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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第八節>黒色の決断
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過去との決別 #108


「オーッス、二人とも!」


 外ウマの受付が終了するのを待っているティオとチェレンチーの所に、ボロツがひょっこりと帰ってきた。

 チェレンチーの全財産である銀貨2枚の入った小さな袋を預かり、ティオからはそれまで外ウマに賭けていた傭兵団の資金用とボロツ自身の所持金用の二枚の木札を受け取って、外ウマの受付カウンターに行っていたのだが、どうやら無事、用事を終えたようだった。


 これまで、傭兵団の資金とボロツの所持金は、ティオがサインで指示したおかげで外ウマの儲けで順調に増え続けた。

 ところが、そのあまりの額にボロツがテンパり出した事と、増えた資金が外ウマで稼ぐ予定の金額に達した事で、一旦賭けるのをやめ、そのままカウンターで預かってもらっている状態だった。

 しかし、次が正真正銘、この『黄金の穴蔵』における、ティオ達の最後の勝負となる。

 そこで、傭兵団の資金は、外ウマの規定で定められている一回に賭けられる上限いっぱいまで賭けよう、という話になったのだった。

 ボロツが言うには、そのついでに、自分の金も、チップに交換したチェレンチーの金も、全額賭けてきたとの事だった。

 ボロツはチェレンチーに、彼が外ウマに賭けた事を証明する『黄金の穴蔵』が発行した番号の書かれた木札を手渡してくれた。


 最後の勝負に限り、1戦ごとの賭けではなく、1マッチの結果としてティオとドゥアルテ、どちらが勝つか、という実にシンプルな方式の賭けとなっていた。

 と言っても、1マッチ20戦する内、1戦でもドゥアルテが勝てばそこで勝敗が決まる、という特殊なルールを最後の勝負では課していた。

 下手をすれば、最初の1戦で、勝負開始十分と経たずに、勝者と敗者が決まる事もありえる状況だった。


「ティオ、俺様は、当然、お前に賭けたからな! 俺の全財産を注ぎ込んだんだ、絶対負けんじゃねぇぞ! もし、負けやがったら、俺の妖刀『牛おろし』で、地の果てまでぶっ飛ばしてやるからなぁ!」

「身の丈を超える大剣でぶっ飛ばされるのは嫌なので、精一杯頑張ります。……と言うか、『牛おろし』って、いつ妖刀になったんですか? 人を切った事もないのに。」

「う、うっせぇ! 一匹狼の流れの剣士ってのはなぁ、見くびられたら終いなんだよ。ハッタリは常に効かせるだけ効かせておかねぇとな!……って、ティオ、テメェ、なんで俺の『牛おろし』が人を切った事ないなんて知ってやがるんだよ!」


 ボロツは、しばらくいつものようにティオと喋っていたが……

 やがて、視線を、外ウマに賭けようという人々が今も押し合いへし合いして騒いでいるカウンターの方へと向けた。


「じゃあ、俺はそろそろ行くぜ。」

「え? ボロツ副団長、どこに行くんですか? もうすぐティオ君の最後の勝負が始まっちゃいますよ。」

「んー……俺は、あっちの観客席で見させてもらうわ。」


 赤チップ卓のテーブルが置かれた壇の下には、ぐるりと取り巻くように外ウマに賭ける者用の長椅子が並べられており、もう既に受付を終えた者達が詰め掛けていた。

 隣に座った人間と肩がぶつかる程の混雑ぶりだが、今はそんな事を気にする者はなく、皆自分の木札を祈るように握りしめていた。


「どうせ観戦するなら、一番近いここで見た方が、戦局が良く分かるんじゃないですか?」

「俺は、あっちで大勢とワイワイ盛り上がりながら見てる方がしょうに合ってるんだよ。それによ、戦局とか、いくら近くで見てたった、俺にはどうせ理解出来ねぇしな。勝ったか負けたかだけ分かればいいんだったら、向こうに居たって同じだろ。」

「で、でも……」


 プレイヤーの関係者という壇上で観戦する権利を、ボロツが特に執着もなく放棄して外野の席に行こうとするのが、チェレンチーには理解出来なかった。

 確かに、ボロツの事なので、見知らぬ他人ともすぐに打ち解け、外野席で大人数で盛り上がる方が楽しいのかもしれない、とは思ったが。


「わっかりました。了解です、ボロツ副団長殿。」


 しかし、チェレンチーがボロツの行動に驚く一方、ティオはまるで予想していたかのようにすんなりと受け入れていた。


「ここまで副団長には、いろいろ俺の計画の手伝いをしてもらいましたからね。最後ぐらいは、あれこれ面倒な事は忘れて思いっきり楽しんで下さい。」


「今日は本当に、ありがとうございました、ボロツ副団長。」

「……ティオ……」


 席に掛けたままではあったが、ティオに改まって深々と頭を下げられると、ボロツはたちまち複雑な表情になって、刺青だらけのスキンヘッドの頭をボリボリと掻き毟った。

 ティオから視線を逸らし、決まり悪そうにモゴモゴと言葉を発する。


「……悪りぃな、最後まで付き合わなくってよ。……」


「……そのぅ、アレだ。確かに俺は賭け事が好きでよ。今までは、ずっと俺はギャンブル狂いなんだと思ってたんだが、なんだか今日お前の勝負を見てる内によ、割とそうでもなかったんじゃないかって思っちまってよ。」


「……って、ああー! こんな言い訳、俺らしくねぇよなぁ!……もう、ぶっちゃけちまうが、レートぶっ飛び過ぎなんだよ、テメェ! 俺にとっちゃあ、『1点につき赤チップ1枚』だって、ヒヤヒヤしっぱなしの常識外れの高レートなんだぞ! それを、今度は『1点につき黒チップ1枚』だぁ? 黒チップって、アレだろ、アレ! 金貨1枚で交換するチップだろ! 金貨1枚って、銀貨10枚だぞ! 銅貨だったら1000枚じゃねぇかよ! 傭兵団で一週間働いて、たった銅貨4枚しか貰えねぇんだぞ! えっとぉ、一週間で銅貨4枚って事は、金貨一枚分給料を貰うには、傭兵団で、えー……まあ、いいや! とにかく、そんなとんでもねぇ金額のチップがポンポン動くような勝負、落ち着いて見てられるかってーの! 心臓がバクバク言って、しんどいったらないぜ! 俺は、ギャンブルを楽しみたいだけで、こんな全身冷や汗ビッショリになるような嫌な緊張は要らねぇんだよ!」


 ボロツは、タガが外れたように早口でまくし立てたのち、ティオに「銅貨1000枚貯めるには、傭兵団なら250週、大体半年はかかりますね。」と補足され、「うるせぇ! そんなの俺がパッと計算出来る訳ねぇだろ!」と、怒鳴っていた。


(……ああ、なるほど。……)


 ここまでティオとボロツのやり取りを見ていて、チェレンチーはようやく理解した。


(……そう言えば、ボロツ副団長、外ウマに賭けていた傭兵団の資金が想像以上に増えているのを知った時、真っ青な顔になってたもんなぁ。……)


(……銅貨とか銀貨とか、銀貨でもせいぜい二、三百枚がボロツ副団長の単純に喜べる大金の範囲なんだろう。それ以上の大金が自分の手に入るとなると、あまりに縁のない金額のせいで頭が把握出来なくなって、パニックを起こすって感じかな。「嬉しい」とか「楽しい」とかいうプラスの気持ちよりも、「訳が分からない」「なんだか怖い」というマイナスの気持ちになってしまう。大金に慣れていないと、そういう心理になるものなのかもなぁ。……)


(……まして、これから行われる最後の勝負は『1点につき黒チップ1枚』という、赤チップ卓よりも更に10倍も高いレートの非常識極まりない条件だ。金貨1枚相当の価値を持つ黒チップがやり取りされるのを間近で見ているなんて、ボロツ副団長には、もはやギャンブルの楽しみどころか、酷いストレスにしかならないのかも知れない。生きた心地がしないって感じかな。……)


 おそらくティオは、そんなボロツの心情に気づいていて、ボロツが外ウマの席で観戦したいと言い出した時も、驚いた様子もなくすぐに快諾したのだろうと、チェレンチーは推測した。


 ティオは、いかつい巨体の肩を竦めてしおれているボロツに向き直り、まるでいたずら好きな子供のようにニッと歯を見せて笑った。


「ゼンッゼン気にしなくていいですよー。どうせボロツ副団長がここに居ても、なんの役にも立ちませんしねー。打牌するたびに俺の後ろで、『ああっ!』とか『うおぉー!』とか叫ばれてもゲームの邪魔ですしー。もう、やる事もないので、さっさとどこへなりと好きに行っちゃって下さいよー。」

「ティ、ティオ、お前ぇ! ホンット一言多いんだよ、この毒舌野郎!」

「あ! 帰り道の護衛だけは、しっかりお願いしますよー。俺とチェレンチーさんだけじゃ、夜道は不安ですからねー。」

「わーかってるってのー! 勝負が終わったら、ちゃんと戻ってきてやるよ!」


 ティオのからかうような言葉に対して、いつもと同じくボロツは悪態をついていた。

 しかし、内心では、自分が立ち去りやすいようにティオがわざとそんな事を言っているのだと気づいている様子で、「ったく、マジで素直じゃねぇなあ、お前はよぅ。」とつぶやく表情は明るかった。



 壇上から去る前に、ボロツは、一旦、片手を腰に当ててチェレンチーの方を振り返った。


「お前はどうすんだ、チャッピー?」

「僕ですか?」

「おうよ。……お前は俺より頭がいいからな。ドミノは初めてっつっても、今日ずっと見てたからもうだいぶ覚えたんじゃねぇか? まあでも、コイツの後ろで見てて、ゲームの状況が多少分かった所で、やる事がないのは俺とおんなじだろ?」


「だったら、俺と一緒に観客席に行くか?……ああ、ティオの野郎の事は、放っといたって大丈夫だろ。コイツは、誰がついてようがついてなかろうが、まーったく気にしねぇだろうからな。一人で勝手に計画立てて、一人で勝手に実行して、一人で勝手に終わらせる、そういうヤツだ。大金がかかってる勝負でも、顔色一つ変えない筋金入りの鉄面皮だしな。」

「ハハ、確かに、僕が居ても居なくても、ティオ君のプレーにはなんの影響もないでしょうね。」


「でも、僕はここに残ります。」


 チェレンチーは、自分を心配して声を掛けてくれたであろうボロツに心の中で感謝しながら、ニッコリと笑顔で答えた。


「ティオ君に、兄さんを徹底的に負かして欲しいと頼んだのは僕です。これは僕の勝負でもあるんです。……だから、僕は、最後まで目を逸らさず、この勝負の一部始終を見届けなきゃいけないと思うんです。いいえ、見届けたいと思っています。」


「そっか。」

 ボロツは、明確な回答を返してきたチェレンチーに対して、どこか嬉しそうに苦笑し、ボリボリと頭を掻いていた。


「チャッピー、お前は、俺が思ってたより、ずっと芯のある男だな。いやぁ、俺も見習わねぇとな。」


「あ、いや。そう言や、お前は、最初っからそうだったっけな。ゴロツキだらけの傭兵団にいきなり飛び込んできて、ハンスの旦那に土下座してまで『ここに置いて下さい!』って訴えたんだもんな。結局、剣の腕はからっきしだったが、いろんなヤツが入ってきた中で、あんなに覚悟が決まってたのは、お前一人だけだったぜ。」


「お前は、本当は強い男なんだな。」


「俺は、強いヤツは好きだぜ。男も女もな。」


「ボロツ副団長……」

 ボロツに男として認められた事に感動し、胸がジーンとしたチェレンチーだったが……

「まあ、この天下に名だたる『牛おろしのボロツ』様に褒められたんだからな、大いに自慢しろよ、チャッピー! ガッハッハッハッ!」

 と言う言葉が、両手を腰に当てて仁王立ちで踏ん反り返ったボロツから続けて出てきたので、ちょっとスウッと感動が引いていた。


 そして、最後に、ボロツは改めてティオに向き直った。


「じゃあな、ティオ。」

「まだ居たんですか、ボロツ副団長? こんな所で大きな声でバカ笑いしてないで早く観客席に行って下さいよ。うるさくてかなわないですよ。」

「ティオ、テメェ! お前ってヤツは本当によぅ!」


 ボロツは、唇の端を引きつらせながらも笑顔を浮かべ、その流れでまたティオの背中を思い切りバシーン! と叩こうと腕を振り上げたが……

 察していたらしいティオが、サッと身をかがめて素早くよけたために、筋肉の盛りがった太い腕は見事に宙を空振っていた。


「チッ! なんだよ、最後に気合い入れてやろうと思ったのによ!」

「要りません。何度もバシバシ勝手に人の背中を叩くのはやめて下さいよ。サラ程じゃないにしても、叩かれたこっちはムダに痛いんですからね。」

「俺の応援は要らねぇってか? いい度胸だな、ティオ!……ハッ! バカバカしいぜ! 俺だって、何を好き好んでこんなクソひね曲がった性格のガキを応援してやらなきゃいけねぇんだっつーの! あー、もう、俺は知らねぇ! 後は勝手にやれ、バーカ!」


 ボロツは吐き捨てるようにそう言うと、クルリときびすを返して歩き出していた。

 ティオもフッと一つため息を吐いて、何事もなかったような冷静な面持ちでテーブルに向き直る。


「せいぜい頑張れよ、作戦参謀! この冷血漢!」


 ボロツはマントを翻して足を止める事なく大股で立ち去りながら、一度だけ上に挙げた手をヒラヒラと振ってそう言った。

 それを聞いたティオは、ボロツに何か言葉を返す事はなかったが、しばらくその口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「ティオの上着」

一見素朴だが、しっかりとした丈夫な布地で作られており、黒色の染めもむらなく丁寧に施されている。

前面に並ぶボタンは、比翼仕立てになっているため、襟元の一つ以外見えない。

長身のティオのくるぶしに届く程裾が長いが、左右と後ろにスリットが入っていて足捌きを良くしてある。

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