過去との決別 #81
「いえ。それは出来かねます。」
ところが、意気揚々と豪華な宝飾品の数々を取り出して見せたドゥアルテに対し、従業員の小柄な老人はピシャリと一刀両断した。
当然、想定外の事態に驚いたドゥアルテは、グルンと老人の方に首を回し、目をカッと見開いて怒鳴ってきた。
「はあ!? 何言ってんだ、テメェ!」
「ドゥアルテ様、あなた様が『黄金の穴蔵』にいらっしゃった当初に申し上げている事と思います。これもこの店の絶対の『ルール』の一つですが……」
「チップに変える事が出来るのは、『現金のみ』でございます。」
「現金以外に、どんな高価な金銀財宝を積まれたとしましても、それはチップに変える事は出来ません。これは当店が、開店当初から設けている重要な『ルール』の一つであります。今までこの『ルール』を守らなかった方は、もれなく店からお帰りいただいております。」
相変わらず表情一つ変えず冷静に淡々と店のルールを説いてくる従業員の制服を着た小柄な老人を前に、ドゥアルテは苛立ちのあまり、歯をむき出しにして、テーブルの上の宝飾品を指差した。
「俺だって、それぐらいの『ルール』は知ってる! だが俺は、今すぐに金が、チップが、必要なんだよ!」
「これを良く見ろ! どっからどう見ても高級品のお宝だろう! これなら現金の代わりにしてもいいだろうが!……それに、俺はこの店の最上位の顧客なんだぞ! もっと融通を利かせろ! この、頭の固いクソジジイがぁ!」
「いえ。決まりは決まりです。たとえ、あなた様と言えど、必ず守っていただきます。」
頑なにルールを守ろうとする老人に対して、ドゥアルテはチッと舌打ちをし、訴えるように賭博場のオーナーに視線を向けた。
しかし、オーナーも、口に咥えていた葉巻を外したものの、目を伏せて静かに首を横に振るばかりだった。
「クソッ!」と、ドゥアルテは、テーブルを拳で叩いて、こめかみに血管を浮き上がらせる。
もはや金策が尽きて、今晩のゲームもここで終わりかと壇上の誰もが思った、その時……
思いがけない人物から、手と声が上がった。
「ハイ! ハイハイハイハイ、ハーイ!!」
この緊迫した場面に不似合いな、何かウキウキとしているかのような明るい声が響いた方に、皆の視線がザッと集まる。
「ドゥアルテさんが今テーブルの上に広げているその宝石……いや、宝飾品は、俺が個人的に全て購入します!」
そこには、ドゥアルテの財宝に負けず劣らず、キラッキラに目を輝かせたティオの満面の笑顔があった。
「……え?……ティ、ティオ君? 個人的にって、どういう意味なんだい?」
「傭兵団の資金ではなく、俺個人の所持金で買い上げるという事ですよ、チェレンチーさん。」
ティオの思わぬ提案に、仲間である筈のチェレンチーさえも驚き、思わず彼に問うたが……
そこに、ドゥアルテが不審そうに顔をしかめて口を挟んできた。
「お前個人の金だぁ? ハッ! 何を言ってるんだ、テメェは。」
「少し前に、自分の全所持金だかを、外ウマに賭けるだのどうだのと騒いでたんじゃなかったか? しかも、全部で銀貨一枚にもならない額だったよなぁ? このお宝を買うだけの金を、お前は持ってなかっただろうが!」
そんなドゥアルテの指摘に、チェレンチーも慌てて記憶を辿った。
確かに、ティオは、ずっとプレイヤーとしてドミノ賭博に参加していたが、地方の地主が手持ちのチップが空になり念書を書いてまで店から借り出している時に……
その待ち時間を利用して、自分の金を外ウマに賭ける手筈を整えたのだった。
その後もティオはずっとドミノゲームのテーブルに着いていなければならず、必然的に彼の金は、既に傭兵団の資金の一部と自分の金を外ウマに賭けていたボロツに委ねられていた。
「ええ、確かに、俺はあの時は、銅貨八枚しか持っていませんでした。……ですが……」
「今は、どうでしょうかね?」
ニコリと笑うティオを見て、ドゥアルテは彼の言葉の意味が分からず、相変わらず疑わしげな目で見ていたが……
チェレンチーはハッと息を飲んでいた。
(……そ、そうだ。間違いなく、あの時ティオ君が外ウマに賭けたのは、銅貨八枚だった。……傭兵の一週間分の給与が銅貨四枚だから、ティオ君が在籍していた期間の二週間分の給与で銅貨八枚だったんだ。……でも……)
(……ボロツ副団長は、外ウマでかなり儲けを出している。当然、外ウマに賭けている傭兵団の資金は増えている筈だ。ティオ君も、途中からだけれど、同じように自分の所持金を賭けていた訳だから、たとえ最初は銅貨八枚から始まったとしても、今頃はかなりの額になっているんじゃないだろうか?……)
チェレンチーは、はじめの内は、ボロツが賭ける外ウマによる利潤を都度計算していたものの……
1戦ごとにティオの手元を見てサインを間違いなく読み取る役目に集中するために、途中から計算をやめていた。
壇上からはかなり離れた位置にある外ウマのカウンターの奥の壁に書き出される数字を読み取るのは、かなり骨が折れるという理由もあった。
賭けられた金額によって、ギリギリまで倍率が変動するため、係の者が何度も慌ただしく数字を書き直していた事や、次第に増えていく外ウマの参加者によって視界が遮られる事が多かったのも原因だった。
遠目からボロツの様子を見るに、興奮してはしゃいでいる様子だったので、問題なく賭け金は増えていっていると予想して安心していた。
チェレンチーが一々勝ち分の計算をしなかったのには、もちろん、サインを出して賭ける相手を指定しているティオへの絶大な信頼もあった。
ティオの指示通りに動いていれば間違いないだろうと確信していたからだった。
(……ティオ君のこの様子を見るに……あの時賭けた自分の全所持金銅貨八枚が、兄さんが持ち出した奥様のアクセサリーを全て買い取れるだけの金額に膨れ上がっているという自信があるって事だよね?……)
(……え? まさか、ティオ君、ゲームをしながら、しっかり外ウマの儲けの計算までしていたとか? ぼ、僕は、サインを間違いなく読み取ろうと必死で、そんな余裕まるでなかったよ!……と言うか……)
(……ティオ君は、兄さんがドミノ賭博の資金繰りに困って奥様のアクセサリーを持ち出してくる事を、ずっと前から予想していた、なんて事は……い、いやいや、それはさすがにない、よね?……)
チェレンチーがゾクゾクと全身が泡立つ感覚に囚われる一方で、ティオは平然と、従業員の小柄な老人と会話していた。
「俺がドゥアルテさんの宝飾品を現金で買って、その現金でドゥアルテさんがツケの支払いをする。……と言うのは、『黄金の穴蔵』的に大丈夫ですよね?」
「ええ。とにかく現金でお支払いいただければ、こちらとしては何も問題はございません。」
「分かりました。説明ありがとうございます。……では、ドゥアルテさんも、俺がその宝飾品を買い上げるという事で、構いませんか?」
「ああ。これを買うだけの金がお前にあるなら、俺も文句は言わないぜ。」
「話がまとまりましたね。……じゃあ、俺はちょっと行って金を受け取ってきます。少し待っていて下さい。」
「さて……チェレンチーさんも、俺と一緒に来ますか?」
「……え?……ぼ、僕?」
「はい。俺がチップを現金に替えている間、ここに一人で残っているのは手持ち無沙汰でしょう? ボロツ副団長と話でもしていたら、気が紛れますよ。」
チェレンチーはティオに一旦一緒に赤チップ卓のある壇上を離れる事を誘われ、少し戸惑ったが……
この場に兄や番頭達と残される気まずさを考えて、コクリとうなずいた。
「わ、分かった。僕も一緒に行くよ、ティオ君。」
□
「……あ、あれ?」
チェレンチーはティオについて赤チップ卓のテーブルのある壇上から降り、外ウマの客のために長椅子が置かれている場所に歩み寄っていったが……
だんだんと近づくにつれ、ボロツの様子がおかしい事に気がついた。
ティオの要望通り、ドミノの勝負中は、その目立つ巨体を駆使して必死にティオを応援しているパフォーマンスを繰り広げている姿を見かけたのだが。
今は勝負が中断しており、外ウマの客達は友人とあれこれ話し合ったり、一人黙々と握りしめた紙に何か書き込んだり、酒を飲みながら儲かったチップを数えたりと様々に過ごしているようだった。
その中で、なぜか、ボロツは長椅子の一角に、背中を丸め、あの一際目立つ大きな体を小さくして、うつむいて座っていた。
顔色は青ざめ、筋肉隆々たる自分の太い腕を自分で掴み、震えながら何かブツブツ言っている。
小さな三白眼が落ち着きなく虚空をさまよう様を見て、チェレンチーはこれはただ事ではないと慌てた。
「……ボ、ボロツ副団長? だ、大丈夫ですか? 何かあったんですか?」
「チャ、チャッピィーー!!」
チェレンチーの声に気づくと、ボロツはガバッと顔を上げ、その小さな目にうっすら涙を浮かべては、ガシイッとしがみついてきた。
古傷だらけの剛腕に押さえ込まれて、思わず「ぐえ」と息を詰まらせるチェレンチーを、ティオがボロツの手首を捻りベリッと引っぺがしては救い出していた。
「おおぉ、チャッピー、いい所に来てくれたな! 聞いてくれよぅ! 俺は、こんな恐ろしい気分になったのは初めてだぜ!」
「俺は、今まで『牛おろしのボロツ』と呼ばれて、数え切れないぐらいたくさんの敵と戦ってきたんだ! 時には、敵が強くて、一歩間違えば死んじまうような、ギリギリの決闘もあった。まさに、命を削るような死線を何度もくぐり抜けてきたんだよ!」
「そ、そうなんですか。僕は戦いの事は門外漢なので良く分からないんですが、副団長が歴戦の猛者だという事は知っています。」
「そうだ! 俺は強ぇんだよ!……サラには負けちまったけどな。……その辺のヘロヘロした用心棒どもより、よっぽど強い男なんだよ!」
「だ、だけどよぅ、こんな、こんな事は、俺も生まれて初めてでよぅ! どうしたらいいのか、マジで分かんなくなってよぅ! な、情けない事に、なんか、だんだん怖くなってきちまったんだよぅ!」
「は、はぁ。……そ、それで、一体何がどうなっているんですか? 何がそんなに怖いんです?」
ボロツは、チェレンチーの問いかけに、ゴクリと生唾を飲み込んだ後、普段ムダに大きな声で喋っている彼には珍しく、震える細い声で答えた。
「……チャッピー……家が買えたら、どうしよう?……」
「……え?……は?……い、家?……」
□
その後、チェレンチーは、外ウマの長椅子のボロツの隣に座らされ、話を聞く事になった。
そして、ボロツの話の内容はこうだった。
ボロツは、ティオとチェレンチーの居る赤チップ卓の壇上から離れてこの場所にやって来た当初、ようやく半自由行動となり、念願の外ウマに乗れると意気揚々と賭けを続けていた。
賭けると言っても、その対象は、ティオの方から毎回しっかり指定されていたが。
自分の思い通りに賭けたいというギャンブル好きの気持ちが疼いて若干不満を感じていたのもわずかな間で、すぐにボロツは有頂天になっていた。
何しろ、ティオの指示通りに賭けていると、何回かに一回は大きな倍率での勝ちが転がり込んできたからだ。
勝率は決して良くなかったが、そのたまにあるドカンと大きく勝つ快感に、ボロツはあっという間に飲まれていった。
素早く最小限の動作で出されるティオのサインを、壇上の人々の目を気にして冷静な態度を崩さないように心がけつつ読み取っていたチェレンチーとは違い……
ボロツは、チェレンチーの出す、腕組みや、アゴに手を当てる、といった遠目にも分かるハッキリしたサインを見れば良いだけだった。
おかげで、ストレスなくチェレンチーから出されるサインを判別する事が出来た。
そして、そのサイン通りに賭ける事でみるみる膨れ上がっていく金に、夢見心地で酔いしれていた。
「最初の頃はよぅ、まあ、手持ちの金が少なかったからな、当たった時はいちいちその分のチップをカウンターで貰ってたんだよ。そんでもって、こう、箱の中でチップが増えていくのを見るのが楽しくて楽しくて仕方なかったんだよなぁ。」
が、ボロツは、勝負が続くにつれて、だんだんと毎回チップを受け取るのが面倒になってきた。
勝つたびにチップの数が爆発的に膨れ上がっていっていた事もあった。
大量のチップは、数を確かめるだけでも、受け取るだけでも、一苦労である。
また、ティオが場を支配している時のゲームの進行はかなりスピーディーであり、一戦一戦が次々と行われ、その都度カウンターでチップをやり取りするのは、非常に慌ただしかった。
それに困ったボロツは、今までとは違うやり方で賭ける事を考えた。
「たまたまカウンターで隣にいたヤツがよ、まあ、なんかこう、ちょっと気取った紳士って感じのおっさんだったんだがな、カウンターの店員に『どの番号にいくら賭ける』って毎回話しかけてんのに、勝った時のチップを受け取ってなかったんだよ。」
「んで、不思議に思った俺は、そのおっさんの首根っこを引っ掴んで話を聞いたって訳だ。紳士な見た目だけあって、初対面の俺にも親切に教えてくれたぜ。」
人混みの中では頭一つ抜けて目立つ程大柄でがたいが良く、かつ凶悪な面構えのボロツにいきなり胸倉を掴まれて、その紳士がどれ程怯えたか想像に難くない。
ボロツは「親切に教えてくれた」と語っていたが、恐怖で逆らえず、ボロツの要求を飲む他なかったのだろう。
しかし、チェレンチーは敢えてその点には触れず、話の先を聞く事にした。
ボロツが話しかけた紳士の語った所によると……
一度だけ賭けたり、たまに賭けたりするような客は、勝ったのなら一々払い戻すらしいのだが、毎回賭けるような客の場合は、外ウマの受付を担当している店員に頼めば、チップを預けたまま次の勝負に賭ける事が出来るらしい。
まあ、店側としても、勝つたびに毎回払い戻す手間を考えれば、客のチップを預かったままの方が楽なのだろう。
ただし、当然の事だが、外ウマの予想が外れてチップがなくなれば、預けていたチップは自動的に店側に回収される。
つまり、チップがなくならない限りにおいて、一戦ごとに払い戻さずカウンターに預けたまま外ウマの賭けを続けるというのは、客にとっても店側にとっても利便性があるという事だった。
店側は、賭けた客に番号の書かれた木札を渡して、何番の木札を持った人間がいくら賭けたのか、毎回帳面につけてしっかりと管理しているので、安心して金を預けたまま賭け続ける事が可能だった。
チップがどれだけ増えたかを実際に手に取って実感する事は出来なくなるが、店員に尋ねれば、残高を教えてもらえるとの事だった。
この話を聞いたボロツは、「なるほど、そいつは楽チンだな!」と、さっそく外ウマ専用のカウンターに居た店員を捉まえて、自分の金を預けたままにしたいと訴えた。
「いやぁ、さすが王都一の賭博場だよなぁ! 二つ返事で預かってくれたぜ!……あ、もちろん、傭兵団の資金と、俺の金と、それから、ティオの金は、全部別々に分けて、それぞれ勝ち分を計算してもらう事にしたぜ。」
ボロツは、店員が笑顔で要望を聞いてくれたと言っていたが、これも事実は怪しいとチェレンチーは考えていた。
一件だけ預かると言うのならともかく、一人で「傭兵団用」「自分用」「ティオ用」と三件も委託したのでは、さすがに外ウマのカウンターの店員も困惑した事だろう。
しかも、ボロツは、面倒だったので、更に……
「三つとも、その時の全額の半分を俺の指定した番号に賭けてもらうように頼んだんだよな。……ほら、勝った時によ、一々どれぐらい金が増えて総額いくらになったとか、その半分がいくらになるとか、数えるの面倒臭ぇだろう? 俺は、チャッピーみたいに学がねぇから、計算とか苦手だしよ。」
どうやら、担当した店員に、賭け金の額まで丸投げしていたらしかった。
ボロツがティオから指定された「外ウマに賭ける法則」は「勝っても負けても、その時の所持金のちょうど半分を次の勝負に賭ける」というものだった。
本来は、その作業はボロツがしなければならないものだったのだが、ボロツは自らも語った通り「面倒だ」「苦手だ」と言う理由から、「必ず所持金の半額を賭ける」という法則を店員に伝えて、自分の代わりに計算させていたとの事だった。
そうして、賭ける番号だけを毎回店員に指定していたらしい。
ボロツを担当してしまった店員の苦労がしのばれるが、この凶悪犯罪者面でニタァッと笑いかけられては、断るに断れなかったに違いない。
ともかくも、『黄金の穴蔵』の外ウマの受付を担当する店員だけあって、正確にボロツの賭けの結果を計算して帳面につけていってくれたようだ。
「良かったですね、優秀な方が管理してくれたようで。」
「おおよ! 大助かりだったぜ! おかげで俺は、手に汗握って観戦に集中出来たしな! ティオの応援にも大いに熱が入ったぜ! いやぁ、楽しかったなぁ! やっぱ、ギャンブルは勝ってなんぼだよな! ガハハハハハッ!」
と、得意げに腰に手を当て胸を反らして豪快に笑っていたボロツだったが、しばらくして、ハタと正気に返り、フッと真顔になっていた。
そして、あっという間に、顔面を真っ青にしてドバドバと冷や汗を全身から垂れ流すという、チェレンチーがこの外ウマの長椅子にやって来たはじめの状態に戻っていた。
「……そ、それが、それがよぅ、チャッピー! いきなり、『お客様はもう賭けられません』って言われちまったんだよぅ!」
読んで下さってありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。
とても励みになります。
☆ひとくちメモ☆
「外ウマ制度」
赤チップ卓の勝負に限り、「誰が勝つか?」という外ウマの賭けに誰でも参加出来る制度が整っている。
外ウマ専用のカウンターで係りの者に賭けるチップを預け何番のプレイヤーに賭けるか宣言する。
その内容は、係りの者によって正確に台帳に記載され管理される。




