過去との決別 #86
「よーう、ティオ! 凄ぇじゃねぇかよ、お前ぇ!」
「痛っ!」
上機嫌なボロツに、バシーン! と過剰な力で背中を叩かれ、ティオはようやくハッと我に返った。
テーブルではちょうど、ティオがドゥアルテの宝飾品を買い上げたのちの仕切り直しての1マッチが終わった所だった。
軽く休憩を挟む事になり、向かいの席のドゥアルテは、番頭達と何か盛んに囁き合っている。
三人の表情をチラと見ただけで、向こうの旗色が酷く悪いのが知れた。
「……どうするんですか、旦那様! 明後日の支払いには、絶対に現金が必要なのです!……」
「……なんとしても、先程我々が持ってきた金は店に戻さなければなりません! い、いや、更に銀貨1500枚程足りません!……」
「……ゴチャゴチャうるせぇ! 黙ってろ! 気が散るだろうが!……」
ドゥアルテは、「酒だ!」と騒ぎ、賭博場の従業員の小柄の老人にゴブレットにワインをつがせると、一息にあおっていた。
一方でティオの陣営は明るい空気に満ちていた。
ボロツは、興奮してバシバシとティオの肩を叩き、チェレンチーは、両手の拳を握りしめて小さな目をキラキラ輝かせながら話しかけてきた。
「まさか、たったの1マッチで、さっきアイツの財宝を買うのに使った金を取り返しちまうとはなぁ!」
「凄いよ、ティオ君! 連戦連勝だね! やっぱり、早く出費を取り戻そうって思ってるんだね!」
「え? え?」
ティオは、ダラダラ冷や汗を垂らしながら、慌てて自分の記憶を辿ってみた。
ティオは酒類は一切飲めない体質だったが、代わりに大好きな宝石の事になると、有頂天になり過ぎて、うっかり我を忘れてしまう所があった。
それはちょうど、普通の人間がいい気分で酒に酔っ払っているような状態に似ていた。
ティオの頭の中にあるこの1マッチの経過や戦績は、霞が掛かったようにぼんやりとしていて、どこか現実感がなかったが……
しかし、一方で、異常に記憶力の良いティオが、一度体験した出来事を簡単に忘れる事もなかった。
(……ギャッ! やっちまった! 細かく気を遣うのを忘れて、超適当に打っちまったよ!……)
なんと、ティオは、1マッチの全8戦中、7勝していた。
負けた1戦も、最後に手元に残っていたのは『0-2』牌のみで、代わりにボーナスチップを「2枚」「1枚」「3枚」と3回も取っており、外ウマの戦績的には「負け」であったが、実質チップは増えていた。
チラと、15m程先の外ウマのカウンターの壁のボードに書き出された数字を見るに、ティオの番号に賭けた時の倍率が「1.2倍」まで下がっていた。
ティオは、思わず両手で顔を覆ってうなだれた。
「す、すみません! ホント、すみませぇん!」
「は、はぁ? ど、どうした、ティオ? おい、なんで謝ってんだよ?」
「ティ、ティオ君は、ちゃんと順調に勝ってたよ? 今までで一番強かったし、上がるのも早かったよ? そ、それなのに、何か失敗した事でもあったの?」
意識の大半を宝石に持っていかれて、ほぼ自動的に手なりで打っていたとは言え、ティオの頭の中には、それまでの牌の流れや勝ち点の合計、それによる外ウマの倍率の昇降までしっかりと入っていた。
(……くそぅ、何やってんだ、俺ぇ!……今まで、せっかく眠気をこらえてキッチリ戦績を計算してきたってのに!……)
そう、ティオは、以前別の賭場で非常識に大勝して他の客や賭場自体と揉め事になった経験から、今回は、極力を注目を浴びないように、ごく普通の客に見えるようにと、細心の注意を払って勝負を続けていたのだった。
ポイントは、とにかく「勝ち過ぎない」事だった。
「初心者がビギナーズラックでたまたま勝っている」というていでプレーするというのも、その作戦の一つだった。
他にも、自分の勝利が他人の記憶に残らないように、他のプレイヤーが自分の手牌に夢中になっている隙に素早く上がってみたり、ボーナスチップは取れる所も敢えて取らないようにしてみたりと気を遣った。
赤チップ卓に入ってからは、そろそろ本格的に傭兵団の資金を稼ぐために勝ちを積み重ねていっていたが、同時に外ウマの事も考慮していた。
極論すれば、赤チップ卓の勝負で負けていても外ウマで儲けていれば問題ないのだが、ティオ自身がこの卓に入っていない状態では、誰が勝つかを操作するのは不可能だった。
牌を裏からでも区別出来るティオであるので、それぞれのプレイヤーが手配を揃え終えた最初の時点で、ある程度、誰が有利不利か分かり、勝敗の予想がついた。
しかし、それでも、自分自身がゲームに参加し、流れを操った時の確度は段違いだった。
「勝ち過ぎない」というポイントは、外ウマにも当てはまるものだった。
赤チップ卓のゲームの流れを自由自在に操れるティオは、やろうと思えば、全ての勝負で外ウマを当てる事が出来た。
しかし、それをしてしまうと、周りの客が騒ぐ程度ならいいが、賭博場側に不審に思われ、目をつけられかねない。
不自然な程勝ち続ければ、イカサマを疑われて調べられるかもしれないし、少なくとも賭博場側のティオ一行に対する好感度は一気に下がり、警戒が厳しくなるだろう。
そうなると、ティオが出しチェレンチーが繋いでボロツに伝えているサインに気づかれる恐れも出てくる。
更に、一番望ましくないパターンは、「申し訳ありませんが、出ていって下さい」と、この賭博場から退去を命じられる事だった。
実際は、ドミノゲーム上ではイカサマは何もしていなかったし、外ウマに賭けるサインを出すのは、かなりグレーなラインだが、バレさえしなければなんとかなった。
しかし、「勝ち過ぎている」という理由で、店全体のバランスを大きく崩す存在として認識された場合、店側が排除に動いてくる可能性はあった。
いわゆる「出禁」という状態にされる訳だが……
ティオは、まあ、最終的にはそうなっても構わないと思っていた。
どうせ、この賭博場には、もう二度と来ないつもりだった。
今夜一晩限り、傭兵団の資金を充分稼いだのなら、もうギャンブルなどという危ない橋には用はない。
最後の最後で大きく勝って、そのせいで出禁になるのなら、何も問題はなかった。
ただ、それは「今」ではない。
当初の目的の金額をしっかりと稼いだ上で、そういう処分が下るのなら、それはそれでしょうがないといった想定だった。
つまり、ティオがドミノゲームで稼いでいる分と外ウマに賭けている分を足した額が、予定している金額に達するまでは、絶対にトラブルを起こす訳にはいかなかったのだ。
そこでティオは、外ウマに賭けるボロツへの指示は、大体外れるようにサインを出していた。
そもそも赤チップ卓のプレイヤーは最大四人なので、まず、勝率が1/4以上になる事は避けていた。
しかし、それでは儲からないため、外ウマの倍率を見て、ここぞという時に大穴に賭けさせ、自分は壇上でそのプレイヤーを勝たせるように動く事で、大きく利潤を出していた。
勝つ時は、自分で勝つのが一番手っ取り早く確実なので、必然的に外ウマの当たりはティオの勝ちと被る事が多かった。
ティオは、赤チップ卓に入ってしばらくはわざと負け続けており、また、今日『黄金の穴蔵』に初めて来た初心者という信頼度の低さもあって、ティオに賭けた時の外ウマの倍率は高い状態が続いていた。
自分が勝つ時に合わせてボロツを自分の番号に賭けさせれば、簡単に外ウマで金を増やす事が出来た。
それもこれも、自分の倍率が下がらないように、ティオが慎重にプレーを続けた成果だった。
とりあえず、外ウマでの目標金額には達成した事から、今は賭けを止めてあった。
後は、オマケとして、最後の最後でどさくさ紛れに出来る限り金を引っ張り出して終わりたい所だった。
そう、ここまでティオは細心の注意を払い、自分の能力を極力低く見せながらプレーしていたのだ。
それもこれも、来たる反乱軍との戦に向けて、傭兵団用に非常に高価なあるもの購入したいと考えており、その資金を得るという目的のため。
しかし、ティオは、その目的が後少しで達成するという所で、うっかり宝石に目がくらみ、気が緩んで雑なプレーをしてしまったのだった。
□
(……ぐわあぁ! 俺のバカ野郎ぉ!……)
ティオは、ボサボサに伸びた黒髪で覆われた自分の頭を両手で思い切り掴んでガシガシ掻き毟りたい衝動を必死に抑え、努めて落ち着いた表情を保ちつつ……
チラッと、この賭博場のオーナーの方に視線を走らせた。
ティオがこの赤チップ卓に着いてからしばらく経った頃だった。
ちょうど地方の地主の男が大敗して去った所で、突如賭博場の入り口に現れた、この『黄金の穴蔵』のオーナーを名乗る鳥の羽で出来たマントを身につけた怪しい風体の男は……
今は、赤チップ卓の壇上の、ゲーム用のテーブルから少し離れた場所に専用の椅子を置いて腰掛け、ゲームの進行を見守り続けていた。
しかも、貴族の三男が、ティオの異様な勝ち方を「イカサマだ!」と騒いだ一件があってからは、一層こちらのテーブルに目を光らせている様子だった。
(……チッ!……この「賭博場のオーナー」とか言うヤツが現れた時から、既に俺は充分警戒されてんだよなぁ。……)
ティオは、その事に最初から気づいていた。
普段はこの地下賭博場の上に建った屋敷からほとんど出てくる事のないオーナーが、なぜ、わざわざこの場に現れたのか?
理由を推測するのは、あまりに簡単だった。
誰かが、おそらくこの賭博場で働いている従業員の中の何者かが、上の建物でくつろいでいるオーナーに「緊急事態」だと伝えたのだ。
そんな「すぐに来て欲しい」との伝言を受け、オーナーは地下賭博場に現れた。
では、オーナーが自ら顔を出す程の異常事態とは何かと言えば、それもまた容易に想像がつく。
それまで、赤チップ卓では、常連客が二人続けて大敗し、勝負を降りて去っていっていた。
しかもその内の一人、地方の地主の男は、もう少しで破産の憂き目に遭う所まで追い詰められていた。
問題は、なぜこんな異常な事態が赤チップ卓で起こる事になったのか、だが……
もちろん、それは、ティオがこのテーブルに着いて勝負に入ったせいだった。
いや、ティオはオーナーが来た時点ではまだまだ負けていたのだったが……
勘のいい人間には、気づかれていたのだろう。
この一連の異様な流れは、今日この店に初めてやって来た若者が赤チップ卓に着いてから起こった事であると。
ティオはボロを出したつもりはなかったものの、この異常事態の原因を探した時、「今までと異なる点」は「新参者」である自分しかないというのは、まあ、当然の帰結だろうと思っていた。
ティオはもちろん、賭博場にとって問題となるような行動を起こすつもりは更々なかった。
元々狙いはドゥアルテ一人であり、他の赤チップ卓の参加者は、適当に金を吸い上げた所で、一人、また一人と、テーブルから去っていってくれると都合が良かった。
実際、赤チップ卓のある壇上では、ティオの描いた計画通りに概ね事が進んでいった。
地主の男についてはかなり悲惨な状況に陥ってしまったものの、後一歩の所でティオが助け舟を出し、なんとか勝負から降ろす事が出来た。
材木問屋、地方の地主、貴族の四男、そして、ドゥアルテと旧知の仲であった貴族の三男……
ティオが初めて赤チップ卓の壇上にやって来た時、この場に居た五人の内、ドゥアルテを除いた四人を、ついにティオは勝負の舞台から弾き出すに至ったのだった。
『黄金の穴蔵』のオーナーは、彼の使用人でもあると言うこの賭博場の従業員の制服を着た小柄な老人をそばにはべらせて……
現れた時からずっと、壇上の勝負の行方に目を光らせていた。
ここまで、ティオはその脅威的なドミノの腕を駆使して、四人もの赤チップ卓の常連から金を吐き出させ壇上から去らせていたが……
オーナー側から特に注意を受ける事はなかった。
まあ、ティオとしても、はたから見て簡単に分かるようなやり方はしていないつもりだったが。
ここまでは、『黄金の穴蔵』側としても、まだ許容範囲な展開という事か。
貴族の三男が「イカサマだ!」と騒いだ一件をきっかけに、オーナーは、用心棒二人を壇上の自分のそばに呼び寄せた。
オーナーは、現在、髭をたくわえた口の端に葉巻を咥え、ゆったりと観戦しているふうではあるが、あれ以降、監視の目が厳しくなったのは間違いないだろう。
ティオは、それも考慮して、ドゥアルテとの一騎打ちとなってから、外ウマに賭けているボロツにサインは出さず、ずっとティオ自身に賭けるようにとだけ伝えておいた。
赤チップ卓で自分の勝ちが続けば、外ウマで自分に賭けた時の儲けが下がっていくのは分かっていたが、少なくとも不自然さはなく、サインに気づかれるリスクも負わずに、少しずつ金を増やす事は可能だった。
実際、そうしたティオの細やかな気配りが功を奏しているのか、オーナー側のティオに対する対応からは、特にこちらに不信感を持っている様子は感じられなかった。
今の所、この賭博場の客の一人として、丁寧に扱われている感触だった。
(……うひぃー。今の1マッチで、印象悪くなってないといいんだけどなぁ。……)
様子をうかがおうと視線を動かしたティオは、オーナーと、そのそばに控えた小柄な老人と、パチリと目が合った。
その一瞬に、ティオは、彼らの心の中を、瞳に現れる微妙な感情の動きから読み取ろうとした。
オーナーは、相変わらず怪しい雰囲気を醸し出しつつも堂々とした態度でこちらをジッと見つめ返してきた。
そばに立っていた老人は、ニコリと好意的な笑みを浮かべて軽く会釈してきた。
それを受けて、ティオも、ヘラリと、いつものようにまるで緊張感を感じさせない愛想笑いを彼らに見せた。
(……フー……なんとか、大丈夫そうだ。良かったぁ。……)
(……とは言え、気をつけないとなぁ。もう、さっきみたいなヘマは二度としないぞ。うん。……)
ティオは一応安心はしたものの、改めて気を引き締めてこれからの勝負に臨む事を、固く心に誓ったのだった。
とりあえず、先程手に入れた宝石の事は、思い浮かべるとまた理性が飛ぶので、泣く泣く頭の奥底に封印しておく事にした。
ティオは、パシパシと両手で自分の頰を叩くと……
後ろに立っていたボロツとチェレンチーを振り返って、二人だけに聞こえるように、グッと親指を立てながら頼もしい笑顔と共に言った。
「ボロツ副団長、チェレンチーさん、俺はもう大丈夫です! 次のマッチこそは、さっき勝った分も含め、キッチリ負けますからね!」
「いや、負けんなよ!」
「痛っ!」
即座にボロツに頭をひっぱたかれるティオだった。
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☆ひとくちメモ☆
「外ウマへの指示」
ティオは、賭博場『黄金の穴蔵』へ来る前に、チェレンチーとボロツにサインを覚えさせていた。
ドミノゲームの始まる時に、ティオがサインを出し、それをチェレンチーが読み取ってボロツにサインで伝え、ボロツは外ウマでそのサイン通りの番号に賭けた。
この方法によって、ティオは、赤チップ卓で実際にドミノゲームを行いながら、同時に外ウマの儲けも完全にコントロールしていた。




