すのが早くなかったか?……)


 それは、小さな違和感だった。

 ドゥアルテの今までの経験上、相手が打牌した後は、少し間を開けるのが普通だった。

 それは、相手の出した牌によってドミノ列の端が「5の倍数」となりボーナスチップが発生する可能性があるので、それを確認するための間であった。

 新しく出された牌の目を見て、頭の中で合計数を計算するのだ。

 もっとも、待っている間に、既に出されている端の目の合計数を計算する時間があれば、そこに新しい牌をの目を足すだけの状態となっているので、ボーナスチップの確認にそれ程時間はかからない。

 しかも、今回は、ドゥアルテが打ったのは二打目で、計算の苦手なドゥアルテさえ即座に合計数が出せる簡単さだった。


 しかし、それらを考慮しても、ティオの反応はあまりに早い気がした。

 長年どっぷりとドミノゲームに浸かってきたドゥアルテの体に染みついている打牌のリズムとは、明らかに異なっていた。


(……あ、ああ、そうか。自分の出した『2-3』に『3-6』を繋げたくて、手に持ってたって事か。……)


 先程チラと気になった、自分が牌を出す前からティオが手にした牌が『3-6』であったと知って、ドゥアルテはそう結論づけた。

 さっさと出したくて牌を手にしていたぐらいなので、ボーナスチップの確認もじっくりとしないまま、即座に打ってきたのだろうと。


 フッと、軽く安堵のため息を吐き、自分の手牌を減らす事に集中しようと、『4-4』の牌を目の前のスタンドから引き抜き、手に取って場のドミノ列に垂直に繋げる。


(……端の目がダブル牌になったから、この場合「4」足す「4」で……)


 しかし、ドゥアルテが端目の合計数を考えるいとまもなく、もうティオがトッと次の牌を切っていた。


「『2』と『8』で合計10となったので、チップ10枚いただきます。」

「……はあ?……」


 あまりの早い展開に思わずポカンと間抜け面で顔を上げたドゥアルテに、ティオは不思議そうに首を傾げた。


「あれ? 俺、間違ってませんよね?」

「え?……あ、ええ、と……ああ、そ、そうだな。確かに、計算は合ってるな。」

「では、チップ10枚、よろしくお願いします。」

「……クソッ!……」


 ティオがドゥアルテの『4-4』の打牌に引き続いて切ったのは『2-6』牌だった。

 ドゥアルテの『4-4』を出した時点では、端の目の合計数は「6」「4」「4」で合計「14」のため、ボーナスチップは発生しない。

 次にティオが『3-6』牌に『6-2』と繋げた事で、端の目が「2」「4」「4」となりボーナスチップの取れる合計「10」に変化したのだった。


(……コイツ、計算が速いな。チッ!……)


 ドゥアルテは、ティオの打牌やボーナスチップ宣言の迅速さに、現在彼の後ろに立って二人の対戦を見守っている腹違いの弟チェレンチーの事をチラと思い出した。


 チェレンチーは、ドゥアルテがもう二十歳になろうという頃に亡き父に引き取られて屋敷にやって来たが、そこで商人になるための教育を施され、みるみる成長していった。

 不出来ならばすぐに不要とみなされ、不治の病に伏している母親もろとも屋敷から追い出されてしまうため必死だったらしい事は、ほとんどチェレンチーと交流のなかったドゥアルテも知っていた。

 しかし、理由はともあれ、チェレンチーが打てば響くように父の与えた教育を吸収していった事実は、ドゥアルテを苛立たせた。

 計算一つとっても、筆記でも、ソロバンを使わせても、また暗算でも、軽々と複雑な問題を解いていった。

 それは、嫌々ではあったが何年も家庭教師について教育を受けた筈のドゥアルテには、未だに出来ない事ばかりだった。


(……俺は、自分より優秀な人間が嫌いだ。アイツらが居るから、俺が下になるんだ。俺よりも出来のいい人間は、みんな死んで居なくなればいいんだよ。そうすれば、俺が世界で一番になれるってのに。……)


 ドゥアルテの幼稚で自己中心的な性格とそれに反比例した高いプライドは、歴史に名を残すような暴君さえ呆れる思考を生んでいた。

 とは言え、ドゥアルテ家の莫大な財力を持っても、到底叶う筈のない欲望だったが。

 今までも、自分の思い通りにいかない事が起こるたび、癇癪を起こしてみたり、歯ぎしりをして憎んでみたり、また、チェレンチーのように自分より下の立場の人間には、暴力も含めて虐げ鬱憤を晴らしたりしてきたドゥアルテだった。


 しかし、今は、衆人環視の中ドミノ賭博の試合中で、いくら対戦者に苛立ちを覚えた所で、テーブルをひっくり返して投げ出す事も出来ない状況にあり……

 対戦者であるティオの優秀さを実感するたびに、ドゥアルテはジリジリとストレスが溜まっていっていく一方だった。


(……い、いや、待て!……今コイツが『2-6』牌を出すのが早かったのは、さっきみたいに、俺がまだ『4-4』を出す前から手に持っていたからじゃなかったか?……)


 ハッと、ドゥアルテは、自分より優れた者への憎悪に目がくらんで見落としかけていた事に気づいた。

 そう、今は対戦者に個人的な嫉妬や憎しみを向けている余裕はない。

 勝つためには、戦略的に相手を攻略するのが自分にとっての第一優先事項である。

 少し冷静さを取り戻したドゥアルテは、改めて、先程の一連の流れを細かく思い出してみた。


(……そ、そうだ、コイツは、さっきと同じように、俺が自分の牌を捨てる前から、次に出す自分の牌を手に持っていた。……いつから? たぶん、俺がスタンドの牌に手を掛けるよりも前だ。いや、もっと、前……コイツが、自分の二打目を打った直後から持っていた。……)


(……そして、俺が場に牌を出すと、即座に手に持っていた自分の牌を出して、それと同時にボーナスチップのコールをした。……)


(……え? ど、同時?……いくら計算が速かったとしても、あまりにも速過ぎやしないか?……)


(……そうだ、コイツの行動は、まるで……まるで……)


 ドゥアルテがヒシヒシと言い知れない嫌な感覚を覚えつつ、チラと視線を上げて向かいの席を見やると……

 ティオは、それに気づいてニコッと人の良さげな笑顔を投げてきたが……

 その手には、もう、次に自分が出そうとしている一牌が握られていた。


(……はじめから、俺の出す牌が分かっていたかのようだ……)


(……そ、そんな、バカな!……)


読んで下さってありがとうございます。

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☆ひとくちメモ☆

「打牌のタイミング」

自分の前の順番のプレイヤーが牌を切ってから、少し時間をおいて自分の牌を切るのが一般的である。

前のプレイヤーの打牌でドミノ列の端の目の合計が5の倍数になるとボーナスチップが成立するため、その確認のためである。

5の倍数になるように打牌したプレイヤーは「ボーナスチップを取る」という宣言をしないと、チップを取れないどころか、その後他プレイヤーに「マギンズ」という「宣言し忘れ」を指摘された場合、逆にチップを取られてしまう。

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