表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第八節>黒色の決断
237/445

過去との決別 #101


 しかし、一方で「自分で考える癖」を持たない人間の気持ちも、チェレンチーは分からないでもなかった。


 世界が白と黒二色でキッカリと塗り分けられているのなら、誰も重要な選択を人任せにする者は居ないだろう。

 しかし、現実問題、この世は混沌として複雑怪奇であり、どこにも明確な答えなどない。

 何が正しく、何が間違っているのかが分からない……いや、そもそもこの世界に正誤は存在せず、この世に生ける者は皆、人間もそうでないものも、無限の森羅万象の中から、ただ自分に必要なものを選びとって生きていくのみだ。

 明確な正解のない世界において、自分一人の頭で考え、選択し続ける事の困難さ。

 真剣に考えるという事は、精神力を消費する。

 気を使い、疲労する、面倒な作業である。

 しかも、いくら真剣に長い時間をかけて考え抜いた所で、正解などないのがこの世界の理である。


 ティオのように、人並み外れて頭が良く、また、「正解のない混沌たるこの世界の有様」をそのまま受け入れられる度量のある人間にとっては、特に苦痛を感じる事もないままに、次々と自分の人生を選択し続ける事が可能だろう。

 しかし、ティオは、チェレンチーが今まで出会ってきた人間の中で最も優れた頭脳の持ち主あり、かつ、極限の悟りと惜しみない慈愛を有するかなり特殊な人間だった。

 彼のように、目の前を流れていく複雑な事象を、まるで子供のが積み木を選り分けるかのごとく、スイスイと分別出来る者は、チェレンチーの記憶上、他に存在しなかった。


 大抵の人間は、考える事、判断する事、そして、最終的に決断する事に、苦心し、苦痛を覚え、疲労困憊する。



 また、「決断」という行為は、人間に多大なストレスをももたらすものだった。

 なぜなら「決断」を下した者は、その結果として、必然的に「責任」を課されるからだ。

 この世界において、自分の人生において、何を選ぶ事も、また選ばない事も自由だ。

 それは、当然の「権利」でもある。

 しかし、「権利」には、もれなく「責任」が伴う。

 選んだのなら、選んだ責任が、選ばなかったのなら、選ばなかった責任が、どちらにしても「選択」した者の双肩に降りかかる。

 「選択」がもたらした結果が良いものだったのなら、責任の重みを感じる事は少なくて済むだろう。

 しかし、自分のした「選択」の結果、未来で望まぬ出来事が起こってしまったのなら?

 また、それが、自分一人だけでなく、自分の周りの多くの人々に影響を及ぼしてしまう事態となったなら?

 「選択」をした人間は、その「選択」の「責任」に押し潰される事になる。

 たとえ周りの人々が、本人を責めなかったとしても、自分自身が自分を責める事もあるだろう。


 そんな、自分の「選択」の結果がもたらす未来の出来事への「責任」を負う事を、そのストレスやプレッシャーを、苦手とする人間は多かった。

 だからこそ、重要な「選択」程、出来れば自分一人で決めたくないと考える。

 おかげで、「周りの人間と良く話し合って決める」という、一見建設的で耳障りのいい解決法に走るパターンもままあった。

 しかし、似たような能力値の人間が、内心「責任」を取りたくないという動機から始める話し合いは、不毛な過程と結末を辿る事がほとんどだった。

 「思考力」「判断力」「決断力」のどれもが欠けている状態の人間がいくら集まった所で、なかなか結論は出ず、ムダに長い時間をかけて、中途半端な回答をこじつけるのがオチだった。

 そして、話し合いに参加した者達で、広く薄く「責任」を分け合う。

 それはまるで、出来るだけ自分一人の「責任」の負担を減らすために、なるべく多くの人間を話し合いに参加させているかのようだった。

 もはや、より良い結論を導き出すという本来の目的は二の次となり、「結局誰が責任を取るのか?」という責任の押しつけ合いという本末転倒な状況が、宙ぶらりんのまま限界まで放置される事も多かった。



 そんな「思考力」「判断力」「決断力」が足らず、また「責任」の重さを恐れる者にとって……

 例えばチェレンチーの父のように、ズバズバと一人で次々と重大な選択を決めてくれる人間は、とてもありがたい存在に違いない。

 大人しく彼の後ろにつき従っていけば、面倒な「思考」も「判断」も「決断」もしなくて済むどころか、「責任」は彼が一人で全て被ってくれる。

 彼は優秀であるが故に、自分がするよりもおそらく「より良い選択」をする事だろう。

 自分は、彼によってもたらされる「より良い結果」の恩恵に、ただあずかっていればいい。

 もちろん、彼も時には「失敗」と思えるような「選択」もするし、その結果悲惨な目に遭う事もあるかもしれない。

 しかし、少なくともその「責任」は自分にはない。

 「アイツの考え方が甘いからいけないんだ」「アイツはダメな方を選んだ」「全部アイツの責任だ」と彼を好き勝手非難して、自分は「責任」から逃れる事が出来る。


 本当は、「自分以外の人間の決定に委ねる」という選択をしたのは自分であり、その人間が失敗した所で、「彼に任せた自分の見込みが甘かった」と、自分自身を責めるべきだとチェレンチーは思っていた。

 「責任」の所在は、実ははじめから自分自身以外には、一ミリも移ってなどいないのだ。

 結局は、運命の選択の因果は自分自身が引き受ける事となり、責任を取るのは自分である。


 それでも、「決断力」のない「気の弱い」人間にとって、「決断力」のある「意思の強い」人間の決定に「乗る」事は、随分と気が楽になる行為なのだろう。


(……そう、「決断」を下すには……「思考力」「判断力」そう言った頭の良さや状況分析の確かさも必要だけれど、何と言っても……)


(……「責任を自分で取る」という勇気、度胸が必要だ。……肝が座っているというか、覚悟があるというか。……)


(……少なくとも、自分の人生の重大な決定を人任せにするような他力本願な人間ではダメだ。……)

 


 傭兵団に入ってから、チェレンチーの周りには……

 傭兵団の団員達の象徴であり希望である「団長のサラ」がおり……

 副団長として実質的に団員達をまとめ、常に皆に気を配っている「副団長のボロツ」がおり……

 そして、現在傭兵団の方針を決定している「作戦参謀のティオ」が居た。

 傭兵団のあり方や運営を定めているティオは、まさに「思考力」「判断力」「決断力」そして、「実行力」をも兼ね備えた、お手本のような「組織の頭脳」だったが……

 「団長のサラ」と「副団長のボロツ」も、組織のリーダーとして望ましい「決断力」の持ち主であった。

 そんな、傭兵団のトップである三人全員に優れた「決断力」があったため、うっかりチェレンチーは忘れてしまっていた。

 こうした「重大な局面で、責任の重圧を恐れず決断を下せる人間」が世間一般的には、いかに貴重な人材であるかという事を。



 ドゥアルテ商会で働いていたおり、ドゥアルテ商会程の規模ではないにしても、同じく商品売買を生業とする組織との取引も頻繁に行われていた。

 商会によっては、扱いに長けている商品が異なり、また得意としている地域にも違いがあった。

 そこで、お互い長所を生かし弱点を補えるよう、共存共栄の相互利益に基づいて業務を提携する場面があった。


 しかし、自分の商会の頭取の肩書を負って父の元に交渉に来た者でさえ……

 いざ大きな取引を決定する段になると、不安そうに父の顔色をうかがったり、何度も同じような質問を繰り返したりと、自分の責任の重さに怯え決断を引き延ばす事がままあった。

 話し合いにおいて、父に「この取引はきっとお互いにとって有益なものとなりましょう」と太鼓判を押され、ようやくホッとして書類にサインをする姿を何度も目にした。


 組織のリーダーには、優れた「思考力」「判断力」「決断力」そして「実行力」が備わっているのが望ましいと、チェレンチーは前々から思っていた。

 もちろん、その全てが揃っている事は非常に稀であり、能力的に欠けている部分は、そばに居る補佐役の人間が補う事も出来たが。

 しかし、理想としては、組織のリーダーには「決断力」が是非欲しい所だった。

 自分で考えるよりも大人しく上の者に従う事を好む、迷い多き人々を引っ張ってゆくには……

 優秀な「決断力」は、ドゥアルテ商会を導いていた亡き父のように、強いリーダーシップを生む一因となるに違いない。


(……良い組織には、良いリーダーが居て……良いリーダーは、良い「決断力」の持ち主である事が多い。……)


 それが、チェレンチーがこれまでドゥアルテ商会で働いてきた経験から得た教訓だった。

 そういう意味で、今の傭兵団は、実に素晴らしい人材が集まり、効率的な組織体系が見事に確立していた。

 「ゴロツキの寄せ集め」だの「犯罪者集団」だのと世間の噂だけで判断している人間が実際の傭兵団の内情を知ったのなら、その秩序だった適材適所の見事な組織体系に驚き感嘆する事だろう。



 そんな、傭兵団の有様を、この約半月、当たり前のようの目の当たりにしていたチェレンチーであったので……

 当然、このナザール王都一の賭博場である『黄金の穴蔵』のオーナーなる人物は……

 もはや人間離れした才覚の持ち主であるティオはともかく、傭兵団のトップを担う、サラ、ボロツに並ぶような「決断力」の持ち主であると、勝手に想像していたのだったが……


(……どうも、僕の予想と反応が違うなぁ。……)


(……あの、異様な衣装と風体に圧倒されてしまっていたみたいだ。こんな事を言っては悪い気もするけれど……見掛け倒し、のような。いや、むしろ、あの突飛な外見は、人物の中身を誤魔化すための虚飾だったんだろうか?……)


 実際、逸脱した才能の持ち主であるティオは、自分の見た目などまるで気にしていない様子だった。

 他人に自分がどう思われても気にもとめない。

 自分を大きく見せようなどという発想は、元々持ち合わせていないようだった。

 その必要が全くないせい、と言うよりも、むしろ自分の稀有過ぎる才覚を目立たないように隠しているきらいさえあった。

 もっとも、残念ながらティオは美的感覚だけはかなりズレており、おかげで本人は「ごく普通」の格好をしているつもりのようだが、ボサボサの黒髪に、ボロボロのマント、大きな丸眼鏡という身なりで、意図せず人目を引いてしまっている所はあったが。


(……うーん……)


 ドゥアルテとの最終決戦にあたり、ティオが今までにない形式でゲームをしたいと言い出したのに対して、『黄金の穴蔵』のオーナーの返答の歯切れの悪さに気づいてしまったチェレンチーは、違和感を覚えはじめていた。

 オーナー本人は堂々とした態度を取り繕っているが、些細な質問を繰り返し、重大な決断を先延ばしにするような態度は、明らかに小心者のそれだった。


 チェレンチーは、それまでオーナーの人物像を疑っていなかったため「目利きの能力」を使って彼を観察する事をせずにいたが、ここにきて芽生えた不信感から、密かにオーナーを値踏みしようと考えた。

 その時、オーナーだけでなく、そばに控えている使用人の老人と後ろに立っている用心棒の二人も、チェレンチーの視界に入りそうな状況だった。



「チェレンチーさん。」

「……な、何? ティオ君?」


 それまでオーナーに真っ直ぐに向いて話していたティオが、突然自分の名前を呼んだので、チェレンチーは反射的にギクッとしていた。

 チェレンチーが何を考えているかは、ティオの真後ろに居たため表情が全く見えず、分からない筈だったが。


 ティオは、一旦オーナーとの話を中断すると、ゆっくりと振り返り、少し背をかがめてチェレンチーの腕にそっと触れてきた。

 相変わらず、ティオは飄々とした緊張感のない笑顔が浮かべていたが、周囲の人間に聞かれぬように慎重に声を潜めて語りかけてきた。


「……チェレンチーさんは、商品の良し悪しが分かるのだと言っていましたね? 品質の良いものは、明るく光って見えて、逆に品質の良くないものは、暗く影に覆われて見えると。……」

「……あ、う、うん。そ、そうだね。……」

「……それは、人間に対しても可能なのでしょう?……例えば、優秀で将来有望な人物や、誠実で信頼に足る人物は、明るい光を帯びて見える、と言ったような。……」

「……う、うん。死んだ父に、『今ではなく未来の価値を考えろ』と言われてきたからだろうね。それから、『商品だけではなく、人間の目利きが出来て、初めて一流の商人だ』とも言われたよ。だから、100%確実ではないけれど、なんとなく、その人物の未来の価値、と言うか、将来性のようなものも分かるようになったみたいだね。……」

「……それは素晴らしい能力ですね。その能力は、これからチェレンチーさんの人生において、とても役立ってくれる事でしょう。……しかし……」


「……その能力は、今は使わない方がいいでしょう。……」

「……え?……」


 ティオはチラと背後のオーナー一同に視線を走らせると、更に声を抑えてチェレンチーに静かに念を押してきた。


「……俺達は、今は堂々とこの『黄金の穴蔵』でドミノゲームで遊んでいますが、本来なら、こういった都の暗部には関わらない方がいいと思うんですよ。まあ、ボロツ副団長のように元々こういう場所に慣れている人間はともかく、チェレンチーさんは、あまり深入りしない方が安全だと思います。……それとも、ひょっとして、こういう世界に興味があったりするんですか?……」

「……い、いやいや! ないよ、ない!……そ、そうだね、僕には、こういう場所は不似合いだと自分でも思う、よ。……」

「……ならば……」


「……この場に居る人間を、あなたの『目利きの能力』で測るのは、やめておいた方がいいでしょう。……」


「……知らなくてもいい事を知ってしまう可能性もありますからね。重大な秘密を知ってしまって、そのせいで危険な目に遭う、なんて事になったら、大変でしょう?『君子危うきに近寄らず』ですよ、チェレンチーさん。……」

「……そ、そう、だね。ティオ君の言う通りだね。……今は、何もしないで大人しくしておくよ。……」

「……」


 ティオは、黙ったままにっこり笑うと、触れていたチェレンチーの腕から手を放した。

 そして、また前に向き直り、何事もなかったようにオーナーとの交渉を再開していた。



 チェレンチーは、まるで自分の心を読んだかのようなティオの忠告に驚き、心臓をバクバクと高鳴らせていたが……

 冷静に考えると、ティオの言う事はもっともで、軽率にオーナーを探ろうとした自分の浅慮な行動を反省していた。


(……た、確かに、こういう場所をすみかとしている人達に不用意に深入りするのは、やめておいた方が、いいな。……)


(……それにしても、ビックリしたぁ! ティオ君は、まるで、僕の考えている事が手に取るように分かってるみたいだったなぁ。……と言うか、あれ?……)


 チェレンチーは、ティオの的確な忠告に感謝しつつも、ふと不思議に思っていた。

 確かに、以前二人で城下町に来た折、ティオには「商品の良し悪しが分かる」という自分の「目利きの能力」について、チェレンチーは話をしていた。

 そして、今まで誰も信じなかったそれを、ティオはすんなりと信じてくれて、チェレンチーは自分の能力に自信を持つ事が出来たのだったが……


(……確かに、商品の目利きが出来るとは言ったけれど……人間に対しても同じように目利きが出来るなんて、僕、ティオ君に言った事あったっけ?……)


 チェレンチーはアゴに手を当てて少し考え込んでいたが、程なくティオとオーナーの話し合いが佳境を迎えたため、意識をそちらに集中し、ティオについての疑問は、それ以上追求しなかった。


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「異能力」

その人間の持っている能力が、平均的な人間と比べて著しく逸脱した状態に達したものを「異能力」と呼び習わしている。

世間一般的にはほとんど知られていない概念であり、また「異能」と呼ばれる程突出した能力を持つ者は非常に少ない。

ティオとしては「特別な人間や能力」という意識はなく、誰もが個性を持っている中でも「特に強烈過ぎる個性」ぐらいに捉えているようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ