内戦と傭兵 #12
「……はあ? 剣士? 傭兵?」
ボロツは、剣を装備するとスタスタと戻ってきたサラの姿を、その巨体に比して小さな目をカッと見開いて、まじまじと見つめていた。
サラが腰に履いている二振りの剣が本物だと知り、またサラの物怖じしない堂々とした態度にも、ただの少女ではない気配を感じ取った様子だった。
それでもはやり、この小柄で華奢な愛くるしい美少女が剣を振るう戦士であるとは、にわかに信じられないようだった。
「……わ、悪い冗談だぜ。こんな可愛い子ちゃんが傭兵だって? おいおい?」
「本当だ、ボロツ。彼女は、先程入隊試験を受けて合格し、傭兵となった。彼女の実力は、私も認める所だ。」
「……あ! 俺! 俺俺! 俺も試験に合格して、今日から傭兵になりましたー! ティオって言いまーす! みなさんヨロシクお願いしまーす!」
ハンスがボロツに説明している後ろで、ティオがひょこっと現れて、いつものヘラヘラとした緊張感のない笑みを浮かべながら早口に挨拶した後、すぐにまたひゅっと、柱の陰に隠れた。
ボロツも、他の傭兵達も、一瞬気を取られたものの、全くティオには興味を示せず、何事もなかったかのように話が続いていった。
「なるほどなぁ。ちょっとは腕に自信があるって事か。」
「でもよぅ、可愛いお嬢さん、傭兵は遊びじゃないんだぜ? 悪い事は言わねぇ。男に混じって戦争ごっこなんて、やめた方がいい。その綺麗な顔に傷でもついたら、大変じゃねぇかよ。」
「大丈夫よ。私、超強いもん。」
ボロツは、どうやら、サラの事をそれなりに心配しているようだった。
まあ、ボロツにとって、サラは「好みの女」らしいので、その美貌が損なわれる事を心配するのも自然な感情だった。
危険を説かれても何食わぬ顔をしているサラに、ボロツは、その巨体をかがめて、またそろそろと手を伸ばしてきた。
「気が強いのは、悪くねぇんだがなぁ。無鉄砲過ぎるぜ、お嬢ちゃん。……お! そうだ! 傭兵団は、俺が仕切ってるんだ。ここに居る間は、俺がお前を守ってやるぜ!……だから、まあ、仲良くしようじゃないかよ、なあ。」
「もー! 勝手に触らないでって言ってるでしょー! 気持ち悪いなぁ!」
「いてぇ!……な、何っ? この俺様が、気持ち悪いだとぉ?」
ボロツは、再びサラに、バシッと、肩に回そうとしていた手を叩き返されて、目を見張った。
一度目は、ちょっと驚いただけで済んだが、二度目となると、さすがに、ならず者の寄せ集めである傭兵団で頭を張っている面子が傷ついたのだろう。
部下達の前で、子供のような少女にいいようにあしらわれているみっともない姿を晒し続ける訳にはいかない。
「……テメェ、ちょっと顔が可愛いからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ? 俺様が目をかけてやるって言ってんのに、その態度はなんだ? ああ?」
「別にアンタに守ってもらわなくっても、全然平気だもんねー。私、超強いって言ったでしょー?」
サラは、鬱陶しそうにピンっと肩に掛かっていた金色の三つ編みを跳ね上げて背中に回しながら、唇を尖らせて言った。
「私もね、これからは同じ傭兵団の仲間として、アンタやみんなと仲良くやっていきたいって思ってるよ。……だけど! 勘違いしないで欲しいんだよねー。」
「確かに私は超可愛いから、ついつい好きになっちゃうのは分かるよー。でも、私がアンタと付き合うとか、そういうのは絶対にないからー! だって、アンタ、まったく私の好みじゃないしー!」
「んなっ!?」
「って言うか、自分の事を強いと思っててー、腕力をひけらかしてー、それで女の子をどうこうしようっていう、そういう考え方が大っ嫌いなんだよねー。もちろん、そうういう考え方をする男も、大っ嫌い。」
「……うんぐっ!……ぬぬぬぬぬっ!」
サラの言葉を聞く内に、ボロツは、みるみる真っ赤な顔になっていった。
スキンヘッドであるため、その見た目はまさに茹でダコのようで、いまにもシュンシュンと湯気が吹き出しそうな勢いだった。
あるいは、ボロツ自身、サラの言葉に痛い所を突かれた自覚があったのかもしれない。
「……テメェ、大人しく俺様に従っておけば、こんな所でもそれなりにいい思いをさせてやったってのになぁ! この傭兵団の団長、ボロツ様にたてついて、ここでのうのうとやっていけると思うなよ!」
「あー、それ! アンタって、ここの団長なんだよねー? その話を聞いてから気になってたんだよねー。」
サラは、ボロツが怒りで興奮しだしても、腰に手を当てて涼しい顔で聞いていたが、ふと思い出したように、ピッと人差し指を立てた。
「傭兵団の団長って、誰が決めたのー? 本当はハンスさんがやる筈だったって聞いたけどー?」
「ああん?……ハッ! ハンスだって? あんな腰抜けに、荒くれ者どもの頭がつとまるかよ!……いいか、良く聞け、小娘!」
「傭兵は、強さが全てだ! だからなぁ、一番強いヤツがてっぺんに立つんだ!……つまり、俺様だ!」
ボロツは、ここぞとばかりに、唾を飛ばして熱弁し、野太い親指でグイッと自分自身の胸を指し示した。
「ふーん。一番強い人が、傭兵団の団長になるんだー。」
サラは、それを聞いて、納得したようにウンウンとうなずいていた。
そして、ニコッと、一点の曇りもない明るい笑顔を浮かべた。
「私、そうういうの好きだよ! いいよね、分かりやすくって!」
「ん、んん?」
「なんかー、身分がどうとかー、長い間やってたからどうとかー、歳がどうとかー、そういうのって、違う気がするんだよねー。……やっぱりさー、戦士なんだから、強くなきゃダメでしょ! 何よりもまず、強さが大事だよねー!……だから、一番強い人が団長になるっていうのは、私も大賛成!」
「お、おお。分かってんじゃねぇか。だったら、ここの傭兵団の団長の俺に、大人しく従って……」
「アンタが団長って事は、アンタがこの傭兵団の中で一番強いって事で、いいんだよねー?」
「だから、さっきからそう言ってるだろ! ここは俺の傭兵団だ! ここでは俺様がルールなんだよ!」
「そっか、分かった! じゃあ……」
サラは、グッと両手の拳を握りしめて、目を輝かせた。
「今日から、私がここの傭兵団の団長だねー!」
□
「はぁ?」
アゴが外れそうなほどあんぐりと口を開けたボロツに、サラは、ニコニコと楽しそうに笑いかける。
「今日から私が、この傭兵団の団長になるねー! 改めてヨロシクねー!」
「ちょ、ちょっと待てぇ! だ、だから、言ってるだろう! 傭兵団の頭は、一番強いヤツがなるのが習わしなんだよ!」
「えっとー……アンタ以上に強い人って、傭兵団に居るのー?」
「俺が! この俺様が! 一番強いに決まってんだろうが! 俺がこの傭兵団の団長なんだからな!」
「んー……そう、みたいね。結構強そうな人もチラホラ居るけどー、アンタがやっぱり一番かなー?」
サラは、二人のやりとりを息を飲んで見つめている傭兵団の面々をぐるりと見回したのち、もう一度ボロツに向き直った。
「ハッ! ようやく理解したか、小娘! これからこの傭兵団でやっていくつもりなら、団長の俺様の言う事を……」
「でも……」
サラは、オレンジ色のコートの胸についているお気に入りの赤いリボンを細い指で整えながら、無邪気に笑って言った。
「アンタより、私の方が強いもんねー!」
「私が、一番ー!」
「だから、私が今日から、ううん、今から、ここの傭兵団の団長になるねー!」
「は、はあぁ!?」
ボロツはひとしきり驚いた後、ハッと我に返ると、ギリリッと歯を食いしばり怒りの形相を浮かべた。
見るからにいかついボロツの前でも全く動揺しないサラの様子を見て、集まってきた傭兵達にザワザワと動揺が走るのを感じとったのだろう。
これ以上、小柄な少女一人にいいようにあしらわれていては、傭兵団のボスとしてのこけんに関わる。
「テメェ、小娘! お前の方が俺様よりも強いだと? そんな訳あるかぁ! なめた態度を取るのも、いい加減にしろ! これ以上大口を叩くと、いくらお前が可愛くても、俺は容赦しねぇからなぁ!」
ボロツとしては、言葉と顔つきと口調だけで、最大限サラを威嚇したつもりのようだったが……
サラのニコニコと楽しげに笑う愛らしい顔を目の前に見ていると、どうも気が緩むらしく、唇の端がフニャリと垂れては、慌ててグイッと引き締めるという動作を無意識に繰り返していた。
そんなボロツの内心など全くお構いなしなサラは、ごく当たり前のようにサラリと言った。
「別にー、なめてなんかいないもんー。ホントの事を言っただけだもんー。……アンタは、確かに相当強いみたいだけどー、私の方が、もっと、もーっと強いんだからー!」
□
「……チイィッ! どうやら、ちょいと怖い目を見せてやらなきゃならねぇようだなぁ! 分からず屋のお嬢ちゃんよぅ!」
ボロツが、ガシッと背中に負っていた剣の柄に手を掛けたのを見て、慌てて、ハンスが止めに入った。
「お、おい! ボロツ、バカな事はやめるんだ!」
「ああん!? テメェは引っ込んでろ!……傭兵団の見張りだけで、戦に出もしねぇお前には、用はねぇんだよ!」
「そうだよ、ハンスさん。ハンスさんは、邪魔しないでよー。」
ガアッと噛みつく勢いでハンスを威嚇するボロツに、サラがうんうんと賛同したので、ハンスは驚いた様子だった。
サラは、青ざめた顔をしているハンスに向き直って、落ち着いた口調で語った。
「ハンスさんって、本当にいい人だね。真面目で優しいよね。女の子や弱い人を守ろうとする正義の気持ちを持ってるのも、凄く素敵だと思うよ。」
「でも、私の事なら、全然心配要らないから! 私の強さは、ハンスさんもさっき戦ってみて良ーく知ってるでしょー?」
「そ、それはそうだが、しかし……」
「それにね、これは私達の、この傭兵団の問題だから。ハンスさんは、管理はしてるけど、この傭兵団の人じゃないんでしょ? だったら、口は挟まないで、黙って見ててほしいなぁ。」
「サラ……」
「傭兵団の問題は、傭兵団の中で解決しなきゃね!」
きっぱりとした口調で告げるサラの言葉に、ハンスはいつしか、のめり込むように耳を傾けていた。
「それに、これは避けては通れない問題だよー。……傭兵団では、強さが一番大事! 私もそう思う!……だから、私とアイツ、どっちが強いのか、ここではっきりさせておかなきゃいけないんだよー!」
「……」
キラキラと輝く一片の迷いもないサラの瞳を見て、ハンスはしばく言葉を失ったのち、ゆっくりと大きく息を吐き出した。
「……サラ、君は不思議な人だな。……」
ハンスは噛みしめるように言った。
□
先程実際に手合わせをしたハンスには、サラの強さが確かに良く分かっていた。
それでも、サラの可憐な容姿を目の当たりにしていると、つい、彼女を守らなければという感情に駆られる。
それと同時に、サラの汚れのない清らかな心に、揺らぐ事のない強い意志に、圧倒されている。
人目を引く輝くばかりの美貌から、思わず掻き立てられる庇護欲。
それとは対照的に、そばに居ると感じる、包み込まれるような不思議な安心感。
加えて、圧倒的な肉体の力と、それに見合う精神の強さ。
それらは、自然と人の心を揺さぶり、彼女の言動に従わせる力を持っていた。
そんなサラの稀有な魅力に、ハンスは気づいていた。
そして、おそらくまだ自覚はないだろうが、彼女に食ってかかっているボロツもまた、サラの魅力に惹かれつつあるのだろうとハンスは推察した。
「まるで、一輪の美しい花のようでもあり、また、一人の偉大なる英雄のようでもある。」
「??」
思わずハンスの零した言葉に、サラはキョトンと首をかしげるばかりだった。
「……いや、気にしないでくれ。サラ、君の言いたい事は良く分かった。私はもう、何も言うまい。後は、君の好きなようにするといい。私は、何があっても、ここで君の事を見守っているぞ。」
「うん! 大丈夫、きっと全部上手くいくよ!」
ハンスが静かに頷いて了承してくれたのを見て、サラは嬉しそうに笑った。
その笑顔は、幼子のように無邪気でありながら、まばゆく強い光を放っていた。




