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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第七節>過去との決別
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過去との決別 #89


「おい!」


 ドゥアルテの席のそばで番頭達がチェレンチーに張りつき必死に彼を説得している所に、突然、思いがけない声が響いてきた。

 チェレンチーをはじめ、一同が視線を巡らせると、そこには、ティオに腕を引っ張られているボロツの姿があった。

 ティオはなんとかボロツを止めようとしていたようだったが、最終的にボロツは、ティオの手を力ずくで払いのけ、ドカドカと大股に歩いて、チェレンチー達のそばまでやって来た。

 その、刺青と歴戦の傷跡だらけの筋骨隆々たる大きな体と、眉が薄く三白眼が光る凶悪な面構えを前に、ドゥアルテは息を飲み、番頭達は思わず後ずさっていた。


「さっきから聞いてりゃ、お前ら、随分勝手な事ばっかし言ってやがってよう!」

「ちょ、ちょっと! ボロツ副団長! やめましょうよ、俺達が口を出すのは! 向こうには向こうの事情ってものがあるでしょうし、関係のない俺達が下手に話に加わるのは……」

「関係なくねぇだろ! チャッピー……チェレンチーは、今は俺達の仲間なんだぞ! 傭兵団でバリバリ働いてて、アイツが居なくなったらこっちが困るんだよ! それに、副団長の俺は、アイツの上官だ! 口を出す権利は充分にあるだろうがよ!……つーか、ティオ、オメェは逆になんでそんな落ち着いてられるんだ? あ? チャッピーが一番手助けしてんのは、お前だろうが! アイツが居なくなって一番困るのは、テメェの筈だろ?」

「それは確かに、チェレンチーさんはとても有能な人です。傭兵団から抜けるとなると、こちらの損失は大きい。」


「しかし、それとこれとは、話が別です! これは、チェレンチーさんのこれからの身の振り方を決めるとても大事な選択です! チェレンチーさん自身の問題です! それを、内戦が終わったら解散する事が決まっているような、一時的な兵団である傭兵団のためだけに、こちらに残るようにと強制するような事はしてはいけませんよ!」


「チェレンチーさん、ボロツ副団長の言う事は、気にしなくていいですよ! 俺達傭兵団に義理を感じる必要もありませんからね!」


「これから先、あなたがどうしたいのか?……それだけを自分自身で良く考えて下さい。ドゥアルテ商会に戻っても、傭兵団に留まっても、どちらでもいいんです。それが、チェレンチーさんが決めた事なら、俺は全力で応援しますから。」

「……ティオ君……」


 ティオの、自分や傭兵団の利益よりも、チェレンチーの意思や選択を尊重するという考えに、チェレンチーは思わずうっすらと涙が浮かんできた。

 それは、自分達が窮地に追いやられ、藁にもすがる気持ちでチェレンチーを引き戻そうとしている利己的なドゥアルテ商会の者達とは、まさに正反対の考えでもあった。

 ボロツも、ティオが利他的な思想でチェレンチーの決断を見守っている事を理解している様子で、「チッ!」と舌打ちして、一旦黙り込んだが……

 それでも、ティオとは違って、どうしても感情的に言っておきたい事があったらしく、番頭達をギラリと睨みつけてきた。


「ティオ、テメェの話は分かったが、俺はこのままじゃ腹の虫が収まらねぇんだよ! とにかく、言いたい事だけはキッチリ言わせてもらうからなぁ!」


「まず、なんでお前らは、チャッピー……チェレンチーの事を、呼び捨てにしてんだ? あ? おかしいだろ? コイツも、腹違いとは言え、亡くなった先代当主の息子なんじゃねぇのかよ? そこで踏ん反り返ってる兄貴にはペコペコしてるってのに、チェレンチーの事はまるで自分らより下の人間みてぇに先輩風吹かせて偉そうな事言ってんのは、なんでなんだ? あん?」

「ボ、ボロツ副団長、それは僕が私生児だからで……」

「関係ぇねぇだろ! 先代当主が、自分の息子だっつって引き取ってんだからよ。……なあ、そうだよなぁ、そこの商会のおっさんらよぅ。チェレンチーは、お前らにとっては、主人って程ではないにしてもよ、大事なお坊ちゃんだろう? 軍隊で言えば上官みたいなもんじゃねぇのかよ?……だったら、まず、そのナメくさった態度を改めろや! チェレンチーに戻ってきてほしいなら、ちゃんとコイツの立場に合った正しい扱いをしろってんだよ!」


 ボロツの吐く正論と、その荒々しいダミ声に恐れをなして、番頭達はハッとなり、慌ててチェレンチーに頭を下げていた。


「す、すまない、チェレンチー!……い、いや、チェレンチーさん!」

「い、今まで失礼な態度を取ってしまって、申し訳ありませんでした、チェレンチー様!」

「え? い、いや、いいですよ! 今まで通り、チェレンチーで!」


「それから! お前ら、ドゥアルテ商会がチェレンチーの本当の居場所だとか、戻ってこいとか散々言ってたけどなぁ……」

 ボロツは、腰に手を当て、不快そうに眉間に深いシワを刻んで続けた。


「コイツを追い出したのは、お前らじゃねぇのかよ? それを、困ったからって、手の平を返して、呼び戻そうとするだなんてよぅ。良くまあ、そんな自分勝手な事が平然と言えたもんだぜ!」


「チェレンチーは、お前らの好き勝手にしていい道具じゃねぇんだよ! コイツは、お前らと同じ人間で、酷い事をされれば傷つくし、落ち込みもする。今まで散々コイツをいじめまくっておいて、今更都合のいい事言ってんじゃねぇぞ!」


 更に厳しさを増すボロツの糾弾に、番頭達は恐れをなして、なんとか怒りの矛先を逸らそうとした。

 身振り手振りも交え、夢中で、自分達に非はなかった、仕方がなかったと弁明してきた。


「わ、私達は、チェレンチー……さんを、いじめるだなんて、そんな事は一度もしておりません!」

「そ、そうです!……た、確かに、今の旦那様と奥様はチェレンチー様に対して、あまりいい感情は持っていないようで、お二人との間に度々衝突があった事は知っています。で、ですが、我々は、お二人と共に何かしたという事は、一切ありませんでした!……ね、ねぇ! そうですよね、チェレンチー様!」

「ハハーン、なるほどなぁ。まあ、大体分かったぜ。」


「つまり、お前ら二人は、チェレンチーを直接いじめた事はないって訳だな? いじめてたのは、そこの兄貴と、奥様……チェレンチーの義理の母親か? その二人だけで、お前らは、ずっと黙って見てただけだったって訳だな?」

「そ、その通りです!」

「わ、私達は、チェレンチー様に対して何も悪い事はしていません!」


 番頭達は、ボロツへの恐怖から、責任の追及を逃れたい一心で、ついドゥアルテがチェレンチーに対して酷い扱いをしてきた事を証言してしまう形になっていた。

 ドゥアルテは、当然、不機嫌極まりない醜悪な表情をして彼らを睨みつけていたが……

 やはりボロツが怖いらしく、テーブルの上で強く拳を握りしめるのみで、口を挟んでくる事はなかった。


 ボロツは、軽く息を吐いた後、腰に両手を当て仁王立ちした状態で語った。


「俺はよ、チェレンチーのヤツが、傭兵団の入団試験を受けに来た時の事を、今もハッキリ覚えてるぜ。」


「試験官の兵士は、コイツには戦いの適性がねぇってんで、落とそうとしたんだ。まあ、チェレンチーのヤツが運動神経が悪ィのは本当だからな。コイツは毎日真面目に訓練してたが、ちっとも伸びなかった。試験官の兵士の目は確かだったって訳だ。俺も、コイツが屁っ放り腰で剣を振り回している姿を見て、はじめはおんなじ事を思ったぜ。」


「でもな、コイツは、それでも諦めなかったんだよ。試験官の兵士に、諦めてさっさと家に帰れって言われても、『自分にはもう帰る所がない。他に行く場所がない。』そう言ってた。どうしても傭兵団に置いてほしいって、土下座して、地面に頭をこすりつける程下げて、必死に何度も頼み込んでた。俺は、そんなコイツの意気込みを買って、試験官の兵士に掛け合ってよ、コイツを傭兵団で預かる事にしたんだよ。」


「あの異常な思いつめ方、何かあるとは思ってたぜ。まあ、普通に考えて、食いぶちのために働くだけなら、ゴロツキの寄せ集めでその内前線に送り出される傭兵団なんかに、わざわざあそこまでして入る意味はねぇからな。しばらくしてから知ったけどよ、チェレンチーは俺らのような半端者とは違って、文字は読めるし計算も出来る、いくらでもいい働き口は他にあったんだよな。それなのによ、『自分の居場所は傭兵団しかない!』って、コイツは酷く思いつめてたんだぜ。」


「今夜ここに来て、ようやくその理由が分かったぜ。」


「つまり、そこのクソ兄貴と、義理の母と……そして、お前らが、チェレンチーを追い詰めて『もう傭兵団しか自分の行く場所がない』って、思い込ませてたんだな! 全くひでぇ事しやがるぜ!」


「喧嘩に明け暮れたり、盗賊団に入ったり、盗みも暴力も当たり前の人生を生きてきた俺には、人に説教出来るような資格がねぇってのは、自分でも良ーく分かってる。……でもな!……」


「お前らみてぇな、一見真面目で善良な一般市民ですって顔したヤツらが、わざとだったり、全く気づいてなかったり、とにかく、いろいろひでぇ事をするってのは、身に沁みて良ーく知ってんだよ! お前らの方が、俺達みたいな半端者より、ずっとずーっと外道だって思う事が、ままあるんだって話だ!」

「で、ですから、私達は、本当にチェレンチーさんに何もしてはいないんです! し、信じてください!」

「そ、そうです! 私達使用人は、チェレンチー様には極力近づかないようにずっと距離を取ってきたんです!」

「ああ、分かってる分かってる! お前らはコイツに最初から最後まで何もしなかった、そういう事だろ?」


 「は、はい!」「その通りです!」と、勢い込んでうなずく番頭達を、しかしボロツは、ついに堪忍袋の緒が切れた様子で、ガッと、それぞれの胸ぐらを右手と左手で掴んでいた。

 反射的に、オーナーの後ろに立っていた用心棒の二人が、腰に提げていた剣の柄に手を掛けるが、使用人の小柄な老人がサッと腕を前に出して制し、オーナーも二人に向かって静かに首を横に振って止めた。

 ボロツが、その凶悪な見た目に反して、番頭達に対して暴力を振るう事はないと判断したのだろう。


 ボロツは、掴み掛かられて真っ青な顔で震えている番頭二人に、グイと顔を近づけ、その鋭い三白眼で睨み据えたまま、地鳴りのような低い声を発した。


「つまり! お前らは、コイツに、チェレンチーに、なんにもしてやらなかった事だろうがよ! コイツが、クソ兄貴とクソ奥様にいじめられまくってるのを、バッチリ見て良く知っていながら、ずーっと見て見ぬ振りでほったらかしてた。そういう事だよなぁ! ああ!?」


「チェレンチーには近づかないようにしてたって? 自分達までそこの兄貴と奥様とやらにに睨まれるのが怖かっただけじゃねぇか! なに『俺達はいい事してました』みてぇに言ってんだ? 自分達がどれだけ卑怯で汚い野郎かって、まだ全然分かってねぇようだなぁ!」


「お前らが何もしなかったせいで、どんだけコイツが追い詰められたと思ってんだ! 確かに、オメェらは直接手を下してはいねぇだろうよ! だがなぁ、お前らが見て見ぬ振りで黙ってたって事は、暗に、クソ兄貴達のやってる事を認めてたって事なんだよ! チェレンチーならどんなにいじめられても当たり前って、そういう空気をお前らが作り出してたんだよ! そんなの、一緒にいじめてたのと、何が違うってんだ? ああ?」


「俺から言わせりゃ、お前らも、そこのクソ兄貴達と同罪だぜ! そのくせ、自分達は直接いじめてねぇから、何も悪くねぇって信じ込んでやがる! 自分達がチェレンチーに悪い事をしてたなんて、これっぽっちも思ってねぇ! それどころか、自分達は巻き込まれただけの被害者みてぇな顔してやがるよなぁ! どうせ、自分は可哀想だとか運が悪いとか思ってんだろ? 本当に可哀想で運が悪いのは、チェレンチーなんだよ!」


「そういう鈍さと善人面に、ヘドが出るんだよ、俺はよぅ!」


「俺は、ガキの頃から親も親戚も居ねぇ天涯孤独の身の上だった。おまけにこんななりだったからな、何かあれば、周りの人間は、大人も子供も、こぞってみんな俺のせいにしてきたぜ。俺が何もしてねぇって言ってんのに、誰も信じちゃくれなかった。そうして、俺に、物を盗んだやら、家が壊れたやら、金が消えたやら、やってもいねぇ罪を山程なすりつけてきやがったんだ! 自分達はさも善良で真面目でいい人間だってツラをして、厄介者の俺を寄ってたかって平然といびり倒してきた。そう、アイツらの言う『平和』やら『幸せ』やらってのは、アイツらの醜いゴミを全部押しつけられた俺の『犠牲』と『不幸』の上に成り立ってたって訳だ!」


「俺は、そうやってずっと世の中のどん底を這いずり回ってしぶとく生きてきた人間だからよ。お前らみたいな薄汚ぇ偽善者は、今まで吐いて捨てる程見てきたぜ!」


「確かに、チェレンチーを直接いじめてたのはそこのクソ兄貴なんだろうぜ。もちろん、俺は、そういう弱い者いじめしやがるゲス野郎は大っ嫌いだぜ!……でもな、そういうゲス野郎の後ろで、自分は何も悪くありませんって顔して黙っていじめを見てやがる、そういうヤツラも、同じぐらいでぇっ嫌ぇなんだよ!」


「よう! 傭兵団でならず者どものお山の大将をやってるこの俺と、模範的な一般市民のお前らと、果てしてどっちが『ろくでなし』なんだろうなぁ? なあ、答えてくれよ? チェレンチーの元お仲間さん達よう?」


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「ドゥアルテ商会」

ナザール王国一二を争う大商会であり、ドゥアルテ商会にゆけば「揃わないものはない」とまで言われている。

都の大路に立派な店舗を構えている他、いくつか地方にも支店を持ち、幅広く様々な商品を扱っている。

ただし、近年は大口の顧客相手の取引が収益の主流となっていた。

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