過去との決別 #97
「チェレンチーさんには、今までとても助けてもらっています。」
「傭兵団の『作戦参謀補佐』という役割も、俺が無理を言って任せてしまったようなものですが、それでも、チェレンチーさんは、毎日とても一生懸命働いてくれていました。むしろ、あなたに対価を払わなければいけないのは、俺の方です。」
「ああ、もちろん、チェレンチーさんに補佐を任せたいとお願いした時に言った『お礼』は、いずれ別途、きちんとさせてもらうつもりでいますよ。」
と断った上で、ティオは、いつもの調子で流れるように喋った。
「それに、俺自身、今夜はもう少し稼いでいこうと思っていました。せっかくこんな場所までやって来ている訳ですしね。日数的な事を考えても、傭兵団が前線に送られるまで、もう何日も時間が残っていません。資金を増やすのは、今夜が最後のチャンスでしょう。ならば、先々の事も考えて、ある程度余裕を持った金額を持って帰りたい所です。あまり必要以上に勝つつもりはありませんでしたが、まあ、資金はいくらあって困りませんからね。」
「……じゃ、じゃあ、ティオ君……」
チェレンチーがティオから返された、自分で余り布を縫って作った給金の入った小さな袋を握りしめ、ジッと祈るように見つめるていると……
破顔一笑、ティオは、無邪気ないたずら好きの少年のように、晴れやかな笑顔を見せて言った。
「やりましょう! 俺は、喜んでチェレンチーさんの要望に応えますよ! 何しろ、他でもないチェレンチーさんのお願いですからね!」
「ティ、ティオ君! ありがとう!……ぼ、僕、なんてお礼を言っていいか……」
「お礼は、俺が『ドゥアルテを完膚なきまでに負かす』という目的が達成されてからでいいですよ。」
「では、ここから先は……」
ティオは、こんな時も冷静さを失わず、しっかりと確認した。
「まずは、予定通り傭兵団の資金を確保します。ある程度余裕を持って活用出来る程度に増えた所で……」
「その後は、チェレンチーさんの要望に沿って、ドゥアルテの資産を限界まで削っていきます。その分は、傭兵団の資金ではなく、チェレンチーさん個人の資産にして下さい。あなたの訴えがなければ、なかった筈の金ですからね。」
「ボロツ副団長! 種銭には、このまま傭兵団の資金を流用させてもらいますが、構わないですか? もちろん、きちんと増やして返しますので、許可してもらえませんか?」
クルリと振り返ったティオに問われ、ボロツは快くドンと胸を叩いた。
「おうよ! 良く分かんねぇが、とにかくあのクソ野郎に一泡吹かせるって話だろ? アイツは俺も気にくわねぇと思ってたとこなんだよ。チャッピーの事をずっといじめてたってのもあるしな。容赦なくボッコボコにしてやれよ、ティオ!」
「ありがとうございます!……では、この場には団長であるサラが居ないので、副団長であるボロツさんの了承を得たという事で、計画を実行に移します。」
ティオは、ボロツの熱くなりやすく情にもろい性格を把握しきっており、望んだ通りの答えが帰ってくるのを予想していたようで、ニッと笑った。
そして、改めてチェレンチーに向き直った。
「と、言う訳で、チェレンチーさん、ボロツ副団長の許可がおりましたので、この先の勝負で傭兵団に必要な資金以上の金が手に入った場合、あなたが全てしっかり受け取って下さいね。」
「え!? あ、い、いや、それは……もし余分にお金が儲かったら、それも傭兵団のものでいいよ!」
「それはいけません。……さっきも言ったように、種銭には、このまま傭兵団の資金を使いますが、それはボロツ副団長も許してくれているので問題ありません。傭兵団の資金の確保を最優先事項とするので、その点も気にしなくて大丈夫です。チェレンチーさんには、余剰金を受け取ってもらうという事になる訳です。所有権の所在がどこにあるかは、最初にしっかり決めておかなければなりません。」
「で、でも……」
「チェレンチーさん、あなたは、俺に、兄であるドゥアルテから、出来る限り金銭を奪い取ってほしいと要請しました。俺はこれから、そのあなたの要請に応えて動く訳です。俺にドゥアルテの破滅を託した、その覚悟を、あなたにも示してもらいたい。」
「この先俺がドゥアルテから奪った金は、傭兵団の資金を引いて、全額あなたが所有する。……これが、俺があなたの要望を飲む絶対必要条件です。」
ティオは、淡々とした口調であったが、理路整然とチェレンチーに決断を迫ってきた。
ドゥアルテから余分に削った分の金が全部自分のものになると聞いて、罪悪感のようなものを感じていたチェレンチーだったが……
ティオにたしなめられ、グッと唇を噛み締めると、覚悟を決めた。
「……わ、分かったよ、ティオ君。僕も、きちんと腹をくくるよ!」
「では、交渉成立ですね。」
チェレンチーは、一人心の中で噛みしめるように考えていた。
(……そう、僕がティオ君に頼んだのは、そういう事なんだ。……ドゥアルテ家やドゥアルテ商会の金を奪って、兄さんを破滅させる。……その重みを、傭兵団の運営資金に混ぜる事で、よそに預けて、楽な気持ちになってはダメだ。ちゃんと、僕自身で受け止めないと。……)
(……僕は、ティオ君を雇って、兄さんを、ドゥアルテ家を、ドゥアルテ商会を、徹底的に潰すと決めたんだ!……)
と、ティオは、ふと思い出したように、軽い口調でチェレンチーにつけ足した。
「そうそう、先程の、チェレンチーさんが傭兵団で必死に頑張って貯めてきたお金。もし、あのお金を使うと言うのなら、最後の勝負で、外ウマにでも賭けて下さいよ。もちろん、賭けるのはこの俺で。」
「ああ、うん! 分かったよ、ティオ君!」
チェレンチーはティオから返された自分の小さな財布を強く握りしめ、一生懸命笑顔を作っては、ティオに向かってうなずいた。
□
「おい! いつまでも仲良しこよしでくっちゃべってんじゃねぇぞ! ガキの遊びじゃねぇんだよ!……さっさと勝負の続きを始めるぞ!」
「おっと!……これは失礼しました。大変お待たせして申し訳ありません。」
ティオ達が、ドゥアルテ側との交渉を終えて戻ってきたチェレンチーと話し込んでいた間、あちらでも一悶着あったようだった。
このままドミノゲームを続行し金を増やそうとするドゥアルテを番頭二人が必死に説得していたが、結局人の話などはなから聞く気のないドゥアルテの前では、見事徒労に終わった事が察せられた。
番頭達は今は、ドゥアルテの後ろで、哀れな程意気消沈した表情で棒立ちになっていた。
「チェレンチーさんがそちらに戻らないという事が決定しましたので、ゲームの続行はこちらとしても願ったり叶ったりなのですがー……」
ティオは少し困ったようにため息をつくと、テーブルの向かいで腕組みをして憮然とした顔をしているドゥアルテに語った。
「実はー、我々もそろそろ宿舎に帰らなければならないのですよー。ほら、明日も厳しい訓練がありますからねー。軍隊の朝は早いのですよー。今日は、たまの気晴らしも兼ねてこの賭博場に遊びに来ていましたが、それもあまり長時間となると、かえって疲労が溜まってしまいますしねー。」
「あぁ? 要するに、これで勝負を降りるってのか?……ふざけるな! 勝ち逃げは許さねぇって言っただろう! 今夜はとことん付き合ってもらうぞ!」
「うーんうーん……えー、あー、ムムムゥ……それは困りましたねぇー……」
ティオは、バンとテーブルを叩いて睨んでくる、恫喝する勢いのドゥアルテの前で、しばらくとぼけた態度で頭を抱えていたが……
ふと、(たった今いい事を思いついた!)といった様子で、パチンと指を鳴らした。
「では! こうしませんか、ドゥアルテさん!」
「俺に、一つ提案があります!」
「少し、今までとやり方を変えましょう! もっと短時間で大量に金が手に入るような勝負にするんです!」
「もっと短い時間で金が手に入る、だって?」
と、「大量の金」という言葉に引かれてドゥアルテが興味を示すと、ティオは、待っていたかのように、サッと自分の席から立ち上がった。
大袈裟な身振り手振りを交え、明らかに芝居がかった口調で語り出す。
しかも、それは、ドゥアルテだけに向けた話ではなかった。
ティオは、まるで舞台の上で自由奔放に演じる役者のごとく、赤い絨毯の敷かれた赤チップ卓の壇上を大きな歩幅で歩き始めた。
そして、表向きはドゥアルテに語りかけているように見せながらも……
時に、オーナーやそのそばに立っている使用人の小柄な老人に視線を投げたり……
それどころか、壇上の端近くまで歩いていって、赤チップ卓を遠巻きに囲むように集まっている、今やすっかり観客と化した賭博場の来場者に訴えかけるように話しだした。
ティオは、決して大声を出している訳ではなかったが……
彼の低くも良く通る声は、外ウマに賭けている周囲の客達の耳にまでしっかりと届いていた。
そんな、元々人々の注目をひきやすいカリスマ性の持ち主のティオが、派手な身振り手振りを添えてアピールした事で、周囲の注目が一心に集まる中……
ティオは、一つ一つ言葉をはっきりと発して、自分の構想を明確に観衆に示していった。
「まず、次の1マッチを最後の勝負にしたいと思います。」
ドゥアルテがあからさまに不満そうな顔で何か言いかける前に、ティオは次の言葉を繋げる。
「ただし、普通の1マッチではなく、変則的なものにしてみてはどうでしょうか?……普通なら、1マッチは8戦で終わりですが……」
「今回に限り、1マッチ20戦。ドゥアルテさんと俺とで、それぞれ先攻後攻を交互に10回ずつ、計20回勝負を行います。」
「しかし! それだけじゃまだまだ面白くない! 最後の1マッチですからね、もっと趣向を凝らさなければ!……と言う訳で……」
ティオは、クルリとドゥアルテを振り返ると、ズバッと手の平で真っ直ぐに彼を指し示して言った。
「どうでしょう? その20戦の間に、一度でもドゥアルテさんが勝ったら、あなたの『勝ち』という事にしませんか?」
「……20戦の内、一度でも勝ったら俺の勝ち? 一体どういう意味だ?」
「フフッ!」
ティオは、不敵に笑うと、両腕を広げ、一際辺りに声を響かせて、宣言した。
「20戦する内に、ドゥアルテさんが俺から一度でも勝てたのなら、そこで勝負は終わり! そして……勝ったあなたには……俺から、銀貨5000枚を支払いましょう!」
「な、何ぃ!?」
ドゥアルテをはじめ、チェレンチーやボロツ、番頭達、オーナーや使用人の老人、用心棒の二人……
そんな壇上の人間にとどまらず、赤チップ卓の周りに集まっていた観客達の間にも、前方から後方へと大きな波が起こり流れるかのように、動揺が走っていた。
読んで下さってありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。
とても励みになります。
☆ひとくちメモ☆
「ナザール王国における貨幣」
中央大陸にある国の多くは、最大の強国アベラルド皇国の貨幣制度を模しており、ナザール王国もその例に漏れない。
銀貨1枚が銅貨100枚、金貨1枚が銀貨10枚と同じ価値を持っている。
(※日本円換算で、銀貨1枚が大体一万円と同じぐらいの設定です。銀貨5000枚は大体5000万円です。)




