内戦と傭兵 #11
「どうやらアイツらが戻ってきたようだ。」
「アイツら?」
熟年の兵士がいまいましそうに眉間にしわを寄せて呟いたのを聞いて、サラは訝しげに彼を見上げた。
兵士はサラに視線を合わせ、少し早口に喋り出した。
「お嬢さん。」
「サラだよ。私の名前は、サラ。」
「そうか、では、サラ。良く聞いてほしい。……君は今日から傭兵としてここでやっていく事になったが、残念ながら、今傭兵団を仕切っているのは、かなりたちの悪い男だ。ヤツには十分気をつけた方がいい。」
「え? 兵士さんが、ここの傭兵団の団長さんじゃないのー?」
「はじめはその予定だったのだがな。」
「しかし、傭兵としてやって来るのは、腕に覚えはあっても品性下劣な無法者ばかりだ。その中に、一際強い男が居て、これがあっという間に傭兵達を従えてしまった。傭兵は実力が全ての世界だからな。」
「こうなると、私一人が気を吐いた所でどうにもならんのだよ。今は、ヤツが『団長』と自称して傭兵団を仕切っている有り様だ。私の言う事など、まるで聞く耳を持たん。一応、私は今も任務でここに常駐してはいるがね。」
「そっか、大変なんだねー。えっと、じゃあ、兵士さんは……」
「ハンスだ。」
「ハンスさんは、今は何をしているのー?」
「本来は、傭兵団の管理が私の仕事だが、今はすっかり見ているだけになってしまったな。一応妙な事をしないように監視している、といった所か。」
「後は、傭兵に志願しに来た者を、先程のように試験を行って、採用するかどうか決めている。……といっても、せっかく採用した傭兵も、アイツが気に入らなければ、いたぶって追い出してしまうんだ。おかげで、なかなか傭兵の数が増えずに困っている。」
ハンスと名乗った傭兵団の見張り役である熟年の兵士は、ドヤドヤと訓練場に現れた傭兵達の真ん中に居る男を、そっと視線でサラに示した。
その男は、一目見てすぐに分かった。
男達の中でも、頭が飛び出る程大柄で、体格も良く、背中にはこれ見よがしに身長よりも長い巨大な剣を背負っていた。
加えて、人相の悪い傭兵達の中でも特に目を引く凶悪な面構え。
スキンヘッドの頭にも、ゴツゴツと筋肉の隆起した太い腕にも、刀傷と刺青が所狭しと散らばっていた。
「……あれが傭兵団のボスだ。名前は『ボロツ』という。……」
「……ボロツ。ふーん。……」
サラは、大柄でいかつい、いかにも凶暴そうなその男を遠目に見つめて、軽く頷いた。
□
「それより、あっちの兵士さん、大丈夫かな?」
「おっと、そうだったな。」
サラとハンスと名乗った兵士は、ハッと我に返り、慌ててティオと若い兵士の元へと駆けつけていった。
既に、若い兵士はティオによって抱き起こされ、無事意識を取り戻していた。
サラ達が来たのに気づき、ティオがいつものようにへラリと緊張感のない笑顔を向ける。
「心配なさそうですよ。ちょっと痣が出来ただけみたいです。」
「……う、うーん……あ、ハンス殿! も、申し訳ありません。良く分からない内にみぞおちに一発もらってしまったようで。……」
「気にするな。運が悪かったな。」
ティオは、ハンスが来た事で、若い兵士の介護を代わると、ニコニコ嬉しそうに笑いながらサラのそばに寄ってきた。
「サラちゃーん! 俺、やったよー! 試験受かっちゃったよー! これで約束通り一緒に傭兵になれるなー! これからも、唯一無二の相棒として、仲良くやっていこうぜー! イエーイ!」
「誰が相棒よー! ってか、アンタは試験に受かった訳じゃないでしょー?」
「えー? でも、俺、試験官の人にちゃんと勝ったぜー?」
「ゼンッゼンちゃんとじゃなかったー! たまたまでしょー! あんなんで勝ったとは言えないってのー!」
と、その時、サラとティオと二人の兵士の元に、野太い声が響いてきた。
「おい、そこで何してる?」
皆一斉に声のした方を振り返った。
そこには、先程ハンスが話していた、現在この傭兵団を仕切っているといういかつい男が、たくさんの取り巻きを背後に引き連れ、腕組みをして仁王立ちしていた。
サラ自身は平然としていたが、とっさに、ハンスがサラを背中に隠す。
一方ティオは、男が背負っている巨大な剣を見たのか、ヒィッと言って、ササッと柱の陰に隠れていた。
男の注意がこちらに向いたのを知った瞬間、ハンスと若い兵士の顔がこわばり、ピリッと緊張が走ったのを、サラは感じていた。
「おやおや、これはこれは、王国正規兵のハンス様じゃないか。いつも俺達のお守りご苦労さん。」
まるでハンスに対して敬意のない、それどころか明らかに嘲るような男の言葉に合わせて、後ろに控えているみるからにガラの悪い連中……傭兵団の面々が、ここぞとばかりにゲラゲラと下品な笑い声をあげる。
「今頃登場か。昼の訓練開始には遅すぎるんじゃないのか、ボロツ。昼食に二時間以上かけるとは、優雅なものだな。」
「俺様に命令すんじゃねぇ! 傭兵団の小間使いが!」
ハンスの皮肉に、ボロツと呼ばれた傭兵団のボスが、ガアッと猛獣のような勢いで吠えた。
あまり背の高くないハンスと並ぶと、頭一つ分近く背が高く、ひと回り以上も体の大きなボロツは、完全に舐めた態度で、わざと見下ろすように睨みつけてくる。
「こちとら、お国のために命を張って戦おうってんだ。まずは十分に英気を養わないとなぁ。ハンス、お前も、もっと俺達を労われよ!」
「……ろくに訓練もせず、勝手な事ばかり言いおって。……」
「ああん? なんだってぇ?」
「……傭兵なのだから、来たるべき出陣に備えて十分に訓練をしておけと言っているのだ。……」
「あーあー! どっかで蚊でも鳴いてるのかぁ? 小さくって聞こえねぇなぁ!」
横柄な態度のボロツに萎縮しながらも、王国正規兵の誇りを捨てずに対峙するハンスを、ボロツとその取り巻きの傭兵達は、寄ってたかって笑い者にしていたが……
「お? なんだぁ? 見ない顔が居るぞ。」
ボロツが、ハンスとその部下の若い兵士の後ろに居る人影に気づいて、グイッと首を伸ばしてきた。
ハンスと若い兵士は、小柄なサラを隠すように立ちはだかっていたので、ボロツがまず目に止めたのは、柱にへばりついて真っ青な顔で震えているティオだったようだ。
「あ、ああ。今日新たに二名、傭兵団に入る事になった。国のためを思って志願してくれた若者達だ。くれぐれも無理はさせないようにしてくれ。」
「ハッ! 傭兵に無理をするなってか! これはお笑い種だぜ!……まあ、俺様が軽ーく揉んでやろうか。死なない程度になぁ。戦で敵は手加減はしてくれねぇんだ。それに比べりゃあ、俺様は百倍は優しいぜぇ。」
ハンスの背中にくっつくように立っていたサラは、二人の会話を聞いて(あれー?)と思わず目を見開いていた。
(……ちょっとちょっと、ハンスさーん! このボロツってヤツの前で緊張し過ぎて、うっかりティオまで数に入れちゃってるよー! あーあー。……)
サラがチラッと後ろに目をやると、柱の陰に隠れているティオが、ガクガク震えながらも、小さくガッツポーズをしていた。
(……ア、イ、ツ! ホントにどさくさまぎれに合格しちゃったよー。えー、あんなのが傭兵になっちゃっていいのー?……)
□
「ん? もう一人の新人はどこだぁ? 確か二人入るって言ったよなぁ?」
ボロツはティオを目視したものの、そのヘナヘナとしたいかにも軟弱そうな見た目に、一瞬で興味を失ったらしかった。
「そ、それは……」
「あ、はーい! ここだよー! ここ、ここー!」
ハンスが、サラの事を心配して言いよどんでいる後ろで、お構いなしにサラはピョンピョンと飛び上がり、ブンブンと手を振って自己主張した。
「な、何いぃ!?」
サラを見つけたボロツの目が、カカッと見開く。
いや、見開いても、もともと蛇のように小さな三白眼なので、あまり代わり映えはしなかったが。
「女だ!!」
興奮のあまり上ずったボロツの叫びに、ザワッと傭兵達にも動揺が走った。
それまでは、こちらに興味のない者は、ダラダラと訓練場に広がって、あぐらをかいて座ったり喋ったりしていたが、途端に、ゾロゾロと全員集まってきた。
あっという間に、ボロツの後ろには押し合いへし合いの人垣が出来ていた。
「どけっ、ハンス! 俺様にその女をもっと良く見せろ!」
「ボロツ、彼女に乱暴な事はするな!」
ボロツは、前に立っていたハンスと若い兵士を突き飛ばすように力任せに掻き分け、サラを間近で見ようと近づいてきた。
眉のほとんどない高い眉骨の下で、落ち窪んだ小さな目が、微かに震えながらジッとサラを凝視する。
「……スゲー美人じゃねぇかよ!!」
サラは、いかつい大男にジロジロ見つめられてもケロッとした顔をしていたが、「美人」だと評されて、ついニンマリと口元が緩んでいた。
ボロツは、更にしばらく、そのままあんぐりと口を開けて、ためつすがめつサラの姿を眺めていた。
その後ろでは、ボロツに気を遣って前には出てこないものの、サラをもっと良く見ようと、ならず者の風体の傭兵達がひしめき合っている。
「女!? 女だって!? どうしてこんな所に女が居るんだ?」
「美人って本当か!? 俺にも見せろ!」
「……いや、確かに女だけどよぅ、まだションベン臭いガキじゃねぇか?」
ざわめきの中には、サラがまだあどけなさの残る小柄な少女である事を指摘する声もチラホラあった。
「おい! ハンスさんよう! おいおいおいおいおい!」
ボロツが上機嫌でハンスの背中をバシバシと叩いてきた。
「アンタ、お堅い正規兵様かと思ったら、こんな粋なはからいも出来んじゃねぇかよ。ちょっと見直したぜ、おい!」
「な、なんの話だ?」
「ハハッ! とぼけなくたっていいんだぜぇ!……戦で死線をくぐらなきゃならねぇ俺達をねぎらうために、こうやって女を用意してくれたんだろう? なかなかやるじゃねぇかよ! 俺は気に入ったぜ、アンタのこの『特別な差し入れ』ってヤツをよぅ!」
「なっ!……ち、違う! 彼女は……」
「しかも、とびきりの美人ときた! 俺の好みが良ーく分かってんじゃねぇかよ! ウハハハハッ!」
ボロツは、サラを一目見ていたく気に入った様子だったが、後ろでひしめいている傭兵達は、少し戸惑ったような顔をしている者が多かった。
「……え? あれが、ボロツさんの好みの女?……」
「……確かにスゲー美人だけど、まだ子供だろ? ボロツ団長の趣味って、どうなってんだ?……」
「……シー! それは言うなって!……」
「……俺はもっと大人の色っぽいお姉ちゃんが良かったなぁ。こう、胸がドーンとあって、ケツがプリッとしててよぉ。……」
サラは、そんな騒ぎを、まるで人ごとのように見つめていた。
顔色一つ変えず、腕組みをして仁王立ちしていたが……
「よーし、今日からお前は俺の女だ! たーっぷり可愛がってやるからなぁ。お前、名前はなんて言うんだ?……ほら、そんなとこにいつまでも突っ立ってないで、もっとこっちに来い。」
ボロツが、そのゴツゴツとした粗野な手を伸ばして、美しい金色の髪の輝くサラの頭に触れようとした、その時……
パシッと、サラは、容赦なくその手を叩き返していた。
「ちょっと! いくら私が可愛いからって、勝手に触んないでよねー!」
「いってぇ!……な、なんだ、コイツ? 見た目によらず、気がつえぇなぁ。」
ボロツは、小柄な少女であるサラに冷たく手を払われて、ビックリしていた。
サラとしては軽く払ったつもりだったのだが、元々の怪力のせいで、ボロツの手の甲は真っ赤になっていた。
それでも、よほどサラの見た目が気に入ったのか、ボロツは、またすぐトロンと目尻を下げて、サラに寄ってきた。
「まあ、じゃじゃ馬ってのも悪くねぇよなぁ。ヘヘヘ、俺が一からしつけ直してやるぜ、可愛いお嬢ちゃん。」
「私の名前は、サラよ。……お嬢ちゃんだとか、ガキだとか、子供扱いするのはやめてよね。」
サラは、きっぱりと言い放つと、ボロツをその場に放ったままクルリと背を向けて、スタスタと歩き出した。
自分の荷物が置いてあった場所に行き、手にしていた訓練用の剣を置く代わりに、革のベルトごと外してあった二振りの剣を手に取ると、バサリとオレンジ色のコートを翻して、元のように腰に装着する。
そして、ポカンとしているボロツをはじめとした傭兵達に、改めて真っ直ぐに向き直った。
「私は、世界一の美少女剣士、サラよ!」
「今日から、この傭兵団に入る事になったから、みんな、ヨロシクねー!」




