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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第八章 過去との決別 <第七節>過去との決別
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過去との決別 #84


「おっ待たせしましたー! お金を持ってきましたよー!」

「遅ぇんだよ。」


 ティオが、チェレンチーとボロツを引き連れて赤チップ卓のある壇上に戻ると、ドゥアルテはテーブルに肘を乗せて頬杖をついていた。

 あからさまに不満そうな顔をしていたが、ティオの後ろにいるボロツの姿を見て、気まずそうにスイッと視線を逸らす。

 今まではチェレンチーだけがティオに付き添っていたので平気で横柄な態度をとっていたのだろうが、ガタイのいい凶悪な面構えのボロツが戻ってきた事で、ドゥアルテの勢いがやや失われていた。


「これが、今、俺が個人で持っている全所持金です。」


 ティオは自分の席に着くと、手にしていた皮の袋の中身をザーッとテーブルの上に広げてみせた。

 ドゥアルテが自分の母親の宝石箱から番頭達に言って勝手に持ち出させた宝飾品をぶちまけたのとは対照的に、丁寧かつ慣れた手つきだった。

 更に、スイスイと中の硬貨を種類別に分類し、他の人間に良く見えるように手早く並べていった。


「金貨74枚、銀貨8枚、銅貨42枚……銀貨換算すると約750枚と言った所ですかね。良く確認して下さい。」

「はぁ? 銀貨750枚だぁ?」


 ドゥアルテは、一旦はテーブルの上に身を乗り出して、ティオの並べた貨幣を見ようという様子を見せたが、すぐにまた椅子に背をもたせかけて踏ん反り返った。


「おい、テメェ、ふざけてんのか? それとも、このお宝の価値が分かってねぇのか?」


「良く見ろ、この最高級の金銀財宝を! これが全部でたったの銀貨750枚だなんて、ある筈ねぇだろう!……最低でも、2000、いいや、3000はくだらないぞ! あのババアがこのお宝を集めるのに、どれだけ大金をはたいたと思ってるんだ。」

「確かに、あなたのお母上がこれらの宝飾品を購入した時には、それぐらいの値段がした事でしょうね。」

「だったら……」

「しかし、『売値』と『買値』は違います。」


「購入した時の金額そのままでそれらの品々が売れると思ったら、大きな間違いですよ。」


「その辺の所は、ドゥアルテさん程大きな商会を持っている方なら、当然知っているかと思っていましたが。」

 と、軽く煽るような事を悪意のなさそうな笑顔で言った後、ティオは続けた。


「あなた方商人の方は、仕入れたものをそのままの値段で売りますか? 売らないでしょう? 仕入れ値のままで売ってしまったら儲けが出ませんからね。そこで、店に並べて客に売る時は、何割か上乗せした値段をつける。もちろん、それが悪いと言っている訳ではありません。客は、店に来て商品を買うだけですが、あなた方商人は、あちこちから良い商品を探し出し、仕入れ、運び、管理して、客に提供している訳です。その手間を考えたら、客に売る時上乗せした値段をつけるのは、むしろ当たり前です。商人側に儲けが出なければ、店はやっていけません。店がなければ、客は、自分で欲しい品々をあちこちの土地から探し出して、個々に購入しなければいけなくなり、不便で仕方ありません。客にとっては便利で助かる、店にとっては儲けが出て助かる。そういった関係の元に、ドゥアルテさんのような小売業というものは成り立っている訳ですよね。」


「それとは少し話は変わりますが……」

 と、ティオは前置きをして、更に立て板に水で喋った。


「現実的な話、俺は、あなたからこれらの宝飾品を買い取って、どうするかというと……まあ、俺は商人ではないので、これらの品物を店に置いて売ったりはしません。とにかく、手っ取り早く金に変えてしまいたいと考えています。そこで、質屋に持っていくつもりです。」


「ええと、ドゥアルテさんは、質屋を利用した事はありますか? 特に身の回りのお金に困っている様子はないですから、質屋については良く知らないかもしれませんね。……簡単に説明すると、品物を持っていくと、その価値に応じた金額の金銭に換えてくれる店です。」


「そういった質屋での買取り価格は、当然、その品物を買った時と同じではありません。質屋は、買い取った商品をまた別の誰かに売って儲けを出し、それを商売としている訳ですから、まず、質屋にとって儲けの出る金額でなければ買ってはくれません。」


「まあ、今回は、ドゥアルテさんが相手ですから、大大大サービスで、質屋に持っていって金に換えた時の金額に、更に少し上乗せした金額を今提示しています。ここで取引が成立すれば、俺は後日質屋に行ってこれらの宝飾品を金に換える訳ですが、そういった俺の手間賃も当然丸っとおまけしています。」


「要するにですね……」

 そう言って、ティオは話をまとめに入った。


「ドゥアルテさんのお母上が買った時と同じ値段では、これらの品々は売れない、という事です。……実際に、ここにある宝飾品を、今言った質屋のような、買い取って現金に換えてくれる店に持っていってみれば分かると思いますよ。俺が今提示している金額が、かなり割りのいいものだとすぐに気づくでしょう。」


 ティオの話術の巧みさもあって、あのドゥアルテも大人しく耳を傾けてはいたが、それでもにわかには信じられないといった様子だった。

 「そうなのか?」と、そばに立っている二人の番頭達に尋ねるも、番頭達も質屋に関する事はあまり詳しくないらしく首をひねっていた。

「質屋については良く分かりませんが、確かに我が商会でもこれらの品々を『仕入れ』として買うとなると、奥様が購入された時の値段よりもずっと安くなるのは事実です。」

「し、しかし、我々はあまりこういった高額の宝飾品は扱っておりませんので、一般的な相場の方は判断がつきかねます。」


 ドゥアルテ達が決断を渋っている様子を見てとって、ティオは、パン! と手を叩いて、注意を引くと、こう提案してきた。


「分っかりました! 確かに、俺の査定だけでは不安ですよね! 俺としては、かなり正確な価値判断をしていると自負していますが、俺は今は一介の傭兵という身、ドゥアルテさん達がなかなか信用出来ないという気持ちも分かります。」


「そこで、こうしてはどうでしょう? ドゥアルテさんとも俺とも全く利害関係のない第三者に、これらの品々を査定してもらうというのは? もちろん、正しい価値判断が可能なプロの方にお願いするのです。」


 「第三者?」「プロとは一体?」と番頭達が混乱している間にも、ティオはバッと席から立ち上がると、スウッと息を吸い込んだのち、辺りに響き渡る良く通る声で言い放った。


「お客様ー! お客様の中に、宝飾品の価値に詳しい商人の方はいらっしゃいませんかー? 各種宝石や金銀を専門に扱っていらっしゃる方はいらっしゃいませんかー?」


 もはや、店の客の八割以上が赤チップ卓の周りに集まって人垣をつくっている状態であったが、壇上のティオの呼び掛けを聞いて、その群衆にザワザワとざわめきが走る。

 と、ややあって、その場に集まった人々の中からスッと手が上がり、人垣を押しのけて、一人の男が現れた。


「ホッホッホッ。私は、様々なものを扱っている行商人だが、特に宝石や宝飾品には詳しいぞ。」


 それは、かつてティオが白チップ卓で同席していた、あの崩れた肉塊のような姿の太った行商人の男だった。



「フム。……これで、全ての品の鑑定は終わった。」


 太った行商人は、赤チップ卓の使われていなかった椅子に座り、手袋をはめると、ドゥアルテが持ち出した宝飾品を十分以上かけて一つ一つ全て細部まで調べては、逐一メモを取っていた。

 最後に、いつも持ち歩いているらしい使い込まれた小型のソロバンを懐から取り出すと、パチパチと弾いてメモしていた金額を合計し、そのメモに数字を書き込んでシャッと下に線を引いた。


「これらの品々を私が買うとしたら、価格は銀貨637枚ですな。まあ、おまけして、キリのいい金額という事で、銀貨650枚と言った所ですかな。」


 それは確かに、ティオが言っていた通り、ティオの提示した金額よりも銀貨100枚も低い金額だった。

 ちなみに、先にティオの示した金額が商人に分からないよう、商人が席に着く前に、テーブルの上に広げていた貨幣は元のように集めて皮の袋に戻してあった。


 行商人の男は、一仕事終えたといった顔で満足そうに息を吐いていたが……

 一方でドゥアルテと番頭達は、一様に苦虫を噛み潰したような表情になっていた。


「おい、お前、今の金額は本当に正しいのか? 適当に言ってるんじゃないだろうな?」

「ム!……あなたは、かのドゥアルテ商会の頭取だと聞きましたが、私はほぼ一人で商売をしているとは言え、自分の鑑定眼には確かな自信を持っておりますぞ。でなければ、一人で行商などやってはいけません。そんな、私の商人の誇りにかけても、今言った金額は、一般的に適正な価格だと断言しますぞ。」


 行商の男は、ドゥアルテの横柄な口調にムッとしながらも、商人らしく理論的に金勘定の内訳を語った。


「確かに、この品々は皆一級品ですな。宝飾品を扱う店で正規購入したのなら、一つにつき銀貨100枚はくだらない事でしょうな。使われている宝石は全て本物、装飾部分の金銀の質もいい。作りもしっかりとして細工も丁寧だ。」


「こういった宝石や貴金属は、服や家具などとは違って、比較的高値で買い取られる傾向がある。……まず、わずかな量で非常に高価だという事。長く所持していても劣化しにくいという事。そういった面からも、いざという時に売り払い金銭に換える事の出来る、財産的価値の高いものだと言えるでしょう。」


「しかし、もちろん難点もある。……たとえば、こういった宝飾品の場合、金銀の細工部分はほぼ金額に反映されないのですよ。名の知れた名工の手による芸術作品ならば、話はまた別でしょうがな。そういう意味で、この宝飾品の細工は、丁寧だが月並みで、価値はほぼゼロですな。宝石はどれも一級品ですから、そちらは裸石としての値段をつけるとしても、ジュエリーとしての加工賃部分は加算出来かねます。使われている金や銀の量や重さ以上の値段は、ちと出せませんな。」


「それから、もう一つ大きな問題がありますぞ。」


「ドゥアルテ殿、あなたは、これを一度に全て金に変えたいと思っているようですがな、これだけの品々をいっぺんに買い取るだけの資金力を持った人間は、まず居ない事でしょう。……時間があるのなら、自分の店に並べて、あなたの望む値段で買い手がつくのを好きなだけ待ったらよろしい。しかし、今すぐに、しかも、これら全てを買い上げるという条件は、不可能に近いですぞ。実際、もし私がこれらの品々を買い取ったとして、全てを顧客に売り切るのに、何ヶ月も、下手すれば何年もかかるでしょうな。……確かに、これらの品は一級品だが、こういったものを買う人間は限られているのですよ。パンのように、毎日誰もが食べる必需品ではない。高価なジュエリーをいくつも買えるだけの経済的余裕のある人間でなければ、こういった商品には手を出さない。つまり買い手の数が圧倒的に少ない訳ですよ。こういう場合、顧客を見つけるだけで一苦労ですぞ。」


「私は、長年各地で商いをしていて、少しずつ顔を広げ信頼関係を築き顧客を開拓してきましたが、それでも、これらの高価な品々をすぐに売りさばく事は極めて困難ですな。すぐに売れないという事は、もし私がこれらの品々を買い取ったとしたら、在庫として長期間抱える事になる訳です。どんなに価値のある商品でも、なかなか売れず現金収入にならないものを長い間持ち続けるというのは、商売としてリスクが大きい。私としては、出来れば避けたい所ですな。……まあ、私には、自分が短期間に捌ける量だけ購入するのが限界でしょうな。こちらの中の二つか、せいぜい三つか。」


「しかし、それさえも、今すぐに現金で代金を支払えという話なら、不可能ですな。なぜなら、そんな大金、今手元にありませんからな。先程お話しした金額は、あくまで、これらの宝飾品を買い取るとなった時の査定であって、実際には、私には買い取るだけの資金がありませんからな。まあ、私の店まで来ていただければ話は別ですが、ここから馬車で半月はかかりますぞ。」


「もしこの王都で金に替えるなら、何件か質屋を回って一番割りのいい場所を選ぶのが賢明でしょうな。おそらく、私が先程示した金額とさほど変わらない額を、どの店でも提示されると思いますぞ。」


 行商人が話し終えると、パチパチパチとすぐそばで拍手が鳴り響いた。

 皆が一斉に視線を向ける中、一人手を叩いていたティオが、スッと立ち上がって、自分のチップ入れの木箱から何枚かチップを取り、赤チップ卓周りの雑用を任されている小柄な老人を手招いて渡していた。


「これで、こちらのお大尽様にお酒を出してもらえますか? 素晴らしい見識を披露していただいたお礼です。」

「ホッホッホッ! こちらも、滅多に見られない興味深い勝負を見させてもらっているぞ。タダで結構、と言いたい所だが、まあ、せっかくだから貰っておこう。……頑張りたまえよ、君。応援しているぞ。ホッホッ!」

「ありがとうございます。」


 ティオはニッコリと笑って深々と頭を下げ、行商人の男は、だぶついたアゴを撫でながら満足げに壇上から降りていった。


読んで下さってありがとうございます。

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とても励みになります。



☆ひとくちメモ☆

「ティオの宝石好き」

ティオは、「この世で最も好きなものは宝石だ」と明言している通り、宝石に目がない。

それには、ティオの、鉱物に残った記憶を読み取る事が出来る異能力が深く関係していると思われる。

ただし、本当に宝石にしか興味がないため、見事な細工の宝飾品であろうとも、すぐに宝石だけ取り外して後は適当に売りさばいてしまっている模様。

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