過去との決別 #82
「ええ?……『もう賭けられない』って、一体どういう事なんですか? ……ま、まさか、ボロツ副団長、何か、この『黄金の穴蔵』の規則を破るような事をしてしまったんじゃ……」
「ち、ちげーよ、バカ! そうじゃねぇよ!……あ、いや、まあ、規則、ルールか。確かに『そういうルールなので』とは言われたけどよ。」
「……」
「だ、だから、ちげーっての! そんな疑わしそうな目で俺を見るんじゃねぇよ、チャッピー! 俺は何も悪い事はしてねぇんだよ!」
そう言って、ボロツは、店員にこれ以上外ウマに賭けるのを止められた時の事を、身振り手振りを交えチェレンチーに語って聞かせた。
□
「は? え? なんだって? 悪い、もう一回言ってくれ。」
「で、ですから、これ以上お客様は、外ウマで賭ける事は出来ません。」
「なっ!……なんでだよ! ちゃんと説明しろよ、説明ぇ!」
「ヒッ!……そ、それは、ですね……」
ボロツが外ウマの受付カウンターをバシバシ叩いて苦情を垂れると、カウンターの内側に居る男の店員はビクッと怯えたものの、必死に冷静さを保って話を続けた。
「外ウマで、一回に賭けられる金額の上限は決まっています。これはこの店の規則ですので、お客様には守っていただかないと困ります。」
「上限?……いや、そんな事はどうでもいいだろう? 俺がアンタに頼んでんのは、預けてる金のちょうど半分を次の勝負に賭けてくれって事だよな? 今までずっとそれでやってきたってのに、なんでいきなりダメだなんて言いだすのかって聞いてんだよ!」
「つ、つまりです、ね……その、次の勝負に賭ける予定の所持金の半分の額が、店の定めた一回の勝負で賭けられる額の上限を超えてしまったという事なんですよ。」
「……へ?……」
ブルブル震えながらも店員の男性が一生懸命説明してくれた内容を、ボロツはすぐには理解出来ずにいた。
「うーん」と腕組みをして悩み、天井をぼんやりと眺め、無意味に自分の指を一本ずつ折り畳んだりもしてみたが……
やっぱりさっぱり分からないので、もう一度頭から店員に同じ質問をし、店員はまた同じ説明をボロツにし……
そんな事を何度か繰り返して、ようやく、ボロツの極端に金勘定に弱い頭も、少しだけ、現在の異常事態を感じ取り始めていた。
幸い、この時1マッチがちょうど終わった所で、次のマッチが始まるまで、少しいとまがあった。
壇上では、ドゥアルテがゴブレットに注がれたワインを飲み、ティオとチェレンチーはここまでの戦績について話をしている所だった。
「ええと……悪いな、兄ちゃん。要するに、だ。……俺の賭け金が多過ぎるって事なんだよな?」
「そ、そうです! もう何度も言っていますが、所持金の半分を賭けるとなると、店の定めた上限の金額を超えてしまうんです。」
「うーん……それで、その店が決めた上限の金額ってのは、一体いくらなんだ?」
「赤チップ1000枚です。」
「へー、赤チップ1000枚ねぇ。ふぅん。……ん?……んんんんんー!?」
ボロツは、やはりワンテンポ遅れてから、「ヒグッ!」と驚きに喉を詰まらせた。
そして、天板がミシミシ言う勢いで、カウンターをドドン! と拳で叩き、カッと目を見開いて店員の男に問うた。
ちなみに、カウンターをぶっ叩いたその行為について、後で用心棒達から厳重注意を受けたボロツだった。
「……つ、つつつ、つまり、それは、アレか?……お、俺の所持金が……」
「赤チップ1000枚以上あるって事なのか?」
「そ、そうです! い、いや、違います!」
「どっちなんだよ! クソがぁ!」
「ヒイィッ!!」
ボロツの混乱振りに思わずつられたらしい男の店員は、アワアワうろたえながらも、ゴクリと唾を飲み込むと、ボロツの耳元で囁いた。
そうでもしないと、周囲の視線が集まっている現状では話の内容が周りに筒抜けになってしまいかねなかったので、気を遣ってくれてらしい。
「……お、お客様の賭け金は、必ずその時の所持金の半分にしてほしいと言う話でしたよね? その半分の額で、既に赤チップ1000枚を超えているんです。つ、つまり……お客様の現在の所持金は、赤チップ2000枚以上あるという事になります。……」
「に……にせ……2000!?……うっぐ!」
思わず狼の咆哮よろしく大声で叫び出しそうになったボロツは、ガバッと両手で自分の口を塞いでいた。
まさにその時から、ボロツは真っ青な顔になり、ダラダラと全身から冷や汗を流し始めたのだった。
そんなボロツに、店員は恐る恐る聞いてきた。
「……そ、それで、どうしますか? これからの勝負は?……」
「……や……やめ……やめだ! やめやめ! も、もういい! もう充分だ! こ、こここ、ここでストップしてくれぇ!」
□
フッとボロツはニヒルな笑みを浮かべ、拳をグッと、うつむいた自分の額に押し当ててチェレンチーに語った。
良く見ると、未だその牛のごとき巨体は微かにプルプル震えていた。
「……ハハ、笑ってくれても構わねぇんだぜ、チャッピー。この漢ボロツが、まさかこんな事でビビっちまうなんてよ。みっともねぇよなぁ。ク、ククク。」
「なるほど、つまり、傭兵団の資金を外ウマに賭けるのを途中でやめた訳ですね。それで、自分の分とティオ君の分はどうしたんです?」
「ちょ……ちょっと待てよぅ、チャッピーよぅ! お前、何淡々と話進めてんだよぅ!」
「ええ?……だ、だって、心配じゃないですか。ボロツ副団長の方のお金は、まあ、正直どうでもいいですが、ティオ君のお金は、頼まれていたものでしょう?」
「正直どうでもいいって、チャッピー、お前! な、なんか、今夜の事でお前の印象がエライ変わったぞ! この野郎、バカ野郎!」
「俺の金とティオの金は、そのまま賭け続けてもらってるよ! それから何も言ってこねぇから、特に問題はねぇんだろうよ!」
「ああ、良かったです。安心しました。」
「『ああ、良かったです』じゃねぇよ、チャッピー! なんで、テメェはそんなに冷静でいられるんだよ? つーか、俺の事をもっと心配しやがれってんだ! 見て分かんねぇのか、あん? 俺は、ショックを受けてるんだぞ! スッゲーショックで、心がヘトヘトで、今にもバッタリ倒れそうなんだぞ!」
「ああ、それは……ちょっと驚きました。副団長って、意外と繊細な所があるんですね。もっと、こう、雷が鳴っても、嵐が来ても、何人もの悪漢に囲まれても、ドンと構えてる人かと思ってました。」
「い、いや、確かに俺は、そういう漢だよ。いいや、そういう漢で居たいという信念を持って生きてるよ。雷も嵐も悪漢も、何も怖くねぇ!……あ、ちょっと雷は怖いかな。俺、実は出ベソでよ。雷が鳴るとヘソが取られるって話をまだガキの頃に聞いて怖かった記憶があって、そのせいで、大人になった今もちょっと思い出すんだよなぁ。……って、そんな事は、今はどうでもいいんだよ!」
「か、金だよ、金! 金、金、金! スゲェ大金!」
「良かったですよね! 順調に傭兵団の資金が増えて!」
「ああ、良かった! 本当に良かった!……良かっ……たんだけどなぁ……あのよぅ、ちっとばっかし、いや、かなり……」
「増え過ぎじゃねぇのか!?」
意外にも冷静なチェレンチーの前で、ボロツはカッと血走らせた目を見開いて、絞り出すように叫んでいた。
そして、すぐにまた青い顔でスキンヘッドの頭を抱えてうつむき、ガクガク震えだしていた。
「……た、確かにティオの野郎は、『王都に庭つき一戸建ての家が買えるぐらい』金を増やすって言ってたがよぅ……まさか、本当にそこまで増えると思わねぇじゃんかよぅ!」
「ボロツ副団長、銀貨2000枚では、まだ王都に『庭つき一戸建ての家』は買えませんよ?」
「マジかよ? タッケーな、おい! 誰がこんなとこに家なんて買うんだよ?……い、いやいやいや、そういう問題じゃなくってだな!」
「お、俺は、こんな大金を手にしたのは、う、ううう、生まれて初めてなんだよ! しかもギャンブルで! たった一晩で!」
正確には、ボロツの金ではないし、ギャンブルで勝てたのもボロツの実力ではなく、ティオの指示通りに賭けていたからなのだが。
(……そうか。思いがけない大金を目の当たりにして、混乱しちゃったのかぁ。ボロツ副団長でも、やっぱり怖くなったりするものなんだなぁ。……)
赤チップ2000枚、つまり銀貨2000枚相当の金額は、どうやらボロツの頭が把握出来る範疇を超えてしまったようだった。
ボロツの今までの生活振りは分からないが、チェレンチーの勘では、彼の反応からして……
今まで、大金が手に入ったと言っても、せいぜい銀貨100枚から150枚程度だったのだろう。
不思議なもので、「金が欲しい!」「もっと欲しい!」「いくらで欲しい!」と日頃思っている人間でも、想像を遥かに超えた金額の大金が手に入ると、ひたすら動揺して困惑してしまうものらしい。
しかも、自分のコツコツ積み重ねた努力の結果ではなく、何の脈絡もなく天から降ってきたような状況で手に入れた大金は、尚更のようだった。
自分の想像していた程度の大金ならば、嬉しくてニヤケが止まらないのだろうが、ここまで額が大きくなると、もはや、その規模を理解出来なくなり、感情は、驚きと恐怖が入り混じったものに変化する。
人間は、自分が知らないもの対して、生物的な本能で恐怖を感じるように出来ているという話を聞いた事があるが、「自分の頭が把握出来なくなる程の大金が思いがけなく転がり込んでくる」というこの状況も、それに当たるのかも知れない、などとチェレンチーは思っていた。
そう、銀貨2000枚などという破格の大金に縁のない人生を送ってきたボロツが、知らない内に増えていた外ウマの賭け金に気づいて、慌てふためき青ざめて頭を抱えるのも、ごく自然な事であった。
「……チッ! なんだよ、クソ! 俺だけバタバタしちまってよぅ。チャッピー、お前は、なんか全然平気そうな顔してやがるよなぁ。ついさっきまでは、裸チップ卓やら白チップ卓やらでティオが金を稼ぐたびに、俺と一緒にワアワア盛り上がってたじゃねぇかよ。」
「あ……確かに、そうでしたね。なんでだろう?……ずっと赤チップ卓でティオ君や皆さんのプレーを見ていたせいかな? 何しろ毎回凄い金額が動くので、だんだん麻痺してきてしまったのかもし知れないです。」
「お、おいおい、大丈夫かよ? 感覚がおかしくなっちまったんじゃねぇのか?……ってか、怖ぇな、赤チップ卓。俺は外ウマ担当で良かったぜ。……あ、いや、外ウマでも、今は結構ビビっちまってるけどよぅ。……マジで情けねぇよなぁ。俺も、まさか自分がこんなふうになるとは、思ってもみなかったぜ。」
「あ、いえいえ、別に情けないとは、僕は思っていませんよ。ごく普通の反応だと思います。」
「だってよぅ。ティオの野郎は……アイツは、心臓に毛が生えてるし、顔は鉄で出来てるからな。まあ、ちょっとやそっとじゃ驚かなそうだって思うけどよ。」
「でも、チャッピー、お前は、もっとこう……いつも大人しくってよ、誰の言う事もハイハイって聞いちまってよ、それから、良くビクビク怯えてて、自分に自信がなさそうで、後……」
「……」
「あ! 悪りぃな、チャッピー。なんか、悪口みたいになっちまったな。」
「あ、いえ。自分でもそう思います。僕、すぐ緊張してどもっちゃう癖がありますものね。」
「今は全然平気そうだけどな。やけに落ち着いてるっつーか、冷静っつーか。……なんだよ、チャッピー、お前、いざとなれば、そんな風にシャキッと出来んじゃねぇかよ。俺は、ちょっとお前の事見直したぜ!」
「アハハ、ありがとうございます。」
「僕は、ずっと商家で下働きをしていたので、自分のお金ではなかったですけど、大金を目にする機会は良くあったんです。それで、慣れていたんでしょうね。今夜は、大金がやり取りされるのをずっと見ていたから、その時の感覚を思い出したのかもしれません。」
「ああ、そう言や、チャッピーは、実はデッカイ商人の家の息子だったんだよなぁ。驚いたぜ。」
「もう縁は切られたので、あの家の人間ではないですけどね。」
苦笑するチェレンチーを、ボロツは少し心配そうな、不憫そうな表情を浮かべて見つめていた。
チェレンチーは、そんなボロツの反応に、こわもての容姿とは裏腹に、実は彼が、情に厚く思いやりのある人物である事を実感していた。
豪腕として知られる剣の腕だけでなく、こういった面倒見の良さや、思いの外気の利く所もあるからこそ、彼をリーダーとして慕う者が多いのだろう。
しかし……
ボロツに笑顔を向けながら、その一方で、チェレンチーは全く別の事を考えていた。
(……確かに……今の僕は、何か『変』だ。……)
(……ドミノ賭博も山場に差し掛かっていると言うのに、ボロツ副団長が言うように、やけに落ち着いている。心も頭も、冴え渡っているような感覚だ。なぜこんなふうに……いや……)
しばらく、軽く握りしめた拳を口元に当てて考え込んでいたチェレンチーだったが……
ある事に思い至って、フッと顔を上げた。
(……今の僕は、『変』なんじゃない。……たぶん、僕は……)
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☆ひとくちメモ☆
「ボロツ」
現在、傭兵団の副団長として団長のサラを補佐して団員達を良くまとめている。
見た目はいかつい大男だが、その実、情に熱く世話好きで、細かい事にも良く気がつく。
団員達の頼れる兄貴分といった人物である。




