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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第二章 内戦と傭兵 <後編>傭兵団一の強者
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内戦と傭兵 #13


「おい、お嬢ちゃん。いつまでムダ話してんだよ? いい加減……俺の方を見ろぉ!」


 サラの注意がハンスに向いているのが気に食わなかったボロツは、ガッと背中に負っていた剣の柄を掴むと、一気に引き抜いた。

 ブオンと、その、大きな鉄の塊である巨大な剣が、空気を切り裂く鈍い音を立てたのち、ビタアッと、サラの華奢な肩の、すぐ15cm程隣で止まる。

 その剣圧に、サラの金の後れ毛がフワリと靡いた。


「おおっ!」

「出たぁ! ボロツ団長の『牛おろし』の大剣だぁ!」

「あれで暴れ牛を三枚におろした事があるって話だよなぁ! 名づけて『牛おろし』!」

「いつ見てもすげぇ剣さばきだ! あんなデカくて重い剣、楽々振り回せるなんて、ボロツさんしかいないぜ!」

「さすがは、俺ら傭兵団の団長様だぁ!」


 傭兵達が、ボロツが背中に負っていた、トレードマークでもある巨大な剣を抜き払った事で、ドッと湧く。


「……」

 サラは、自分の肩の横、空中でピタリと静止している巨大な剣を、しばらく黙って横目で見つめていた。


「おう! どうした、お嬢ちゃん、さっきの威勢はよう? 俺様の剣にビビって、声も出ねぇってか? あーん?」


 ボロツは、その巨体の身長よりも更に長い、幅の広い大剣を、筋肉の浮き出る太い両腕でしっかりと構えて、不敵に笑った。



 ボロツの剣は、特注で鍛冶屋に作らせたものだった。

 腕っ節だけを頼りに各地を転々として生きてきた根なし草のボロツにとって、剣は、頼もしい相棒であると同時に……

 敵を、仲間を、彼を見た周囲の人間を、威圧するものでなくてはならなかった。

 彼を見た者が、一目で彼の強さを知る事が出来るもの。

 己の強さの誇示すると同時に、周囲の畏怖の感情を抱かせる。

 もちろん、髪を剃り、刺青を入れて凄みを出し、ほぼ上半身裸の格好で鍛え上げた肉体をアピールする事も忘れなかったが、特に剣は、ボロツにとって重要な意味を持っていた。


 なめられたら、終わり。


 それが、ゴロツキとして社会の裏街道を這いずり回って生きてきたボロツの座右の銘だった。

 たった一つの拠り所である、自分自身の肉体を鍛えるのは当たり前。

 その上で、いかに自分を大きく見せるかが大事な事なのだ。



「カッコいい剣だねー!」

 サラは、そんなボロツの剣を見て、ワクワクした様子で瞳をキラキラ輝かせた。


「……な、なんだって?」

「あーあ、私もこんなおっきな剣欲しかったなー。……でもねー、鍛冶屋さんに行った時、壁に飾ってある大きな剣が欲しいって言ったら、ダメだって言われちゃってー。なんかね、あれは、鍛冶屋さんの腕の良さを見てもらうための看板みたいなもので、売り物じゃないんだってー。……もー、そんなの目立つ所に置いておかないで欲しいよねー。売り物だって思っちゃうじゃーん。」

「お、おう。」

「それにねー、酷いんだよー。私にはどうせ扱えないって言うのー。こんなもの、振り回して戦える人間なんて居ないってー。」

「ハハッ! 俺様なら、きっとその剣も振り回せただろうぜ!」

「そうだね、アンタなら使えたかもねー。……あ! でもねでもね、私も最初は売ってもらえなくてすごーくガッカリしたんだけどー、良く考えたら、やっぱり私には合わないかなって思ったんだー。」

「ハッ! そりゃあ、そうだろうよ!」

「私って、ほら……ちょっぴり、ほんのちょっぴりだけど、背が低いからー、たぶんこういう大きくて長い剣を持ってたら、引きずっちゃうと思うんだよねー。それって、カッコ悪いじゃない? それにー……」


 サラは、オレンジ色のコートをフワッと広げて、クルンと可愛らしく回って見せた。


「こんなおっきな剣持ってたら、せっかくの私の可愛さが台無しだもんー!」


「私は世界最強の剣士だけどー、でもー、年頃の女の子として、可愛さは捨てたくないんだよねー。いつだって最高に可愛くいたいんだー!」

「ああ、まあ、いいんじゃねぇのか。お前ぐらいの娘なら、普通、可愛い見た目の方がいいだろうぜ。」

「だよねー。だから、こういうおっきな剣を持つのは泣く泣く諦めたんだー。……それにねー……」


 サラは、キラッとその宝石のように美しいつぶらな水色の瞳を輝かせた。

 バサッとコートの裾を翻し、一瞬にして、シュランと、腰に履いていた二振りの剣の内、真っ直ぐな諸刃の長剣を抜き払って構える。


「私、こういうおっきな剣なんか使わなくても、充分強いからー! 全然問題ないんだよねー!」


 

「な、なんだぁ? 俺とやりあおうってのか? あん?」

「先に剣を抜いてこっちに向けてきたのは、アンタでしょー? それって、宣戦布告って意味じゃないー?」


 ボロツは、サラが自分の剣を抜き払ったのを見て、内心驚いていた。

 大きな口は叩いていても、自分がこの見た目も恐ろしい大剣を振るって脅せば、所詮サラのような小娘は震え上がって真っ青になると踏んでいたのだ。

 ところが、剣を向けた事で、むしろサラはもっとやる気満々になり、気合の乗った表情でギッとこちらを睨みつけてきた。

 このままでは、サラと実際に剣を合わせる事になる流れだと予想し、彼女を間違って傷つける事を案じたボロツは、動揺を隠したまま必死に頭を回転させたが……

 今までずっと揉め事は腕力に物をいわせて解決してきたボロツには、名案などパッと思いつく筈もなかった。


「売られた喧嘩は、喜んで買うわよ、私は!」

「チイッ! どこまでも無鉄砲なお嬢ちゃんだな! そんなに痛い目を見てぇのか?」


「ハッ! いいだろう! そっちがその気なら、本物の怖さってヤツを、俺が教えてやるぜぇ!」


 ボロツは、本心では気がすすまなかったが、二人が剣を抜いたのを見て、周りを囲むように集まっていた傭兵達がザワザワと騒ぎ出したため、引くに引けなくなってしまっていた。

 自分に舐めた態度を取る小娘をいつまでも好き勝手させていては、傭兵団の団長たる自分の威厳が地に落ちてしまう。


 改めて、ボロツは構えた大剣を両手でしっかりと握り直す。

 それを見て、サラもスッと真っ直ぐ前に向かって長剣を構えた。


(……ムム! 剣を構えた感じは悪くないな。言うだけの事はあって、なかなか出来そうだ。まあ、俺様の方が当然上だがな。……これなら、軽く手合わせしても大丈夫か?……)


 サラの剣を持った態勢の自然さにかなりの慣れを感じ、十分に手加減をして安全に彼女を打ち負かそうと考えるボロツだったが……


 その時、あらぬ方向から、ダダダダダー! と駆けてくる者があった。


「待った待った待った待ったぁ! その勝負、ちょーっと待ったぁー!!」



「ティオ!? アンタ、何やってんのよー、バカ!」

「サラ! こんな事はやめるんだ!」


 二人を取り囲むように人垣を作っている傭兵達を、必死に掻き分け押しのけて駆けつけてきたのは、今日目の前の美少女と一緒に入団したという妙な青年だった。

 見るからにヘナヘナとした弱そうな雰囲気に、他の傭兵団の面々と同じく一瞬で興味を失ったボロツだったが、あまりにも青年が奇抜な見た目をしていたために、記憶には残っていた。


 猫背気味に背中を丸めているものの、それでも相当な長身だと分かる。

 ガタイの良さは、当然ボロツの方が数段上だったが、こと身長に関しては青年の方が高かった。

 余程貧しい生活をしてきたのか、ボサボサの黒髪に、色あせ裾のほつれた紺色のマントを羽織っている。

 何よりも目を引くのは、顔の半分の面積を占める程大きく分厚い眼鏡だった。

 それだけでもかなりのインパクトだが、更に、相当古い眼鏡なのか、あるいはただのオンボロなのか、レンズにはビッシリと細かい傷がついていて、白く濁って見えた。

 こんな、前がろくに見えなさそうな眼鏡をわざわざ掛けている人間など、ボロツは見た事がなかった。


(……なんだ? あの二人、知り合いなのか?……)


 目の前の美しい少女が、その奇妙な黒髪の青年と何やら親しげに接している様子を見て、ボロツはチリッと胸の奥に苛立ちを覚えた。



 サラは、ティオと呼ばれた青年がやって来ると、構えていた剣をスッと下げた。


「何しに出てきたのよー、ティオー? これから、私、コイツと戦うんだからー! どっちが強いかハッキリ白黒つけるのー! 邪魔しないでよねー!」

「だから、そういうなんでもすぐに腕力で解決しようとするのは良くないって言ってるだろう? 本当にお前は考えなしの単細胞で……おうえぇぇーー!」

「ティオ!?」


 勢いよく飛び出してきたのは良かったが、ティオはすぐに、真っ青な顔になってヘロヘロとその場にしゃがみこんでいた。


「……ううっ! 剣怖い! 刃物怖いぃ!……サラちゃん、もっとちゃんと見えないように隠してくれよぅ!……」

「……アンタ、ホント、なんでわざわざ出てきたのよー?」


 サラは心底呆れた冷たい目で見ながらも、しぶしぶ手にした剣を背中に回していた。



「あの、あなたが傭兵団の団長さんなんですよね?」

 しばらくして、なんとか恐怖から立ち直ったらしいティオは、サラの元を離れ、スタスタとボロツに歩み寄ってきた。


(……やっぱりコイツ、俺よりデケェ!……)


 話しかけられて一瞬身構えるボロツだったが、ティオから発せられているフワフワしたお花畑のような雰囲気に、すぐに拍子抜けしていた。


(……チッ! ビビって損したぜ。……いや、待てよ。俺に初対面でこれだけ堂々と話しかけてくるヤツは滅多に居ねぇ。大抵のヤツは、俺の人相に怯えて目を逸らすもんだが……)


 白く濁った分厚い眼鏡の奥で、人の良さそうな穏やかな緑色の目が、真っ直ぐにこちらを見ていた。


(……コイツ、実は相当神経が図太いのか?……それとも、単に、危機感のないバカか?……)


 今までの人生で出会った事のないタイプであるティオの人物像を測りかねているボロツに……

 ティオは、両手をスリスリ擦り合わせ、ヘラヘラと緊張感のない笑みを浮かべながら語りかけてきた。


「あのー、端的に言いますとー、こういうのは良くないと思うんですよー。」

「あん?」


 ボロツは、反射的に、ただでさえ目つきの悪い小さな三白眼でギロッと睨みつけたが、それでもティオは、何事もなかったかのように能天気な笑顔のままだった。


「あ!そうだ、 改めて自己紹介します。俺はティオです。今日から傭兵団に入る事になりました。どうぞよろしくお願いします。……それから、こっちはサラで、ちょっと血の気が多いっていうか、戦闘狂っていうか、とにかくまだまだ世間知らずでして、いろいろと失礼な態度をとってしまって、すみませんでした。」

「……」

「それでですね! 本題なんですけれども……このままだとどちらが強いか、真剣で決闘という流れですよね? うーん、それはやめた方がいいんじゃないかと思うんですよねー。」


 ティオは、驚く程ペラペラと淀みなく、立て板に水でしゃべり続けた。

 思わずボロツは、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。


(……チッ! こういう口先で丸めこもうとしてくるヤツは、どうもしょうに合わないぜ!……)


 自分があまり頭のいい方ではなく、口下手である事も自覚しているボロツにとって……

 ティオのような、頭の回転が早く次から次へと喋りたおしてくる相手は、一番苦手とする所だった。

 己の肉体や剣の腕を鍛えるでもなく、もっともらしい理屈を並べ立てて、その弁舌だけで周りの人間を誘導しようとする人間を見ると、イライラしてくる。

 卑怯で小賢しい小者といった偏見があった。


 そんなボロツの不快感を知ってか知らずか、ティオは全く気にもとめずに自分の理論を展開していった。


「俺が一番言いたいのは、もう俺達は同じ傭兵団の仲間だって事なんですよ! それなのに、こんな争いをしたら、最悪酷いケガを負いかねませんよ! 仲間同士で傷つけ合うなんて、良くないです!」


「ここは、一つ、平和的に、『話し合いで解決』なんて、どうでしょう?」


「それから、もし、団長を決めるなら、ここにいる傭兵団の団員で多数決をとってみては? それが一番、みんなが納得出来る方法だと思いますよ!」


「後、ここの訓練場についてなんですが……」

「うるせえっ!!」


 勝手に話を進めようとするティオに苛立ったボロツは、思わず怒鳴り散らしていた。

 それでも、ティオはピクッと眉を動かしただけだったが……


「黙れ、小僧! ゴチャゴチャくだらない事をいつまでもくっちゃべってると、テメェ……この剣で叩っ斬るぞ!!」

「ぎ、ぎやあぁぁーー!! 物凄くおっきな刃物ぉ、怖いよおぉぉーー!!」


 ボロツが、下げていた剣をブオンと振りかぶった途端、ティオは顔面蒼白になり、フラフラッとよろめいたかと思うと……

 パタンと力なくその場に倒れこんで気を失ってしまった。


(……いや、お前じゃなくって、あっちのカワイ子ちゃんに怖がって欲しかったんだけどなぁ。……)


 ボロツは、目の前で倒れているティオと、そんなティオを虫けらを見るような冷めた目で見下ろしているサラを見比べて……

 ハアッと大きなため息をついていた。


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